白鳥







1日の息抜きは終わり、GWも後半。肝試しの時の及川先輩の言葉でいつの間にかこの前の胸のモヤモヤも収まっていた。あんなペアチェンジだったからか、あの後主将からしつこい程に質問責めされたが、何もなかったと誤魔化し続けていた




「ねぇ、唯織ちゃんてばぁ」

『先輩ってば、ホントに何もなかったですよ』

「だぁってあの及川があんなムキになってたんだよ?何も無い訳ないじゃない」

そう言われればそうなのだ。あの温厚な及川先輩があんな険しい表情で松川先輩に食って掛かる様な事をするなんて予想もしていなかったから、多分1番あれで驚いていたのは私だと思う



「まぁ、そこまで言うならもう詮索はしないけど…松川だって気になってたわよ?」

『そ、そうですよね。先輩には謝らなきゃいけないかな、とは思ってました』

「あれは及川が勝手にした事だから唯織ちゃんは謝らなくていいと思うよ?」

まぁ気を取り直して練習しますか、と主将はニッと歯を見せて笑ってみせた。とりあえずは変な疑惑は去った様で安堵した

そして練習に戻ろうとした時、コーチから女バレ全員が外へ呼び出された。向かうと男バレも同じ様に呼び出されたのか待機していた





「それじゃあ、これからトレーニングも兼ねて二手に分かれてジョギングをしてもらう」

コーチから手渡された紙には森を抜けた所にある駄菓子屋さんまでのルートが二手に別れている。距離は同じ様だが…



「タイムも測るからサボるなよ」

はーい、と返事するがゴールが駄菓子屋という事もあり、何を買おうかという話ばかりしていた時、主将が及川先輩とルートをどちらにするか決めて、戻ってきた




「じゃあ、私達はこっちの道ね。何かコーチが言うには近くの高校の部活部員も走ってるかもしれないから、挨拶ちゃんとするようにだって」

学校…この近くだと何高校だろうか。初めて来た場所だから知る筈もなく。主将の言葉にみんな返事をして、スタート地点へ移動した



「距離どのくらいなのかなぁ」

「コーチからは敢えて言わないって言われた」

「まぁでも、教えられない方が気が楽だったりしますよね」

それぞれ雑談をしている中、唯織と朱美は2人でウォーミングアップをしていた




「あんた、何かすっきりしたみたいね」

『何それ』

「この前の肝試し。主将にはあぁ言ってたけど、やっぱり何かあったんでしょ」

『…別に』

いいからさっさと準備、と誤魔化した唯織。でも、朱美からは分かっていた。明らかに肝試しの後、及川も重荷が落ちたかの様だったし…

朱美はやれやれ、と苦笑した。そして、コーチがウォーミングアップをするみんなの前に再びやってきた




「監督がゴールで待機してしてるから、気を抜かずに走れよ」

そう言い、コーチが笛を吹くと一斉に走り出した。男バレとは真反対からゴールを目指す



「男バレより早く着いたらアイス奢ってくれないかな」

「それいいね、やる気出てきたわ」

みんな余裕そう。唯織自身、走っている時に喋ると呼吸が乱れてすぐにバテてしまうのを分かっているから黙って走る。森を抜けて、山を下る緩やかな車道に出た

まだ朝だからか車が全くいなく、静かだ




「朝のジョギングって、ウチら超健康的ー」

「毎日運動してるんだから、当たり前でしょうが」

みんなが話している後ろをついて行く。ふと、あの肝試しの時の事を思い出した。先輩の行動、言葉。まだ頭に残っている。先輩は何であんな事をしたのか…

視線が下に向いた。走る自身の足。及川先輩とお揃いのミサンガが地面を踏む度に揺れる。これを付けたままで良いのか以前に聞いたけれど、付けていて良いと言われた。好きな人がいるのに私がお揃いのを付けてて良いのだろうか…

もんもんと考えていると、早くも30分程の時間があっという間に経過していた。気づけばみんな序盤の雑談はなくなり、ジョギングに集中する様に黙っていた





「丁度あそこに自販機あるから、水分補給しよう」

主将がコーチから受け取っていた人数分のお金をポケットから出した。辿り着いたのはコースの中間地点にあるバス停。屋根付きでひと休みにはいい場所だ




「美味しいよぉ!何でこんなにお水って美味しいんだろう!」

「走った後だから尚更ね」

「いやいや、やっぱり麦茶ですよ」

ベンチに座ってひとまず休憩。私もキンキンに冷えている天然水を喉に流し込んだ



「自販機のって、家の冷蔵庫よりも冷えてていいわぁ」

『そうだね……って、何か聞こえない?』

唯織の言葉に朱美は首を傾げた。耳をすましても何も聞こえない。森の葉っぱ達が擦れる音だけだ。だが、だんだん何やら男の声だろうか。聞こえてきた

しかも1人ではなく、何やら大勢…




『来る前にコーチが言ってた他の高校の人達かな?』

「そうかも。GWでも部活やってるのは他も一緒なのねぇ」

特に興味がある訳でもないけれど、近付いてくる掛け声が他の高校よりも遥かに威勢がいいだったからか、気になった。それは私だけでなく、他の先輩や後輩もだ

どんどん近付いてくる声は、人影が認識出来る程までに近くに来ていた。すると、主将があ…と声を漏らした




「ちょっとあれってもしかして…」

「あぁ、私も分かっちゃったかも」

先輩達が苦笑しながら次々に口を開いた。それに後輩もだが、私や朱美も振り向き尋ねた



『知ってる高校ですか?』

「まぁね。あんた達も絶対知ってる…ていうか、高校バレーでは名門校よ」

「そうそう、今年3年で主将になった牛若が特にね」

そんなにスゴいのか…
でも名門校の主将しているんだもん。そりゃあスゴイよね

その団体は顔が認識出来る程に近くまで来た。紫色っぽい短パンに、みんな黒の半袖。綺麗に列を乱さずに走っている。よく見ると中には赤のつんつん頭の人がいて目立つ




「ちわーっす!」

私達に気付いたのか、主将とおもしき先頭の男の人が軽く会釈した。すると、全員が会釈して続けて挨拶してきた。私達も口を揃えて挨拶し返した




「あれが主将ですか?何か雰囲気が地味ですけど…」

「あー、違う違う。牛若は1番後ろで見張りながら着いてる背の高い奴」

あれあれ、と指さされた方を見ると確かに背がスゴく大きい。雰囲気も主将だからか落ち着いている。坂を登っているのに顔色1つ変わっていない

あの人が牛若…
ぼーっと見つめていると、視線が伝わってしまったのか。牛若さんと目が合ってしまった。咄嗟に目線を下に逸らした時、牛若さんの胸元の学校名の刺繍を見て、ぁッ…と思わず声か漏れてしまった

“白鳥沢”





「初めてあんなにズタボロにされたよ」

以前に及川先輩が言っていた言葉を思い出した。あの及川先輩と岩泉先輩が敵わなかった高校。主将って事は、牛若さんも同い年。直感で思った。あの人が恐らく先輩達が敵わなかった選手だと…




「あの人…何か怖い…」

「いやでも、結構天才級にバレー上手いみたいよ?」

天才…これでもう決定打になった。及川先輩は天才を毛嫌いしてるから。影山君もだって…

そろそろ走ろっか、と主将が言い出すとみんなは腰を上げて、走り出した。すると、隣で走っていた先輩が笑いながら冗談交じりに言った




「いやぁでも、男バレがこっちのコースじゃなくて良かったわね」

「確かに、特に及川ね」

どんぴしゃだ。やっぱりみんなも知ってるのか、及川先輩が天才と言われる人達の事をどう思っているのか…








◇◇◇ ◇◇◇









坂を下って、通常の住宅街を暫く走っていると1人の女の子が。そのまま通り過ぎようとした時、その子が何やら泣きべそをかいているのに気付き、思わず立ち止まった




「何、どうした?」

『いや…あの子泣いてるけど、もしかして迷子かなって』

私がとぼとぼと歩いている女の子を指さしながら言うと、朱美は何の躊躇もなく駆け寄って行った。朱美は子供が大好きだから、迷いもなく話し掛けている。スゴいなぁ…

私達が着いてきてないのに気付いたみんなも戻ってきてくれた




「何何?どったの?」

『あの子が迷子なんじゃないかって』

みんなに説明してる間に朱美がその子を連れて浮かない表情で戻ってきた




「やっぱり迷子みたい」

女の子は5歳くらい。頑張って泣かないように我慢しているみたいだけれど、目からは涙が溢れて擦ったのか目元が真っ赤になっている

事情を聞くと、どうやら女の子は駄菓子屋さんに行った後に猫と出会し、そのままついて行って迷子になってしまったらしい



「え、どうする?多分この子の歳的に住所とか分かんないでしょ?」

「でもこのまま放っておいたらそれこそ帰れなくなっちゃうじゃん」

みんなが口々に言っている間に私と朱美はその子が泣かない様に話しかけていた



『何処から来たかとかも分かんないよね?』

女の子は首を左右に振った。そりゃあそうだ。猫を追いかけて行ったのだから




「地元なら分かるけど、初めて下に降りたしね」

『うん…あ、私スマホ持ってる』

ズボンのポケットから何気なくスマホを取り出したのに、朱美は目を丸くして背中を叩いた



「あんたは神だよ」

みんな持ってるだろ、と思って他の人にも聞いてみたが邪魔になるだろうとみんな持ってきていなかった。結局、私がスマホで調べて、交番の場所まで女の子を連れていく事になった



「監督には伝えておくから、唯織ちゃんも気を付けてね」

「何かあったら電話すんのよ?」

みんなが駆けていくのを見送って、とりあえず女の子を見る。すると、やはり見知らぬ人と2人っきりになったからか、不安気な表情でこちらを見上げている

まずはこの子を安心させなきゃか、としゃがみ込んでその子と目を合わせた




『私、唯織っていうの。貴方のお名前教えてくれる?』

「……美奈」

『うん、美奈ちゃんね。今から私が交番の所まで連れて行ってあげるから、安心してね』

口元を緩ませてゆっくり話すと、その子は少しばかり安心したのか表情が緩んだ。すると、ハッとした様に突然持っていたカバンをガサガサと漁りだした

取り出したのは恐らく小学校の名札らしきモノ。裏を見ると住所が書かれていた。恐らく女の子は迷子になった事に焦って、名札の存在を忘れていたんだろう




「名札あった…」

『良かった。これなら交番じゃなくて、直接お家に送ってあげられるよ』

早速スマホに住所を打ち込んでいく。そんなに遠くはないけれど、結構入り下っている。これではさすがに迷っちゃうよね。はぐれない様に女の子と手を繋いで歩き始めた





『美奈ちゃんは小学1年生?』

「うん、なったばっかり。お姉ちゃんは?」

『ん?私は高校2年』

「おっきいもんね」

美奈ちゃんの言葉に苦笑した。私の周りには身長が大きい人なんてゾロゾロいるから、どちらかと言うと私は低い方なんだよね…

この身長で初めて大きいと言われてちょっと嬉しい




「ねぇねぇ、お姉ちゃんは彼氏っているの?」

『………ん?』

何だ何だ、何か今美奈ちゃんの歳の子からは言わない様な事を聞かれた気が…



『ごめんね、何て言ったの?』

「お姉ちゃんは彼氏いないの?」

聞き間違いじゃなかった。最近の子はませている子が多い気がする。テレビでたまにインタビューされてる子とかも、年の割に大人びた事を言う子をよく目にする

まぁでも、私の弟もそんなだった気がする…




『いないよ。美奈ちゃんは?』

「いるー!」

突然美奈ちゃんはご機嫌にジャンプして答えた。まだ5歳なのにもう彼氏がいるなんて、しっかりしてるなぁ…



『へぇ、どんな子?』

美奈ちゃんは顔を赤くしながらその男の子の事を話し始めた。本当にその子の事が好きなのだと感じられる程、詳しく話してくれた



「でもね、美奈。最初はその子の事、好きとかじゃなくて、気になってたの」

『んー、それって憧れてたって事?』

美奈ちゃんが?を浮かべたのに、憧れての意味を教えてあげた。するとやはり、美奈ちゃんは最初その男の子に憧れていたらしい




「足が速いし、私がいじめられてたのを助けてくれたの!スゴくカッコよかったの!」

よくある少女漫画の様な展開。何やらサッカーが好きでクラブに通っているらしく、スポーツ万能少年なんだという




『美奈ちゃんはどうしてその子の事、好きになったの?』

「美奈、多分前から好きだったんだと思う。だっていつもお話してたし、遊んでたし、一緒にいると安心するの」

その男の子の方から告白されて、確実になったのだと美奈ちゃんは続けた。憧れから…好きになる…か




「お姉ちゃんは今いないの?」

『……憧れてる人はいるよ』

「美奈と一緒だね!」

『え、でも私は本当に憧れてるだけ…でさ』

言葉が突っかかる。胸がモヤモヤする。私は及川先輩に憧れている。その気持ちに嘘はないけれど、最近自身の胸がザワつく事が多くなった

及川先輩が主将と一緒にいる時もそうだった。けれど、首を左右に振って誤魔化した。そもそも及川先輩には好きな人がいるのだ。もし…もし私が先輩を好きになったとしても…きっと叶わない

それに比べて美奈ちゃんは小さいのに好きなのかそうでないのか自分の力で見つけ出せた。素直に情けない…




「お姉ちゃん?」

『何でもないよ。その子と仲良くね、美奈ちゃん』

微笑みながら言うと、美奈ちゃんは小さい子特有の混じり気のない笑顔を向けて頷いた



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