焦り









「唯織!」
『はいッ!』

夜の体育館にボールが叩き付けられる音が響く。長いようで短かったGW合宿が明日で終わる。終盤に差し掛かっている事で唯織の中では焦りが出始めていた

今回のGWが普段の休日より多めなのは分かっていたけれど、朱美と2人での練習に入るのが遅かったと今更悟っていた。通常のコンビネーションやタイミングは幼馴染みだけあり、順調であるものの、肝心のエアフェイクが未だに完成出来ていない

先日先輩達がアドバイスしてくれた事を意識はしているけれど、いざコートでやるとなるとどうしても抜けてしまう




「ちょっと、今日はここまでにしない?」
『えッ…でも…』

「あんたどれだけぶっ通しでやってると思ってんのよ。私はトスを上げるだけだからまだ平気だけど、只でさえ足を捻りやすい技なのよ?通しでやり続けてたら本当に捻挫しかねないよ?」

朱美の言う通り、エアフェイクは極端に別の方向へジャンプする技。上級者向けと言われるだけあり、1歩間違えれば足首を捻ってしまう

それに朱美に至っては私が無理強いして付き合ってくれているんだ。朱美の身体の負担の事も考えたら…






『…うん。今日はこれくらいにしとく』

「あら、今日はヤケに素直ね」

『正直、明日で合宿が終わるって考えて焦ってた。焦ってるとミスしやすいって言うし』

本当はまだやりたい。けど、ここは大人しく身体を休ませよう。まだ明日の夜があるし、日中も合間を見て練習出来る

焦るな私…







◇◇◇ ◇◇◇








『ぇ…夜の練習出来ないんですか?』

次の日の練習中。コーチから呼ばれてコートから出ると、何やら今夜の練習は控えるようにと言われた




「明日の朝一から団体客が体育館を使うらしくてな。清掃を今夜するらしい。だから今夜の自主練はなしだ。分かったな」

『…はい』

かなり困る事だった。合宿だったから朱美は夜練習が出来たのであって、普段の部活では残れない。部活の合間にやるにしろそんなに時間を割けられない

唯一、朱美と2人で練習出来る時間だったのに…



『やっぱり練習するのが遅すぎたかな…』
「何が?」

背後からの声に慌てて振り返えると、朱美がキョトンとした表情で首を傾げている





「何一人言言ってんのよ。もう休憩だよ?」

『うん…』

「元気ないわね。どうかしたの?」

そう朱美から尋ねられたから、休憩がてら体育館の外の石段に向かいながら正直にコーチから言われた事を伝えた






「ふぅん、だからそんな落ち込んでたのね」

苦笑する朱美に頷いた。合宿が終わった時点でこれ以上朱美に無理をさせる訳にはいかない。親も心配するだろうし…



「あんた、今私の事考えてたでしょ?」
『Σえ、いや…まぁ…』

朱美が怖い。何でこんなに思っている事を的中させにくるのか。幼馴染みとはいえスゴい…というか怖い…




「私さ、考えてたの」
『何?』

「唯織がエースとしてずっと頑張ってるのに、相棒の私が親の言いつけで頑張る限度を調節してるなんてさ…何か違う気がするんだよね」

石段に揃って座っていたけれど、朱美はゆっくり立ち上がると数段階段を降りて振り向いた




「もう1度お母さんを説得してみる」

朱美は中学の頃に1度私と部活後の練習に付き合おうとお母さんを説得した事があった。けれど、口論にまでなったが結局聞き入れてくれなかったんだそう




『またお母さんと喧嘩になるかもしれないよ?朱美が傷付くのは見たくない』

「は?傷付く訳ないじゃない。私は私のやりたい事をする。それがお母さんの為になってなくても、唯織の為になるんならいくらでも口論してやるわよ」

あんたは大事な相棒なんだから、と石段を上り、目の前まで来た朱美に頭を撫でられた。私の幼馴染みは何でこんなにもカッコいいんだろう、としみじみ思った



『ありがとう、朱美。きっと放課後練習出来たら良い事あるよ』

「良い事?」

唯織は小さく笑いながら微笑んでそれ以上言わない。朱美は怪訝そうに首を傾げていた









◇◇◇ ◇◇◇








「ねぇ、岩ちゃん」

男バレが練習している中でコート外で水分補給している岩泉の元に及川がやってきた




「んだよ、どうした?」

「監督から聞いたんだけど、早くても今週までには出場校が決まるってさ」

まだ対戦する相手は分かんないけど、と伝えると岩泉はそうかと相槌を打ちながらも何やら険しい表情だった




「何いつにも増して眉間にシワ寄せてんの?」

「俺達のが決まるって事は女バレの方も決まるんだろ?」

「あぁ、それね…」

及川は腕を組んで苦笑した。岩泉が何を思っているのかも、それが自分も思っていた事と恐らく一緒だろうと分かったからだ




「聖高も出るんだろうな」
「そりゃあね。なんせ強豪校だし」

及川も考えていた。もし聖高と今年もあたる事になったら、唯織はどう反応するのか。去年はあたると分かった途端に様子がおかしくなったと聞いていたが、今年はどうなるか…




「様子を見るしかねぇな」

「そうだね。合宿が終わっても、放課後の練習はあるし」








◇◇◇ ◇◇◇









次の日、朝ご飯を食べてすぐにバスに乗り込んだ。合宿が終わったとはいえあと1日ある。コーチからは合宿明けで疲れただろうという事でその残りの1日は休みになった



「つっかれたぁ」

バスから降り、合宿後のミーティングも終わった。隣で朱美が大きく伸びをしながら言葉を漏らした。確かにハードスケジュールではあったものの、充実していたと思う



「今日は家でゆっくりしよう。唯織は?」
『私も今日はそうする。さすがに少し疲れた』

苦笑しながら話していると、朱美のスマホから着信音が。出た朱美の様子からして相手はお母さんぽかった。内容はどうやらお母さんが既に学校に迎えに来ているらしい





「ついさっき頼んだのに早いなぁ。お母さん迎えに来たけど、良かったら唯織も送ろうか?」

『いいよ、朱美より家近いし。大丈夫』

「そう?なら良いんだけど…本当に今日ぐらいは大人しくしてなさいよ?」

額にブスッと人差し指を刺されながら釘を刺してきた。今日に至っては大人しくするつもりだったから、素直に頷いてみせると、安心した様に笑って朱美は校舎の裏にある来客用の駐車場まで駆けて行った





『さて…家には誰もいないしどうしようかな…』
「唯織ちゃん」

振り返ると及川先輩が。キョロキョロ辺りを見渡すといつの間にか他のみんながいなくなっていた。岩泉先輩の姿も…




「良ければ一緒に帰らない?」

『え…はい。岩泉先輩は帰られたんですか?』

「うん、迎えが来たとかですぐ帰っちゃった」

俺達も帰ろう、と言って及川先輩は笑って歩き出したから、慌ててあとを着いて行った








『合宿お疲れ様でした』

「うん、お疲れ様。唯織ちゃんはずっと頑張ってたけど体調崩してたりしてない?」

『はい、大丈夫です』

そう答える唯織の横顔を見た及川はその表情が気になった



「元気ないね」
『はい?』

「何か悩んでる感じ」

唯織は自分の顔を軽く触れた。そんな顔していたのか、と情けなさから思わず浅くため息を吐いた




『その…エアフェイクが完成してないんです』

立ち止まった唯織に続いて及川も立ち止まった。俯いたままバックを持つ手に力が入っているのか、微かに震えている




『遅すぎたと後悔してます』
「何が?」

『朱美と練習を始めたのがです。及川先輩と岩泉先輩に頼りっきりで甘えてしまって…肝心なセッターとの練習をおざなりにしてしまいました』

朱美は私の事…相棒だって言ってくれてるのに、と続けた。もっと早い段階で相談していれば良かった。勝手に夜の練習に付き合ってもらえないと思い込んでしまっていた




「遅すぎたなんて事はないんじゃないかな」

及川が言った言葉。唯織は目を丸くし、思わず及川を見上げた




「俺はコンビネーション技に完成とかないと思ってる」

サーブとか1人でプレーする技は別だけど、と及川先輩は続けた。コンビネーションは実践で試してこそ磨かれるモノであり、練習の段階で完成するモノではないだろうと言ってくれた



「だから大丈夫」
『えッ…』

「唯織ちゃんと朱美ちゃんなら、大丈夫だよ」

日差しが似合う及川先輩の笑顔。俺が言えた事じゃないけどね、と先輩は背を向けて再び歩き出した

何故先輩に言われたら…こんなに安心してしまうのだろうか
あんなに焦っていたのに…あんなに心配だったのに…
本当に…大丈夫な気がしてきてしまう



「唯織ちゃん?」
『Σぁッ…す、すいません』

着いてこない事に気付いた先輩が振り返って呼び掛けてきた。我に返り、立ち尽くしたままだった事に気付いた。慌てて駆け寄ると、何故か先輩は小さく笑っていた



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