迫る時間
いつも通りの部活…の筈なのにやたらと落ち着かない。矢巾君の言った通り、部活が始まって、メニューを言い渡される際にコーチからインターハイの組み合わせ表を貰った
何度見ても同じなのは分かっているのに、何故か何回も目を通してしまう。練習中も去年の春高の時の自分の動きが頭を過ぎっていく
「唯織!カバー!」
「唯織ちゃん!」
「チャンスボールよ!唯織ちゃん!」
私の呼んで、ボールを任せてくれた朱美や先輩達の声が頭に木霊する。結局わざとらしくない様にミスを装って、まともなスパイクもレシーブも基礎的なパスでさえ出来なかった。いや、やらなかったという方が言い方的には正解なんだろう
両頬を強く叩いて気合いを入れる
意識がブレすぎてる
集中しなきゃ
「何か隠してますよ」
男バレと女バレがほぼ同時に休憩になり、体育館から出て石段に座っていた及川の背後から朱美が声を掛けた
「隠してる?」
「長い事唯織と一緒にいますけど、嫌でも分かるんですよ。話してて嘘を吐いてる事なんて」
朱美は及川を見下ろしたまま続けた。それを聞いて、及川は朱美が昼休みに様子を見てみると言っていた事を思い出した
「何か言ってたの?」
「唯織は何も言ってないですよ。でも…多分あの人達に関してあの子は何かを隠してます」
あの人達…誰かと言わなくても分かる。朱美ちゃんが中学以降も何かしら関わりがあるんじゃないかと尋ねたら、ないと言っていたけれど嘘を吐いている。それはつまり…そういう事だよな
俺の憶測に真実味が増してきたな…
「及川先輩、聞いてます?」
「え…あぁ、うん。聞いてるよ。そっか…」
その単調な返しに朱美は少し引っ掛かった
「及川先輩、何考えてます?」
朱美の尋ね事に及川はただ苦笑して首を左右に振って何でもないよ、と言うだけだった。引っ掛かるものがあったが、朱美は体育館に戻って行った。不意に体育館の扉越しに見える唯織を見ると、やはりいつもより覇気が感じられない
「嫌な予感しかしないな…」
◇◇◇ ◇◇◇
「此処を意識してみて…」
『うん、じゃあ私は此処を…』
部活後、及川先輩から貰ったバレー誌を朱美と見ながらエアフェイクの練習に没頭していた。まだまだ実践向けまで成長させる事が出来ていないからか、練習に焦りも混ざる
何度か及川先輩、岩泉先輩を相手に試してみるものの…あっさりボールをブロックされてしまう。ただ単に身長差の問題ではなく、スパイクの威力や打つ位置が問題で今までしてきた技法とはまるっきり違う分、変にクセがついてしまっていた
「多分目の動きだね」
『目の動き…ですか?』
少しの休憩時、朱美と岩泉先輩がスポドリを買ってくるのに体育館を出ていき、その間及川先輩と私はコート外に座って今までのエアフェイクでお互い思った事を話していた
「バレー中に相手が見るのはボールの動きの次に敵の目線。唯織ちゃんも中学の頃から監督とかからうるさく言われてると思うけど」
『私はバレバレって事ですか?』
及川先輩は苦笑しながら頷いて、自身の目元を指差しながら続けた
「でもそれは仕方ないんだよ。スパイクを入念にいつも練習している選手は常に目線はボールを打つ方向にある事を意識してるから。それをこんな短期間に変えるのは正直難しい」
先輩の言う通り、今までスパイクを上達させる為の練習では目線は常にボールを打つ方向。気持ちだって此処に打ち落とすと強く意識しながらプレーしている。どうしても踏み出す位置のフェイントをかけたとしても目線が打つ方向を見ていたらそりゃあバレバレだ
『目線を外しながら打つしかないですかね』
「いや、唯織ちゃんみたいなタイプは確実に打つ意識があってこそのあの強いスパイクだから目線を外しながらじゃ多分威力が弱まって勿体ないよ」
目線の他にあるとしたら…と及川先輩は立ち上がるとコートへ入っていく。それに釣られて私も立ち上がってコートへ
「相手側はこっちのコート内の声掛けも漏らさず聞いてる。それを逆手に取るのも策だよ」
コート内での声の掛け合いで気付く事はたくさんある。勿論私自身も相手の出方とかを探るのに試合中は耳を研ぎ澄ませている
「朱美ちゃんとの連携になるけどさ、トス上げと同時に声で騙すんだよ」
Aクイックを促す掛け声をわざと出し、実際はBクイックで打つ。そういうテクニックもある
試合中の緊迫した雰囲気で出来るだろうか
いや、やるしかないんだ
『朱美と相談して、合図とかサインとか考えてみます』
「うん、その方が良いかもね」
◇◇◇ ◇◇◇
「朱美」
「Σあ、はいはい!何ですか!?」
校舎内の自販機に着き、4人分のスポドリを買っている最中。呼び掛けただけで大袈裟に反応した朱美に岩泉は思わず苦笑した
「お前っていつから夢咲と一緒なんだ?」
「唯織とは小学生から一緒なんですよ。妙に意気投合しちゃって。バレーも一応その頃からもやってたんですよ」
小学生の頃はよく1人で空を見上げながらぼーっとしてましたよ、と苦笑しながら説明する朱美
「バレーに出会って、キッズクラブに入ってからはもう人が変わったみたいに活発に運動する様になって。あの子が何でバレーにそんなにのめり込んだかご存知ですか?」
岩泉が首を横に振ると思い出し笑いの様に朱美は小さく笑った
「足を踏み出して飛ぶあの感覚がずっと見上げるだけだった空に羽根を広げて飛び立つみたいに感じて好きなんだって言ってたんですよ」
そう言ってた時の唯織はスゴくキラキラしてました、と言った後…朱美の表情が何故か曇り掛かった
「でも…今の唯織はあの時よりキラキラしてないんですよ。出来なくなったって言った方が正しいのかな…」
「どういう意味だ?もしかして…例の中学の頃のか?」
朱美は頷いた。小学校を卒業と同時にクラブも引退。バレーに飽きを感じる事なくプロへの意識も高まり、2人は強豪校でもある
「元々感情を表に出すのは得意じゃない子ですけど…あの人達のせいで唯織は精神的にも肉体的にもトラウマを植え付けられて、もっと感情を抑え込む様になって…」
傍から見ても異常な教育。その問題の先輩達が監督やコーチから何も言われなかったのは
「監督やコーチもさすがに…って思った時もあったみたいですけど、元々
高学年組に一目置かれていたから厳しく指導していたなんて風に言っていたみたいですよ、と朱美は続けた。そして、高学年組が卒業して、問題の先輩達が高学年組に上がった途端に本格的なモラハラが始まった
「唯織にとってその1年はキツい…というより辛かった筈ですよ」
「お前は何もされなかったのか?」
「あの人達が唯織に嫌がらせしていたのは…唯一高学年組からエースになる事を推薦されていたからなんですよ。要は妬みです。エースの競争率がやっぱり高いというか…セッターはそんなにやりたいっていう子がいなかったから私が受け持っただけで」
だから私は何もされなかった。唯織は確かに他の子達やあの人達と比べてもコート上での存在感は圧倒的にあった。才能を感じさせる程に…
でもそれは日々の努力があってのモノ。誰よりも遅くまで練習して、動きとか技とかを常に成長させようと気に掛けていた。だからこそあそこまで高学年組に期待を掛けられていたのであって…
「理不尽な後輩いびりか。めんどくせぇ奴らだな」
「私…思うんですよ」
ふと言った朱美の言葉に岩泉は首を傾げて聞き返した。すると、朱美は昼での唯織との会話を思い出しながら口を開いた
「あの子…未だにあの人達に何かされてるんじゃないかって思うんです」
「根拠は?」
「卒業して、もうあの人達の事を気にする必要がなくなったのにずっとあんな思い詰めた様な…その…何て言えばいいんですかね」
結局は親友の勘…みたいな感じになっちゃうんですけどね、と自傷気味に笑った朱美の頭を岩泉は何の躊躇もなくガシガシと撫でた。その途端に朱美の表情はみるみる赤くなっていく
「お前本当に夢咲が大事なんだな。あいつも良い親友持ってんな」
歯を見せて笑った岩泉だが、一方の朱美は突然の頭撫でサービスに顔をまるで茹でダコの様に真っ赤にさせて固まった。そんな様子はお構いなしに岩泉は朱美の背中を軽く叩き、しっかり支えてやれよと一言言うと体育館へ歩き出した
「ほッ…ホントにイケメンすぎ…」