嘘吐き







次の日、授業の合間の休み時間にボーッと窓を眺めていた。昨日の及川先輩の帰り際の尋ね事を思い返す

先輩が何であんな事を聞いてきたのかにも疑問だが、何で私の春高での失態が誰かの差し金であると疑っているのかが1番の疑問点。今まで誰もそんな疑いなんて掛けてなかっただろうし、私のミスであるとあの場の誰もが思っていた事だっただろうに…



「唯織ちゃんがあんなプレーするとは考えられない」

『先輩は何であんなきっぱり言い切れるんだろう…』

先輩からしたらただただがむしゃらに練習しているただの後輩なだけなのに。そもそも私のプレー自体及川先輩にとってはそんなにスゴい事ではないのだ

エースである岩泉先輩を相棒としている時点でスゴいと言えるプレーは何度も見てきた筈で…春高のあの動きのぎこちなさだって私の失態で特におかしく思う人はいないだろう。実際ほとんどの人には堕エースって呼ばれる様になってしまった訳だし

誰かに脅されているんじゃないかと疑問に思うのは…先輩ぐらいだと思う




「ねぇねぇ、唯織!いよいよだね!インターハイ!」

クラスメイトが意気揚々と机にやってきた
そういえば組み合わせ表を貼り出されたのは昨日だけれど、もう試合まで半月とない

近くで雑談していた他のクラスメイト達も今の声に気付いて私の席に集まってきた



「青春してて何よりだなぁ」
「頑張ってね、エース」

次々に声を掛けられ、嬉しい反面でまだ完成出来ていない技もあれば自分の動きにも未だに満足出来ていないのが正直なところ

あまり胸を張って勝つ宣言が出来ない



『ありがとう…』
「そういえばさ、なぁんか今日元気ないよね?唯織」

目の前に座っているクラスメイトが心配気に顔を覗き込んできた。咄嗟にそんな事ないと誤魔化したけれど、昨日及川先輩に聞かれた事が頭に残り、モヤモヤする



「緊張してんだろ、本番間近だしよ」
「そっか、それもそうだよね」

詮索する訳じゃなく、ホッと胸を撫で下ろした。すると、ピロンッとスマホが鳴ったのに気付いて見てみた



『影山君?』

SNSを開くと影山君からのメッセージ
何だろうとタッチしてみる




「お疲れ様です。突然ですが、明日朝練付き合ってくれませんか?」

朝練…
そういえば影山君と朝練してからエース選抜とか合宿とかでバタバタしてたから、あの公園に行ってなかったな…



『良いよ。私も練習したいし』

送ってすぐに既読が付いた。返事くるの待ってたのかな。影山君ってやっぱり可愛いなぁ、と思わず和んだ



「ありがとうございます!この前の公園で待ってます!」

了解のスタンプを送ってスマホをしまった。インターハイの組み合わせが決まったのは烏野も勿論同じ。落ち着かないのかな

私と一緒で…








◇◇◇ ◇◇◇








『ちょっと教室に忘れ物したから取ってくるね』
「え?良いけど…早く戻ってきなさいよ?」

部活が終わり、部室で夜練の為の新しいTシャツに着替えている時に忘れ物をした事に気付いた。駆け足で部室から出て行き、校舎に入っていった

部活が終わった生徒がちらほら見え、廊下には私の足音しか聞こえないくらいに静かだ。空も日が落ちたばかりで淡く青く、校舎は全体的に薄暗い。その景色を見ていたら駆けていた足がどんどんゆっくりになり、しまいには立ち止まって窓に近付き、空を見上げた

感傷的になってしまうのは何故だろうか…





『バレーが好きか…』

バレーは好きなのだ、それは事実

1秒でも長くコートにいたい
より高く跳びたい
より鋭くコートにボールを打ちたい
誰よりも…存在のある選手になりたい

そういつも心に決めている。偽りなんてない
偽りなんて…





「唯織ちゃんがあんなプレーするとは考えられない」

またあの言葉が胸に刺さる
バレーが好きな気持ちに嘘はない…けれど、プレーとしてはどうだ。偽りだらけだ。あの時のボールだって取れるモノがほとんどで、いつでも手を伸ばせたのに

そうしなかったのは自分の意思だ
バレーに嘘を吐いた
先輩達や朱美にも…嘘を吐いた




「何してる」

その呼び掛けに慌てて振り向いた。部活が終わった後で既に帰宅していたと思っていた京谷君がそこにいた




『あれ…部活終わったのに何でいるの?』

京谷君は無言で筆箱を取り出した。それに忘れ物を取りに来ていたのだと察した




「用ねぇならさっさと帰れよ」
『いや、私も忘れ物しちゃって取りに来たんだよね』

苦笑して慌てて教室に入った。薄暗くても私物なだけあり別に探すのに手間は掛からなかった。他に忘れているモノが無いか暫く確認して、教室から出ると窓際に京谷君が寄り掛かっていた



『え、京谷君?何でッ…』
「帰んぞ」

私の疑問を遮って京谷君は歩き出した。もしかして…待っていてくれたのだろうかと思ったが、尋ねはしなかった。空は完全に夜になり、月がぼんやり校舎を照らしている




「お前、何もたついてんだよ」
『え?』

前を歩いていた京谷君が立ち止まった。私も立ち止まる。そして、振り返った彼の表情はいつもながら険しい




「覇気がまるでなくなった」

練習見てて嫌でも感じんだよ、と睨み下ろす彼の視線にいつもなら平気で聞けるのに、今は何故かビクッと身体が強張った



「スパイクにしてもコートの動きにしても鈍い。見ててイラつく」

何でそこまで把握しているのか気になるけれど、今はただ聞き入っていた




「頑張った自分から何で逃げるのか…だったか?お前が偉そうに体育館で俺に言った言葉。そのままお前に返すぜ」

何で逃げてんだよ、と続けた京谷君。私自身、あの時の立場が逆転している分、その言葉の鋭さを肌で感じた

私…こんなキツい事言ってたんだ、京谷君に…



「キツいだろ」

唯織はただ頷いた。京谷自身は唯織ならあの時の自分の様に言い返してくると思っていたが、素直に聞き入れている様子に浅くため息を吐いた



「エースを死守しようと選抜を切り抜けた割には脆いな、お前」
『私…は…』

「何でもたついてんのか知んねぇけど、揺らいでんならコートからさっさと降りッ…」
『私はコートにいたいの!』

思わず声を上げてしまった。息が切れる。目の前の京谷君は表情を変えずに私を睨み下ろしている



『コートで誰よりもボールに触れていたいし、誰よりも高く跳びたい!でも今の私は気持ちが身体に着いて行けてない!ボールも見えてるし、手だってすぐ出せるのにどうしてもッ……去年の事を思い出しちゃうんだよ!先輩にも後輩にも朱美にも迷惑掛けて裏切って!今のコートでの私の在り方が…分からないんだよッ…』

京谷君に言ってどうする。つい感情的に言い出すと一気に吐き捨ててしまう。及川先輩にもこんな事した気がする

辛い…ただ辛い
辛い辛い
苦しい



「めんどくせぇ」

頭をぐしゃぐしゃと雑に掻いた京谷君がため息混じりに言った



「去年がどうしたよ。裏切ったから何だっつーんだよ。知るか、そんなモン。お前を今でもコートにいさせるのも、エースでいさせるのも、まだあの場の奴らがお前に頼ってるからじゃねぇのかよ」

『そう…なのかな…』

「そうやってグズグズしてる方がよっぽど裏切ってんだろ」

視線を下にしたまま自分自身に浅くため息を吐いた。すると、京谷君の足が歩み寄ってくるのが見え、顔を上げた直後に額に軽くデコピンされた






「エースがいつまでも引っ込んでんじゃねぇよ、バカタレ」

額を手で押さえながら目を見開いて唯織は京谷に見上げたまま固まった。京谷なりに励ましてくれている事は唯織自身分かっている。けれど、こうまで自分の為に鋭くも言葉をくれるとは…





今の私はブレブレだ。いつまでもいつまでも去年の失態を言い訳にしてその場で足踏みしているだけだ。先輩も後輩も朱美も…みんな私がまたコートで失敗するんじゃないかとかエースのままで不満とか一切言ってないのに自分から壁を高くして…

エース選抜を切り抜けた時だって誰も不満気な顔どころか寧ろ喜んでくれた。もし今の私の心の揺らぎが皆を裏切っている事になるのなら…





『…京谷君』
「あ?」

『私に…出来るかな』

唯織の問い掛けに京谷はまた浅くため息を吐いて、背を向けた




「出来るかどうかなんざ、全力出してから聞けや」

そのまま歩き出した京谷君。また京谷に背中を押された気がして、小さく微笑んだ




『まだまだ、これからだよね』

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