探り
「唯織さん!おはようございます!」
次の日の早朝、影山君からの誘いを受けて久しぶりにあの公園にやってきた。この前会った時と同じ場所に行くと、私が声を掛けるよりも早く影山君が私に気付いて駆け寄ってきた
『久しぶりだね、影山君』
「お、お久しぶりです!休みの日にお誘いしてすいません」
首を左右に振って大丈夫、と返した
久しぶりに会ったけど、やっぱり大きいなぁ…
元気もあって何よりという感じで、思わず口元が緩んだ
「今日はコート誰もいたかったので、使おうと思うんですけど」
『この前使ったコート?良かったぁ、靴持ってきておいて』
この前は持ってき忘れたから、念の為持ってきておいたのは正解だった。そう靴を見せながら言うと、影山君は苦笑した
「貸出あるのでわざわざ持ってこられなくても良かったんですよ?」
『だってほら、足元は履きなれてるモノの方が動きやすいしさ』
そう笑って言った唯織に内心、この前の練習でも十分動けていた気がするけどな…と影山は思いながら苦笑を崩せなかった
◇◇◇ ◇◇◇
コートにやってきて、影山君がウォーミングアップをしている隣で無心で柔軟をしている中、ふと昨日の事を思い起こしていた
「エースがいつまでも引っ込んでんじゃねぇよ、バカタレ」
引っ込んではいられないのは分かっている。もう試合まで何日もないこの状況で練習に集中出来ていない私は本当にグズだ。コートの違う京谷君にもそう見えているんだから…
「唯織さん?」
『ぁ…え、何?』
アップが終わったのか、影山君が呼び掛けてきて、思わず顔を上げた。見上げた先の影山君は首を傾げて此方を見下ろしている
「何かあったんですか?」
『何にもないよ。大丈夫』
やろうか、と言って立ち上がる。影山君に伝える事じゃない。試合に対して気持ちが落ち着かないのは影山君も同じなんだから
それからこの前の様に影山君のトス練と私のスパイク練を同時進行でやっていく。影山君のトスは変わらず速い。まぁ神業速攻なんて呼ばれてるモノだから当たり前か…
◇◇◇ ◇◇◇
「唯織さんは何か練習されてるモノとかあるんですか?」
『ぇッ…Σぐへッ!』
合間の休憩で水分補給をしている影山君が尋ねてきたから、オーバーハンドパスの練習をしていたにも関わらず反射的に影山君へ顔を向けてしまった。当然よそ見をしてしまったせいで上から降ってくるボールは掴み損ねて頭に落ちてきた
軽いとはいえ、硬さはある分になかなか痛い。影山君は驚くなり慌てた様子で心配してくれた
「見事に落ちましたけど大丈夫ですか?」
『ぐぅ…只でさえ低い背がもっと低くなりそう…』
頭を擦りながら言うと、影山君は小さく笑いながら大丈夫ですよ、と慰めてくれた
『えっと…何だっけ…練習してる事だっけ?』
「はい、ふと気になって」
特に隠す必要もないと思い、エアフェイクを練習している事を伝えた。すると、何とも驚いた様に影山君は目を丸くした
「めちゃくちゃ難しいやつじゃないですか」
『うん…上級者向けだからね。やってみてはいるけど身体がどうも追い付かないっていうか』
まだモノにしてないという事も伝え、浅くため息を吐きながらボールを反対コートへスパイクした。正直私に見合っていないレベルだとは思う。高レベルだからか、スマホで調べたり、雑誌を読んでも情報は同じく上級者向けだという事が記事の最後には必ず載ってた
「唯織さんらしいですね」
微笑んだ表情で言った影山君に首を傾げた
『私らしい?』
「唯織さんは常に技術を磨こうと努力されてる人だと思っていたので。エアフェイクは確かに上級者向けなんて言われてますけど、唯織さんならきっと大丈夫ですよ」
それは…及川先輩にも合宿中に言われた。けれど、先輩の前でも影山君の前でも大丈夫だと言わせられるくらいの動きをした覚えはない。何を根拠に…言っているんだろうかと正直そう思う
『何で…そう言えるの?』
性格が悪い事を言っているのは分かっている。せっかく励ましてくれている影山君に対して失礼だと思いつつも聞いてしまった。一方の影山君は聞かれて困る素振りなんてせずに、微笑んだまま言った
「唯織さんは出来ない
思わず目を丸くしてしまった。その私の反応に影山君は頭を掻いて、何やら照れ臭そうな感じで続ける
「この前の練習で唯織さんが言っていた事が俺の中ではしっかり残ってて…その…落ちるボールに対して拾えない
『影山君…』
「Σす、すいません…大丈夫なんて無責任な事言ってしまって…」
慌てて謝る影山君から視線をコートへ向けた。昨日の京谷君といい、影山君といい…私は今まで皆にそれっぽい事を平気で言っていたんだと痛感した。傍から聞いたら大それた事ばかりだ
『頑張ってた自分から何で逃げるの?』
自分から逃げてしまう事なんて誰にでもある。何度あっても誰からあーだこーだと言われる筋合いなんてないモノだ。逆に自分から逃げた事はないのか尋ね返したいくらいに頭に来るだろう
『私はどっちかっていうと、拾えないかもより、拾えるかもって考えちゃうな』
ボールへの気持ちだって…私だけじゃない。皆そう思ってる。やる気がない人は論外だけど、真っ向からバレーと向き合っている人は誰しもボールを諦めるなんて事しない。私は今更な事ばかり言っているのだ
拾える
「あの…唯織さん?」
影山君に顔を戻すと、彼は少し申し訳なさそうな表情で私を見下ろしている。その表情を見て、首を左右に振って何でもない、と言葉を濁した
『可愛い後輩にそんな事言われたらさ、もっと頑張らなきゃなって思ったの』
「唯織さんは頑張ってるじゃないですか」
『私はね、周りの子よりも努力しないといけないから、今のままじゃ全然足りないんだよ』
頑張って…周りに伝えないといけないから、と唯織はさっきスパイクして帰ってこないままだったボールを取りに反対コートへ向かって歩いていく。その後ろ姿を見て、影山は何故か胸がズキッと痛んだ
周りに…伝えないといけない…
「夢咲は去年の春高以来、一部の奴らから墮エースって呼ばれてんだって」
あの青城での練習試合の際、大地が言っていた事が頭を過ぎった。努力が足りないって…周りよりも努力しなきゃいけないって…
「唯織さんッ!」
突然影山君が大声で呼び掛けてきたから、思わず肩が跳ねた。振り返ると、何やら影山君の表情は真剣そのもので、ボールを拾って首を傾げた
「唯織さんは誰よりも努力してると思います!こんな朝早くから練習して!チームの為に難しい技に挑戦して!」
『影山君ッ…』
「だから!変な呼び名で呼んでくる奴らなんて気にしないで下さい!」
変な呼び名というワードでドクンッ、と重く鼓動が鳴った気がする。そのまま大声で影山君は続けて言い放った
「自分の事をもっと信じてあげて下さい!」
そう叫んだ後、肩で息をする影山君は変わらず真剣な表情で私を見つめる
「バレーが好きなら自分の事も好きになってよ」
何故か影山君の言葉とあの時の及川先輩の言葉が重なって聞こえた。思わず口元が緩んで、影山君の目の前まで歩み寄った
『知ってたの?私が何て呼ばれてるか』
「いえ…知ってたというか…」
『私はね…去年の春高を台無しにしたんだよ。先輩の最後の晴れ舞台に泥を塗ったエースなの』
誰よりも期待されていた存在が逆に足を引っ張る存在に堕ちた。だから堕エースなのだ。期待されていた自覚はあったし、それに応えようという気持ちは勿論あった。けれど…その自分自身の気持ちを踏みにじったのは紛れもなく私だ
抵抗出来ないなんてただの言い訳だ。逆らえずに従ったのは私の判断。あの人達はやると決めたらターゲットを堕とすまでとことんやる人達だというのは私が1番よく知っているから。去年、その恐怖に屈したのも…私自身なんだ
『今回のインターハイで私は負ける訳にはいかない。私をエースにしてくれた先輩達は間違っていなかったって皆に証明しなきゃいけないからね。もっと頑張らないと…今のままじゃコートにいても誰の役にも立てない…』
続きやろうか、と唯織は影山に背を向けて歩き出そうとしたが、呼び掛けられ、1歩目で止まった
「唯織さんは…何でそこまで自分を責めてるんですか…」
影山の問い掛けに唯織は振り向く事なく、自傷気味に微笑んだ
『私は…自分が大嫌いだからだよ』