メッセージ








「うわぁ、何これ。どうやったらこんな長く飛んでられるのよ」

そう朱美がボソッと呟いた。もう外は真っ暗。夕食もお風呂も済ませ、あとは寝るだけとなった私達は布団に隣り合わせで寝そべりながら動画を見ていた

内容はプロバレー選手の試合。レベルが全然違うけれど、練習のモチベーションが上がるだろうという意味で見始めたのだが…



「やっぱりプロは違うわねぇ。何今のセットアップ。タイミング完璧すぎ」

脱力した様に仰向けに体勢を変えた朱美に苦笑する。同じ女性とは思えない見事なプレーである



『差を感じるよねぇ』
「あんたに至っては本心じゃないでしょうよ」

差なんて気にしてないくせに、と朱美に指差されてよく分かってらっしゃる、と笑って見せた。朱美の言う通りちっともそんな差なんてものを感じてはいない。練習をすればきっと出来るようになるし、あとは経験を積めば少しずつでも近付ける

決して追い付けない人達ではない、と私は思う。全ては自分の努力次第だと…このプロの試合を見る度に思うのだ



「唯織はほんっとにすごいわねぇ。プロを目指してるだけあるわ」

わしゃわしゃと頭を撫でられた。改めて目指しているモノを言われると照れ臭くなる。小さい頃に出会って、最初は何となくで始めたバレーにここまで魅入られるとは私自身思ってもいなかったけれど、今に至っては私の全てと言っても過言ではない

コートのプレーで私の存在価値は決まる。バレーのない私なんて…空っぽに等しいだろう



「あ、そうだそうだ。さっき主将からメッセージ来たんだけど唯織にも来た?」

『え?まだ来てなッ…』

ポロンッ、とスマホの上画面に主将の名前で新着メッセージと表示された。何というタイミング…と思いながら見る



『横断幕の案?』

インターハイに向けた横断幕の言葉を今回新しくスタメンで決めようという話らしく、その案を促すメッセージだった



「ずっとほら、男バレと同じコートを制すだったじゃない?今回は女バレは女バレで考えようって事になったらしいよ」

『ふーん…』

何が良いかねぇ?、と朱美は自分のスマホを手に取ってネットで調べ始めた。私的にはコートを制すも気になっていたのだが…




「一騎当千、勇猛果敢、一致団結…四字熟語はなぁんかピンと来ないなぁ」

『ほぉ…』

「やっぱり何か熟語じゃなくて、メッセージ的なヤツの方がカッコイイと思わない」

『そうねぇ…』

曖昧な反応をしていたら、頬を膨らませた朱美がくっついてきた



「ねぇ、ちゃんと考えてんの?」
『考えてるよ。結構横断幕って試合中に見えた時に気分上げてくれるし、大事だからね』

「へぇ…じゃあ何か案あるの?」
『…教えません』

スマホの画面を隠しながら渋ると、何でよ!、と朱美は身体を揺らしながらぶーぶー言い始めた

頭にポンと思いついた言葉。そういうスローガン的なものを考えるのは得意な方ではないせいか、センスとか分からないけれど、私の中ではしっくりきた言葉だった。それを即座に主将に送り、朱美に見られる前にさっさとスマホの画面をオフにした


「ぬえぇえ!教えてよぉお!」
『もぉ!騒がないの!ご近所迷惑!』







◇◇◇ ◇◇◇







朝、目が覚めてスマホを見る。日が昇って間もない時間だからか、まだカーテン越しの空は薄暗い。隣りのベッドでは朱美がまだ眠っている

いつもはもう起きてジョギングするけれど、今日くらいはパスしよう。支度して朱美を起こしてしまっては申し訳ないし…そう思い、また目を閉じるが完全に目が覚めてしまったのか寝付けない

2度寝を諦めて、スマホをイジる




『あと…半月くらいか…』

徐ろに開いたカレンダー。インターハイの組み分け表をもらってからすぐに試合当日の日にスタンプを貼り付けたけれど、改めて日数を数える

何回見ても日数が変わる事は当然なく、あと半月しかないという現実。そういえば、私は最近エアフェイクの事しか考えてなかったけれど、ちゃんと先輩達に教わってきたサーブやスパイクも忘れない様にしなきゃ…

スマホをオフにして、体勢を仰向けにし、両手を上げてスパイクのフォームをイメージする



「なぁにを朝っぱらからやってんのよ」

慌てて首を横に傾けると、ベッドから顔を覗かせて苦笑している朱美が見えた。いつから起きていたのか、と苦笑し返す



「休みの日くらいはバレーを忘れなさいよね。ホントに部活病なんだから」

上半身を起こして、そのままベッドから降りた朱美は大きく欠伸をしてスマホで時間を確認した。まだこんな時間じゃん、と浅くため息を吐くと、朱美は何故か部屋から出ていった

暫くして戻ってきた朱美の手には水の入ったグラスが2個



「ほら、朝起きたらまずは水1杯」
『あぁ…ありがとう』

女子力あるなぁ…としみじみ思いながら受け取る。 ベッドに足を組んで座り、水を飲む朱美の姿はモデル並みに綺麗だと思う。本人に言ったらきっと照れてド突かれそうだから言わないけど




「あんたさ、最近及川先輩に何か言われなかった?」
『…はい?』

ベッド横の机にグラスを置いた朱美が言った言葉に、どうでもいい事を考えていた私は思わず聞き返してしまった


「聞かれたとか、何かなかった?」





「誰かに…脅されてたんじゃないの?」

『別に…何もないよ』

顔を逸らしてグラスの水を飲む。エスパーかよ、と思うほどに不意打ちにこんな質問をしてくる朱美はやはり怖い

確かこの前は朱美自身からあの人達の事を聞かれたっけ。未だに何かを気にしてくれているのだろうか、そこら辺の察する感覚が鈍い私には到底分からない



「まぁ、別に何も言われなかったならそれはそれで特に何もないけどね」

意味深に目を細める朱美の視線を感じるが、敢えて合わせない。屋上でもだったけれど、朱美は人の目で何かを察している気がする。目の動きでって、何処ぞの超能力者かと突っ込みたくなるけれど、それほどに的確に探ってくる

私の幼馴染は…やっぱりたまに怖いわ…







◇◇◇ ◇◇◇







それからは特になにもなく休日は過ぎ、いつも通りの平日がやって来る。学校に着くや否や前の席のクラスメイトが声を掛けてきた



「ねぇねぇ、今週の週末じゃない?壮行式」
『え?あぁ…そうだったっけ?』

思わず苦笑した。去年も確かやったよなぁ、なんて思い出していると言い出したクラスメイトが口を尖らせた



「何それ、めっちゃ他人事じゃんよー」
『ぇ、いや…あんまり印象にないからさ』

壮行式なんてただ意気込みを全校生徒に伝えるだけ。特別何かする訳でもないし、話すのは主将でその後ろに私達は並んで立つだけだから、主将には悪いと思いつつ、全然考えていなかった

しかも去年の事もあるから、後ろだとはいえ、壇上には上がりたくない…というのが本音



「聞いたんだけどさ、女バレは横断幕新しくするらしいじゃん?」

そう尋ねながら話に入ってきた男子。休みの日に主将から話があったばかりなのに、何処で情報を知ったのだろうか。特にそこまで気にする事でもないから、よく知ってるね、と苦笑を浮かべた



「スタメンで横断幕の言葉決めんだろ?唯織は何にするか決めてのか?」

『え?うん…まぁ…』

クラスメイトには伝えても良いか、と主将に送ったSNSのメッセージを2人に見せた。暫くの間の後に、2人しておぉ…と声を漏らす



『ぇ、何何?変…かな?』

「いや、良いんじゃねぇの?」
「唯織らしいよね。下手したら男バレよりも威圧感あるよ」

だな、と笑いだす2人を交互に見て、少しだけ不安になった。別に威圧感を出す為の言葉じゃなかったんだけどな…





◇◇◇ ◇◇◇





「あれ、唯織ちゃーん」

移動教室の際に通り過ぎた階段から主将の声が聞こえた。振り返って引き返すと、そこには主将と及川先輩がいた



「唯織ちゃん、次移動教室なんだね」
『そうですけど…何かご用ですか?』

んーとね、と主将は顎に手を置いて唸ると、笑顔で続けた



「インターハイまで半月切ったけど、どう?」
『どうって…』

「緊張してる?」
『そりゃあ、して…ます』

ずいずいと何故か質問責めな先輩に後ろの及川先輩は苦笑しながら呼び止める



「こらこら、あんまり唯織ちゃんが困る事しないでくれない?」

「なぁによ何よ!あんたがいっちばん唯織ちゃんを心配してるくせに!」

主将の言葉に及川先輩は苦笑して、私の目の前まで歩み寄ってきた



「俺達、今壮行式で主将として意気込みっていうのかな。壇上に上がって言わないといけない言葉があってその相談をしてたんだけど、女バレが横断幕の言葉を変えるっていうのを聞いてさ。唯織ちゃんの案を採用したみたいだから、どんな言葉なのかなぁって気になって」

だから声を掛けたらしい。けれど、それよりもえ?横断幕の文字…あれで決まりなの?



『ちょッ…え!?ま、待って下さい!私も候補を上げましたけど、採用されるようなモノじゃッ…』
「良いの良いの!あれは今の私達にこそ相応しい言葉なんだから!大丈夫!発表する時、誰の案なのかは伏せるから!」

安心なさい!、とウインクして親指を立たせる主将に唖然と固まったまま。いやいやいやいや、やめた方が良いよ。あんなの私の感性だし、クラスメイトから威圧感あるって言われたばかりだし…




『やっぱり考え直された方がッ…』
「唯織ー。回収するプリントあるんだから、そろそろ教室来なさいよー」

背後からクラスメイトが呼んできた。プリントを回収する当番だったのをすっかり忘れていたから、もう横断幕の事は諦めて、失礼します!、と先輩達に一礼して足早に戻った






「ちょっと困るよ。急に唯織ちゃん呼び付けたりなんかして」

「良いじゃないのよ。本人の顔色見た方が色々分かるしね。で?どうだったの?偵察は」

唯織には壮行式についての相談だと言ったが、本当は休みの日に聖豪学園へ偵察に行った事を自分のあの憶測は伏せたまま、ばったり会った主将へ話していたのだった




「結局3年は留守だったから、特に収穫はなかったよ。でも…」

「でも?」

「あっちは部員こそ唯織ちゃんを戦力外に見てるみたいだけど、コーチの方はそうじゃなかった。唯織ちゃんをちゃんと戦力として警戒してる」

「ふーん…」

特に主将はそこを気にする素振りを見せずに素っ気なく反応した。それに及川は意外じゃなかったのかと尋ねるが、主将は鼻で笑った



「意外も何も、コーチがそうだからってその部員を部活上3年が牛耳ってんでしょ?コーチがどうこう言ったって、変わんないわよ」

話を聞く限りだと、コーチの意見を素直に3年が聞き入っている様に思えないしね、と続ける主将に及川も確かに、と肩を竦めた



「去年の唯織ちゃんの動きなんて関係ないわ。今年は今年。唯織ちゃんがエースとしてコートで飛べる様にサポートするだけよ」

情報ありがとね、と手を振って階段を上がっていく主将の後ろ姿を見て、思わず及川は苦笑して頭を掻いた



「あいつって、男だったら岩ちゃんに負けないくらい男前だよねぇ」

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