じれったさ






午後からの授業は正直手につかなかった。早く部活に行きたい、行って早く練習がしたいという気持ちが強く出すぎて、そわそわしていた

あの場であんな事を言える主将は本当にスゴいし、カッコいい。壇上に上がって、滲み出る恐怖感で顔を上げられずにいた私では決して出来ない

でも、主将の言ってくれた言葉…期待に応える事は出来る。来週でインターハイ前の練習時間は終わってしまうが、その中でどれだけ進めるかが勝負だ

そう1人で勝手に静かに燃えていたせいか、無意識にシャーペンを握る手に力が入り、授業中は何回も芯を折る羽目になった





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「いよいよ来週に迫ったインターハイだが、此処で急遽当日の組み合わせが変わったという連絡が入った」

今から変更されたトーナメント表を配る、とコーチから告げられ、前から表が送られてきた。変わった理由を説明されている間にあみだをなぞっていく

棄権したチームがあったらしく、そのせいか、序盤から対戦相手が変わっている。そして、ある事に気付いてしまった


「これ…聖豪と戦うとしたら決勝じゃないの…?」

変更前は同じAブロックだったのに、変更後は青城がBブロックへ移動。隣でボソッと言った朱美の言葉通り、勝ち進んだ先で対戦するとしたら決勝という事になってしまった

まさかの急な変更…身勝手ではあるけれど、私情で棄権した高校に少し恨みが滲み出てしまう。ますます負ける訳にはいかなくなった



「今までで組み合わせが変更されるという事は滅多になかったんだが、試合前だしな…まぁそういう事もあるだろう。変更されたとしても、変わらずに練習に励む様に」

以上だ、と言って部活前のミーティングは終わった






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「――ちゃん?唯織ちゃーん」
『ぇ…Σぁ、はい!』

練習の合間の休憩。外の石段に腰掛けて空を眺めながらボーッとしていると、視界に突然主将の顔が映り込み、慌てて振り向いた

私が全く気付いていなかった事に主将は苦笑しながら、私の隣に腰掛け、ふぅ…と浅く息を吐く




「落ち着かないの?」

暫く無言で空を眺めている中で突然そう言われ、思わず目を丸くして主将の方に振り向いた



「重くさせちゃってる…かな?」

壮行会の時のあの言葉の事を言っているというのはすぐに察した。申し訳なさそうに苦笑しながら頬を掻いた主将に慌てて首を左右に振って違いますと否定した



『主将には本当に感謝してるんです。あの場であんな事…ありがとうございます』

「お礼なんて良いのよ。寄って集ってでしか文句が言えない奴らにはあのくらいはっきり言う方が丁度良いわ」

そう言ってふん、と鼻を鳴らして得意気に胸を張った主将。1年の違いでどう過ごしたらこんなにカッコいい人になれるのだろうかと素直に思う

普通あんな事言えないよ。いくら部員の為とはいえ、下手をしたら主将自身が嫌な思いをするかもしれないのに…そのリスクをかえりみずに…




「全くせっかく考えた挨拶が無駄になっちゃったわよ。静かに聞きなッ…」
『何で責めないんですか…?』

主将がせっかく明るく話しているのに水を差す様なトーンで口を挟んでしまった。先輩から目を逸らして、閉じない口から続けて言葉が出てくる



『1度も先輩方は私を責めませんでした。主将や他の先輩方は卒業した3年の先輩方と仲がとても良かったのに…最後の晴れ舞台に泥を塗った私を…責めませんでした』

気にするな、誰にでも失敗はある。寧ろそうやって励ましてくれたくらいだ。誰も責めないでくれた。外部の人からしても、私は見るからに足を引っ張った堕エースだ。それなのに、同じコートでボールを追い続けた周りの仲間は何も言わない

影山君の事を出すのは申し訳ないけれど、日頃の行いでもし例のトス無視をされたのなら、本番で全力を出さなかった私はそれ以上の仕打ちをされても仕方ない筈なのだ

やる気がないなら来るな
足を引っ張る部員はいらない
部活を辞めろ

そんな事を言われても文句が言えない立場の私をずっと置いてくれた。何でッ…






「唯織ちゃん、後悔してるんでしょ?」

少し反応が遅れて、主将を見た。主将は小さく笑って、目を伏せて大きく伸びをしている



「意図的に手を抜いた人はね、そうやってずっと後悔なんてしないのよ。ましてや自分のせいでとか思わないし、そもそも練習の時点で手を抜いてるわ。でも…」

唯織ちゃんはずっと頑張ってるじゃない、と微笑んで言われた言葉に主将から目を逸らせずに固まってしまった



「今更去年の事をどうこう思う部員は此処にいないわ。壮行会で言った通り、結果は部員みんなの責任であって、誰か1人がこうだったからとか…そんなの負けた言い訳みたいなものだもの。だからさ」

立ち上がった主将は何も言わずに呆然と見上げている私の頭を撫でて、続けて言った




「悔いが残らない様に全力で戦おう。試合にも…自分にも」

主将として言える事はこれくらいかな、と笑顔を残して主将は石段を上がって体育館へ戻って行った



『自分にも…』

色んな意味が含まれている様に思え、休憩が終わった後もその言葉が頭から離れなかった






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「俺…何で素直になれないんだろ」

部活後、少し休憩すると唯織と朱美に告げて2人で体育館外の石段に並んで座っていると、及川がボソッと呟いた

怪訝に思った岩泉は、あ?と眉間に皺を寄せて聞き返しながら及川の方を見ると、その横顔からは覇気がない様に感じた



「岩ちゃんはカッコ良いよねぇ」
「お前何言ってんだ?」

更に怪訝気味に尋ねると、遠くを見つめながら及川はため息を吐いた



「あの時…俺に何か出来たのかな」

あの時とはいつの事か分からず険しい表情を浮かべたまま及川を見つめる岩泉だったが、次の一言で理解した



「唯織ちゃんがあんな言われ方されてるのに…俺何も出来なかった」

壮行会の事だと悟った岩泉はあれか…と声を漏らした



「別に何も出来ねぇだろうよ」
「岩ちゃんは目の前の奴等に掴み掛かろうとしてたじゃん」

「あれはマジで腹立ったから身体が動いちまっただけだ」
「いや…それを俺は出来なかったって言ってるの」

腹が立って身体が勝手に動いた経験は中学の頃の影山に対してくらいだ。バレーへのプライドを傷つけられたから思わず手が出てしまった。でも…あの壮行会の時は逆に冷静になってしまった

よく他人が感情的になっていると、自分は逆に冷静になるという話は聞くけれど、そういう事でもない



「本当なら俺だって掴み掛っていくべきだったんだろうけど、どうしてもストップが掛かるんだよね」

「そりゃあ…いつもあんな愛想振り撒いてたらな」
「ホントにそれ」

躊躇いもなく刺さる言葉を言えば、いつもならあーだこーだ反抗してくる筈の及川が肩を落として素直に言葉を受け止めた様子に岩泉は目を丸くした

膝の上に組んだ腕に力なく頭を落とした及川に岩泉は浅くため息を吐いて言った



「好きだからこうするべきとか、めんどくせぇ事考えてんじゃねぇよ」

及川の反応はないが、岩泉は足を伸ばして後ろに手を付き、上半身を仰け反らせながら続ける



「正直な所を言えば、別に気持ち伝えてない時点でお前がそう感じる責任も何もねぇと思うけどな」

そんな辛口な発言にも反応を見せない及川。そこまで落ち込む程なのか?とジト目で様子を伺う岩泉だったが、今までなかった本気の恋・・・・というモノを体感しているからかと自己解決した



「お前ホントに好きなんだな、夢咲の事」
「好きだよ」

今度は即答かよ、というツッコミを飲み込んで、岩泉は代わりと言わんばかりに丸まったその背中を強めに叩いた。不意打ちの衝撃に痛ぇ!と俯いていた及川はやっと顔を上げる



「いつまでも女みてぇにめそめそしてんじゃねぇ。ほら、行くぞ」

さっさと立ち上がって石段を上がっていく岩泉。もぉ…と叩かれた背中を摩って及川も立ち上がり、浅くため息を吐きながら俯いた拍子に右足のミサンガが目に映った




『ホントにその方の事、好きなんですね』

ミサンガを貰った時の事が頭を過ぎった。好きな子がいると打ち明け、どんな子かを伝えた時の唯織の言葉…




「ホントに好きだよ…好きなのにッ…」

言えればどれだけ楽なのか。もし叶ったのなら、あの場でも彼女の為だと1歩踏み出せて、言いたい放題の奴等も殴りつけられたかもしれない。俺の彼女を傷つけるな!と怒鳴りつける事だって出来たかもしれない

でもそれはきっと言い訳でしかなく、ただの先輩と後輩という今の状況で…片想いという苦しい状態でもそれすら出来なかった俺は…やっぱり最低なんだろう

ぐしゃぐしゃと頭を雑に掻き、くそッ…と声を漏らして及川も石段を上がった

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