失敗






『行ってきまーす』
「唯織、たまには休んだら?身体休めてもバチは当たらないわよ?」

『…良いの。今出来る事をやりたいから。いつも心配してくれてありがとう』

母親の心配気な顔を余所に、運動靴を履いて玄関の扉を開けた。毎朝、登校前に軽く走るのがもう1つの日課。毎日部活の帰りが遅いだけに、毎回お母さんには止められるけど…悪いと思いつつ走らないと落ち着かない

暫く走って、いつもの公園。昼間は子供が多く遊ぶ此処も、朝だけは私だけのバレーコート。持参した練習用のバレーボールでトス、スパイクの練習





『岩泉先輩のスパイクは…もっと手首を柔らかく…』

何度もノートを見てはボールに掌を当て、思い出しては当てのイメトレ。昨日から早く練習したくてしょうがない

早くコートで駆けたい。早くボールを打ちたい




『私って…ホントにバレー…好きなんだなぁ』

今日は男バレも一緒に体育館で練習する。自分も練習しつつ、岩泉先輩と及川先輩のバレー。絶対見て、少しでもモノに出来るようにしなきゃ…







◇◇◇ ◇◇◇






放課後。いつもの様にHPホームルームが終わり、ダッシュで廊下を駆けた。早くコートで練習したいッ…!






「まだバレー続けてんのかよ、堕エース」

駆けて通りすぎる間際に耳に聞こえた声。咄嗟に振り向く。生徒の通りがちらほらある廊下で誰が言ったのか分からない


まぁ…今更か…

あの春高、3年の先輩達にとって最後の試合。高校の生徒が多く応援に来てくれたというのに、全く役に立たなかった私が未だにエースという肩書きを担っている事に不安や邪険な目で見ている人は少なくない

「堕エース」
それが私をよく思わない人達の中での私のあだ名。後ろめたさもあるが、気にしていたら埒が明かないと再び廊下を駆けていった






『お疲れ様です』

「お疲れ様ぁ…ってあれ、何か顔色悪くない?」

先輩が首を傾げながら尋ねてきた。悟られるのは嫌だったから、咄嗟に首を左右に振って誤魔化した




『気のせいですよ。すいません、今日もネット張りお願いします』

ふと反対側のコートを見る。男バレも1、2年がコートの準備をしていた。1年は…あれが国見君と金田一君か。んで…2年は矢巾君に、確か渡新君と京谷君だっけ…

黙々と準備してる。3年はまだなのかな…



『…気にしすぎ、気にしすぎ。準備しなきゃ』

左右に首を振り、準備に戻った唯織は支柱を取りに倉庫の奥へ向かった。その直後、男バレ側の扉が開き、3年の及川達が入ってきた





「みんなお疲れぇ」

及川を先頭に花巻、松川、岩泉の順に体育館に入ってきた。それに気付いた1、2年が挨拶する中、及川が女バレの方へ目を向けた




「あれ、あっちも準備早いね」

関心気味にボソッと言った言葉に近くにいた矢巾が反応した



「あぁ、いつもは夢咲が準備してるんですけど、今日は珍しく先輩の方が早く来たみたいですね」

「…へぇ」

倉庫の奥から支柱を1本抱えて持ってくる唯織を見て、金田一が苦笑した




「ほとんど毎日1番に着いてコート準備してるんですから…スゴいですよ」

金田一が支柱を設置している唯織を見つめながら言うと、花巻や岩泉達も感心する様に視線を向けた




「偉いなぁ、あの子」
「毎日とか、滅多にいねぇべ」
「…ホントだな」

男バレがそんな話をしてるとは知る訳もなく、淡々と準備をする唯織。その姿を眺めていて、ホントに本気でバレーが好きなんだな…と及川は改めて感じた







◇◇◇ ◇◇◇







いつものウォーミングアップが終わり、ポジション別の練習になった



「セッターとウィングスパイカーは一緒に。ミドルブローカーはコーチと私が打ったボールをブロックして練習。暫くしたらみんなでサーブ練習。その時は声掛けるから、それまで練習!」

はい!とそれぞれのポジションに移動。セッターの朱美が綺麗にトスをあげてくれる。スパイカーの部員が打っていく中、私は頭でイメトレ




「唯織、行くよ!」

朱美からのトスが上がったと同時に飛び出した。岩泉先輩のスパイクは…歩幅は無駄なく、一歩一歩は軽くステップを踏む様に…そしてッ…

足を強く踏み込んで飛んで…身体を弓の様に反らせて……戻す勢いのまま叩き付けるッ…!




『ふッ…!』
バンッ!

叩いたボールは、コートの中央に鋭く叩き付けられた。床に着地した途端に身体からぶわっと熱気が沸きだした

一発だけでもこんな体力を持っていかれるなんて……それを試合中に何回も打てている岩泉先輩は…やっぱりエースだ…




「唯織、今の良かったよー。何か良い事でもあった?」

朱美に尋ねられた。調子が良い理由は、正直昨日の放課後の練習で及川先輩と岩泉先輩から直接教えてくれ事が大きな原因だが、とりあえず言わずにそんな事ないと言葉を濁した






「今のスゴいスパイクだねぇ」

「あぁ」

唯織のスパイクの一部始終を練習しながら見ていた及川、岩泉は感心していた。モノにすると宣言しただけの事はあると…



「根性あんな、ホントに似せにきてやがる」

「ホントだねぇ。でも、余計この後のサーブ練習で、実際夢咲ちゃんのサーブがどんなモノか…気になるよ。スパイクがあれだけ出来てる本人も苦手だって言ってたし」

「あっち気にして、気ぃ抜けた練習したら許さねぇからな」

「Σあいてッ!分かってるってば!いちいち叩かないでよ、岩ちゃん!」

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