ご縁






「あ、唯織ー」

翌朝、昨日言ってた通り、朱美から連絡があった。付き合ってほしい所があるとは聞いていたけれど、結局電話では教えて貰えず…身支度をして、家を出る。待ち合わせ場所である駅前まで着くと、朱美が手を振っているのが見えた



「遅刻ですー」
『え!?ご、ごめん』

「嘘だよ。私も今来たし、時間もぴったり」

そんじゃ行きますよー、と手を引かれて駅の中へ。今回の目的地については何も聞かされていなく、尋ねても内緒とだけしか言われない

休日だからか、午前中は人が少なく、普通に座れた。隣では窓からの景色を眺めながら何やらご機嫌な朱美。何かあったのだろうか、と思ったけれど、表情で分かる通り良い事だったのは確かで、それなら良いかと気にしない





「俺にとって唯織ちゃんは…た、大切だから…」

ぼーっと目の前で流れていく景色を眺めていると、ふと頭に思い出された昨日の先輩の言葉



『大切だから…』

先輩は本当に優しい人だ。関係ない話でも…あぁやって親身になって聞いてくれる後輩想いな人だ。でもあんなに笑い掛けられても…先輩には…






好きな人がいる

「唯織」

ハッと我に返った。隣を見ると、朱美がうきうき気分な様子でスマホの画面を見せている



「ねぇねぇ!お店で見るよりもネットの方が可愛い服めちゃくちゃあるのに最近気付いてさ!どうこれ!これ岩泉先輩好みだと思う!?」

『え、あぁ…うん』

だよねー!と朱美は再びスマホの画面を見る

私…何考えてたんだろ…
先輩に好きな人がいるなんて今更じゃん。知って…私は応援すると決めたし、先輩にも言った。成就祈願にミサンガも贈った。なのに…たまにその事でもやもやした気持ちになるのは何でなんだろう…

これがもし…もし、恋なら…私は相当に性格が悪い。先輩に好きな人がいると知っているくせに、先輩を好きになるなんて…あってはいけない事だ。先輩を困らせるし、何より人としてあっては駄目な気持ちだと思う

応援すると決めたなら素直に応援する立場で弁えておかなければ、身勝手な人間になってしまう。先輩を困らせるくらいなら…

この気持ちは抑えつけておく







◆◆◆ ◆◆◆





「はーい!着きました!此処が今日の目的地でーす!」

駅を降りて暫く歩くと、見上げる程の高さのある真っ赤な鳥居が。その先は境内になっているのか、何本かの小さな鳥居が並び、本殿に繋がる参道になっていた

なかなか大きめな敷地で、神社と言うより神宮っぽい。だが、鳥居の上部に掛けられた扁額へんがくには神社と記されていた。通常そういった場所には人気がないイメージがあるけれど、何故か今日来たこの神宮は人が比較的多く、何なら数件の屋台まで出ている




『時期的に人がたくさんいるのは珍しいね』
「今の時期だからこそよ。私達バレー以外の部活動もそろそろ大会とか始まる頃だもん」

朱美の言う通り、境内ですれ違う人達の中には部活動のTシャツを来た子達や学生が目立つ。その層にこの神社がどんなご利益のある神様が祀られているのか大体察した



「到着ー!写真で見たより迫力あるぅ!」

鳥居の参道を抜けると、どんと存在感のある真っ赤で派手な装飾な本殿が飛び込んできた。その立派な姿に思わず見上げながらへぇ…と声が漏れた



「勝負事に強い神様が祀ってあるとは聞いてたけど、本殿の見た目でもう勝利って感じだね」

『確かに』

2人でそんな話をしながらとりあえず祈願する為に本殿の目の前まで歩く。周りではお守りや護符を売ってい授与所、絵馬を飾る場所もあり、結構本格的な雰囲気だ

拝殿はいでんまで上がり、小銭を賽銭箱へ。参拝の作法に沿って礼や鈴を揺すり鳴らし、目を閉じて頭の中で願い事…と思っていたけれど…





「よぉし!祈願ばっちり!」
『あ、うん…そうだね』

隣の朱美の声で目を開けた。朱美は色々願い事をしたらしく、満足そうな顔で一礼して拝殿の階段を降りていく。私もひとつ遅れて一礼し、階段を降りる

目を閉じ、手を合わせてから何も浮かばなかった。勝手に焦って浮かばなかったのではなく、単純に何も…



「唯織もちゃんとお願いした?」
『ぅ…うん。した』

願い事も勝利祈願の言葉さえ、思い浮かばなかったのは何故なのか分かっていた。多分私は…勝負事を神様頼みにしたくないのだ

負けず嫌いな性格が神様の前である此処にも出てくるとは相当に弄れているらしい。けれど…自分の力で勝ちに行きたいという想いは強く、これを神様に願うのは何か違う気がした。それもそれで弄れてるとは思う

隣の朱美には言える筈もない。 せっかく連れてきてくれたのに、元も子もない事を言いたくないし、何より朱美の気持ちを裏切ってしまう。だから、嘘も方便というべきか、神社で言うのも罰当たりな気がするけれど、咄嗟に嘘で頷いてしまった



「あとは絵馬を書けばばっちりじゃない?」

ほれほれ、と朱美に手を引かれて、軽く駆け足で絵馬の場所まで連れて行かれた。目の前まで来ると、絵馬の種類はいくつかあるらしく、好きな絵柄を選び、設けられた記入スペースで書くスタイルだ



「これ可愛い!私これにしよ!」

早速決めたのか、1つ絵馬を取り、中央に置かれた小さな賽銭箱に500円を入れると、朱美はルンルンな様子で記入スペースに向かった。私もいくつか見渡し、目に止まった絵柄の絵馬を選んだ

記入スペースには筆ペンが何本か置かれていて、来た頃には朱美はもう書き終えたのか、絵馬を飾る所にいた。早いな…と苦笑しながら、筆ペンをとる

何て書こうか…
あまり言葉を字に書き起す機会がないからか、書こうとするも手が動かない。絵馬は願い事を叶える為に奉納する物だから、やっぱり願い事を書くべきなんだろうけど…



『願い事なんてないなぁ…』

ぼそっと本音が出てしまった。何かを願った事ってそもそもあったかな…なんてまた弄れた事を思った時…




「悔いが残らない様に全力で戦おう。試合にも…自分にも」

主将から言われた言葉を不意に思い出した。願い事はこうなってほしいと強く願う想い…なら…

達筆という訳ではないけれど、丁寧に思い付いた言葉を書いた。願い事とというより、意思表明の様になってしまったが良いだろう。それを持って飾る場所へ持っていくと、その言葉を見た朱美は思った通り微妙な顔をした



「あんたねぇ…それは願い事ではありませんよ」
『良いの、これで』

朱美のは?と尋ねると、隠す訳でもなくて朱美は此処だと飾った所を見せた



・バレーボールで全国大会に行けますように!
・先輩に想いが届きますように!

『2つってありなの?』
「良いの良いの。別に1つじゃなきゃダメだとかないしさ」

にしし、と満足気に絵馬を眺める朱美に苦笑したがら私も隣に飾る。勝負事の神様が祀ってあるだけあり、他の絵馬には試験合格祈願や私達と同じく大会優勝などの類が目立つ



「ねぇ、お腹空いたから屋台でなんか食べようよ」
『あぁ、そうだね』

朱美に手を引かれて、見ていた絵馬達から視線を外そうとした瞬間に、1つの絵馬が目に映った



恋が出来ますように…

すぐに歩き出したから一瞬しか見えなかったけれど、何故かそれだけ目立って最後に見えた気がした





◆◆◆ ◆◆◆





「うんまぁ!この今川焼きまじ美味!帰りも買うわこれ!」

3個ぐらい入った今川焼きの袋を持ち、1つを口に頬張りながらそんな事を言う朱美にまだ買うのか、とツッコミを入れたくなった

私もチョコバナナを食べながら賑わう参道を眺める。本当にこの時期には珍しく人が多いよな、とまた思っていると、隣の朱美に肩を軽く叩かれた



「ねぇ、あれ何だろ」
『ん?』

朱美がある方向を見ながら指差し、私もその先を見る。すると、石張りの参道から外れた所に獣道らしき場所があった



「あれって行けるのかな?」
『行けそう…に見えなくもない』

近くにあった境内の地図を見て探したが、やはりその箇所から道は書いてなかった。近くまでやってくると、誰かが通っている様に獣道にしてはほどよく草が刈られていて、放置地帯にも見えない

周りを見ても行き交う人達はこの道に興味がないのか、スルーしていく。と、朱美が無言で獣道に入っていくのに気付いた。呼び止めても反応なく入っていくから、私も後を追うのに入った


360度緑が生い茂り、草を踏む音と風の音しか聞こえなくなるまで歩いた地点でやっと前を歩く朱美が立ち止まった



『もう、少し待ってくれてもッ…』
「何か鈴の音しない?」

は?と耳を澄ます。風の音で揺れる木々の音…の中に確かに微かに鈴の音が鳴っている。音色は静かだけれど、頭に響く水琴鈴すいきんすずだと分かった

暫く立ち止まった場所で立ち尽くしていると、先の更に木が生い茂り、陽があるのにも関わらず暗い林の奥から1人の人がゆっくり歩いてくるのに気付いた。よく見るとその人物は笠を被り、錫杖しゃくじょうを持ったお坊さんだった

鈴の音もそのお坊さんが身に付けているのか、足を踏み出す度に鳴っている。そのお坊さんの姿を見た私達は引き返す訳でもなく、何故かお坊さんから目が離せずに動かなかった




「おや、珍しい。人が来るなんて」

お坊さんは私達の目の前で立ち止まった。笠を少し上げて微笑むその優しい表情に何処かにあった不審感は消えた




「この人……あぁ!確かこの神社の住職の人だ!」

朱美が思い出した様に手を叩いた。どうやら神社のサイトで写真が載っていたらしい。住職はゆっくり頭を下げて会釈した



「お尋ね致しますが…貴女方は何故此処に入られのでしょうか?」

此処とはつまりこの今いる茂みだらけの道で、その尋ね方に私達はえ…と声を漏らした



「此処は整備されている参道とは違い、この通り草木が生い茂っている場所です。そんな所に何故わざわざ入られたのかと思いまして」

『も、もしかして…立ち入り禁止でしたか?』
「そうだったのならすいません!」

私達が慌てて謝ると、住職は笑顔を浮かべて首を左右に振り、懐からやや大きめな鐘を取り出すと、1回鳴らした



「立ち入り禁止ではありませんので、安心して下さい。ただ、此処に立ち入る方は本当に少ないので、少し驚きました」

「何て言えば良いんだろう…ね?」
『うん…惹き付けられたというか、妙に気になったというか…』

その私達の反応にお坊さんはそうですか、と頷くと、また鐘を1回鳴らした



「少し…小話でもしましょうか」

お坊さんはそう和やかに言うと、手首に着けている珠々を手元で組んで、浅く頭を下げた



「此処に祀られている神が勝負事に強いのはご存知でしょう?」

私達は頷いた。ある程度サイトの案内を見て来てはいるから、知ってはいた。その神様が女性であり、幾度の戦乱の世を戦い抜いた方であると…確かそう書いてあった



「負けず嫌いで頑固者だった彼女は負ける事…即ち戦乱の世では死ぬ事を酷く嫌い、勝ち続ければ、生き続けられると信じていました。ですが…」

ある日、亡くなった。戦場で酷い怪我をし、息絶え絶えの状態で何とか住処であるこの地に戻ってきたが…そのまま…

何とも悲しいけれど、戦う事こそが生きがいだったのだとお坊さんは話してくれた。そして、自分が歩いてきたであろう茂みの奥へ視線を向けた


「彼女は死ぬのを最期まで否定し、まだ戦えるとボロボロの身体で這いずってまで、進もうとしました。そして、あの茂みの奥で息を引き取られました」

その這いずった道こそ、今私達が立っているこの道なのですよ、とお坊さんは続けた。彼女が勝利への執念を燃やしながら通ったこの道はある意味でのパワースポットらしく、住職の意向でこの道だけはそのまま整備せずに当時のまま残しているのだという



「何で参道を造らなかったんですか?パワースポットならめちゃくちゃ人が参拝に来ると思うのに…」

「確かにそうですね。ですが…生前に壮絶な人生を歩んできた彼女だからこそ、亡くなった後は静かに眠って欲しかったのですよ」

優しく表情を和らげながら話すお坊さんに私達まで釣られて口元が緩んだ



「私は毎日此処へは彼女が安らかに眠り続けられる様にお経を唱えに来るのですが、たまに貴女方の様に彼女と気の合う方達が惹き付けられてやって来られます」

気の合わない方達は無意識にこの場所は怖い・・と感じ、近付きもしません、と言われ、あの怖がりな朱美が自ら足を踏み入れたのはそのせいかと納得した反面、本当にそんな事ってあるんだなぁ…と不思議な気持ちになった

確かに入口付近は草木が生い茂って、不気味な雰囲気だと感じてもおかしくはない…けれど、私も不思議とそういった気持ちは芽生えず、惹き付けられたという言葉が恐らく合っている

負けず嫌いなのは自分でも自負しているから、その神様の気持ちは分かる気がする。私だってインターハイの為に躍起になってやってきたのだから…



「ですが、その強い気持ちに長く触れてしまうと、逆にマイナスの力を引き寄せやすくなってしまいます。なので、あまり長居しない事をお勧め致します。そして、どうか彼女が静かに時を過ごせる様…此方から先へは行かれない様にお願い致します」

住職が頭を下げたその直後に静かな風が奥から吹き、何とも不思議な気分になった。朱美と私は同時に顔を見合って、その場の空気を察して頷いた



「分かりました」
『この先へは行きません。他の方にも言わない様にしますね』

私達の返しに顔を上げた住職はホッと安堵した表情を浮かべてありがとうございます、とまた一礼した


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