罪悪感






「てか、みんな何処行ったんだろ」
「さぁな」

屋台側へ来たのは良いけれど、またメンバーとはぐれてしまった2人。薄暗くなってきた辺りには灯りが点々としていて、屋台があれど雰囲気がある時間帯になっていた

それもあってか、すぐ分かるあの制服姿でも探すのが少し大変で見渡しながら歩く




「あいつ等すーぐどっか行くんだからぁ。ねぇ岩ちゃん…って、岩ちゃん!?」

振り向きながら話し掛けたが、背後にいた筈の岩泉が忽然といなくなっていた。慌てて辺りに目を向けると、屋台から外れた獣道らしき暗い道に岩泉が入っていくのが見えた

はぁ!?と思う前にずんずん進んでいくその後ろ姿に呼び止める前にすぐさま跡を追うのに及川も獣道の中へ入った







「岩ちゃん!」

最早真っ暗に近い森の中で漸く岩泉の腕を掴んだ及川



「何してんの!?危ないでしょうが!」
「ぁ、あぁ…」

及川に腕を掴まれて岩泉は我に返った様に反応して苦笑した。何でも鈴の音がしたと言うが…



「何、岩ちゃんってそういう霊感的なのあったっけ?」
「いや、多分ホントに鈴の音だったと思うんだが…」

「その鈴の音頼りにこの道入ったって事?」

暗さが増してスマホのライトで照らしながら改めて周りを見渡す。しん…と静まる森で耳を澄ますが…



「ほら、聞こえんだろ?」
「え、え?全然聞こえなッ…」

ふと前方に視線を向けた及川が言葉を飲み込んだ。どした?と続けて視線を向けた岩泉も同じく黙り込んだ。前方からぼんやりと灯りが小さく揺れながら近付いてくるのだ

次第に鈴の音も聞こえてくる…



「ちょ、ちょ…え、何あれ」
「分からん…」

狼狽える2人だったが、逃げる訳でなく、身構えながらも近付いてくる灯りをじっと見つめていた。すると、だんだん灯りが手持ちの提灯ちょうちんである事とそれを持つ人間の姿が見えてきた




「おぉ、驚いた…此処にこんな時間に誰かと会うなんて」

驚いた様な声を出して、被っていた笠を上げた事で漸くその人物の顔が見えた。灯りに照らされたその和やかな表情に2人の警戒心は自然と溶けた

その人物とは昨日唯織と朱美が出会した神社の住職なのだが、2人がそんな事を知る訳もなく、誰なのか尋ねる



「私は此処の住職の者です」

「あ、何だ…住職さんだったんだ…」
「ちょいとビビったな…」

ホッと安堵し、苦笑し合う2人に次は住職が不思議そうな顔して首を傾げながら尋ねた



「此処には滅多に人は立ち寄りませんが…何故お2人は此処に?」

「え?いや…何でだろ…」
「岩ちゃん、確か鈴の音が聞こえたって言ってたよね?」

鈴の音と聞くと住職は徐ろに指をこれでしょうか?と2人に見える様に差し出した。その指先には鈴が括り付けてあり、それは揺れる度に耳に残る音を鳴らす水琴鈴すいきんすずだった



「それだ、俺が聞こえてた鈴の音」
「あそこからこの音聞こえるって…岩ちゃん相当耳良いね」

「もしかしたら、惹き付けられたのかもしれませんね」

不思議そうに鈴に魅入る2人に微笑みながらぽつりと住職は呟いた。惹き付けられたという言葉にえ?と及川も岩泉も揃って反応すると、住職は懐から鐘を取り出し、1つ鳴らした



「少し昔話をしましょうか」

住職が話し始めた話は唯織と朱美が聞いたこの神社に祀られている勝利の神についての話。その話の終始、及川と岩泉は無言でその話に聞き入っていた




「へぇ…何か不思議だな」
「KYな事言うけど、俺そういうの全然信じてなかった」

だが、実際目の前で岩泉がそういった言動をしていたのを目撃しているからか、そう言うだけで及川はその話を疑う様な事はしなかった



「この話をこんな連日お話する機会があるとは思いもしませんでした」

含み笑いを浮かべた住職は懐からあの水が入った丸いガラス玉を2人に手渡した。渡された2人はスマホのライトでそれを照らしながら不思議そうに首を傾げる。そして、住職は続けてそのガラス玉の中の水について説明した




「へぇ、おみくじとか引くよりも効果ありそうだね」
「そうだな。ありがとうございます」

岩泉が会釈すると、続いて及川も会釈した。住職もいえいえ、と和やかに微笑むと、最後に一言




「その水晶は異性の方に差し上げて下さい。そうすればより恩恵を受けられますから」






◆◆◆ ◆◆◆






「つっかれたぁああ!」
『Σぬぉ!ちょ、重い!』

部活後の居残り練習中、合間の休憩で床に座っていると横にいた朱美が覆い被さってきた




「今週は飛ばしていくつもりだったけど、序盤でこんなへばるなら下手に気合い入れない方が良いかもしんないなぁ…」

『部活中も頑張ってたもんね』

よしよし、と頭を撫でてあげると猫の様に表情を和らげて笑う朱美。可愛いと素直に思う




「ねぇ、唯織」
『ん?』

「脈…あると思う?」
『はい?』

何の事か分からず聞き返すと、ごろごろしていた朱美は勢い良く起き上がり、ズイッと詰め寄ってきた



「岩泉先輩よ!」
『え?…あぁ、インターハイの後に告白するって言ってたもんね』

「あ、あるかな!?どう思う!?」

いつになく焦っている様子の朱美。眉を下げて不安気なその表情に思わず苦笑してしまった。果たして大丈夫だよ、と言った方が良いのかどうなのか…無責任な期待を持たせるのも気が引ける



『んー…今の所岩泉先輩に彼女さんがいるって話も好きな人がいるっていうのも聞いてないし…』

「彼女はいないっていうのは周りに聞き込みして分かってるんだけど、好きな人に関しては先輩の気持ちの中だからそこだけが分からないのよねぇ…」

あの子も脈ありそうだし、あの子だって…と指でカウントさせながらブツブツ呟き出した。こうなっては面倒臭い。此処で率直な感想でお似合いだと思うだなんて言ったらきっと食い気味に何処がどう見えてそういうのか根掘り葉掘り問い詰められそうだからやめておく

青春してるなぁ…と他人事の様に思いながらその様子を見ていると、何やら体育館入口辺りから話し声が聞こえてきたのに気付いた。自分の世界に入って何やらもやもやした雰囲気を出している朱美はそっとしておいて、静かに入口の方へ向かった







◆◆◆◆◆◆







『あ…』
「ん?あ、唯織ちゃん。お疲れぇ」

下駄箱まで来るとバレーシューズに履き替えている及川先輩と岩泉先輩が。今日は来れないと朱美から事前に聞いていただけあり、呆気に取られて少し反応が遅れながらも会釈した



『お2人共どうなさったんですか?』
「いやぁ、思ったより早く用が済んだからさ」

「夢咲、朱美もいんのか?」
『あ、はい。いますけど…』

なら丁度良いな、と岩泉先輩に話を振られた及川先輩も微笑んでそうだね、と相槌を打った。2人の反応について尋ねようとした直後、後ろから駆けてくる足音が…




「唯織ってば急にいなくならないでよッ!…って…Σい、いい岩泉先輩!?」

目に入った岩泉先輩に盛大に驚いた反応を見せた朱美に思わず苦笑してしまった




「なな何でいるんですか!?」
「いや、大した理由じゃねぇけど…邪魔だったか?」

「そんな訳ないじゃないですか!た、ただ先輩が来てくれると思ってなかったので、シャツ部活のままで…あ、汗臭いのであまり近づかない方が…でも先輩とも話したいし…」

やっぱり着替えてきます!、とブツブツ1人で言っていると思えば勢いよく顔を上げて岩泉先輩に言い放ち、慌ただしく部室の方へ朱美は駆けて行ってしまった




「あいつ、どうしたんだ?」
『いや…まぁ…いつも通りなので気にしないで下さい』

今に始まった事ではないけれど、朱美にとって不意打ちの岩泉先輩の登場はテンパる程に威力が凄まじいらしい。3人で苦笑して、とりあえず体育館の中へ移動する事に…





「今日は何の練習してたの?」
『そうですね…エアフェイクを交えながら基礎練って感じですかね』

「ものに出来そうか?」
『それは…何とも…練習あるのみですよ』

歩きながら尋ねられ、答えに困ってしまった。あと1週間に迫ったインターハイ…自分では練習あるのみなんて言うけれど、正直今の時点でものに出来ていないのは相当ヤバイと思う

サインにはお互い慣れてきた。あとはやっぱり技術的な面が未熟…上級者向けと書かれるだけある。基礎練では脚力重視、エアフェイクでは足の踏み込み位置、目線、タイミング…あとはッ…




「唯織ちゃん」

ハッと我に返った。目の前には着替え終わった朱美と岩泉先輩が話していて、隣を見ると及川先輩が私を見下ろして苦笑していた



「大丈夫?相当苦戦してるみたいだけど」
『そう…ですね。でももう朱美も巻き込んでますし…言い出した私から音を上げる訳にいきませんから』

もう少し頑張ってみます、といつになく弱腰な雰囲気の唯織に及川は目を丸くした。その表情からは焦りも不安も滲み出ている




「唯織ちゃん」

何ですか?と振り向いた直後、及川先輩が私の方に何かを差し出してきた



『それ…』

身に覚えのあるガラス玉に思わず声が漏れてしまった



「なんだよ、お前。帰りにって話はどこいったんだよ」

岩泉先輩の方に振り返ると、呆れ顔の先輩が鞄から及川先輩と同じガラス玉を取り出し、朱美に差し出した。差し出された本人は呆気にとられている様で、固まっている



「ぇ…え?せ、先輩…これ…」
「お前にやる」

「わ、私に!?」

顔を真っ赤にして手をわなわなと震わせながら朱美は受け取っている。とどめに岩泉先輩が「お前しか渡す奴思いつかなかった」なんて事をサラッと言うものだから、もう大変だ







「俺も唯織ちゃんしか思いつかなかった」

その言葉に振り向くと、及川先輩ははにかんだ笑顔を向けていた。私しか…思いつかなかったって…



「貰ってくれる?」

『ぇ…で、でもッ…Σうぇ!?』
「私達も先輩達に渡したいものあるんですよ!」

私の腕を背後から朱美が掴んだと思えば、そう言って強引に部室に連れて行かれた







◆◆◆ ◆◆◆







『私まで連れてこなくても良いと思うんだけど…』
「何だって?」

部室に連れてこられて、鞄を漁る朱美の隣でジト目を向けながら言った。言われた本人はとぼけた様な反応をしている…けれど口元は笑っている



『だから…私は渡す物とかないし…』
「あるじゃん」

これ、と鞄から例のガラス玉を見せる朱美。予想はついていたけれど…



『私渡さないって言ったじゃん』
「そんなかったい事言ってないでさー。及川先輩だって別に気にしてないわよ。現にミサンガだって着けたままだし」

そうだけど…と、不意に右足首に目がいった。確かに先輩は今も着け続けてくれている。何なら左足のサポーターだって着けてくれている…まぁあれは怪我があるからだろうけど…




「迷惑って思うくらいなら外してるし、着け続けてるって事は嫌には思ってないって事よ。ほら、一緒に渡しに行こ」

ほらほら、と半ば強引に鞄の中のガラス玉を取り出す様に急かされ、取ったら取ったで有無を言わせずにまた朱美は私の手を取って体育館へ駆けて行った


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