人間
『何で花が…』
それは確かに花だった。綺麗な薄いピンクの見た事のない花……いや、私にとっては種類を知らないだけだけど。でも…さっきまで無かった筈…
謎に思いながら、しゃがんで、その花を手に取ろうとした……けど、取れない。つまりは透けているという事で、即ちそこに存在しないモノ…
『幻覚?』
不意に顔を上げれば、その花が一輪ではなく、廊下の奥へ点々と落ちていた。不信に思いながら、半透明な花達に沿って、私も廊下の奥へ歩いていった
『此処…知らない…』
異国らしき見慣れない部屋。幻覚の花は通路の先の障子まで広がっていた。恐る恐る障子の所まで辿り着き、その障子に触れようとした。その時
「誰だ」
突然障子の中から男性の声が。思わずビクッ!と大きく身体が跳ねてしまった。何も出来ずに動けない。すると、中から足音が此方に近付いてくる
「誰だ?お前」
『えッ…ぁッ…そのッ…』
障子が開いたと同時に顔を伏せてしまった。緊張のせいで手が小さく震える。声すらも途切れ途切れになってしまう
「見ねェ顔だな。コムイの言ってた新入りか?」
『そッ…そうです。えぇっと…』
不意討ちで人に会ってしまった。まだまだ人慣れしてないせいか、何を言ったら良いのか分からない
どうしよう…
「お前…何でそんなにビクついてんだ?」
『わッ…私……あまり人に慣れてなくてッ…』
「名前」
『…はい?』
「自分の名前くらいは言えんだろ」
『アデラ…グラシアナです。よろしくお願いします』
俯いたまま一先ず一礼し、顔を上げた。そこで初めてその男性の顔を見た
黒髪で1つ結びで、長身の男の人だった。その人は何故か私を見下ろして、険しい表情を浮かべている。何でそんなに難しい顔をしてるんだろうか…
『あのッ…』
「何でもねェ。俺は神田だ」
『エクソシストの方…ですか?』
「まぁな。んで、お前は何で此処に来たんだ?此処は教団の中でも限られたヤツしか来ねェ所だ」
『そッ…それはッ…』
幻覚の花を見て…
なんてバカバカしいと思われるに決まっている。けど、聞かれたからには答えない訳にはいかないし…
『花が見えたんです。薄いピンクの見た事がない花が…』
「は?」
『私…花自体見た事がないせいか、種類は分かりませんが…』
「今も…見えんのか?」
『はい。手で掴めないので幻覚を見てるのかもしれませんが…』
足元にたくさんあります、と付け加えた。神田さんは変わらず険しい表情のまま。変な事でも言ってしまったか…というより、ある筈のない花が見えると言って、気味悪がられたかと心配になった
『すッ…すいません…!忘れてください!変な事言ってしまいました…!』
深々と頭を下げて、慌てて謝罪した。最悪だ…会って早々に変なヤツだという印象を与えてしまった
頭を上げると、一瞬神田さんの顔が悲しそうな…不安そうな…何とも言えない表情を浮かべていた気がした。すぐに視線に気付いて、神田さんは私から目を逸らしてしまったけど…
『神田さん?』
「お前何モンだよ…」
『えッ…』
「チッ、俺の前でもうその花の話はすんじゃねェ。お前が何で見えてるか知らねェが…」
神田さんはそう言って、また障子を閉めて行ってしまった。今彼が言った言葉が引っ掛かった
もしかして…神田さんにも見えてる?
あの一瞬見せた表情といい、明らかにこの幻覚の花は神田さんに関係のあるモノだという事は分かった………けど、人に慣れてもいない私が況してや人の個人的な事まで踏み入れる訳もなく、腑に落ちないまま障子に背を向けて、来た通路を戻っていった