違和感
『街に出るんですか?』
ある日、立て続けに任務に就いていたという事でコムイさんからお休みをもらった。初めてのお休み…
任務がないならないで何をすれば良いのか悩んでいた。すると、私が非番だというのを聞きつけてリナリーさんが一緒に街に出掛けようと誘ってくれて今に至る
「ほら、部屋のカーテンとか布団とか家具とか色々一緒に見に行こうって誘っておいてなかなか任務で休みがなかったでしょ?だから今日行こうよ」
私も今日は休みだし、と付け足したリナリーさんの表情は生き生きとしていた。ミランダさんからも聞いた事だけど、買い物をすると良い気分転換になるらしい
買い物か…そういえばした事ないな
『リナリーさんがよろしければ行きたいです』
「良かった。それじゃあ支度しましょう」
支度、と言われて連れてこられたのはリナリーさんの自室。何だろうと思っていると、リナリーさんは何やらタンスやクローゼットを開けて服を探しているようだった
『あの…リナリーさん?』
「うーん、やっぱりアデラは白も似合いそうねぇ」
服選びに集中しているのか、反応してくれない。もう一度呼び掛けると、それを遮るようにリナリーさんが目の前に白いワンピースを突き出してきた
「アデラの服はこれにします!」
『え、あのッ…Σうわわッ!』
突然手を引かれて慌てて着いていった先はミランダさんの部屋。ノックするとミランダさんは突然の訪問に驚くどころか待っていましたとばかりに微笑んで中に通してくれた
「はいはい、アデラちゃんはこっちで着替えてね」
「ミランダ、私部屋に戻って髪飾りとから持ってくるね」
はーい、とミランダは返事をして未だに状況が理解出来ていないアデラを奥の部屋へ連れていき、リナリーが持ってきたワンピースを着るように再度促した
◆◆◆ ◆◆◆
「うんうん、いい感じね」
「とっても可愛いわよ、アデラちゃん」
ワンピースに着替えたら、今度はミランダさんと髪飾りを持って戻ってきたリナリーさんの2人で何やら私の髪を整えてくれた。ハーフアップといわれる髪型らしいけれど、今まで髪の毛何て気にしていなかったからか似合っているのか不安になる
『似合ってるんでしょうか…』
「似合ってる似合ってる。ミランダも手伝ってくれてありがとう」
「いいのよ、2人共気を付けて。楽しんでね」
ミランダさんは手を軽く振って部屋から出ていく私達を見送ってくれた。リナリーさんは私の手を握ったまま地下へ向かった
「2人共今日は非番か?」
地下に向かうとリーバさんが声を掛けてきた
目元には若干のクマが…
それに昨晩も寝ずの研究をしていたのだろうと悟った
「今日はアデラとお買い物。街に出て色々見せたいし」
『あの…リーバさん、体調大丈夫ですか?』
アデラの心配気な表情にリーバは苦笑して手を左右に振った
「俺の事は気にするな。いつもの事でもう慣れてるし。ほら、今日は仕事の事は忘れて楽しんでこい」
リーバさんは軽くリナリーさんと私の肩を叩いて、再び科学班の人達の所へ戻って行った。仕事漬けのリーバさん達に申し訳ない気持ちはあるけれど、せっかくリナリーさんが誘ってくれたのだ。素直に楽しもう…
◆◆◆ ◆◆◆
「アデラってば、そんなにそわそわしてどうしたの?」
『え、いや…こういう格好初めて着たのでその…』
アデラは整えてもらった髪を触りながら恥ずかしそうにリナリーの後ろを着いていく。どうも周りの行き交う人々の視線も気になるし、何より慣れない外で落ち着かないでいた
「あ、ほらほら。此処のお店、ケーキが美味しいのよ」
道沿いにあったある小さなケーキ屋さん。外からのガラス窓からも色んな種類のケーキが見えた
ケーキってあんな感じなんだなぁ…美
味しいのかな…
まじまじとどんな物があるのか魅入っていると、隣のリナリーさんが小さく笑った
「中に入って、お茶にしよっか」
『ぇ、あ…はい』
食べてみたいと思っている事がリナリーさんにはお見通しだったらしく、クスクスと笑われた
◆◆◆ ◆◆◆
『これがケーキなんですね。とっても美味しいです』
「見たこともないの?ケーキ」
『あ、はい。いつも同じ食事だったので』
食事…といえたのかな、あれは…
今になって思えば、何を食べさせられていたのだろうか。ぼんやり思い出していると突然目の前にリナリーさんの手が。それで我に返った
「ごめんなさい。また嫌な事思い出させちゃって」
『いえ、そんな事ありません。ただ…』
アデラはリナリーを見て微笑んだ
『もっと早く知りたかったです。こうやって誰かと出掛けて、オシャレして、お茶をするのがこんなに楽しい事を』
「アデラ……よぉし!」
リナリーはガタッ!と立ち上がり、身を乗り出した。突然の事に硬直するアデラ
『ど、どうしましッ…』
「今日は本気でアデラに女の子の楽しみを満喫させるね!」
あ、はい…と呆気に取られながら返事をした。リナリーさんってこういう人だったっけ?意外に積極的というか行動力があるというか…
でも本当に私の事を想って提案してくれているのは身に染みて分かった。それからはリナリーさんからお茶の後の行き先や大まかなプランを聞いていたら、熱々だった紅茶がいつの間にか冷めていた
ケーキ屋さんから出て、やってきたのは色々なお店が並ぶ大通り。見渡す限り洋服やらお菓子やらおもちゃやらの店が立ち並んでいて圧巻された
「アデラ、この服似合うんじゃない?」
『か、可愛い…』
リナリーさんが選ぶ服はみんな可愛い。センスが良いなぁ、と思ってる間にも次々に洋服を選んでくれている。家具だってさっき服を選ぶのに部屋を訪れた際に見たけれど、とっても女の子らしいモノばかり置いてあった
自分のではないのに、あんなに真剣に選んでくれるリナリーさんは本当に優しいし、女性として魅力的だと素直に思う
『リナリーさんは本当に憧れます』
「Σえ、な、何どうしたの?」
何着か服を買って、大通りのベンチで一休み。その時にふと思った事を言うと、リナリーさんは何とも驚いた様な顔を向けてきた
「憧れるって…誰に?」
『リナリーさんですよ』
恥ずかし気もなく真顔で言ったアデラにリナリーは顔を赤くした。自分に憧れると言われれば誰でもそうなるだろう
『女性らしいし、とっても優しい方だと思います。私もそうなれたらって…リナリーさん、大丈夫ですか?顔赤いですよ』
「う、うん…大丈夫。初めて言われたから何か恥ずかしくて」
照れ臭そうにはにかむリナリーを見て、女性としての可愛さもあるものなぁ…と追加で憧れるポイントを見つけたアデラだったが、リナリー越しに見えたおもちゃ屋に気付き、咄嗟に立ち上がった
「え、アデラ…Σって、何処行くのよ!」
突然駆け出したアデラの後を慌てて着いていくと、あるおもちゃ屋のショーウィンドウに飾られているクマのぬいぐるみにアデラが魅入っていた。頭が大きくて自立出来ないのか壁に寄りかかっている
『か、可愛いすぎません?この子…』
「うん…確かに…」
こんな可愛いの見た事ないです、と続けて言ったアデラの目はキラキラしていて、本当に魅入っているといった感じだった
「買っちゃう?」
『うぅ…買いたいところですが、もう少しお金が貯まってからにします。家具とかも買わないといけないですし』
しょんぼりしながら言うアデラにリナリーは思わず小さく吹き出した
「私的には十分アデラも女の子らしいと思うけどね」
『え、そう…ですかね』
アデラは嬉しそうにはにかんだ。そして、まだ時間もあるからとリナリーはアデラの手を引いて再び歩き出した。買い物を楽しむ2人。だが、遠くで自分達を見つめる視線があるのに気付く事はなかった
◆◆◆ ◆◆◆
「ある程度買い物は終わったし、みんなにお土産でも買おっか」
『はい、皆さんきっと仕事で疲れてるでしょうし』
空が夕暮れ時になり、大通りの街灯もぼんやりと灯った。最後にホームのみんなにお土産をと2人は店を拝見していた
『このコーヒーなんて、科学班の方達が喜ぶんじゃないですかね?』
「あ、良いわねぇ。じゃあそれと…他のみんなにはどうする?」
ある雑貨屋。今日もきっと徹夜であろう科学班の為の珈琲豆と次には同じエクソシストである皆へのお土産を探し始めた
キーホルダー?やっぱり疲れた時の甘い物?など2人で話している時、ふとリナリーが陳列棚を眺めたまま質問した
「アデラはリンク監査官の事、どう思う?」
反応がない。隣を見ればアデラの顔は真っ赤になっている。言葉が出ないのか硬直したままだ
『ハワードさんは…その…私の命の恩人で…』
明らかに挙動不審に目が泳いでいる。リナリーは何かを察して小声で耳打ちした
「リンク監査官の事、気になるの?」
『Σいいいえいえ!ただその…ハワードさんのおかげでAKUMAと向き合う覚悟が出来ましたし、感謝してるんです』
その言葉にリナリーは目を丸くし、やはりそうだったのかと納得した。AKUMAに対してトラウマがあるというのに、室長室で任務を受け入れた時のアデラの目には迷いがなかった
やっぱりリンク監査官がアデラを励ましてたのね…
「へぇ、あの人そういうタイプに見えないけど…アデラには違うのかもね」
『何ですか?』
ボソッと言った事がアデラに聞こえたのか、聞き返してきたのにリナリーは何でもないよ、と誤魔化す様にある提案をした
「リンク監査官にプレゼントを渡すっていうのどうかしら?」
『プレゼント…ですか』
プレゼント…確かにハワードさんへのお礼も含めて渡すのも良いと思った。この前の初任務の時も助けてもらっちゃったし…
何が良いのだろうか。プレゼントといっても私はハワードさんについて何も知らない。他の方達は私に色んな事を教えてくれるけれど、ハワードさんは…何も話してくれない。知っているとすれば、昔「鴉」といわれる部隊に所属していた事くらいだ
『リナリーさんはハワードさんがどんなモノが好きなのかご存知ですか?』
「え?んー、正直私もあの人の事よく知らないのよね。ただ、趣味がスイーツ作りだって事はみんな知ってるわ」
『スイーツ…あのさっき食べたケーキとかお作りになるんですか?』
「うん、それがねスゴく美味しいのよ。もしかしたら普通のケーキよりも断然美味しいかもね」
知らなかった…というか想像していなかった
一見だと仕事一筋なのではないかというほどに勤しんでいる様だけれど、趣味がスイーツって…スゴいなぁ…
リナリーさんはもう既に何個か商品を選んでいる。さすが…もう皆さんの好きなモノが何なのか把握していらっしゃる…
「ゆっくり選びなよ。焦ると良い物見つからないわよ?」
『は、はい』