記憶のない記憶
『室長室此処の筈だけど…何だろう…』
いつもと雰囲気が…
数日が経ち、その間に初任務よりは簡単な任務をいくつかこなしていき、漸くエクソシストとしての自覚を持てる様になったある日、コムイさんから呼び出しがあった
だから今こうして室長室の前まで来たのだが…何やら室内からただならぬドス黒いオーラが湧き出していた。開けるのをスゴく躊躇ってしまう
何となく開けられずにいると、扉が開き、顔を覗かせたのはコムイさん。私に気付いていつものにこやか笑顔を向けてくれた
「おはよう、アデラちゃん。急に呼び出してごめんね」
『ぁ…いえ、大丈夫です』
さり気なくコムイさん越しから室内を覗いてみた。すると、中には4人の男性の後ろ姿が。左側にはハワードさんとアレンさん。右側には以前に1度お会いした神田さんと両耳に赤いヘッドホンを付けて、髪型が特徴的な見知らぬ男性がいる
何故かアレンさんと神田さんのお互いを見る目が鋭いというか、睨み合っている。ドス黒いオーラはその2人から漂っていた
『あの…ハワードさん』
「あぁ、グラシアナですか。何ですか?」
コムイさんに連れられて部屋に入り、すぐ傍にいたハワードさんに小声で尋ねた
『アレンさんと神田さん…どうなさったんですか?喧嘩されてるとか』
「いえ、2人は以前からあんな感じですよ。私がウォーカーの監視をし始めた時には既にあの空気でしたので、何故かは知りませんが」
心配気にお2人を見ていると、コムイさんがアレンさんに何か言っている。すると、此方に振り向いたアレンさんの表情はいつもの優しい笑顔だった
「アデラ、おはようございます」
『ぁ…おはようございます』
笑顔を向けてくれたのには素直にホッとしたけれど、未だにお2人の間の黒いオーラは消えていなかった
「ではでは、みんな揃った事で本題に入るね」
コムイさんが場を切り出す為に手を軽く叩き、話し始めた。どうやら明後日に控えた任務をこのメンバーで遂行してほしいとの事だった
「今日呼び出したのは任務についてもだけど、アデラちゃんは神田君とマリとは初対面だから、改めて紹介しようと思ってね」
2人共よろしく、とコムイさんは神田さんと初対面の男性の肩を軽く叩いて自己紹介する様に促した。すると、初対面の男性が私の前まで歩み寄ってきて、手を差し出してきた
「ノイズ・マリだ。マリで良い。挨拶が遅れてすまない」
『いえ、えっと…アデラ・グラシアナです。よろしくお願いします』
手を握るとマリさんの表情は和らいだ
目を閉じているけれど、盲目なのだろうか…
挨拶を終えるとマリさんは神田さんに挨拶する様に促した。けれど、神田さんは此方を見てくれない。以前1度会っただけだけれど何かしてしまったのだろうか
やっぱり変な奴だと思ってるのかな…
「神田、挨拶ぐらいまともに出来ないなんて情けないですよ」
アレンさんが神田さんにそんな事を言った。ピシッと空気が張り詰めるのを感じ、神田さんの額に青筋が浮かんだのが見えた。冷や汗がどっと流れ出す中でアレンさんは私の肩に手を置いて笑い掛けてきた
「大丈夫ですよ、アデラ。バ神田は口が付いているのに全く人と話そうとしない小心者なだけなので気にする必要はありません」
アレンさんが言い終わると同時に神田さんが何処から出したのか刀の刃先をアレンさんに向けた。目付きが怖い…というより今此処で斬り殺されるんじゃないかと思う程の殺気が突き刺さる
「お前のその余計な事しか言わねぇ口を斬り落とした方が挨拶するより簡単かもな」
『あの…神田さんッ…』
「そんなあたふり構わず気に食わなかったらそうやって威圧的に刃先を向けるの、やめた方が良いですよ」
刃先を向けられても平然としているアレンさん。私は唖然と固まっていると、ハワードさんが背後から肩を掴んできて、少し後ろに下がらせてくれた
『ハワードさん…』
「2人がこうなっている時は離れた方が良いです」
「まぁまぁまぁ、2人共こんな所で喧嘩しないの」
コムイさんが未だに睨み合う2人の間に割って入り、とりあえず距離を取らせた
「アデラちゃんは神田君とはもう会った事があるのかな?」
『先日偶然お会いした時にお名前は伺いました』
そうかそうか、とコムイさんは笑顔で頷き、椅子に腰掛けた。すると一呼吸置いてコムイさんの表情は真剣なモノになった
「自己紹介はこれくらいにして、そろそろ任務について話したい」
それからコムイさんは任務の内容について話し始めた
ある屋敷の警護が今回の任務。そこには幼いお嬢さんがおり、親は早くに他界。屋敷には支配人とメイドしかいない
最近AKUMAが屋敷の近辺に多数目撃されているらしく、今回警護という名目でAKUMA退治を任されたという
「アデラちゃんはお嬢さんの傍で護衛してほしいんだ。君なら警戒されないだろうし」
『わ、私ですか?』
幼い子の警護…初めての任務。屋敷の中にいてもAKUMAが襲ってこない保証も絶対に安全だという保証もない。私に守られるのだろうか…
嫌な想像しか出来ないでいると、アレンさんが背中を優しく摩ってくれた
「安心して下さい。屋敷の中には僕達がいますし、外にだって警護はつけます。だからアデラはお嬢さんが怖がらない様に傍にいてあげて下さい」
『…はい』
レベル3のAKUMAには偶然なのか奇跡なのかあの初任務以降遭遇していない。なんとかレベル2までとは戦える様になったけど…
警護の配置は私がお嬢さんのお傍及び自室、アレンさんとハワードさんが屋敷の中。神田さんとマリさんが屋敷の外となった
「屋敷までかなり距離があるから、移動はいつも通りアレン君にゲートを開いてもらっての行き来だけどよろしくね」
「はい、分かりました」
いつもありがとう、とコムイさんは申し訳なさそうに眉を下げて告げた。みんなは平然としているけれど、私は首を傾げた
アレンさんがゲートを開く?
◆◆◆ ◆◆◆
『あの…さっきお聞き出来なかったんですけど』
執務室を後にして廊下を歩いている時に思わず立ち止まり、気になっていた事を尋ねた
『コムイさんが仰っていたアレンさんがゲートを開くっていうのはどういう…』
「あぁ、アデラにはまだお話していませんでしたね」
振り向いたアレンさんが苦笑しながら続けて説明してくれた。方舟を操作出来るのは「奏者の資格」といわれるモノを持っている者だけ。その資格をアレンさんもお持ちだという。アレンさん自身、どういう経緯でその資格を持つ事になったのか分からないらしい
「ウォーカーだけではありません。千年伯爵とロードというノアの1人も資格を持っています」
『ロード…千年伯爵…』
「あ…たは紛れ…なく我…いのきょう……だ…い」
ザザッと頭に砂嵐の様にあの時が過ぎった。驚いて咄嗟に頭を抑えた。千年伯爵…私ッ…知ってる…?
欠如しているのか言葉も所々で言った本人が誰だったのかも分からない。兄弟って…言ってた?
「グラシアナ」
『……ぁ』
隣のハワードさんに呼び掛けられて、顔をあげた。目の前のアレンさんが怪訝そうに此方を見ている
「どうしたんですか?頭痛ですか?」
心配気に首を傾げたアレンさんに慌てて何でもありません、と誤魔化した。千年伯爵もそうだけど、何やらロードという名前も聞き覚えがある気がする
「そろそろ朝ご飯の時間ですね。食堂に行きましょうか」
ご飯を食べれば元気も出ますし、と笑って言ってくれた。けれど、何故か気持ちが落ち着かなく、食欲が出ない
『すいません…私はあとで行きます』
一礼し、アデラは2人に背を向けて廊下を歩いていった
「どうしたんですかね…アデラ」
アレンの問い掛けにリンクは反応せずにアデラの背中を見つめていた。すると、アレンはニヤニヤしながら肘でリンクを軽くつついた
「心配なら、行ってあげたらどうです?」
「何の事ですか」
「リンクはいっつもアデラを気に掛けてますもんね」
「だから何の事ですか」
別にグラシアナの事は気にしていません、とリンクはそっぽを向いた。その態度にアレンは口を尖らせた
心配なら心配だって素直に言えば良いのに…