気掛かり










夜、明日の任務もあり、早く寝ようと思っているけれど…なかなか寝付けない。ギャレットはぐっすりだ。起こさない様に布団から出て、部屋のドアをそっと開けた

しんと静まり返っている廊下。時間的に当たり前ではあるけれど誰もいない。ゆっくり部屋から出て、静かにドアを閉めた。廊下の窓を開けて外を眺める



『雨…止まないなぁ』

明日の朝には晴れるとアレンさんは言っていた。目を閉じて雨の音をよく聞くと何故か心が落ち着いてきた。いい加減寝なきゃ、と窓を閉めると背後から肩を叩かれた

誰もいないと思っていたのもあり、慌てて振り返った



「どうしたの?アデラちゃん。こんな夜中に…」

後ろにはミランダさんが首を傾げていた。顔見知りの人だったからホッと安堵し、苦笑しながら会釈した



『その…なかなか寝付けなくて。ミランダさんもですか?』
「私は昔からあまり寝れないのよ。色々あってね」

苦笑しながら言ったミランダさん。何やら訳ありの様子だけれど、敢えて聞かないでおこう…



「そういえば明日は任務なのよね。アレン君達から聞いたわよ?」

『あ…はい。それの事もあって余計寝れないというか…』
「そうよね。私も初任務の時は緊張していつも以上に寝れなかったわ…」

ミランダさんはしみじみと思い出す様に頷いた

緊張して寝れない…そう…
私も緊張で寝れないのだ、多分…






「俺はおま…の世話係じゃね…だか…な」
「いいじゃ…ん、ギャレットー」


ズキッと頭痛が一瞬鈍く起こった。昨日の教会での出来事が今でも頭に霞んでくる。あの声…人であるギャレットともう1人

ロード…
ノアの一族の1人
千年伯爵の家族であり…兄弟


「アデラちゃん?」

肩を触られて、また考え込んでいた思考が戻った


「大丈夫?」
『あの…ミランダさんは不安で仕方ない時…どうしてますか?』

突然の質問にミランダは目を丸くした。顔を上げたアデラの目は真剣そのもの



『私その…正直明日の任務不安しかないんです。何故かは分かりませんが…何か…私が忘れている何かを思い出せそうで…怖いんです』

「アデラちゃん…」

アデラちゃんの過去ってあの…映像で見たものの事かしら…でもあのご両親の件に関してはもう吹っ切れただろうってアレン君達は言っていた。だとしたらアデラちゃんは何にこんなに怯えているの?

思い出せそう…
忘れている何か…



「アデラちゃんはその記憶に心当たりはあるの?」

『いえ…それがないんです。だから知ってしまうのが怖いというか…知らない自分を知ってしまいそうな気がして』

変な事言ってますよね、と眉を下げるアデラ。すると、ミランダは柔らかく微笑んで口を開いた



「不安になるのは仕方ない事よ。私だって、未だに不安になった時の立ち直り方とか分からないもの」

『でも…ミランダさんは積極的に色んな方のサポートをしていらっしゃいます。まだ私は力不足で…こんな気持ちのままで明日皆さんを守れるか…』
「アデラちゃん」

ミランダはアデラの両手を優しく握った



「私はね、エクソシストになる前は役立たずとか出来損ないとか散々言われていたわ。もうこんな私なんて消えてしまいたいって思った事もたくさんあった。でもね、ある日アレン君達と出会って、初めてありがとうって感謝の言葉を掛けられたの」

アデラは黙ってミランダを見つめる。そんな未だに不安気なアデラの頬にミランダは手を添えた



「その時、こんな私でも誰かの役に立てるんだって知ったの。本当に世界が開けた様に嬉しかった。そして決めたの。これからは私を必要としてくれる皆の為に頑張るって。その気持ちが芽生えてからは不安に感じる事があっても一歩進む勇気が出せる様になったわ」

『ミランダさん…』

「アデラちゃんなら、そんな不安に負けないわ。だってこんなに皆の役に立ちたいって思ってるんだもの。貴女の中にも必ず勇気はある」

だから大丈夫、と微笑んでいるミランダさんの表情を見て、不思議と心が落ち着いてきた。役に立てるかじゃない。自分が役に立つんだと踏み出さなきゃ…

強張っていた口元の筋肉が緩み、微笑み返してありがとうございますと伝えると、ミランダさんも微笑んだまま頷いた







◆◆◆ ◆◆◆







『あの…おはようございます』

ミランダさんと話をした後、一応眠れたには眠れたけれど予定より早く起きてしまった。仕方なく身支度をして、まだ眠っているギャレットを起こさない様に懐に入れ、部屋を出ていった……のは良いけれど、集合場所の地下に1人でいたのは神田さんだった

分かっている事ながら、挨拶しても返してもらえなかった。面と向かって話したのは先日が最後。室長室で会った時もまともに話せなかったし…気まずい…



「お前」
『は、はい!』

突然呼ばれたのに慌てて反応したからか、声が裏返ってしまった。ますます変な奴だと思われちゃうよぉ…



「随分早ェな」
『あ…あまり寝れなくてその…』

腕を組んで仏頂面のまま此方を見る神田さんに冷や汗をだらだら流して答えた



「お前の事はコムイやリナから聞いてる。未だにイノセンスが何型か分かってねェんだってな」

リナってリナリーさんの事だろうか
此処に来て既に1ヶ月くらいは経ったのにも関わらず、神田さんの言う通り未だに何型のイノセンスを私が保持しているの分かっていない。一緒に任務に就くのがもしかして不満なのかな…



「何型かも分かってねェ様なイノセンス持ちで本当に役に立てんのか?」

ズキッと神田さんの言葉が刺さった。でも気持ちは分かっていた。なんせ今日任務に就くメンバーの中で私のイノセンスだけが唯一正体不明なのだ。神田さんとしては、よく知りもしないイノセンスを持った人と任務を遂行しなくてはいけない事自体に不満…がある

『私はッ…』



「貴女の中にも勇気はある」

昨晩、ミランダさんが言ってくれた言葉が頭に過ぎり、思わず弱音を吐こうとした口を噤んだ


『私はまだまだ経験も浅くて皆さんよりも力がある訳じゃありません。でも、皆さんのお役には立ちたいです。今回の任務でどういう事になるか分かりませんが…最善は尽くします』

ちゃんと…神田さんの目を見て言えた。手が微かに震えているのを強く握り締めて抑える。神田さんの視線は未だに鋭い


「そうかよ」

その一言を言うと、神田さんは私から視線を逸らした。心臓がバクバク言ってうるさいけれど、昨晩ミランダさんと話していなかったらきっと…こんな事言えなかった

きっと弱音を吐いてしまっていた。それほどに神田さんの瞳は鋭く、とても本当の気持ちを偽って強気を装うなんて出来ない。一昨日の事もあるし、不安の方が勝っているけれど、ミランダさんから言われた言葉を思い出して、何とか言えたのだ

改めてミランダさんに感謝だ。きっと弱音を吐いたらこの場で刃先を向けられてたんだろうな…







「神田、アデラ。おはよう」

後ろからやってきたのはマリさん。私と神田さんの肩を軽く叩いて挨拶して、隣に立ってくれた事で少しばかり安堵した



「遅れてすまなかったな」
『いえ…私もさっき来たばかりなので大丈夫です。神田さんはそれより前からいらしたみたいですが』

そうか、とマリさんは神田さんにも遅れた事を謝っていた。というより、遅れたといっても予定の時間的には全然遅れていないのだが。ふいに見ると神田さんはマリさんには気を許しているのか、普通に話している。特定の人とは仲が良いのだろうか



「みんな早いですね」

最後にやってきたのはアレンさん。その後ろにはハワードさん。マリさんがアレンさん達がやってきたのに気付き、首を頷かせた


「これで全員揃ったな。アレン、コムイからは特に何も変更は聞いていないが大丈夫そうか?」

「はい、昨晩改めて聞きに行きましたが特にはありませんでした。全員が集まったらゲートを開いて目的地に向かうようにとの事だったので、早速行きますか」

アレンさんがいつもの様にゲートを繋げる為に集中し始めた。黙って見守っていると、ハワードさんが声を掛けてきた



「あの後、身体に異常はありませんか?」
『あ…はい、特にはありません』

「そうですか」
『色々ご心配お掛けしてすいません。任務に支障は恐らくないと思うので』

ハワードさんに目を向けると何か言いたそうな顔をしていたけれど、何も言わずに目を逸らされてしまった






◆◆◆ ◆◆◆






「こんな所に屋敷なんてあるんですね」

地図を見ながらアレンさんが呟いた。あの後、無事にゲートが開き、現地近くの市街地に着いた…のは良いものの、まさかの依頼主の屋敷は市街地から少しばかり離れた森の中だった

地図を持つアレンさんを先頭に森の中を歩いていく



『あの…マリさんのイノセンスってどういったモノなんですか?』

隣にいるマリさんに何気なく聞いてみた。アレンさんのイノセンスは知っているのだが、マリさんと神田さんとは今回初めて任務を共にするから、未だに知らないでいた



「私のイノセンスは聖人ノ詩篇ノエル・オレガノンという弦の形状をしたモノだ。弦を操り、AKUMAを拘束、奏でた旋律で破壊する事が出来る」
『なるほど…えっと、神田…さんは?』

話を振るがやはり目線を向けてもらえず反応がない。分かっていた事ながら気持ち的には少しばかり落ち込む。やっぱり教えてくれないか…と諦めようとしたすぐ前でアレンさんが歩きながら口を開いた


「神田のはしょっっっぼい刀の形状をしたモノで、あた振り構わず振り回してAKUMAを倒すしょっっっぼいイノセンスです」

何故かしょぼいという言葉を強調したいのか、そこの単語だけ溜めて言ったアレンさん。恐る恐る神田さんの方を振り向くとドス黒いオーラを大量に放出させてアレンさんを睨み付けていた

わたわたしながら場を切り替えようと話題を絞り出す



『か、神田さんのイノセンスは刀…なんですね。どんな感じなのか気になりまッ…』

言い終わる前に刃先が目の前に向けられた。一瞬すぎて何を向けられたのか理解出来なかったけれど、鋭く光る刃先だと気付き、硬直した



『ぇッ…あ、か、神田さッ…』
「もやしといい、お前といい、頭に来る連中と組まされたもんだな」

アレンさんが立ち止まり、振り向くと表情は平然としているけれど、雰囲気は室長室の時と同じく黒い…



「そうやってすぐに刀を誰彼構わず向けるから、いつまでもちっさいんですよ」
「もやし…お前本当にズタボロにされてェらしいな。お前も」

神田さんのアレンさんに向ける鋭い瞳が私に向いた。思わずビクッと身体が震える



「お前みてェなそわそわしてビクついてる奴を見てるとぶった斬りたくなんだよ」

獲物を狩る獣の目と例えたら失礼だろうか。そのくらいにただ睨みつけられているだけなのに身体が動けなくなるほどの威圧感を感じた。ただ硬直していると突然視界に赤茶色が入ってきた



「彼女に手を出さないで下さい」

突然のハッキリした色に我に返った。その色はハワードさんが着るコートの色だとすぐ分かった


『ハワードさん…』
「何だよお前。関係ねェだろうが」

「ウォーカーといい、貴方といい、エクソシストとしての自覚をもう少し持たれた方が良いですよ。言い合いをする為にコムイ室長はこのメンバーを組ませた訳ではない事くらい理解しているでしょう」

こんなくだらない事をしていないで早く依頼主の所へ向かうべきです、とハワードさんは未だに殺気をビシビシ放つ神田さんに平然と言い捨てた。暫くの沈黙。腑に落ちない様ではあったけれど、神田さんは舌打ちを漏らしながらも刀を鞘に納めた

アレンさんも神田さんの様子を見て、再び地図を見ながら歩き出した



『ハワードさん、あの…ありがとうございます』

小声で感謝を伝えるとハワードさんはいえ、と一言答えてくれた。あんな殺気を漂わせて、しかも刃先を向けられているにも関わらずあそこまできっぱり意見を言えるなんて…私にはとても出来ない

前を歩くハワードさんの後ろ姿を見つめながら改めてこの人はスゴいと感じた

/Tamachan/novel/5/?index=1