「リンクってそんな髪飾りしてました?」

屋敷の中を巡回していると、後ろを歩いていたアレンに尋ねられたリンクは怪訝そうな表情で振り返った



「何ですか、急に」
「いや、前から思ってたんですよ。髪飾り変えたのかなぁって」

リンクは徐ろに束ねている髪を前に出した。赤く光る髪飾りを再度見て、アレンはやっぱりと頷いた



「そんな小洒落たのを仕事一筋のリンクが使うかなぁって思ってたんですよ。選んでる所なんて想像出来ないし」

貴方が気にする事ではないでしょう、とリンクは浅くため息を吐いてアレンに背を向けた



「もしかして、誰かからのプレゼントですか?」

歩きだそうとしたリンクの動きが止まり、アレンは確信した様に口角を上げた



「アデラですか?」

ニヤつきながら顔を覗き込んでくるアレンにリンクは顔を逸らした



「だったら何だと言うのですか」
「知らない間に良い雰囲気になってるじゃないですか。ちゃんとお返しとか考えてるんですか?」

「…グラシアナは私のケーキを食べたいと言っていましたので仕事の合間にでも作るつもりです」

もういいでしょう、とリンクは再び歩き出した



「リンクはアデラの事、どう思うんですか?」
「ウォーカー、しつこいですよ。いい加減にして下さい」

「お似合いだと思うんですけどねェ…」
「……」

「何かとリンクはアデラを気に掛けてますし、さっきだって神田からアデラを庇ってたし」
「……」

「いつもいつも仕事仕事で素っ気なくしてますけど、少しは自分の気持ちにッ…」
「ウォーカー」

少し声のトーンを低くして言葉を遮ったリンクはゆっくり振り返る。アレンに向ける視線は鋭い



「警護に集中して下さい」

期待した答えとは全く関係ない言葉にアレンも表情を険しくさせて口を尖らせた



「誰かに先越されても知りませんからね」

それだけ言ってアレンは早歩きでリンクを追い越して先に進んだ。やれやれとリンクは小さくため息を吐くが、何やらモヤモヤとしたモノが身体にわだかまっている感覚が襲った。気に掛けてるつもりはないし、あの時だって別に庇うつもりもなかった。無意識下で身体が動いたのだ

気に掛けているのは何故か
数少ないエクソシストである為、欠員が増えるのが好ましくないだけ

庇ったのは何故か
任務の時間を無駄に消費したくなかっただけ

自分の心がザワついた時、何かと理由を付けて落ち着かせる。特別何かがある訳ではない筈なのに…




「誰かに先越されても」

アレンの言葉に何故かズキズキと胸が痛むが、首を左右に振り、誤魔化した








◆◆◆ ◆◆◆








「ギャレット可愛いなぁ」

お嬢さんはギャレットを膝に乗せて撫でたり尻尾をいじったりとじゃれている。楽しそうにするその姿に未だにチクチクと胸に違和感を感じていた

ふと視線を向けた先のお嬢さんの勉強机に写真立てが置かれているのに気付いた。お嬢さんがご両親であろう男女に挟まれて、見るからに幸せそうに笑っている




「あれね、私の4歳の誕生日に撮ったの」

私の視線の先に気付いたのか、お嬢さんはそう教えてくれた。近くで見ても良いか尋ねると笑顔で頷いてくれた




「父様が新しい服をくれて、母様が髪飾りくれたの」

お嬢さんはギャレットを頭に乗せて駆け寄ってきたと思えば、机の引き出しから小さな箱を取り出した。開けると赤いクリスタルが埋め込まれたシルバーのバレッタが入っていた

お嬢さんはそれを取り出すと、写真を撮った時と同じ場所にバレッタを付けて満面の笑みを浮かべた



「とってもお気に入りだから、特別な時にしか付けない事にしてるの」

『い、良いんですか?そんな大切な物を今付けて』

私が首を傾げると、笑顔を崩さずにお嬢さんは私に抱き着いてきた



「だって今日はお友達が出来た特別な日だもん!」

その言葉に思わず目を見開いて固まった。胸の奥が温かくなっていくこの感覚は…ホームの皆から家族だと言われた時と同じ…

はにかみながら私を見上げて笑うお嬢さんを見て、何故か泣きそうになった



『私も今日は特別な日になりました』

お嬢さんとお友達になれたんですから、と伝えるとお嬢さんは笑顔から不満気な表情に変わった



「アデラ、お嬢さんじゃなくて名前で呼んでよぉ」

『え!?いや、でも私はッ…』
「友達なら名前で呼ぶくらい良いの!」

ねぇねぇ、とせがむお嬢さん。執事さんから一応お嬢さんの名前を伺ってはいた。確か…



『ベネッタ…さん』
「ベネッタで良いのぉ!」

『ご、ごめんなさい。誰かを呼び捨てにするの慣れてなくて』

苦笑しながら言うと頬を膨らませたが、ベネッタさんはしょうがないなぁと折れてくれた…のは良いモノの、何やらまだ不満そう



『どうしたんですか?』
「うん…まぁ別に良いんだけどさ…あんまり自分の名前好きじゃないっていうか…」

その言葉に目を丸くした。ベネッタの名前の意味…偶然なのかギャレットの名前を探していた時に他の名前も見ていたのが此処で役に立つとは…

アデラは優しく微笑み、べネッタの頭を撫でた



『そんな寂しい事を言わないで下さい。ベネッタはとても素敵な名前なんですよ?』
「そう…かな」

『ベネッタは祝福された者っていう意味があるんですよ』
「祝福?」

4歳ではさすがに難しい言葉か、とアデラは苦笑して続けた



『きっとベネッタさんはご両親にとっても愛されて産まれてきたんだと思います。あの写真でも分かりますが、お2人共幸せそうな笑顔を浮かべていらっしゃいますから』

「幸せ?」
『はい』

幸せの意味は分かるのか、ベネッタさんは嬉しそうに笑顔を浮かべてご機嫌に足を振った。こんなに素直な子供が産まれたのだ。きっと幸せだったんだろう

幸せそうな…両親の顔か…





「アデラの父様と母様はどんな人?」

ドクッと心臓が低く鳴った。以前の様にあの時の記憶が過ぎって手が震えだす事はなくなったけれど、やはり濃い記憶なだけあり、心臓の鼓動は速くなる



『両親は…』

「死ね!死ね!てめェなんか死んじまえや!」
「あんたなんか産まなきゃ良かった!」




『とても優しい方達でしたよ』

嘘を吐いてしまった。産まれてから触れた事のない優しさをアレンさん達に出会ってから毎日当然の様にもらってきて、私は両親から愛情というものをもらっていなかったのだと気付かされた

でもそれをこの子の前で正直に伝える意味があるのか考えると今の返しがすっと口から出てきたが、不思議な事に罪悪感はない


「どんな人だったの?」
『それは…』

どんなって…そこまで詳しく聞いてくるとは思っていなかった。さすがに困った。優しい両親ってどういう人の事を言うのだろうか




「褒めてあげる事も、躾の1つ」
『叱るだけじゃなくて…褒めてくれました』


「わがままを言う事も子供の役目の1つ。それを受け入れるのが親の役目」
『わがままを言っても受け入れてくれました。美味しいご飯も作ってくれました』

以前に婦長さんやジョリーさんから言われた親の在り方をただ思い出して復唱した。親としての役割なんて知らない私が言うと何故か台本読みな言い方になってしまう。ベネッタさんを見ると目を丸くして此方を見ている

私の言葉じゃなさすぎただろうか…
えっと…と他にもないか頭をフル回転させて考えた



「おはよう、アデラ」
『あとは…私の名前を呼んでくれます』

ホームの皆はいつも温かい笑顔で名前を呼んでくれる。呼ばれる度に胸の奥が温かくなる感覚を皆が教えてくれた。もしかしたらこれは…お父さんやお母さんへの私の理想だったのかもしれない

お前やあんたではなく、ちゃんと名前を呼んで欲しかったのかもしれない…



「名前を呼ばれるのは普通じゃないの?」
『いえ…私にとっては特別な事なんです』

微笑みながら言うとベネッタさんは目をキョトンとしていたがそっか、と微笑んだ

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