懐疑






暫くして、コムイさんがやってきた。アレンさんが事前に任務報告を済ませてくれていたという事もあり、コムイさんは必要以上の内容は聞いてこなかった

私が役に立たずにお嬢さんを神田さんに任せてしまった事も、後に入院させる結果にさせてしまった事も責める訳ではなく、寧ろ怪我の具合を心配してくれた

そして、話題は変わり、あのバレッタのイノセンスについてになった



「済まなかったね。まさかイノセンスがあの屋敷に隠されていたとは気付かずに…僕も無責任に任務を任せてしまった」

『コムイさん…あのバレッタは…』

「アデラちゃんの言う通り、イノセンスだったよ。ファインダーの手によって回収されて、今はヘブラスカに任せてるよ」

破壊されていなかったと知り、安堵したが、他に聞かなければならない事がある



『そのイノセンスを保持していたのはベネッタさんのお母さんなんでしょうか』

私の尋ね事にコムイさんは顎に手を置いて難しい顔をした。コムイさん自身も恐らく頭の中では困惑しているのだろう。今まで殉職してきた人達の名前を誰1人欠ける事なく覚えているこの人が知らないエクソシストがいたなんて…誰も想像は出来ない


「ヘブラスカに調べてもらった結果、恐らくは彼女のイノセンスだろうという結果が出たよ。此方でも調べてみたんだけど、どうやら彼女はとある事情で黒の教団から脱退している事が分かったんだ」

『事情?』

コムイさん曰く、AKUMA討伐での負傷が原因でエクソシストとしての活動が出来なくなったというのだ


「彼女は自分から教団を抜ける事を選んだんだ。彼女の身体も戦える状態ではなかったみたいだしね」

その頃には既にベネッタさんを身篭っていたようだよ、とコムイさんは続けて教えてくれた



「でも、彼女が脱退した後も捜索はされたんだけど、イノセンスが発見される事はなかったんだ」

発見されなかった…
そのAKUMAとの戦闘以来、イノセンス自体行方不明になってしまい、教団内の自室にもAKUMAと戦った場所にもイノセンスはなかった。当時ヘブラスカさんもイノセンスの気配は感じ取れていたらしく、破壊されてはいないという事だけは分かっていた。なのに…



『ベネッタさんのお母さんがエクソシストとして使っていた時点で、もうバレッタの形だったんですか?』

「いや、あのバレッタはその頃の彼女の愛用品だっただけでイノセンスではなかった筈だ。考えられるとすれば…破壊されたけれど、消失はせずに欠片があのバレッタに…」

『そ、そんな事あり得るんですか?』

「まぁ…かなり低い確率だけどね」

イノセンスは未だに解明し切れていないからね、と困った様にコムイさんは肩を竦めた



「彼女自身、まさかイノセンスがバレッタに憑依してるなんて思わなかっただろうね。しかも脱退した時に教団での出来事は記憶から抹消される筈だから尚更だよ」

教団を脱退する者はある方法で在籍していた時の記憶を抹消しなければならない。初めの頃に教わった事だ。きっと自身がAKUMAという化け物と戦うエクソシストであったという記憶を消した事で、ベネッタさんのお母さんは本当にただただ普通の女性に戻れたのだろう

自身がそんな血塗れた日々を送っていたなんて事を思い出す事もなく、一人娘のベネッタさんを純粋に愛せたのだろう。あの写真1枚だけでどれだけ幸せな家庭を築いていたのか分かる程に…

なのに…突然奪われた…



「ぇ…アデラちゃん!?」
『え?』

目線の先のコムイさんが何とも驚いた様な顔をしているから、何かと思えば、頬に何かが伝う感覚を感じた。手で拭うと透明で、私も一緒に驚いた。無意識に泣いていたのだ

あの時のベネッタさんの表情。お誕生日を祝った時の事を話していたあの笑顔と真実を知った時のあの絶望した顔が交互に過ぎり、胸が締め付けられる感覚に襲われた

何でベネッタさんがあんな目に合わなければならないの?ただ家族と一緒に幸せに暮らしていただけなのに。何でAKUMAの抱いた憎悪で此処まで崩壊されなければならないの?何で…何でッ…


『ごめッ…な…さいッ…』

謝罪の言葉が口から漏れた。守る所か余計に心を抉っただけで終わってしまったのだから。罪悪感が胸をいっぱいにしていた



「そんなに自分を責めないでほしい」

コムイさんが肩に手を置いてきた。見上げた先の表情は切なそうな、でも優しい笑顔だ



「お嬢さんは命に別状もないし、怪我だって大きなモノではなかった。それはアデラちゃんが身体を張ってお嬢さんを守ったおかげだよ」

『でも…思い出さなくて良い事を思い出させてしまいました…』

「お嬢さんが精神的ダメージを負って入院してしまったのは、アデラちゃんの責任ではないよ。知る日が早まってしまっただけだ。小さい身体には酷な事だったかもしれないけれど、いずれは知らなければならない事だ。知って…乗り越えなければならない」

コムイさんが私を励ます為に言ってくれているのは分かっている。だから、これ以上何も言わずに頷くと、コムイさんは私の頭を優しく撫でて、静かに部屋から出ていった

しんと静まる部屋で俯いたまま涙を拭っていると、大人しくしていたギャレットがあわあわしながら、尻尾にタオルを掛けて目元を拭おうとしてくれている事に気付いた



『ご、ごめんね。泣いてばかりで』

そんな事ない、と言っているかの様に頭を左右に振って、ギャレットは優しく涙を拭う。そのまま手元に降りてきたギャレットを撫でながら背凭れに凭れて、小さくため息を吐いた

執事さんは気が気じゃないだろうな。人によってはショックが大きいとそのまま昏睡状態になるって聞いた事あるし、それがきっかけで突発的に精神的障害を負ってしまうという話もある

大好きな両親を殺されて、2度と会えないと知った時のダメージなんて想像出来ない

怪我が治ったら…謝りに行こう。執事さんにも、ベネッタさんにも余計な負担を掛けてしまったんだから。そもそも会わせてもらえるか分からないけれど…



『ぁ…伯爵の事やロードの事…伝えそびれた…』

ベネッタさんの事とベネッタさんのお母さんの事が気に掛かって忘れていた。伝えるべき事ではあるんだろうけど…後にしよう。不可解な事が多すぎてコムイさんも疲れてるだろうし…

再びため息が漏れ、視線の先の天井をボーッと無心で見つめていたら、そのまま寝落ちしてしまった

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