始まり
あ
あ
あ
『ただいまぁ』
ハートの海賊団の船からストライカーでモビーディック号に帰ってきた。呼び掛けで分かったのか、最初に船縁に身を乗り出してきたのはクラウスと零番隊の隊員達
「今ストライカー引き上げますねー!」
『おぉ、頼んだぞー』
手を振り返して風を纏い、いつも通り船縁まで移動した。夕方頃だったからか、甲板にはチラホラとしかクルーはいない
『疲れた』
「どうよ、シバかれたか?」
『こってりな』
そう返して辺りを見渡すけれど、見た感じでは甲板にエースの姿はない
『なぁ、エースは?』
「さぁ、見てねェけど」
『そうか』
遅くなって悪かったな、と付け足して歩き出したクロム。その後ろ姿を見て怪訝そうにクラウスは首を傾げた
◇◇◇ ◇◇◇
船内に入り、虱潰しに通路を歩き回った。すると、お目当ての人物を見付けた。そいつはあたしに気付くや否や目を見開いて固まっている
その反応に思わず小さく舌打ちをして足早に目の前まで歩み寄った
「おッ…おかえり、クロム」
『……』
「なッ…何だよ」
明らかに落ち着きのないエースの様子に正直イラついた。イラついた勢いに任せて腕を振り上げた
ガツンッ!
その勢いのまま、エースの背後の扉を殴り付ける。あたしは表情を崩さないが、睨み上げてやるとエースは苦笑したまま肩を跳ねさせた
『男の気持ちは…分かんねぇよ』
「…え?」
ボソッとクロムが呟いた言葉にエースは戸惑うが、構う事なくローの元で思った事を吐き出した
『だから、エースの気持ちも分かんねぇ。男はこうだとか…あたしにはよく分かんねぇんだよ』
「クロム…」
『でも…ごめん。昨日はあたしが悪かった』
俯いて、壁に打ち付けた手を引きながら言った。すると、エースにその手を掴まれた。眉を寄せながら見上げると、エースは赤くなった手を擦ってくれた
「お前が悪いんじゃねェよ。いきなりあんな事して…驚いたよな」
『まぁ…そうだな』
暫くの無言。エースもあんな事をしてからでは上手く言葉が選べない。クロムも俯いたまま…
いたたまれなくなったエースは、息を大きく吐いてから、拳を強く握って口を開いた
「俺はお前の事家族…とは勿論思ってるけど、それ以上に俺はッ…!」
『何?』
「ぉ…お前の事、女として見てるから」
エースは面白い程に赤面させているが、至って真面目な表情だ。思わず目を丸くして呆気に取られた
ローにも同じ様な事言われた気がする
『女としてって…家族とどう違うんだよ』
「いッ…良いんだよ!そんな突っ込まなくて!いつか…ちゃんと伝えるから」
私の頭をわしゃわしゃと撫でるエースは変わらず赤面のまま。ホントに男って…複雑だ
◇◇◇ 1年後 ◇◇◇
「キャプテン、買い出しはこのくらいで良いんじゃない?」
「あんまり長居すると、また面倒事に巻き込まれそうだしな」
ハートの海賊団はいつもの様に行き着いた島で買い出しをしていた。海軍らしき人間もいなく、難なく船へ戻ろうとクルーが来た道を引き返そうとする中、船長であるローは足を止めた
その表情は険しい…
「誰だ。黙って着いてくるなんて、良い趣味してるな」
突然の言葉にクルーは首を傾げる。一方ローは振り向いて剣を引き抜いた
「出て来いよ。何モンか知らねェが、相手ならしてやる」
「Σえ、キャプテン。何言ってッ…」
「さすが、死の外科医だな」
何処からか声が聞こえ、目の前に現れたのはフードを深く被った男。背はローよりやや小さめだが、微かに隙間から見える髪色は白髪。口元は気味悪く笑っている
「誰だ、お前。何で跡を着いて来る」
「名を名乗る義理はない。俺はあの女のダチがどういう奴か気になっただけだ」
「あの女?」
「ハーツ・クロムだ。分かんだろ?トラファルガー・ロー」
薄く笑った男をローは鋭く睨み付けた
何なんだ…こいつは
クロムの一体何だ…
「お前!クロムの何だよ!急に出てきやがって!」
「そうだそうだ!」
「黙ってろ、お前ら」
振り向かずに後ろで不審げに男に訴えるクルーを一先ず黙らせる。目の前の男の表情は変わらない
「で?用件はそれだけかよ」
「今すぐにハーツ・クロムと縁を切れ。でなければ、お前は不幸になる」
「どういう意味だ」
「忠告はしたからな。死の外科医」
そう言って、不敵な笑みを残して男は目の前から去っていった。男が見えなくなると、ローは刀を鞘に納めて無言のまま船の方へ歩き始めた
「ねぇ、キャプテン。あいつ何だったんだろうね?」
「盗賊…て訳でもなさそうだったが…」
「さぁな。でも…何か嫌な予感がする」
◇◇◇ ◇◇◇
「何だ?てめェは」
「ユースタス・キャプテン・キッドだな」
島を歩いているキッド海賊団の前に、フードを被った男が立ちはだかった。人目で海軍でないのは分かったキッドだが、男の出で立ちが不審すぎて鋭い目付きで睨み付けた
「賞金稼ぎか?」
「違う。俺は海賊…といっても、お前らにケンカを売る為に来たわけじゃねェ」
「だったら何の用だ」
「ハーツ・クロム。お前のダチだろ?」
クロムの名が出た途端、キッドだけでなく他のクルーもどよめいた
「てめェ!クロムに何かしたのか!?」
「そもそもお前!クロムの何だよ!」
男に武器を向けながらキッドの後ろで訴えるクルーに、男は浅くため息を吐いて続けた
「俺は忠告に来ただけだ。今すぐにハーツ・クロムと縁を切れ。不幸になりたくなければ」
「あ?何言ってやがんだ」
「あの女といれば必ず不幸になる。仲間や自分が大事なら、縁を切った方が良ッ…」
バンッ!
キッドは懐から取り出した銃を男に向かって発砲した。弾は男の頬に掠り、一筋の血が垂れた
「不幸なんざ知った事か。お前に心配される覚えもなければ、忠告される覚えもねェ。とっとと失せろ」
「…自分で言った事だ。後悔するなよ」
フードを深く被り直した男は薄く笑みを向けて、その場から去っていった。キッドは跡を追わずに銃をしまって、再び歩き始めた