復讐
あ
あ
あ
『いててッ…すまねぇな。片付けお前らに任せちまって』
「気にすんな。隊長がいつまでも腕痛められてちゃ適わねェからな。安静にしてさっさと治せよ?」
甲板の壁をトンカチで叩きながらクラウスが言うと、同じく作業をする隊員達も頷いた
「そうそう。こういう時しか隊長はじっとしてないんですから」
「部屋にでも行ってゆっくりしとけ」
みんなから口々にそう言われて、苦笑した。確かに早く治さないといざという時にみんなを守れない。言葉に甘えて部屋で大人しくしている事にした
『んじゃ、部屋で安静にしてるわ。何かあったら呼んでくれ』
軽く隊員達に手を振って部屋へ向かっていったクロム。その後ろ姿を見送ってクラウスは再び作業に戻ろうとした時、リヒトが歩み寄ってきた
「クロム隊長は何かあったんですか?」
「あー、腕痛めたらしいから部屋で安静にしてろって伝えたんだよ。何か用でもあったのか?」
「…いえ、特には」
「そうか。ほら、夜までには片付け終わらせんぞ」
瓦礫やらを運び出したクラウスの後ろ姿を見送って、リヒトはクロムが歩いていった方向を一瞥した
その瞳は怪しく鋭く光っていた
◇◇◇ ◇◇◇
「おい」
「何ですか?エース隊長」
夜、ほとんどのクルーが部屋に戻り、甲板が静まり返った頃。船内の通路を1人歩いていたリヒトの背後からエースが呼び掛けた。リヒトを見るエースの視線は家族に送るいつもの和やかな視線では決してなかった
「何処行くんだよ、こんな時間に」
「エース隊長には関係ないじゃないですか。俺が何処行くかなんて」
「まさか、クロムの所に行く気じゃねェだろうな」
エースの言葉に目を細めたリヒトは小さく吹き出して、微笑んでみせた
「勘が良いですね。お察しの通り、クロム隊長の部屋へ行こうとしてました。でもそれが何か?」
「何時だと思ってやがんだ。いくら隊員だっつっても遠慮ぐらいはしろよ」
「今じゃなきゃダメな要件なんですよ。急ぎなので失礼します」
エースの反応を待たずにリヒトは足早に通路を去っていった。妙だと思ったが、自分の考えすぎかもしれないという思いもあった
まぁ…この船の中じゃ派手に動きはしねェか、とエースは浅く息を吐いて自室に戻っていった
「クロム隊長、起きてますか?」
『開いてるから入って良いぞー』
突然のリヒトの訪問に驚く素振りも見せずにクロムは答えた。リヒトは軽く会釈しながら部屋に入った
『どうしたよ』
「いえ…1度クロム隊長とは2人で話してみたかったんです。いつも隊長は誰かと一緒にいるので」
『何だよ、声掛けてくれればいつでも話くらいしたのに』
ベッドに腰掛けているクロムの近くの椅子に腰掛けたリヒトは、1回息を吐いて口を開いた
「クロム隊長は何で白ひげ海賊団に?以前は自分の海賊団があったのに」
『良く知ってんな?まぁ、オヤジに喧嘩売って負けて…オヤジがあたし達を息子にするって強制的に入団させたって感じだな。自分達の意思ではねぇよ、正直』
「今オヤジの娘になって後悔はないですか?」
『ねぇな。今はもうオヤジを親として尊敬してるし、命掛けて守ろうとも思ってる』
即答してやると、何故か急に俯いて黙り込んだリヒト。怪訝に思い、呼び掛けるも黙ったまま。シビレを切らして肩に手を置くと、リヒトは漸く口を開いた
「隊長は家族をどう思ってますか」
『…は?』
「どう思ってますか、家族を」
俯いたまま尋ねてきたリヒトの言葉に思わず目を丸くした。家族をどう思ってるかって…
『家族は大事に決まってんだろ』
「……」
『家族は…一生モンだからな』
まぁ…私は自分でその一生モンを壊しちまったんだがな…
ぁ…と、また感傷に浸ってしまいそうになったのに気付き、思わずリヒトに背を向けて、冷蔵庫の方へ向かった
『喉渇いただろ。何か飲むか』
「クロム隊長…隊長の家族は今どうしてるんですか?」
リヒトの言葉にグラスに水を注ぐ手が止まる。振り向かないまま、水の入ったボトルを握り締めた
『別にお前が知らなくても良いんだよ』
「何処にいるんですか?今は…」
『悪ぃけど、答えたくねぇんだわ』
すまねぇな、と振り向かないまま飲み物の用意を再開したクロム。リヒトは目付きを鋭くさせて、静かに立ち上がった
「俺の家族はある奴に殺されたんです」
『…そうか』
「俺、そいつとは兄弟同然だったんですよ。血は繋がってなくても、そいつとは本当に…仲が良かったんです」
『……』
「ずっと信じられないまま、俺だけ生き残って…」
『…大変だったんだな』
こいつは家族を殺された側か
きっとその殺した奴を恨んでるんだろうな
同情にも似た気持ちは嫌でも滲み出る
「そういえばクロム隊長。俺、隊長に隠してた事があるんです」
『何だよ』
「俺の名前、リヒトじゃないんですよ」
『は?何意味分かんねぇ事言ってんだよ』
小さく微笑んで水を注いだグラスに氷を入れた。だが、次のリヒトの言葉に思わず息が止まった
「俺の本当の名前は…ルイだ」
『ぇッ…ルイって……お前ッ…!』
すぐさま振り向くと、座っていたハズのリヒトが目の前にいた。その直後、脇腹に異物感が…
『…はッ…?』
視線を下に流すと、脇腹にナイフが突き刺さっていた。意識が乱れる。どんどん身体が熱くなって痛みに変わってくる
ガタンッ!、と崩れ落ちてしまった
息が詰まってく…
「2週間後、
『るッ…ルイ……何でッ…』
意識が遠くなる。本当に…本当にあのルイなのかッ…
確かにみんなあたしがこの手でッ…
あぁ…ダメだ。思考が回らなッ…
「何でッ…」
不意に聞こえた声に微かな力で上を見上げる。すると、何故かルイの表情は恨んでいる奴に向ける憎悪の顔ではなく、悲しそうな…苦しそうな…そんな表情だった
「何で…お前なんだよッ…」
ルイは声を押し殺しながら訴えてきた。その言葉の意味を理解する前に、意識が飛んだ