疑惑






完全に陽が昇り、昼ごろまで手術は続いた。そわそわして落ち着きのない白ひげのクルーの前に、ローが血塗れの手を拭き取りながらやってきた

ひとまずクロムの治療は終えたらしく、白ひげ海賊団のクルーはローに気付くや否や慌てて駆け寄っていった




「隊長はどうなったんだッ!?」
「早く教えてくれッ!」

「命に別状はねェ。まだ眠ってるが、暫くしたら目を覚ますだろう」

ローの言葉にその場にいたクルー達は安堵したのか、その場で崩れ落ちて大きく息を吐いた。後からマルコとエース、クラウスもローの所へやってきた



「恩にきるよぃ。トラファルガー」
「貸し作っちまったな」

「俺の気紛れだ。貸しならクロムに返してもらう。ところで…火拳屋」

ローは聞きたい事がある、と言ってエースを一旦ハートの海賊団の甲板へ連れ出した




「どうしたよ、トラ」
「…そのトラっていうのは俺の事か?」

「他に誰がいるよ」

「まぁいい。聞きたい事ってのは、クロムを襲った奴についてだ。不死鳥屋に聞いたら、お前がいち早くそいつの異変に気付いたと言っていたが…」

「いや…いち早くっつーかたまたま聞いたんだよ。リヒトが子電伝虫で誰かと話してたのをよぉ」

エースの言った後、ローは腕を組んで暫く黙っていたが、すぐに口を開いた



「クロムを襲った奴については、俺も心当たりがある。そいつの容姿はどんなだ?」

「身長は俺より低い。瞳も白くて色白で…そんで身体中に古傷があったな。あと白髪だった」

古傷、白髪と聞いてローは目を見開いた。正にこの間自分の目の前に現れて、クロムと縁を切る様に忠告してきた奴だとすぐに分かった。その男がリヒトと同一人物だったのなら、あの口ぶりからしてクロムの事をよく知っているという事になる

白ひげのクルーや俺も知らないクロムの何かを…




「どうしたんだよ、トラ」

「そのリヒトっていう奴が俺の心当たりある奴と同一なら、あいつはクロムの事を何か知っている。俺に忠告してきたからな」

「何て?」
「クロムと縁を切るように。さもないと必ず不幸になるってな」

「…は?」

不幸になる?何だそれは…
そもそも何でリヒトがそんなッ…




「クラウスなら何か知ってるかもしれねェ」
「クラウス?」

「白ひげの中じゃ1番クロムと親しい奴だ。あいつの相棒で、零番隊の副隊長の奴だ」
「あぁ…」

たまに話題に出てた奴か、とエースとローはクラウスの所へ向かった






「クロムの昔の事?」

ローとエースは揃って白ひげの甲板へ戻り、クラウスに声を掛けた


「前に言ってただろ?クロムが荒れてた頃の事。もう少し詳しく教えてくれねェか?」

「トラファルガーの所にもリヒトが来てそう言ったんだな?不幸になるって」
「あぁ」

クラウスは深刻そうな表情をしながら黙った。腕を組んで何やら考えている様に眉間にシワを寄せている




「どうしたよ?」
「いや…考えてはいたんだ。リヒトが何者なのか。ほら、前に俺とクロムが出会った頃の話したろ?」

エースの頭に前にクラウス自身から聞いたクロムの過去を思い出した


「あぁ。派手に荒れてたんだろ?その頃のクロムは」

「俺の憶測だが、あいつはあの頃かなりの人数を殺してきたらしいから、リヒトはその殺してきた奴の身内か、それか本人なんじゃないかって思ったんだ」

「つまりは復讐って事か」
「まぁ…そうなるな」

自分を殺す誰かを求めて繰り返していた殺戮。仲間が出来たこのタイミングで復讐に来られるなんて…皮肉だ



「普通の復讐にしては、少し妙な所があるがな」
「何だよ」

「クロムの刺された所は腰だ。そこは比較的内蔵の被害が少ない箇所で、刺しても死にはしない。わざと生かしているように思えてならねェ」

「偶然…じゃなくてか?」
「そいつはそこそこ戦えるんだろ?素人ならまだしもそういう奴が隙だらけの奴の急所を外すとは思えねェ。特にクロムは身内には吐き気がする程警戒心がねェからな」

「じゃあ、他に目的があるって事かよ」

「俺が知る訳ないだろ。奴の事に関してはクロム本人から聞き出した方が手っ取り早い。俺はそろそろ船に戻る」

小さくため息を吐いてローは2人に背を向けたが、咄嗟にクラウスが呼び止めた



「クロムが目を覚ましたら絶対知らせろよ!」
「それ以外にも何かあったら言えよ!トラ!」

呼び止められても足を止めずに歩いていくローの背中に向かって言った2人はお互いの顔を見て、ため息を吐いた



「俺達ってホントにクロムの事…何も知らねェんだな」
「あぁ…」






◇◇◇ ◇◇◇






手術してから早くも3日が経った。クロムは未だに目を覚まさない。ローは病室に入るとベッド前の椅子に座って見守っているベポがいた



「付き添いご苦労だな。容態はどうだ?」

「安定してるから大丈夫だと思うけど…やっぱり目は覚まさないんだよね」

「身内に刺されたんだ。それ相応に精神的にもショックは大きいんだろ。俺が代わる」

ベポと交代し、椅子に座り、眠っているクロムを見守る。不意に先日のエースとクラウスの会話を思い出した




「お前、俺にも白ひげの奴らにも隠してる事あるだろ」

目覚めていないクロムに問い掛ける。勿論返事が返ってくる筈もないが、ローは席を立ち、ベッドに近付いて続けて語りかけた




「勝手にダチを作る割には、随分水くせェな。俺はお前が過去に荒れてた事すら知らなかった」

荒れていたなんて想像すらしていなかった。いつもあんな調子で当たり前みてェに笑って、怒って、泣くこいつから殺戮なんて言葉が浮かんでこなかった

海軍に対しては敵意剥き出しなのは知っていたが…




「リヒトって奴は…お前の何なんだ?」

その言葉を投げ掛けた時、ピクッ、とクロムの指先が動いたのにローは気付かなかった



「そもそもそいつは…お前が荒れていた頃に殺しまくってた奴らの1人なのか?お前過去に何しッ…」

クロムの目が見開いた。突然の事でローは言葉を飲み込んだ。ゆっくり上半身を起き上がらせて、見開いた瞳でローを凝視している



「目が覚めた…のか?まだ傷が完治してなッ…Σがッ!」

上半身をまた寝かそうと近づいた瞬間、クロムがローの首を両手で絞めた。まさかの事態に反応が遅れたローは締めている両手に手を掛けたが、ビクともしない

まともに酸素が吸えずに顔を歪ますロー。不意に映ったクロムの瞳を見て、絶句した。瞳が塗り潰された様に真っ黒になっていた。まるで死神の様に…



「クロムッ……おいッ…!」
『……』

「チッ…」

患者に向かってやる事じゃねェが…
やむを得ずにローは一旦右手を引かせると、勢いよくクロムの左胸に向かって掌を押し当てた



「メスッ…!」

ズボッ、という音と共に四角いROOMで包まれた心臓が飛び出した。クロムは首を絞める両手を緩ませたと思えば、そのまま気を失ってローに凭れ掛かった

漸く解放されたローは少し咳き込んだ後、クロムを再び寝かせた。そして、自分が見たあのクロムの異常は何だったのかを思い返した

まるで何かにとり憑かれたみてェに力も表情も別人だったが…



「まだまだ…知らねェ事だらけって事か」

ローは抜き取ったクロムの心臓を眺めながら浅く息を吐いた

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