ケジメ






『ルイ…』

そろそろ償いの丘に着く頃。マルコからは明日中には着くと聞いたが…左胸の傷がズキズキと痛み出した。それだけでも丘に近付いているんだろうと感じる

あいつはあそこからどうやって助かった?
あの傷痕から考えると重傷だったに違いないが…



『メグ達を見た時…あいつどう思ったかな…』

メグはルイの双子の姉。私とは幼い頃からずっと一緒にいた。よくルイとメグと3人で遊んでいた。思い出せば思い出すほど頭に痛みが入り、左胸の痛みも増した

懐かしい思い出が…モザイク掛かる






◇◇◇ ◇◇◇






次の日の昼頃、モビー・ディック号はある島で停泊した。森が生い茂り、通常の島よりも何処か近寄り難い雰囲気がある孤島。そこの海沿いの丘が例の償いの丘と言われている

その丘が見える頃から甲板には船員のほとんどが揃って待機していた。目つきは険しく、いつものバカ騒ぎしている奴らとは思えないほど鋭い




「あそこにリヒトがいんだな」
「副隊長、俺達いつでも動ける様にしておきますよ」
「リヒトの奴をぜってぇに蜂の巣にしてやる」

「お前ら、クロムが言ってた事忘れてんじゃねェよぃ」

零番隊の隊員達は己の武器を準備している。丘にはリヒトらしき人間どころか人影すらない。場所が合っているのか心配になってはくるが、当の本人が甲板に現れない



「クロムはどうしたんだよ?例の丘に着いたってのに」

「あいつ甲板でみんなに手出しするなって言った日から部屋に篭ってんだよ。誰もクロムを見てねッ…」
バンッ!

船内へ続く甲板の扉が荒々しく開いた。そこには黒剣を肩に担いだクロムの姿が。だがその目付きは今までクルー達に見せてきたモノとはまるで異なるモノだった

甲板にいる誰もがその場から動けなかった。クロムはそのまま甲板を船縁まで歩いていく。その刺さる目付きにクラウスは思わず息を呑んだ




「何でッ…あの時と…同じじゃねェかよ…」
「あ?あの時って?」

「クロムが荒れてた頃…あんな目付きだった」

クラウスの言葉にエースは再度クロムへ目を向ける。オーラが既に殺意なのか威圧感なのか分からない程にどす黒い。話し掛けられない…話し掛けたらその場で滅多刺しにでもされそうだった



「なぁ、あれって隊長…だよな?」
「隊長以外に誰がいんだよ。まぁ…かなり雰囲気違ェけど…」

クルー達が見守る中、船縁まで来たクロムは縁に飛び乗り、振り向かないまま口を開いた



『みんな、こんな所まで付き合わせて悪かったな。今からケジメつけに行くが…誰1人、船から降りてくんじゃねぇぞ』

降りたらどうなるかは自己責任だ、と一言行った直後、ダンッ!と船が揺れる程に強く踏み込み、空高く舞い上がった。クルーは追う様に船縁に駆け寄り、クロムを見守る

クロムは丘までひとっ飛びで降り立ち、周りを見渡す。誰もいない。波の音がやたらと響く。その場に剣を突き刺し、息を吸った




『リヒトーッ!約束通り私は来たぞぉおッ!』

呼び掛けても応答なし。暫く身構えたまま前方に見入る。と、微かに奥の茂みからガサッ!と音がした

その茂みに目を向ける間もなく、ルイが目の前に現れ、刀を振り下げた。眉一つ動かすことなくクロムは剣を引き抜き刀を防いだ。勢いがあったせいか、辺りに金属音が響く

ギシギシと刀と剣を交わらせる。ふとルイの服装が以前船に来た時と違う事に気付いた



『お前、海賊なのか?』
「あぁそうだよ。お前に復讐する為になりたくもねェ海賊になった」

キンッ!と刀と剣を弾き返し、ルイはクロムとの間合いをとる。睨み合いが続く中、船からクルー達の怒声が響き渡った




「てめェリヒトッ!よくも隊長にあんなマネしてくれやがったなぁッ!」
「この卑怯者がよぉッ!隊長とのサシでやんなんて、てめェには勿体ねッ…」
『お前らは黙っとけッ!』

ルイに向かっての怒声を止まさせた。ルイはと言うと、目を見開いて驚いた様な表情をした後、すぐにおかしそうに笑いだした




「クロム、まさか…この期に及んでまだ隠してんのか?自分が何をしたのか」

『……ッ』

「自分が何を踏み台にしてきたのかを」

軽蔑した様な表情でクロムに言った後、ルイは大きく息を吐いて船のクルーに向かって声を上げた



「俺の名はルイだッ!ハーツ・クロムとは家族同然の付き合いをしていたッ!」

ルイの突然のカミングアウトに、クルー達は騒然としていた。家族?リヒトは偽名?どうなってる?そんな話が甲板で行き交う中でルイは続ける




「お前らはこの女の事をかなり親しく思ってる様だが…こいつは人に好かれて良い様な人間じゃないッ!」

「てッ…てめェに何が分かんだっつーんだよッ!」
「てめェも家族ならクロム隊長の事良く知ってんだろうがッ!隊長は仲間想いで誰よりも家族の事を想ってるすげェ人なんだッ!」

次々に放たれるクルーの言葉にクロムの表情は険しくなる。剣を握り締める手に力が篭っているのに気付いたルイは不敵に笑って声を張り上げた



「こいつは幼い頃に家族を殺したッ!家族だけじゃねェッ!生まれ育った村も俺の家族も兄弟も全部こいつが壊したッ!この女はッ…俺から何もかも奪った殺人鬼だッ!」

ルイは何もかも吐き出さんばかりに叫び訴えた。辺りは一瞬で静まり返り、風が強く吹いた。甲板のクルー達は零番隊もそうだが、他の幹部達、そしてクラウスも目を見開いて言葉を失っていた



「クロムが…自分の家族を殺した…?」

「じょッ…冗談だろ…」
「あの隊長が有り得ねぇよッ…!」

「でもあいつの口調は嘘吐いてる様には見えねェけどッ…」

隊員の1人がそう言うと、納得いっていない隊員の1人が掴み掛かった



「ふざけんなッ!隊長はこんな俺達でも仲間として家族として大切にしてくれたんだぞ!?あの裏切り者の言葉を信じんのかよッ!」

「そういう訳じゃねェけどッ…」
『事実だッ!』

黙っていたクロムが再び声を上げた。否定の言葉でなく、クルーの誰もが聞きたくなかった言葉




『ルイは私の家族だった。全部ルイの言う通りだ』

クロムの言葉にクルー達は何も言えなくなった。唇を噛み締めたクロムの表情にルイはまるで軽蔑する様に笑った



「何そんな顔してんだよ。この結果を産んだのは紛れもなくお前だろうが。のこのこ家族なんて作ってへらへら笑って生きやがってッ…」

ルイは刀の刄先をクロムに向けて鋭く睨んだ



「俺はお前を絶対に許さない。何もかも奪って、まるで何もなかった様に隠して生きてるお前を」

『分かってた。許されない事も、いつか天罰が下る事もッ…』

ドスッ!と突然目の前の地面にある一振の刀が突き刺さった。特徴もないただの刀だが、クロムにはその刀がが何なのか一瞬で気付いた



「それで俺と戦え。殺すか殺されるかのデスマッチだ」

その刀は…幼い頃にルイ、そしてルイの双子の姉メグと共に父親に稽古をつけてもらっていた時に使用していた刀だった



「ケジメだ。お前をこの刀で殺して、メグやお前の両親への弔いにする」

刀に手を掛けると、感じた事のない重みが乗った感覚が襲ってきた。どす黒い何かが身体を纏った様にダルさが込み上げてくる。だが、クロムは悟った

この重みはきっと、殺してしまったみんなの怨念か何かだと…




『あたしはお前と戦えない』
「は?何を今更な事言ってんだ?俺達を殺した後も、何人も何人も殺してきた殺人鬼のくせによぉッ!」

ルイが刀を構えて走り出した。クロムは構えも何も出来ない。ただ向かってくるルイを見つめるしか出来ない




「クロムッ!」

甲板からのエースの呼び掛けに反応するかの様に身体が勝手に突き刺さった刀を抜いて、ルイの振り下ろした刀を受け止めた。自分の身体なのに、応戦するつもりなんてなかったのに…無意識に身体が動いた事に固まっていた




「ふざけんなッ!こんな所に来ていきなり過去の事ぶちまけてッ!そのまま勝手に死のうとしてんじゃねェよッ!」

『エー…スッ…』
「うるせェ奴が混じってやがったな」

クルーの誰もが動けずに呆然としている中で、エースだけが船縁に身を乗り出してクロムに怒鳴りつけてた。その表情からは必死さを感じる程だった




「お前の事信じてここまで着いてきた奴らだっていんだぞッ!そいつらの事今でも想ってんならちゃんと家族として自分で全部洗いざらい伝えろよバカがッ!」

エースの言葉が頭に響いてくる
このままルイに殺される…
それでは無責任すぎるのか…?
勝手に今まで振り回してきて、巻き込んで、危ない目にも合わせてきても…それでも着いてきてくれたあいつらに自分から何も伝えないまま…死ぬ…

刀を握る手に力が籠る。ルイの刀を弾いて再び間合いをとる。ルイは怪訝そうな表情を浮かべたが、クロムは俯いたまま刀を構えた



『すまねぇな、ルイ。何もせずにお前に殺される訳にはいかなくなった』

「殺人鬼がよく開き直れたな」

『あたしは今まで最低な事ばかりしてきた。数えきれないくらいの人間を殺して、お前やみんなを殺した。もう許されない』

「観念したならこのまま死ねよ」

『死んだら地獄なのは目に見えてる。どっち道地獄なら全部ちゃんとあいつらに話したい。話して、あいつらにあたしは本当に最低なクズだったって知らせてから死ぬ』

まだここでは死ねない、とクロムは刀を独特な構えで構え直した。その姿にルイは目を見開いた。その構えはルイも教わった剣術の構え

まだ覚えてはいたのか…

ルイも同じ様に構え直し、1度深く深呼吸した後に再び強く地面を蹴った

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