悔恨
マルコを呼び出し、頼み事をした。それはあたしの故郷である村に向かってほしいという頼みだ
この札とルイの言葉の意味を知った時点で早急にあたしは始まりの地でもある故郷に向かわなければならない。そして、全てに決着を着けなければならない
『すまねぇ。これで最後だ。これ以上手は掛けさせねぇから頼む』
「進路はそれでいいのかよぃ」
『あぁ、間違ってねぇ筈だ』
進路を説明し、茶封筒を眺めながら言うクロムにマルコは暫く黙って見下ろした。その視線に気付いたクロムは目を丸くして首を傾げた
『な、何だよ』
「…お前、変な事考えんじゃねェかと思ってよぃ」
思わず目を見開いた。変な事…か
『んな事心配してんなよ』
「…そうかよぃ。まぁ、この進路なら問題なく数日で着くだろ」
それまで安静にしろよぃ、と釘を刺してマルコは部屋から出て行った。勘の良い長男だな、あいつ
変な事ではない。ただ…あたしの過去の全てに決着を着けるだけだ。何も変な事ではない
『もう終わるのか…』
◇◇◇ ◇◇◇
その日の夜。今日1日は横になって窓からの空を見上げながらこれからの事を考えていた。故郷に着く前にあたしの事をちゃんと伝えなければならない奴らがいる
クロムは浅くため息を吐いて、ベッド横の机にある子電伝虫に手を掛けた
〔こんな時間に連絡なんざしてくんじゃねェよ〕
ある番号に掛けて、コール音の後に子電伝虫からキッドの声が聞こえてきた。子電伝虫の表情から分かるに怪訝そうな呆れ顔のキッドが想像出来た
『…なぁ、キッド』
〔あ?〕
『あたしと…ダチでいてくれてありがとうな』
子電伝虫越しのキッドは思わず目を見開いて固まった。唐突すぎる感謝の言葉。たまに調子の良い様に告げる事もあったけれど…こんなに声に力のない言葉は初めてだった
〔お前…どうした、気持ちわりぃな〕
『お前には世話になってばかりだったし、礼ぐらい言っとかなきゃなと思ってな』
〔別にこんな夜更けに言う事じゃねェだろ〕
『今しかねぇんだよ』
今しか…と変わらぬ声で言うと、何やらキッドは浅くため息を吐き、椅子に座ったのか木が軋む様な音が聞こえた
〔丁度いい。お前に聞きてェ事があったんだ〕
『何だよ』
〔この前、白髪の男がお前について警告とやらをほざいてきやがったんだが、心当たりねェか?〕
白髪…あたしについての警告…そうか
『何て言ってたんだよ、そいつ』
〔お前と縁を切らなけりゃあ、必ず不幸になるだと〕
その言葉に薄く微笑んだ
不幸になる…
あたしと一緒にいる限り、不幸になる
不幸になり…全てを失う
ルイの様に…
『縁…切った方が良いぜ、キッド』
〔……は?〕
キッドは何も関係ない。言うなら誰も関係ないのだ
〔何言ってんだ、お前〕
『そいつの言葉は本当だ。あたしとダチを続ける限り、お前は不幸になる』
〔何を訳分かんねェ事言ってんだ〕
『今までホント、ありがとうな。お前とダチで良かったよ』
そう何度目かの礼を告げた直後、子電伝虫の顔が鬼の様な表情になった
〔てめェいい加減にしろ!〕
思わず子電伝虫を落としてしまった。未だに子電伝虫の表情は険しい
〔1人でペラペラと意味分かんねェ事喋りやがって!〕
『キッ…ド…』
〔てめェとダチで不幸になる訳ねェだろうがバカが!〕
クロムはギリッと歯を食い縛り、落ちた子電伝虫を握ってキッドに打ち明けた。あたしの過去を。白髪の男の正体がルイで、あたしとどういう関係なのかを…
『今まで黙ってた。白ひげの奴らにもオヤジにも、お前以外のダチにも。でも…もう隠す訳にはいかないんだ』
キッドは黙っている。子電伝虫の表情は真顔。何も音が聞こえない。あたしは静かに息を浅く吐いた
『これからケリを着けにいく。だから、お前に話しておこうと思って。ずっとお前に愚痴吐き捨ててばかりで後悔しちまいそうだから』
キッドはあたしが一方的にダチにして、一方的に喧嘩の相手にして迷惑ばかり掛けていた。それでもダチを続けてくれたこいつにあたしは何も返せない
何も返せないまま終わるのなら、せめてあたしが本当はどんな奴だったのかを正直に伝えたかった
〔お前、相当なアホだな〕
『…は?』
〔人殺しだろうが何だろうが知ったこっちゃねェよ。つーか、俺相手によくそんな過去話でそんな傷心地味た雰囲気になるな、お前〕
俺相手って…
拍子抜けしてしまっていた。けれど、思い出した。ダチでいた事で忘れていた。こいつもこいつで、何人もの人間を殺した極悪人である事を…
〔訳分かんねェ身の上話なんざ興味ねェ。てめェが誰を殺してどう生きてきたかなんてモンは俺には関係ねェだろうが。そもそもダチを今更やめるつもりもねェ!〕
んな事言ってねェでさっさと寝やがれ!と一方的に子電伝虫を切られた。あいつ…まだ話したい事とかあったのに…
〔ダチを今更やめるつもりもねェ!〕
口元が無意識に緩んだ。人の身の上話でしんみりする奴じゃなかったな、あいつは。少しばかり心残りではあるけれど、キッドへは伝えられた。次は…
〔こんな遅くに珍しいな〕
ローは思った通り、起きていた。大方また本でも見て夜更かししているんだろうと思っていたが…
『おかげさまであの時の怪我もすっかり治ったよ、ありがとうな。ホント』
〔まぁ、お前の回復力は馬鹿みたいに強ェからな。特に心配してなかった〕
ローのため息と一緒にパタンッと本を閉じる音がした
『なぁ、ロー。お前…あたしを襲った男の事、知ってるか?』
ローはクロムの問い掛けにピクッと反応した
〔そうだな。リヒトとかいう奴が犯人だろうとは白ひげの奴らが言っていたのは聞いたが…〕
その口ぶりはリヒト…即ちルイがあたしを襲ったその理由については知らない様子だった
〔お前、俺に隠してる事あるだろ〕
息が詰まった。ローの声のトーンはいつもより低く感じた。まさかローから切り出されるとは思っていなかったからか、冷や汗が出た
まぁローは事が起きた時に駆け付けてくれたのだ。嫌でもどういった状況でこんな事になったのかも気になるところだろう
『えっと…』
〔言っておくが、お前が過去にどんな事をしてきたか聞いたところで…俺はお前と縁を切るつもりはねェ〕
『な、何だよそれ。聞く前からそんな事…』
〔妙な男がこの前、お前との縁を切らなければ不幸になるって忠告してきた。確信がある訳じゃねェが…そいつはきっとお前を襲ったリヒトって奴だろ〕
ルイは…ローの所にも行っていた。そしてキッドの時と同様にあたしと縁を切る様に忠告していた。一体何処でこの2人の事を嗅ぎつけたのか謎だが、ルイの復讐の徹底ぶりに少しばかり寒気を感じた
〔お前をそこまで追い詰めるほど憎んでる奴がいたなんてな。クラウス屋の話じゃ、お前白ひげに入る前にかなり荒れてたんだってな?勝手にダチにしたくせに、随分と水くせェじゃねェか〕
ムッとした表情で見上げてくる子電伝虫、そしてローの口調が不機嫌そうな事に浅くため息を吐いた。ローは状況を把握するのが早い。勘だって鋭い。だからたまにそれで痛い所を着いてくる事もあった
『…散々助けられて、あたしはお前をダチっていうより本当に恩人だと思ってる。今だって、面倒事押し付けられた後だっつーのにあたしの話ちゃんと聞いてくれるし』
キッドと同じく、ローも黙り込んだ。眉間にシワを寄せた子電伝虫の顔からして、あいつがどんな表情をしているのか嫌でも分かった
『黙っていたかった。知られたくなかった。でも…そうもいかなくなった』
あたしは淡々と話し始めた。キッド同様にローも黙って最後まで聞いてくれていた
『あたしはダチどころか…家族すら作る権利もない。お前に助けてもらっていい人間でもないんだ』
こんなあたしを助けてくれて…本当にありがとう、とクロムは子電伝虫越しにだが、頭を下げた。ローには感謝しきれない恩がある。けれど何も恩返しなんて出来ていない。恩を仇で返す様な心情だが、仕方ないのだ
〔恩を感じる必要はねェって何度言えば分かんだ、お前〕
『必要ねぇって言われてそうですかってすんなり受け入れるほど軽いもんじゃないだろ。命を救われたんだ。恩を忘れる事なんて出来ねぇ』
ローは眉間に更にシワを寄せて言い放った
〔俺は気まぐれでお前を治療した。ダチだからだとか、義理めいたモンで動いた訳じゃねェ〕
勘違いするな、と告げるがクロムは頭を下げたまま続けた
『お前がいなかったら、ルイとも再開出来なかった。お前のおかげであたしは過去にケリを着ける事が出来んだ』
ケリ、という言葉にローは反応した。先程過去の話に続けて船で別れた後にルイと再会し、決闘したまでを話した後、ここでケリを着けるという言葉が出てきたのを怪訝に思った
〔決闘して、それでケリを着けた事になったんじゃねェのか?〕
『まだ残ってる。故郷に帰ってやらなきゃなんねぇ事がある』
これで最後だ、と言ったクロムの声だけでローは何やら胸騒ぎを感じていた
『お前と最後に話せて良かった。ありがッ…』
〔クロム〕
言葉を遮られ、クロムは言葉を詰まらせた。暫くの沈黙。すると、ローは静かに告げた
〔俺は…お前がまた船に来るのを待ってる〕
それにクロムは目を見開いて固まったが、フッと小さく笑うとあぁ、と一言だけ返した
〔またな〕
『…またな』
もう会う事は出来ない、その言葉が出てこない。子電伝虫を切り、背もたれに凭れ掛かり、ため息を吐いた
キッドにもそうだったが、ちゃんと言えなかったな…