残酷










こういう時だけ、数日というのはあっという間に過ぎていく。最後まで船を降りる事は告げずに、さり気なくクラウスやマルコに隊の事について引き継いだ

寸前に言わないと、こいつらは多分…私を止めるだろう。過去を知っても尚、私を隊長と呼んでくれる…名前を呼んでくれるのだから。船に残りたい気持ちは強くある。当たり前だ

でも…ダメなのだ
このまま家族と幸せに暮らしてはいけない
それは私自身が1番分かっている事だ

そして…運命の日はやってきた








「クロム、着いたよぃ」

扉のノックと共にマルコの声が聞こえた。部屋の窓から見ると、懐かしい故郷の島が見えた



『…行くか』

自分に言い聞かせる様にそう呟いて、部屋の扉に手を掛けた…けれど、その手が微かに震えているのに気付いてしまった。咄嗟にもう片方の手で押さえて、深呼吸した

この扉を開けたら最後…此処へは戻って来れない。この部屋にも、この船にも。そう考えたら鼓動がどんどん速く、重くなっていく。死ぬのが怖いのではない。もう2度と…あいつらと会えなくなると思うとどうしようもなく辛く…キツくなった

ダメだ…落ち着け
このまま外に出れば恐らく…ブレてしまう
落ち着け…
落ち着け…

もう…終わらせなければいけないのだから








◆◆◆ ◆◆◆








「こんな閑散とした島に何の様なんだろうな」
「聞いた話だと、この島は隊長の故郷なんだとよ」

「やらなきゃいけねェ事があるとか言ってたぜ?」
「リヒトの事はもう方は付いたんだろ?他にやる事って何だろうな」

甲板では見知らぬ島に上陸し、しかもその島がクロムの故郷という事もあり、各々が不審げな表情で待機していた

そんな中、クロムが甲板にやってきて、反射的に皆の視線が集まった。そこにクラウスが駆け寄る



「お前、変な事とか…考えてねェよな?」

クロムは答える事なくクラウスを通り過ぎて船縁に近付いていく。だが、目の前にエースがやってきて、クロムは歩く足を止めた




『退けよ、エース』
「此処で何するつもりなのか、言え」

険しい表情のまま言ったエース。クロムの後ろには心配気な様子の隊員やクルー達が駆け寄ってくる




「あ、あんた最近様子変だぜ?」
「そうだよ。部屋からは出てこねェし、急にこんな島に用があるとか言い出すし…」
「大体もうリヒトとのけりもあれで付いたんだろ?もう何もする事はねェだろうよ」

口々に言うクルーをかき分けて、マルコとサッチもクロムの元へ




「なぁんか、嫌な予感するんだよなぁ」
「あの島に降りてェなら、理由をちゃんと説明しろよぃ」

でないと行かせねェ、とマルコもサッチもエース同様、クロムの前に立ちはだかった。その光景にクロムは小さく笑うと目を閉じた直後、その場から一瞬で消えた

その場がどよめく中、皆の背後の船縁にクロムが立っているのに気付いた1人のクルーが叫んだ。駆け寄ろうとするクルー達に向かってクロムは間髪入れずに来るなと叫んだ



「お前ホントにいい加減にしろよ!勝手な事ばっかりしやがって!」

クラウスが青筋を立てて怒鳴るが、クロムは表情を変えずに見下ろす



「何処まで勝手にすりゃあ気が済むんだよ!何も言わなかったと思えばペラペラ勝手に自分の事話やがって!今度は何も言わずに何するつもりだ!」

クラウスの言葉にクロムは漸く声も漏らした



『あたしのいるべき場所は此処じゃねぇ。あたしはリヒトから家族を奪って、村の皆の未来を奪った殺人鬼だ。此処でお前らとバカみてぇに過ぎる日々を失くすのが怖くてずっと言わずに…家族が大事だのダチが大事だの言い続けてきた』

甲板中央に普段通り座るオヤジに目をやる。此方を険しい表情で見るオヤジの心情なんてあたしには分からない。ギリッと何も言わないオヤジに当てつけの様に言い捨てた



『あの時ッ…あんたに殺されてれば良かったッ!』

その言葉にオヤジの眉がピクッと動いた事にクロムは気付く事なく言い続ける



『背中を任せられる仲間なんて作らなきゃ良かったッ!ダチなんて作らなきゃ良かったッ!幸せなんて知らなきゃ良かったッ!家族なんてッ…』

続きを言う前に視界が反転し、背中に強い衝撃と共に痛みが走った。一瞬過ぎて何が起きたか分からないが、目の前にはオヤジが眉間に深くシワを寄せている顔があった。首にはオヤジの大きな手が

そこで漸くをオヤジに首を掴まれ、床に押さえつけられた事に気付いた。目を見開いたまま、突然の事すぎて身体が動かない。周りのクルー達もどよめいているが、オヤジは微動だにしない




「これ以上、てめェで作ってきたもんを否定すんじゃねェよ」

ドクンッ、と重く何かがのしかかった様に息苦しくなった。鼓動が速くなる



「何するつもりか知らねェが、勝手に船から降りるなんざ俺が許さねェよ」

周りを見渡すとクルー達が心配気な表情であたしを見下ろしているのが見えた。その表情に胸がキツく締め付けられる感覚が襲った






『オヤジッ…皆…ごめん』

そう声を漏らした直後、オヤジの手から一瞬で風と共にクロムは消えた。オヤジもすぐさま立ち上がり、クルーと共に辺りを見渡す。そして、クラウスが目の前の島の岸壁に立つクロムの姿を見つけ、船縁に駆け寄った




「クロムッ!バカ!戻ってこい!」

クラウスの言葉に気付き、他のクルーもすぐさま船縁に駆け寄った


「何のつもりだ、クロム」

オヤジの言葉にクロムは両手を握り締めて言い捨てた



『あたしは船を降りるッ!これはケジメだ!殺した皆に償う最後のチャンスなんだよ!』

そう言うと、クロムは地面に拳を打ち付けた。すると、ヒビが船に向かって一直線に入ったと思えば、地面を抉ってまるで島と船を分断する様に黒炎の壁が燃え上がった。船から身を乗り出していたクルー達は慌てて離れる




『赤犬でも熱さを感じた炎だ!もし船から出ようもんなら丸焦げになる!私を置いて早く出航しろ!』

「なッ…何言ってんだ!零番隊はどうすんだよ!」
「俺達置いて何処行くんですか!隊長!」
「早く戻ってこいよ!」

炎越しから見えるクルー達の姿にまた胸を締め付けられるが、首を左右に振って誤魔化し、皆に背を向けて茂みへ駆け出した。待ての言葉もあたしの名を呼ぶみんなの声も聞き入れずに振り返る事なく走った








◆◆◆ ◆◆◆








「クロムが行っちまうぞ!」
「早くこの火何とかしねェとだろ!」
「水早く!鎮火したら俺達も隊長を追うぞ!」

クルー達が慌ただしくする中、オヤジは隊長達とクラウスを集めた





「クロムは追うな」

オヤジの第一声に隊長達はどよめいた


「何でだよぃ!」
「このままでは本当にクロムは船から降りちまうぞ!オヤジ!」

マルコとジョズが皆思っているであろう事を先に訴えた。あのまま戻らない意味での船から降りるという事は、白ひげ海賊団から脱退。即ち家族をやめるという事




「クロムはそれ相応の覚悟で降りたんだ。それに、あの島には妙な気配がする」

「んな事言ってる場合じゃねェだろ!クロムが何するか分かんねェ以上早く追い掛けねェと!」
「行かせてくれ!オヤジ!」

サッチやクラウスが言う中、オヤジは険しい表情のままで頷く事はない。オヤジもクロムを連れ戻したいという気持ち強くある筈なのに、何故止めるのか分からない




『オヤジッ…皆…ごめん』

オヤジの頭にあの時消え入りそうな声で漏らしたクロムの声と泣きそうな悲痛の表情が過ぎっていた




「あそこまでして船から降りて、無理矢理連れ戻した所であいつの覚悟は変わらねェよ。遅かれ早かれ船を降りてただろう」

「でッ…でも!」
「このまま戻らねェようなら…船を出す」

手元の酒をダンッ!と床に叩き付けながら、納得いっていない様子のクルーに言い放った。オヤジに訴えようとしたが、その表情も険しく何とも言えない難しいものだったからか、クルーは誰も何も言えなかった。苦渋の決断というべきか否かは分からないけれど、オヤジのその決断も本心でない事は分かっていた





「俺は…ぜってェに認めねェッ!」

嫌に静まってしまった甲板に響いた声。それはエースの怒鳴り声だった。クルーの視線が集まる中でエースはそう言い放った直後、炎の壁が燃え上がる船縁に向かって駆け出した



「おい待て!エース!危ねェぞ!」
「何処行くんだよ!」

クルー達の呼び止めも聞かずにエースは全身に炎を纏って船縁に手を駆け、飛び越えた。炎の壁を突き抜けて、勢いのまま岸壁へ。着地したエースは振り返る事なく、クロムが駆けて行った茂みの方へ向かっていった




「あッ…焦ったけどそういえばあいつも火だったな…」
「でも良いのかよ、オヤジの指示無視して…」

炎の壁を見上げながら唖然と立ち尽くすクルー達の後ろで隊長達は何故か口元を緩ませていた




「エースは黙ってねェとは思ってた」

サッチの言葉にマルコも共感して頷いた



「俺達の中では1番行動派だしな。オヤジだって、止めなかったって事はエースに期待してんだろぃ?クロムを連れ戻してくれるって」

マルコの言葉にオヤジは答える訳ではないが、表情はさっきの険しいものとは違い、何処か緩んでいる様に見えた

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