恩人 U









「おいおいッ!みんな大変だぞぉおッ!」

甲板から慌てたように走ってきたのはジョズ。その手には、ある新聞。のんびりと雑談していたマルコとサッチはいつもと明らかに違う様子のジョズの所へ



「何だよぃ、ジョズ。そんな慌てて」
「何だ何だ?珍しいな。ジョズがそんな慌ててんの」

「おぉ!マルコとサッチ!こ、これを見てくれ!」

バッと広げられた新聞を覗き見たマルコとサッチはその見出しに、思わず口を揃えて声を上げた



【白ひげ海賊団零番隊隊長 ハーツ・クロム。赤犬に敗れ死す】

「おいおい、何だよこれ」
「勝手に死んだ事にされてるし…」

確かにあの赤犬相手に生きて帰る海賊はいないかもしれないが、少なくともクロムは生きている。それは紛れもない事実

恐らく生きていたとしても、それは海賊を取り逃がしたということで海軍3大将の名が傷付く恐れがあるから、一方的にクロムは死んだとしているんだろう





「これはクラウスや零番隊の隊員には見せない方が良いな」
「だろうな。自分達の隊長を勝手に死んだことにされたって知ったら、少なからずアイツらは噴火する勢いで怒るだろうからな」

「よし。誰にも見つからない所にしまっておッ…」
「ふざけんなよ、海軍がぁッッ!」

怒鳴り声が甲板に響く。振り向くとクラウスがマジギレしながら叫んでいた。その手にはジョズが持っている新聞と同じ新聞




「海軍の野郎!ほざくのも大概にしやがれッ!」
「俺達の隊長が赤犬なんかに負けるかぁああッ!」

新聞の内容にクラウス同様、クロムの隊員達が怒鳴り散らしていた



「もう遅かったな」
「ホントにクロムが大好きなんだな、あいつら」
「も、もう1枚持ってたのか…」

「あんのくそ犬の野郎ッ!調子に乗りやがってッ!」
「まぁまぁ、クラウス。落ち着けって」

サッチ達は怒りを抑えきれないのか、声を荒らげているクラウス達の所へ歩み寄り、落ち着く様に促すが、周りの隊員達も大人しくならない




「こんなデマ載せられて黙ってられるかよ!」
「調子に乗らせときゃいいんだよ。あいつも自分なりに借りは返すさ」

な、と笑いながらクラウスの肩を叩いたサッチ。他の零番隊の隊員にも宥める様に落ち着きを取り戻させた



「そんな紙切れでそんな情けねェ顔じゃあ、クロムに顔向け出来ねェぞ?クロムがいない今だからこそ、隊員が頑張らねェでどうすんだよぃ」

「…そうだな!俺達が頑張らないでどうすんだ!なぁ、みんな!」

1人の隊員の言葉に、他の隊員達も意気込みの声を次々と上げた



「ほら。あれをまとめんのがクラウス、お前だろ?隊長の代わりをしっかりやらねェと、副隊長の名が泣くぜ?悄気返ってないで、しっかりしろよ」

ドンッと背中を押されたクラウスは一瞬戸惑った様に眉を寄せたが、すぐさまやる気の表情を見せ、おぉ!と意気込んだ









◇◇◇ ◇◇◇









「ねぇ、キャプテンッ!大変!これ見てよ!」

「あ?」

自室でいつもの様に本を読んでいたローの部屋にベポがある新聞を手に駆け込んできた。新聞に載っている見出しを見て、ローは怪訝そうに眉を寄せた



【白ひげ海賊団零番隊隊長 ハーツ・クロム。赤犬に敗れ死す】





「世間には、クロムは死んだ事になってるのか」

「どうしよう…やっぱりクロムには見せない方がいいよね?」

「いつか分かるが、今は見せない方がいいだろ」

「だよね…」

冷や汗を流しながら笑ったベポに、ローも苦笑し返した。あの赤犬に負け、挙げ句の果てには死んだと世間にデマを流されているのを知ったら少なからず、ブチキレるだろう

まだ完治していない状態でそんな事になったら今度こそ永遠に声が出なくなりかねない










◇◇◇ ◇◇◇











あの後、ローは今日もクロムに医学の事を教える為、場所を移動していた。この頃、クロムの事をよく考えてしまう

何故だ?
“患者”として放っておけないだけか…



「…一目惚れでもしたか?」

歩きながら呟いた。思った以上にクロムを意識してしまっている自分に苦笑した





『ロー!』

背後から名を呼ばれたローは反射的に立ち止まった。だが、聞き覚えのない声。振り向くと、目に映ったのは見慣れた笑顔


「クロム…」

ローが唖然としているのもお構いなしにニッと笑ったクロムが駆け寄った




「お前…声出せるようになったのか?」

『まぁな。急に出せる様になったんだ!驚いたか?』

「あッ…あぁ」

まだ完治するには早い
もう少し時間が掛かると思っていたんだが…


 


『ありがとな。ローのおかげだ』

「…とりあえず良かったな。声が戻って」

『あぁ、ホントありがとう』

嬉しそうに笑顔を向けてくるクロムに、ローの頬が少し赤く染まった。咄嗟に目を逸らしたローの顔を不思議そうにクロムは覗き込む




『何だよ、ロー。顔赤くねぇか?』
「いや…意外に鈍感なんだなお前」

『そうか?』

そんな事ねぇと思うけどな、と本当に意味が分かっていない様子のクロム。ローは逸らした目を向け、軽くため息を吐いた

鈍感ってのも、厄介なモンだな…



『治ったなら包帯取って良いよな?』

クロムは首に巻き付けている包帯の留め具に手を掛けたが、すぐにその手はローに掴まれ、止められた




『何だよ』

「声が出る様になったからって包帯は取るな。まだ火傷が完全に引いた訳じゃねェんだからな」

『首に包帯って結構気になるんだ…下手したら被れるし…』

「取りたい気持ちも分かる。だが、完治してない状態だと細菌が傷口に入って火傷がまた悪化する場合があるんだ」

『また…声が出なくなるのか…?』
「ならないとは言い切れない。だからまだ包帯は取るな。分かったな?」

ローの言葉に小さく頷いたクロムだが、やはりまた声が出せなくなるかもしれないと聞いて不安気に俯いた




「そんな心配しなくても大丈夫だ。今は傷が順調に治ってきてるから、綺麗に治る。だから包帯は取るな」

『…はい』

渋々ながら了解したクロムの頭をローは撫でた









◇◇◇ ◇◇◇









治療を受けてからもう数週間が過ぎた。声が出せる様にもなった事もあり、更にハートの海賊団のクルー達と打ち解けていた




「キャプテンてさ、絶対クロムの事好きだよね」
「あー、俺も思った」
「俺、あんな機嫌が良いキャプテン見たことねェな」

薬品室でローとクロムが笑い合っている姿をこっそり覗き見していた3人がコソコソと話していた




「この薬とこの薬は相性が悪い。絶対に混ぜたりするな」
『混ぜたら?』

「症状が悪化するとは限らないが、決して良くはならない」
『絶対良く…ならない』

すぐノートに書き留め、興味津々なクロムの姿にローは口元を緩ませた



「俺の話しに着いてこれるのはお前だけだな」
『え、そうなのか?こんなにおもしれぇのにな』

満面の笑みで言うクロムに、ローも薄く笑い返した



「ホントに仲良いな。2人」
「キャプテンてあんなに笑えるんだね。新発見」
「俺も初めて知った」

部屋をこっそり覗いていたクルー達はこれ以上は2人に悪いと思い、それぞれ解散した








「薬は服用を間違えると死に至るモノもあるからな。人に含ませる時には気を付けろよ?」

ローは棚へ薬瓶をしまう為に席を立った。すると席を立った反動である白い錠剤が入った瓶が床に落ちた。クロムは気になり、席から立ってその落ちた薬瓶を拾い上げた




『なぁ、ロー』
「何だ?」

『これって…何の薬だ?』

ローは棚に薬瓶をしまい終わると、クロムの手から薬瓶を手に取った




「…これは精神安定剤だ」
『精神安定剤?』

「睡眠薬と間違えたんだ」
『…ローって薬間違えるのか?』

「明らかに睡眠薬じゃないとは思ったが、翌々考えてあって越したこともないだろ」
『ローは睡眠薬が無いと寝れねぇの?』

「寝れない…て訳でもないな。医学の本に目を通していたらいつの間にか朝になってるってのが多い」

『医学の本って…医者にしては健康的とは言えないな。その内身体壊すぞ?』

「俺はそんなやわじゃねェ」
『どうだか。まぁ、これからは早く寝る事だな。それじゃ一流の医師とは呼べねぇぞ?』

ローに指差しながら忠告する。言っても無駄だとは思うが、実際に身体を壊されたら困るっていうか心配になる。だが、何故かローは口を吊り上げて意地悪な笑みを向けてきた




「お前が添い寝するなら、考えなくもないがな」

ローの言葉にクロムはピシッと固まった。その反応に小さく笑ったローは、自分の帽子をポスッと被せた



「冗談だ」
『じょッ、冗談なら言うな!』

「あ?なら冗談抜きでも良いぞ?」

あっさりと大胆発言しているローに、クロムは顔は真っ赤に。何でちょいちょいこいつはこんな発言してくんだよ…





『添い寝しなくても寝ろッ!』
「クロムがその気になったらな」

ローは宥めるように笑い、再び薬の説明を始めた。クロムは恥ずかしさを紛らわす様に被せられた帽子を深くまで被った




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