ダチ





『あーあ、まだ消えねぇなぁ…』

クロムは自室のベッドに寝っ転がりながら、手首の包帯を解いた。覗いたのはあの痕。縄の痕は幸い目立たないまでには消えたが、血が乾いた掠り傷は未だに消えずに残っている

やっぱり半殺しにでもしておけば良かったかねぇ…



『全く、自分の事ながら呆れるなぁ。情けねぇ、普段ならすぐにあんな奴ら瞬殺なのに』

視界を遮られたってだけであんな隙作っちまうなんて…
ため息を吐くと、ある事を思い付いた

イライラする→八つ当たり→発散喧嘩…

あいつなら喧嘩の相手してくれるかな
自分勝手な事だが、イライラしてしょうがない



『よし、キッドの所に行ってみるか』









◇◇◇ ◇◇◇








「クロム?」
『おぉ、クラウスか』

1人、倉庫でストライカーの準備をしていると、クラウスが話し掛けてきた。怪訝そうにクラウスはストライカーに触れながらクロムに尋ねた



「何だよストライカーの準備なんかして。どっか行くのか?」
『…キッドの所にでも行こうかなって』

クロムがキッドと名前を言っても、クラウスは知らない。クラウスは頭を掻きながら頭に?を浮かべた



「キッド?誰だ、それ」
『言ってなかったか?ルーキーの奴だよ』

「…あぁ、ルーキーか。お前本当にルーキーの奴らと仲良いんだな」
『そうか?まぁ、キッドとは腐れ縁だけどな』

そう言って拳をポキポキッと鳴らすそれは喧嘩直前にやる奴がする姿。そして、愉快そうに口元を釣り上げたクロムはストライカーに飛び乗った


「Σちょッ、おい!そいつの所に何しに行くんだよ!」

クラウスの呼び掛けに、クロムは首だけを向けて口元を釣り上げた



『喧嘩売りに』








◇◇◇ ◇◇◇








キッド海賊団の甲板では銃声や金属が交わる音が響く。外から聞けば戦闘中だろうかと思うが決してそうではなく、ただの暇潰し程度のお遊び



「てめェら!間違っても本気でやり合うんじゃねェぞ!ただの暇潰しだからな!」

キッド海賊団は暇な為か、クルー同士で戯れ程度の切り結びをしていた。中にはマジ喧嘩の殴り合いをする者をいるが…

キッドは船縁に寄り掛かり、その光景を眺めていた。何とも危なっかしい暇潰しとは思うが、クルー達も上機嫌で騒いでいる



「体力無駄にしてるのと同じだな」
「お前が提案したんだろ」

いつの間に居たのか、隣にはキラーが同じ様に船縁に寄り掛かっていた




「体力を持て余すよりはマシだろ」
「…まぁ、そうだな。この頃海軍も姿を見せない。あいつ等も発散場所が出来て好都合だろう」

キッドはクルー達を眺めながら鼻で笑った。発散場所にしては命懸けだなと思いながら




「キッドの頭ッ!危ねぇえッッ!」

「あ?Σうおッ!?」
バキンッッ!

突然のクルーの忠告の叫び声に、振り向くと目の前にナイフが…

顔が串刺しになる直前に躱し、当たりはしなかったが見事に躱した先にある壁にナイフが深くまで突き刺さった





「俺を殺す気か?」
「いーやいや、違うッ!手が滑っちまっただけなんですよッ!」

「危機一髪ってやつか。俺は逆にあそこまで壁にナイフをぶっ刺せる程の腕力に感心するが」
「お前は俺が死んでも良いのか」

「まさか。ウチの船長はそう簡単に死なないと思っているからこそ最初から心配していないだけだ」

「…なるほどな」

キッドは納得したのか愉快そうに喉を鳴らし、壁に刺さったナイフを引き抜き、クルーに手渡した



「もう飛ばしてくんじゃねェ」
「Σももッ勿論スよ!気を付けます!」

足早に立ち去ったクルーにため息を吐いて、キッドは再び船縁に寄り掛かった



「俺の嫌な予感は…この事だったのか?」
「あ?何の事だよ」

「今日はやけにキッドの身に危険な事が起こりそうな予感がするんだ」

「は?何だよそッ…」
『キッドぉおおッッ!』

聞き慣れた大声と共に回し蹴りで向かって来たのはクロム。キッドはそれをギリギリで躱し、そのまま回し蹴りは船の柱に激突した。柱付近にいたクルー達は、突然の事にどよめいた



「何だ何だ!?」
「って…Σクロムだ!クロムじゃねェかよッ!」

「Σはぁ!?」
「やっぱりな」






『外したか』

クロムが不機嫌そうに砂ぼこりの中から出てきた
もう少し静かにやれば良かったかなぁ、と物騒な事を呟きながら軽くキッドを睨む




「てめェ何でいつも急に来んだよ!連絡ぐらいしやがれ!」
「危険な予感って、これの事か」

キッドの身に降りかかる危険なモノの正体がクロムであると気付き、キラーはため息を吐いた

クロムは度々キッド海賊団に訪れてはキッドへこういった大変危険な行為をしている。そのおかげかは知らないが、この頃キッドの反射神経が良くなったとキラーは静かに感じていた




『よぉ、みんな。元気だったか?』

気を取り直してとクロムは周りに集まったクルー達へは笑顔で手を振った


「何だよ、クロム。久しぶりに来たと思えば、いきなり柱大破かよ」
「でもスゲェな。男でも回し蹴りでこんなぶっとい柱ここまで壊せねェよ」

苦笑しながら折れた柱を叩くクルー達に、クロムも苦笑し返した。流石にやりすぎたか




『ちょっとむしゃくしゃしててな。後で修理手伝うからさ』

「今更つべこべ言わねェよ。今じゃ柱壊れるなんて、クロムが来た時のお決まりだからな」
『そ…そうだったか?』

なぁ?と他のクルー達もおかしげに笑い、頷いた。そこにキラーは呆れ気味に腕組みしながら声を掛けた



「久しぶりだな、クロム。何か用でもあるのか?」
『お、キラー!久しぶりだな!』

ニッと笑いながら走り寄ってきたクロムの頭をキラーは小動物にする様に軽く叩いた。その隣に同じく呆れ気味な顔でキッドが歩み寄る


「てめェ、何しに来たんだ?」
『喧嘩売りに』

「即答かよ」
『ちょっと最近イライラする事があってさ。スッキリしてぇんだよ。相手頼む』

やる気満々のクロムは両手の拳をパシッ!と打ち付けた。それにキッドは怪訝そうに眉を寄せた



「最近って…何かあったのかよ」
『良いじゃねぇか、何でも』

不意に見たクロムの手首には、見慣れない包帯。そこまでの傷を負ったのか。いや、それにしてはその他の身体の部分に目立った傷も手当ての跡もない。少し…不自然だ



「お前、それどうしッ…」
『行くぞぉおらぁあッッ!』

「話聞けごらぁあッッ!」

クロムは質問を強制中断する様に炎を纏って駆け出した。それにキッドも遅れを取らない為に床を蹴るとその瞬間、2人の拳が重たく打ち付けられた








◇◇◇ ◇◇◇








喧嘩を始めて、早くも1時間半ほどが経った。2人の喧嘩を見物していたクルー達の顔も流石に心配そうだ。 それもそうだろう。2人はいつも手加減なし。それにも関わらずぶっ続けの喧嘩



「2人共、そろそろ止めないとキツくないッスか?」
「もう1時間以上だもんな。よく疲れないでいられるよ…」

クルー達が口々に言う。だが、あの2人の喧嘩を止められる筈もなくただ黙って見守っているしか出来ない。そんな中、キラーは平然と2人の喧嘩姿を眺めながら一言


「もうすぐ終わるだろ」



『大火炎魔ッ!』
「リペルッ!」

キラーが一言言った直後、クロムとキッドは、互いの持ち技をぶつけ合い、そのまま倒れた




「ほらな、すぐ終わった」

キラーが鼻で笑いながら言うと、クルー達は苦笑しながらも喧嘩が終わった事にひとまず安堵した








◇◇◇ ◇◇◇







「なぁ、クロムの奴…何処行ったんだ?」

朝からクロムがいない事に気付き、船内を探しているエースの前に丁度いいタイミングでクラウスがやってきた



「クロムならキッドとかいう奴の所に行ったぞ?」
「は?」

クラウスの一言にエースは首を傾げる。聞き覚えのない名前だ。つーか…誰だ?



「何で行ったんだよ」
「喧嘩売りにだとさ」

不機嫌そうに口を尖らしたエースに苦笑しながら、クラウスは答えた。知らねェ内に随分とやきもち妬きになったな…








◇◇◇ ◇◇◇








『Σいって!』
「あ、悪い」

「Σいでッ!」
「悪い、悪い」

あの後、倒れたクロムとキッドは治療室でキラーに手当てをしてもらっていた。これはキラーにとってお決まりの役目。今までに何度2人の手当てしたかなんて数え切れない



「お前らも、よく飽きないな」

そう呆れながら言うキラー
手当てが終わったキッドはコートを羽織り直した




「お前にとっては、迷惑か?」
「…もう慣れた」

『いつもありがとうな』
「礼は良い。だが強いで言えば俺の手当てで済むぐらいにしといてほしいもんだがな」

『気を付けてはみる。ま、いつもキッドは手加減してくれてんだろうがな』

クロムも上着を羽織り、隣のキッド背中を軽く叩いた



「手加減か…考えた事もねェな」
『いやいや、無意識にも手加減してるって。初対面の時とはまるでちげぇもんよ』

「だから手加減してねェって」
『ホントか?もしそうなら身体がなまってんじゃねぇの?』

たまにしか喧嘩しねぇもんなぁ、とからかう様に笑うとキッドは青筋を立てて睨み付けてきた。そうは言ってもいつも目付き悪い分、別に気にしない






「お前、手首怪我してねェか?」

クロムの頬にバンソーコーを貼りながらキラーが尋ねる。キラーが気になったのはあの手首にしてある包帯

炎を絶え間無く使っていたせいで少し焦げて所々がボロボロとほつれてしまっている。キラーは取り替えるべきだ、と包帯を外そうとしてくる。だが、クロムはそれを頑なに拒んだ




「ほら、取り替えてやるからじっとしておけ」
『前に出来た怪我だし!ほっといてくれよ!』

「包帯の意味ないだろ。ほら」
『だからほっとけって言ってんだろ!』

さっきの余裕な表情は一変して、必死に拒否しているクロム。それを怪訝に思ったキッドは静かに席を立った



『Σうおッ!?』

キッドはクロムの包帯の巻いてある手首を掴み、そのまま上へ持ち上げた。キッドとの身長差でクロムは床から足が離れてしまい、拒むものも拒めなくなってしまった


『んだよ、おい!キッド!』

そんな頼みの声をキッドが受け入れる筈なく、もう片方の手でクロムの手首の包帯を器用に解いた。包帯の下からはあの掠り傷




「何だよ、この傷」
「掠り傷…みたいだな」

「どうしてこんな傷が付いたんだ?」
『べッ…別に。ちょっと海軍相手にしくじっただけだ』

引き上げられたら状態でキッドから目を逸らした



「嘘だな」
「あぁ」
『嘘じゃねぇよ!』

即答で嘘と見破られてしまった。2人共勘が良いは良いが、こういう時に働かせないでほしい



「どんだけお前と喧嘩してると思ってんだ。だてにダチやってんじゃねェんだよ」
「嘘吐いてるか吐いてないかぐらい分かる」

『だから嘘じゃッ…!』
「しくじったにしては、腕だけキレイにやられたんだな」

キッドに痛い所を突かれた。そりゃあ私の攻撃スタイルを知っているキッドからしたら確かに気になる所だ。腕のそんな手首に限定して攻撃を受けたとは考えづらいんだろう




「言え。無理にでも吐かせるぞ」

『…分かった、話す。てか、そろそろ降ろしてくれ。腕がつる』

やっと観念したクロムを見て、キッドは言われた通り床に降ろした。そして、2人にあの時の事を話した

村をある海賊から解放した事
そのあとの路地裏の事を…



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