嫉妬?









『ただいまぁ』
「おー、帰ってきたな」

『…何やってんだ?』

キッドの所から帰れば、クラウスと数人のクルー達が何故か壁の修理をしていた。そんな大袈裟な穴ではないが、大きいといえば大きい

海軍でも攻めてきたのか?




「あ、隊長!お帰りなさい」

背後から釘箱を持ってやってきたクルーが、クロムに会釈した。ずっと修理していたのか、汗がスゴい



『みんなして何で壁なんかの修理してんだよ。あたしがいない間に海軍でも攻めてきたか?』
「いえッ…隊長が出掛けていた間は特に海軍もいなかったんですが…」

『だったら何だよ?』
「クロム隊長…何処に行ってましたか?」

『は?』

恐る恐る尋ねられたのは、行った場所
それが何の関係があるのか…

クロムは怪訝そうな声で返した




『行った場所って…キッドの所だけど』
「ハァ…」
「そ…そうっスか。やっぱり…」

『え、何何?何でため息?』

何故かため息を吐くクラウスとクルーの2人。するとクラウスがクロムを横目で見ながら言った



「この壁やったのは、エースだ」
『…Σは!?何で!?』

こんな穴を…あのエースが!?
何でこんな事…

だとしたら、いつも温暖な性格で家族想いのエースからは考えられない行動



「隊長が原因ですよ…」
『あたし!?エースに何かしたかな…』

エースにこんな事させる様な事をした覚えはない。考えるように腕を組み、今までの事を振り返っているクロムにクラウスは釘を打つ手を止めた



「お前ほんっとに分からないのか?意味」

クロムがキョトンとしながら首を横に振るのに、クラウス達は肩をガクッと落とした


「お前ほんッッとに鈍いっつーか何つーか…」
「ですね」

『鈍い言うなし』
「鈍過ぎんだろ。少しは勘付け」

『だから、何にだよ』
「エース隊長の気持ちに、ですよ」

クルーの言葉に、クロムは眉を寄せた

エースの気持ち?







◇◇◇ ◇◇◇








見張り台に1人、柱に身を預けて頭の後ろで手を組み、オレンジ色に染まった海を眺めているエース。ずっと見張り台にいる為か、まだクロムが船に戻った事も知らない


「あーあ、らしくねェな」

髪を掻きながら呟いた。クロムの事が頭から離れない。今までこんな女を好きになった事がないエースは、嫉妬している事にも気付いてなかった

クロムがローやキッドの所に行っている間、エースはイライラの感情が露になり、遂に今日甲板の壁を壊してしまった



「何でこう…イライラすんだろうな」

今までに経験した事のない感情にエースは頭を悩ましていた。締め付ける様な鈍い圧迫感が度々襲う。それは決まってクロムを対して起きる

頭を柱に付けながら真上の空を見上げた。すると、階段を上がってくる足音が聞こえてきた




「よぉ」
「お、マルコか。何か用か?」

上がってきたのはマルコ。浮かない顔をしているが、何に対してなんてなのかエースはすぐ分かった



「何か用かじゃねェだろぃ。甲板の壁、壊したらしいじゃねェかよぃ」

やっぱりそれか。イライラしてたとはいえ、勢いで壁壊すとはな…そりゃあ怒るよな

力無く頷くエースに、マルコは肩を落とした




「クロムが戻って来たよぃ」
「…いつ帰ってきた?」

「今さっきだ。今クラウス達と話してるよぃ」
「…そうか」

「会いに行かねェのかよぃ」

エースの事だからすぐにその腰を上げると思っていたマルコだったが、いつもと様子が違う。エースは頭を掻きながらため息を吐いた



「会いてェけど、今あいつに会えねェ。変な言い方だがな…」

「そんなイライラしてんのか?」
「あの壁に空いた穴がこのイライラの現れだ。今までこんな気持ちになった事ねェから…どうすればいいのかさっぱりだ」  

苦笑するエースにマルコは肩を竦めた


「完全な嫉妬じゃねェかよぃ。対象は…トラファルガーやユースタスか?」
「いや…そいつらだけじゃねェんだよ。クラウスやサッチ…クロムと仲良くしてる奴等全員に嫉妬してる」

「かなりの重症だな」
「…あぁ」

エースは苦笑し、またうなだれた。マルコは困った様に頭を掻いて何も言わずに見張り台をあとにした








「よし、修理終了。みんな手伝いありがとな」
「お疲れッス」
「お疲れ様でーす」

クロムはあれから修理を手伝いながら、エースについて考え込んでいた。クルー達が道具をしまっている中、考えすぎて、未だ釘を打つ手を止めずにいた


「おい」
『お、おぉ。何だよ?』

「何だよじゃねェよ。壁見てみ」

クラウスの指差す壁はさっきまで自分が打ち付け続けていた壁。そこには打ち込まれすぎて、釘が壁に必要以上に食い込んでいた。エースの事で頭がいっぱいで周りが見えていなかった結果


「一心不乱に打ってんじゃねェよ」
『…わりぃ』

「そんなに考え込まなくても良いと思うぞ?お前はお前で仲の良い仲間が多いってだけで、それにエースは嫉妬してるだけだ。お前が悪いわけじゃねェよ」

『嫉妬ねぇ…何か考えずにはいられなくてさ』

エースが自分の事をどう想ってるかなんて考えた事もなかった。エースの事は好きだ。でもそれが家族だからなのかそうじゃないのか、はっきり分からない






「クロム?」

一瞬遅れて呼び掛けに反応したクロムにクラウスは苦笑し返した。もう空はいつの間にか日が沈まり始めていた








「もう夜か」

1日中空を見上げながらクロムの事を考えていたら、いつの間にか辺りは薄暗くなっていた。今日は1回もクロムに会っていない。というか、会えるにも会えない。嫉妬して腹癒せにモノに当たるなんて…今時子供でもやらねェって…

情けねェ、と独り言を呟き、見張り台から甲板へと続く階段を下りた



「ぁ…」
『お、おぉ。エースか』

タイミング悪く、クロムと鉢合わせてしまった。しかも運悪くクルーが誰1人も外に出ていなかった為、甲板はクロムとエースの2人だけ

気まずいなんてもんじゃない。2人共今の今までお互いの事を考えていたのだから…



「よ…よぉ」

何故か落ち着きがないエースの様子に、クロムは不満気に眉を下げた



「戻ってたんだな」
『あ…あぁ。昼頃に戻ってきた』
「…そうか」

それからは無言。クラウスからもあんな事を言われた後で、クロムも変に意識してしまっていた


『ごめんな、エース。勝手に行って』
「謝んなよ。別に…怒ってた訳じゃねェし」

苦笑しながら返したエースにクロムは怪訝に思った。怒ってなかったら…壁なんて壊すわけないじゃねぇかよ




『怒ってたんだろ?クラウス達に聞いた。甲板の壁、エースが壊したんだろ?』

痛い所を指摘されてしまった。事実の為言い返せなく、エースは黙った。それに頭を掻きながらクロムは続けた



『あたしがいない間、イライラしてたみてぇだけど…』
「Σし、してねェよ!」

エースは一気に顔を赤く染めてクロムから目を逸らした。嫉妬してたなんて…言えるわけねェ。しかもその張本人の目の前で…

エースが赤く染まった顔を隠す様に額に手を付いた




『エースがそんなイライラしてる所見た事ねぇし…』
「い、言えばだぞ…?」

しびれを切らして、エースは逸らした目を向けた。クロムは心配気に眉を下げながらエースを見上げている。目が真っ直ぐ合って、再び顔に熱が集まるのを感じた

やべェ…柄にもねェ位に緊張っつーか…
まともにクロムの顔見れねェ…




「イライラっつーか…今までは無かったんだ。だけどお前と出会ってから…なるようになったっていうか…」

『あたしと会ってからって?』
「そのッ……嫉妬でだ」

『…それもクラウス達が言ってた。それってあたしがダチと仲良くしてるのが羨ましいのか?大丈夫だろ、エースは白ひげの中で人気者だし、それにッ…』
「そうじゃねェんだよ」

嫉妬を違う方にとるクロムにエースは恥ずかし紛れに頭を雑に掻いた。もうエースからしたら堂々と“好き”て言ってる様なものだったのだが…



「お前がマルコやサッチ…クラウスと他のクルー達。トラファルガーやユースタスの所に行ってたら無性にイライラしちまったんだよ。俺は嫉妬なんてした事ねェし…どうしたらいいのか分からなくなって…壁壊しちまった」

情けねェけど、と苦笑しながら言ったエース。クロムは目を丸くしたまま首を傾げている。いくら説明しても理解出来ないだろうとしびれを切らして、エースは意を決した様に口を噤み、クロムの目を見た




「俺はッ…」

エースはクロムを壁に追いやり、逃げられらない様に壁に手を付いた。その行為にはさすがのクロムも目を見開いて顔を真っ赤にして慌てた


「俺はお前の事ッ…」
『Σは、え?何ッ…』







「そうなんだよ」
「ハハハ、何言ってんですかぁ」

唇が触れ合うギリギリの所で船内から甲板へとクルー達の愉快そうな笑い声が聞こえてきた。それにいち早く気付いたエースとクロムはすぐにお互い離れた

甲板に上がってきたクルーは2人を見つけると、いつもの調子で話し掛けた



「あれ、エースとクロムじゃねェか」
「2人で何してるんですか?こんな夜に」

「Σいやいや!べ、別に何でもねェよ」

クロムは無言のまま顔に手を付けてクルー達から顔を逸らしていた。エースも何やら頬を染めて落ち着きのないのにクルーは顔を見合わせ、首を傾げた



「クロム、何赤くなってんだよ?」
「エース隊長も」
『Σそんな事ねぇよ!気のせいだ、気のせい!』

クロムは首を左右に振りながら言った。エースは黙ったままクロムを横目で見る。クルーは大きく欠伸をして、眠そうに目を擦った



「もう寝ようぜ、2人共」
「そうですね、もう夜遅いですから」

『そ、そうだな。じゃあ、あたしも寝るわ』

そう言って、クロムは顔を赤くしたまま足早に船内へ続く階段を駆け下りて行った




「どうしたんだ?クロムは」
「気のせいって言ってましたけど…やっぱり顔赤かったですよ。熱でもあるんじゃないですか?」
「そんな体調悪そうに見えなかったけどな」

クルーが心配気に話している中、エースは軽くため息を吐いてその場をあとにした


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