修練









あの宴のあった次の日。エースとの気まずい関係は無くなり、普通に話せていた。エースの話によると、昨日あたしがやけ酒のようにガブガブ馬鹿みたいに酒を飲んで酔っていた間に話をして和解したらしい

あたしは全然記憶にないけど…





『ぬぅう…頭いてぇえ…』
「そりゃあ、かなりの酒飲んでたみたいだからな」

『さすがに堪えるわ…』

だが、今日は大人しくしておくかと決めた時に限って海軍共は現れる。そう言いながら頭を抑えて唸るクロムを同情の眼差しでエースは苦笑していた

すると、何やら通路の奥から慌ただしい足音と隊員の声が聞こえてきた




「隊長!大変ですよ!」

切羽詰まった様子で隊員が此方に駆け寄ってきた。やれやれと頭を押さえながら寄り掛かっていた壁から離れた






『ンだよ、どうせ海軍だろ?』
「何言ってんですか!違いますよ!」

『…は?』
「海軍がいねェなら、何でそんな騒いでんだよ」

「クラウス副隊長がッ…!」
『クラウスに何かあったのか?』

“クラウス”と聞いて、クロムはダルそうな顔から一変した。相棒の身に何か起きたのか…



「クラウス副隊長が、悪魔の実を見つけたみたいなんですよ!」








◇◇◇ ◇◇◇








足早にクラウスの部屋に向かえば、そこにはすでに幹部の数名が立ち入っていた。クラウス本人は、あの訳の分からない原形の悪魔の実をずっと不審そうに眺めている



「良かったじゃねェか。自分も能力使えるようになるんだぜ?」

サッチが肘でつ突き、ニヤついている



「何で浮かない顔してんだよぃ?」
「俺達の中では、悪魔の実は見つけた奴が得られるという掟だ。心おきなく食べればいい」

クラウスはビスタの言葉にも変わらず浮かない顔をしている。クロムとエースも部屋の中に入り、クラウスの元へ



『まーさか、クラウスが悪魔の実を見つけるとはな』
「お、おぉ。クロムとエースか。俺だって、まさか悪魔の実を見つけるとは思わなかったんだよ」

「言っとくが、悪魔の実はまじぃぞ?」

ケラケラと可笑しそうに笑いながらからかうエースに、クラウスはマジか!?、と一層悪魔の実に不審な目を向けた



「あぁ、確かに美味くはなかったよぃ」

マルコは動物系の能力者。エースは自然系の能力者。2人共悪魔の実を食べているから実の味は誰よりも知っていた

不味かった不味かった、と共感し合っている




『あたしは1度も食べた事ねェけど見た目からして不味そうだな』

食べ物ではあり得ない蛍光色に染まっている実を眺めながらクロムは苦笑した。クラウスはマルコとエースの体験談を聞いて、ますます悪魔の実を食べるか迷ってしまっていた




「見つけたのはお前なんだから、食うか食わないかはお前が決めろ。クラウス」

「よ…よし!どんな実か気になるし…俺は食べるぞ!」
『おぉ、男らしいなぁ。使える実だったら良ッ…』
バチバチッッ!

「Σうおぉおおッ!?何だ何だ!?」

突然の電流音に眩しい光が部屋を満たした。すぐ様クラウスの方へ目を向ければ、電流が激しく飛び交っている。クラウス自身も突然の事に慌てふためいていた


「Σ何じゃこりゃぁああッッ!」
「クラウス!一先ず落ち着けよぃッ!」
「バチバチの実ってヤツか!俺知ってる!電流の能力を得るって何かで聞いた事あるぞ!」

『Σ先に言えっての!説明してる暇あったらお前もこれ沈めるの手伝えやぁあッッ!』

パニック状態の幹部やクラウスの叫び声が部屋に響いた








◇◇◇ ◇◇◇








『くっそとばっちりだぜ…』
「袖が焦げちまった…」

「わッ…悪いな、みんな」

漸く落ち着かせたクラウスと共に甲板へ上がってきた幹部達は暴走したクラウスの能力で、服の所々が焦げたり、ちょっとした火傷を負った



「おい、クラウス」
「何だよ……ってΣええぇッ!?」

背後からの呼び掛けに反応し、後ろを見るとそこには自慢のリーゼントヘアーが無惨にもボンバーヘアーに成り果てているサッチがいた



「お前…俺に密かに恨み持ってるだろ…」
「Σそそッそんな事はない!決してないッ!」

しょんぼりしながら櫛で髪を整えているサッチに手を合わせて必死に謝るクラウスを眺めながらクロムとエースは船縁に寄り掛かった




『なぁ、お前は悪魔の実食ったすぐはどんなだったんだ?』
「俺はどうだったかなぁ…昔過ぎて覚えてねェわ。まぁ、多分その時の俺も今のクラウスと同じだったと思うぜ?クロムはどうなんだよ?」







「クロムッ!正気に戻ってッ!」
「やめろ、クロムッ!どうしてしまったんだッ!」
「この子だけは殺さないで!殺ッ…!」

ズキッッ!

『ぅ゙ッ!』
「Σクロム!?」

突然過去の記憶が頭を霞め、クロムは突発的な頭痛に襲われた。慣れている事ながら頭を押さえて苦笑しながら心配そうな表情のエースに手を軽く振った



『大丈夫だ…あたしも初めて能力使った時の事は覚えてねー』

苦笑しながら言ったクロム。だが、それは嘘。本当は鮮明に覚えている

あの日の事を。吹き出す血や無数の悲鳴も…
まるで昨日遭った事の様に鮮明に…






『まぁ、突然能力を得てクラウスがパニックったのも、コントロール出来なかったのも分からなくもないんだけどな』
「…お前頭いてェのか?」

『気にすんな。ただ単によくある頭痛だ』
「なら…いいんだけどよ」

心配気に言うエースに笑い掛け、未だ必死にサッチへの謝罪を繰り返し、今に至っては土下座までしているクラウスの元へ向かった








『お前は…いつまで謝ってんだよ』
「サッチの大事な大事なリーゼントをこんな縮れた爆発頭にさせちまったんだ!ホントすまん、サッチ!」

「大事っつっても、命より大事とかじゃねェからな?もう気にしなくていいって」

サッチは手ぐしで髪を仕上げる一方で、クロムはへたり込むクラウスを腕組みしながら険しい表情で見下ろした

能力を得たのは良い事だ。実践にも使えるし…
でもコントロール出来なければ話にならねーよな
下手に使えば、また仲間に傷を負わせかねない

少し間を空けて、クロムは手を軽く叩いた




『クラウス、あたしが今日1日特訓してやるよ』
「とッ…特訓!?」

『あぁ、その能力も実戦で使いこなせなきゃ意味がねーだろ?だからあたしがみっちりシゴいてやるよ』

ニヤリと笑ってみせるとクラウスは顔を蒼白とさせた。なんせクロムは戦いの事となると“スパルタ”と言っていいほど厳しいのだ

ユースティティア海賊団でいた頃も新しくクルーが入る度にそいつをシバいてシゴいて一人前の戦闘員に仕立て上げていた。だからそのおかげか零番隊は平均的に戦闘力が皆高いのだ




「クロムにシゴかれるって…俺死ぬのかな…」
「ま、挫折しない程度に頑張れよぃ」

未だにヘタったままで唖然とするクラウスの肩をマルコは同情の気持ちも込めて叩いた



「うぅぅ…助けてくれよぉおお…まだ死にたくねェよぉお」
「良いんじゃねェか?面白そうだし」

他の幹部達も他人事の様に口々に勧め、クロムもやる気になっている以上クラウスの拒否権は自然に無くなっていた


「うぅ…骨は拾ってくれ…」







◇◇◇ ◇◇◇








『どうだ?水には慣れたか?』

水に慣れる為の特訓と言って、クロムは長時間もクラウスを水浸しにしていた。勿論海の水だ
当然ながら能力者は水に嫌われている為、クラウスの身体は思うように動かなくなっていた



「お前俺を殺す気かよ…」

『能力者は水に嫌われてるのは知ってんだろ?なのに調子に乗って、海とかに入って溺れたり実際に死んじまったりする奴がいるらしいんだよ。零番隊の副隊長がそんなしょうもない事になってほしくねーからな。まずは水の怖さを知ってもらう必要があると思って」

「…鬼だ」
『文句があるならマジで海に沈んでみるか?』

黒い笑みを向けて腕を掴んできたクロムにクラウスは慌てて首を左右に振った









「クラウスは何で水浸しなんだよぃ?」
「水に慣れる為の特訓だとよ」
「こえぇ…」

少し離れた所で2人の特訓を見物する隊長3人。今のクラウスの状態を見ると、かなりクロムの特訓は厳しいらしい。まぁ水浸しになるだけならまだマシだろうと思ったが、口は出さなかった

クロムに言ったら最後、クラウスは本当に海に沈められかねない




「お前らも能力者だろ?助言でもしてやりゃあいいんじゃねェか」

苦笑しながらのサッチの言葉にエースは手元に炎を灯して肩を竦めた



「俺とマルコはどっちも電気じゃねェし。助言だっていくらでも出来るが下手に言っても逆効果だろ。そもそも口出しなんかしたら、クロムがキレる」
「まぁ、それもそうだな。クラウスの根性次第っつー事で」

「あんなスパルタ指導されてんだ。クラウスの成長ぶりが楽しみじゃねェかよぃ」

厳しい特訓でもクラウスの為と思い、同情する反面、期待も込めた眼差しで3人は黙って2人を見守った








◇◇◇ ◇◇◇










『おらぁ!かかって来いやぁッ!』
「ぉ、おぉ!行くぞぉおッ!」

「隊長ぉ!副隊長ぉ!ちょっとお話が…」
バチバチッッ!

クルーの1人が急ぎの用だったのか、無謀にも2人に駆け寄ったその直後、まだコントロールもままなっていないクラウスの強烈な電撃が直撃した。隊員が悲鳴を上げたのに何だ何だと慌てて周りのクルーは振り向いた






「お前何やってんだよ!」
「はッ…話しがあって…話し掛けようとしただけなんですけど…」

「今のあの2人の状況を見て話し掛けようとしたお前の勇気は尊敬するよぃ…」

隊員は一瞬で縮れた爆発頭になって帰ってきた。それを目撃してしまった周りは2人に今は関わらないようにしようと改めて思い知った







◇◇◇ ◇◇◇







クロムとクラウスは夢中になってあれから夕暮れになるまで特訓をしていた。そして漸く、今日までで1番の放電音が甲板に響き、船が揺れたのを最後に静かになった

クルー達は急に静まった事で2人の安否が気になり、後尾にゾロゾロと集まった





「あ゙ぁああ…もう無理っス…勘弁して下さい…」
『心配すんな…あたしも疲れた』

後尾には体力を使い果たした様に床に倒れている2人。その周りに、心配気にクルー達は顔を覗き込んだ




「おーい、2人共大丈夫っすか?」
「もぉ、ぼろっぼろじゃないですか。今日はこれくらいで良いんじゃないですか?」

隊員の言葉にクラウスは空を見上げたままクロムに尋ねた



「クロムさん…さすがにアガリにして…いいっスか?」

『お前がどうこう言おうが…あたしはアガル気満々だ。あ゙〜超疲れた…』

肩で息をしている2人はお互い苦笑し合いながら言った。隊員達もやれやれと派手な特訓が終わって安堵しながら甲板へ戻っていった

暫くクラウスと空を眺めながら特訓の感想やらを言い合っていると何やら先頭の甲板辺りが騒がしい。特に気にする事もなく空を眺めたままでいると、視界にヒョコッとサッチが現れた




『ンだよ、サッチ』

「やっと終わったのか、特訓」
「そんなとこだな。んで?何かあったか?向こうが騒がしいが」

クラウスが首だけ向かせて怪訝な表情を向けると、サッチは歯を見せて笑った



「海軍様がいらっしゃいました」










「白ひげ海賊団だッ!大砲用意ッッ!」
「油断するなぁッ!」

騒がしい海軍船とは打って変わって白ひげ海賊団の船上はやれやれと言った雰囲気で少しも慌てた様子はない





「海軍様が今にも打ってきそうなんだが」
「こんな時間にも見回りとは、ご苦労なこった」

呆れ顔で頭を掻くエースが仕方ない様子で船縁に飛び乗った。同じく他のクルー達も武器を片手に戦闘体勢に入っている。それを船尾で眺めていたサッチが再び振り返ると、既に2人は立ち上がり、口角を上げていた

その表情を見てサッチは苦笑しながら尋ねた




「行くのか?」

『そりゃあな』
「あいつら如き、すぐ片付く」

そう言うと2人は軽くハイタッチし、甲板へ駆けて行った








「どうする?もう行くしかねェくらいに詰められてっけど」

船縁に立って炎を纏ったままエースはマルコに指示を煽った。正直あまり戦闘に移行したくないマルコだったが、海軍の様子を見るにあっちは此方の心情などお構いなしに威勢を放っている

ため息を吐いて、マルコがGOサインを皆に出そうとした直前に、頭上を2つの影が過ぎ去った



『お先ぃ!』
「行ってくるぜぇえ!」

クロムは炎、クラウスは雷を纏って甲板から海に浮かべたストライカーへ降り立った。一瞬の出来事で戦闘態勢だったエースやクルー達はポカンと目を丸くした後、我に帰り、慌てて船縁を見下ろした

呼び止める暇もなくクロムが吹かしたストライカーは既に何メートルも先にいた



「あいつらはさっきまでクタクタだったっつーのに…」
「俺は逆に見物だと思うぜ?」

愉快そうに船縁に座ったサッチにエースはため息混じりに苦笑した


「見物っつーか危なかっしいっての」
「あいつらが危なかっしいのは今に始まったことじゃないけどねぃ」

お互い同意見のマルコと頷き合いながらも、エースは離れていくクロムとクラウスの姿を見送った







『大丈夫かクラウスー!』
「相変わらずお前のストライカーのスピードはスゲェなぁ!向かい風がつえェよ!」

『そんぐらいでへばってちゃあ、あたしが雑魚どもを片付けてやろうか!』
「ふざけんなッ!へばってなんかねェよ!雑魚を2人でブッ飛ばそうぜ!」

クラウスの意気揚々とした笑みにクロムも釣られて笑みを零しながらストライカーのスピードを上げ、海軍船まで一気に距離を詰めていった


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