唯一の…






「暫く此処に停泊するよぃ」

朝一に甲板の中央の太い柱に凭れながらぼーっとしている所にマルコがやってきて、そう言われた



『何でだよ』
「この先の海の天候が暫く安定しなさそうにないよぃ。だから、ある程度回復してくるまでは様子見だ」

『モビーなら行ってくれそうな気もするけどな』

「まぁ、こいつも長い事荒い海を渡って来てくれたモンだからなぁ。今日くらいは一休みさせるよぃ。オヤジもそう言ってたしな」

モビー・ディック号の柱を軽く叩きながらマルコは言った。そういえばこの船は何年航海をしてきたのか。かれこれ数十年は海を渡り続けているというのは柱の年季の入り具合で予想は出来る




『だからあいつら朝からテンション高く船降りてった訳か』

朝早くから甲板辺りが騒がしいのに目が覚め、部屋を出ればぞろぞろと船から島へ降りていくクルーが見えたから何だと思ったけど…まぁ、納得だな

マルコはこのまま船で番してるみたいだし、あたしはどうしよっかなぁ…



「クロム」
『ん?おぉ、お前ら』

振り向けばいつもの零番隊のクルー達。最早ほとんどのクルーが船を降りたと思っていたが、皆は船に残り、あたしを待っていてくれていたらしい



『何だよ、お前ら。あいつらと行ってて良かったんだぜ?』

「一緒に行ったら、どうせ酒場巡りか女がうじゃうじゃいる所に連行されるだろうからな。たまにはゆっくり島見物でもしようぜって事になって、そしたらお前も楽しめんだろ?」

「たまには酒以外を楽しまねェとな!」
「早く行きましょうよ!」

『わ、分かったから引っ張るなって!』

隊員達は意気揚々とクロムの腕を引いて、船から島へ降りた








◇◇◇ ◇◇◇








『うわッ…何だよ、この香水の匂い。キツ過ぎだろ』

「ん?そうか?」
「俺達は全然平気っスよ?」

上陸して、暫く歩けば人がやけに賑わう繁華街らしき所へ出た…のは良かったものの。突然強烈な香水の匂いが鼻を刺激した。周りの隊員やクラウスは平然としている



「やぁあん!そこのお兄さん達ぃ!寄っていってぇ〜」
「こっちには美味しそうな子、集まってるわよ〜?」
「やだぁ!こっちもこっちもぉ!」

次々に露出の激しい女達が隊員達の腕を引っ張ったり、べったりくっついたりとアプローチの嵐。その女達からこの強烈な刺激臭が漂ってくる

今更気付いたが、ただの繁華街と思っていた店らはよく見たら全部が風俗店だった。かなり危なそうな空気…というか普通に店内から喘ぎ声とか聞こえるんだが…

偶然にしてはかなりあたし的には最悪な島に停泊してしまったらしい…




『男を引き付ける為の香水って訳か。通りであたしには効かねェ訳だな』

「おいおい、大丈夫か?」

『まぁ、だんだん慣れてきたから大丈夫だ。クルーがテンション高く朝一で船を降りた理由がこれ目的だろうって事は分かった』

いつも男だらけで欲求も溜まってんだろ、とクロムは苦笑気味に言った。クラウスも話しを聞きながら度々酔い潰れながら女とベタベタしているクルーを見かけて苦笑した




『お前らも、あたしに付き合わずに好きな所にッ…』
バンッ!

突然目の前の風俗店の扉が派手に開き、中から突き飛ばされたのかこれまた露出の高い服を来た1人の女が地面に倒れ込んだ

上半身を起き上がらせて店内を見て酷く怯えている。雰囲気からしてただ事ではない様子だった




「こんな所で働いといて、服1枚脱がねェとはどういう事だ!こらぁッ!」
「ごごごめんなさい!ごめんなさい!やっぱり怖いんです!」

「怖いだぁ!?こっちはおめェみてェな小娘の為に大金払ってんだ!黙って抱かれろってんだよ!」

店から怒鳴り声を発しながら出てきたのは巨漢の男。倒れた女の頬に1発、2発とビンタを浴びせ、一方の女は未だに謝り続けている





「あぁいうのは此処じゃ日常茶飯事だよな」
「関わんねェ方が良いよな?もしあの野郎がどっかの貴族とかだったらやべェし」

通り過ぎる賊の奴らから聞こえた声が聞こえる中でクロムは無言で目の前の光景を見つめる



「何だよあいつ…女に手ェ出すとか」

クラウスが引き気味に表情を歪ますが、背後の零番隊の隊員達は首を左右に振って肩を竦めた

「でも此処の風俗絡みの揉め事は大半、女の方が悪い事の方が多いらしいぜ?」
「その噂あるよなぁ。女の涙は全部演技で金だけ巻き上げるみてェな。あの女もそんな感じで演技がバレたとかであんなんなってんじゃね?自業自得だろ」

「やッ…やっぱり風俗の女は怖いですね…」

隊員達はその場を横切って先へ歩き出した。ただ、クロムはそのまま佇んで目の前の光景を見つめたまま。隣のクラウスは怪訝そうに呼び掛ける



「おい、クロム?」
『……』

「大丈夫かよ?おい」
『……』

「おいってッ…」
「いやぁああ!ごめんなさいごめんなさい!やめて下さい!見逃してッ…!」
「うるせェッ!クソあまッ!払った分、此処で抱いてやるよ!精々醜態を他の男共に晒しながら詫びなぁ!」

痺れを切らした男が女の身ぐるみを全部剥ぎ、脚を広げさせて行為に走ろうとした。クラウスはさすがにヤバいだろと、咄嗟に止めさせる為駆けだそうした。が…背後から肩を捕まれたと同時に風が横切った

何だと思い、不意にさっきまで傍にいたクロムがいないのに気付いた

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