森の奥。全ての蜘蛛の巣を超えた先に、そのジムリーダーは待っている。
「いらっしゃい」
穏やかな声だ。トレーナーの少年はクモを見て、少しだけ息をついた。ジムリーダーってなんだか、とても厳しい人のようなイメージがあったのかもしれない少年はクモが好々爺であることに安心したようだった。クモはゆったりとした足取りでバトルフィールドのジムリーダーサイドに立った。審判を務めるのは、アディではなくもっと大人のジムトレーナー。
「使用ポケモンは互いに二体、どちらかのポケモンが全て戦闘不能になればバトルは終了です! また、交代はチャレンジャーにのみ認められます」
審判の宣誓。
クモは緩やかに微笑みながら、少年へとゆっくりと帽子を外して礼をした。
「なに、気にしないでおくれ」
ゆっくりと帽子をかぶり直した。クモが手をあげると、ビードランとアリアドスが森の中から姿を現した。彼らは歴戦のポケモンたちだ。トレーナーの少年がモンスターボールを投げると中から出てきたのはヒノヤコマだ。鳴き声を聞いて、クモはそのポケモンが何であるか察した。
「ヒノヤコマですね。よく育っている」
「わかるんですか!?」
「もちろん! 伊達に、四十年も森に入ってはいませんからね」
ツクヨミの森にもヤヤコマがいる。森の共存の中にも、当然彼らの進化系はいる。クモはその鳴き声を何度も何度も耳にしているから、強いヤヤコマと個体として弱いヤヤコマの区別が鳴き声や羽音でつく。クモは穏やかに微笑んで、アリアドスへ向かった。にこやかに微笑んだクモを見て、アリアドスが勇み足で木の巣の上から、フィールドへと降りていく。どすん、とフィールドの土を舞わせてアリアドスはヒノヤコマを睨みつけた。
「さあ、見せてください。君と、君のポケモンを」
卵から孵った時、そこには一人の男がいた。彼はイトマルであった私を優しく撫でて、笑った。この世界へ、ようこそイトマル。彼はそう言う。彼は私を捕まえるのではなく、ともに生きる生物として自由に暮らさせた。森へ行くのも自由だったし、戻ってくるのも自由。目が見えない彼の生活は決して楽じゃないのに、彼は毎日のように足元の悪い森へでかけていって、私を見かければ、おはよう、とか挨拶をくれた。
彼が望むのは、優しくも厳しい森と共存した世界。
ならば、私はその手助けをしようと決めた。そして、彼は多くのものの師であった。穏やかで、優しく、彼は今、目の前にいる少年を敵としてではなく、見守るものとして導こうとしている。
アリアドスは足に力を入れた。なんて、誇らしい人なのだろう。
「アリアドス、毒の糸!」
彼の声はアリアドスによく響く。彼の声に合わせて動くことは嫌じゃない。かつて、森の主に焼かれたその瞳のことを彼は恨みなどしていない。誇らしげに、笑っていうのだ。未熟だった自分を受け入れて、前へ進もうとする彼の強さがアリアドスは愛おしかった。だから、一緒に強くなりたい。彼の見ている優しい世界を、アリアドスもビードランも一緒に見ていたいと思うから戦える。
クモの手から、少年へ。導いたものの証、トレーナーとポケモンの絆と知性を示すチャームが手渡された。このアラクネジムを突破したものにだけ贈られるものだ。クモはお疲れ様、とトレーナーの少年のヒノヤコマとゴマゾウを撫でてあげた。なかなか人懐っこいゴマゾウはクモに撫でられた後飛びかかってきて、おやおやとクモが苦笑しているとどうやら羨ましかったらしいアリアドスが巣の上から降ってきた。
「こらこら、お前はだめだろう……!」
重たいぞ、と言いながらアリアドスをどかす。
そして、その手を少年へと差し出した。
「君はよいトレーナーだ。この先も、どうか、今の気持ちを忘れることなく前へ進んでおくれ」
「はい!」
頬を赤く染め、ポケモンたちとともにジムから出ていくトレーナーを見送ってクモは穏やかにアリアドスを撫でてやった。ビードランが足元にすり寄ってきたので、撫でてやる。彼らはこのジムができてから、ずっとトレーナーたちを導く役割を一緒に引き受けてくれたクモの相棒たちだ。
「今日もお疲れ様」
また、明日も一緒に頑張ろう。
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