君は星

 彼女はこのミタマ地方における英雄、神子様だった。少なからず僕が出会った頃はただの女の子だったように思えたけれど、考えてみればあの頃から彼女は英雄への道を歩みだしていたのだろうと思う。夢を追うと、あの日時計で約束した日から、彼女の決心は固まっていた。人であるがゆえに、神子であることを受け入れて、自分の愛する地方のために自分の人生を捧げると決めた人。
 自分の幸せを捨てたわけではないけれど、それでも他者のために生きると決めた彼女の道はきっと過酷だったんだろう。プラターヌはふと、赤い髪が揺れるのを見ながら思うのだ。アスナという女性はきれいなほどに二面性を有している。一つは神子としての荘厳な顔。誰よりも偶像崇拝の対象であることを理解しており、らしく振る舞う姿は本当に眩いばかりに美しいと思う。もう一つは、女性としての顔だ。家庭的で、柔らかな絹のような優しさを持ち、夫や子どもたちを心から愛してくれる人だ。
 後ろから腕を回して、抱きしめた。

「どうしたの? プラターヌ」

 柔らかな微笑む声。ああ、本当に愛おしいと思う。
「ううん、なんでもないよ」
 ぎゅう、と腕に力をいれるとクスクスと笑ってみせるアスナがゆっくりと振り返った。彼女はこれからまたミタマ地方へ戻って、神子の役割をこなさなきゃならない。一年のうち、カロスでプラターヌたち家族と過ごすのは半分程度。ミタマ地方で問題が起きればもっと少なくなる。
「ねぇ、アスナ」
「うん」
 アスナの手がゆっくりとプラターヌの背に回って抱きしめてくれた。
「今この瞬間だけは、キミはボクだけのものだよ」
 そう言って、優しく目を細めるプラターヌにアスナは一瞬目を見開いて、そして、ゆったりと笑ってみせた。ふふ、と楽しそうに笑いながらそっとプラターヌに寄り添った。
「そうだよ、今だけは、私は、あなたのもの」
 神子でもなくて、母でもなくて、あなたに恋する一人の女だよ。

 ああ、愛おしい。
 柔らかなコロンの香りに目を細めて、プラターヌはアスナの額にキスを落とした。
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