そうこうしているうちに湯が沸いたので、わたしは手伝いを申し出た彼女を制して手早く風呂の用意をした。風呂といってもこの工房自体がもともと居住を目的として造られていないから、入り口からは死角になる壁の裏側に大きめのたらいを置いただけの、扉もない簡素なもの。
文字通り錬金術の研究を目的とした場所なので、日用品よりも本や実験器具や薬品ばかりが優先されている。生活をするための家も別に所有していたが、異界に飛ばされた際に失ってしまった。
「着替えも拭くものも、そのあたりにまとめてあるから、好きに使ってかまわないよ。済んだら声をかけてくれ、わたしは上にいるからね」
風呂桶のそばの棚を指しながら簡単に説明をしたあと、入り口横の階段から二階に向かう。そういえば調べものの途中だったのだと、作業を再開しながら彼女を待つことにした。
彼女がわたしの錬金工房を訪れるようになってどれほど経っただろうか。子供っぽい振る舞いのわりに意外と勤勉であるのか、錬金術についてあれこれと質問してきたり、ただひたすらに書物を読みあさっていたり、時には散歩を兼ねた実戦だと外へ連れ出されることもあった。
レスタニアから錬金術が失われて久しいと聞くが、白竜神殿の使者から覚者への錬金術の指導を請われたとき、正直なところ不安や警戒がなかったわけではない。が、後々の白竜覚者たちの活躍を伝え聞いて、決断は間違っていなかったのだと今は思う。
「テオドール先生」
入浴を終えたらしい彼女の声がして、読んでいた本を閉じる。
「済んだのかい?」
「済んだけど、ちょっと、困ってる」
様子を見に行ってもいいのだろうかと腰を上げたところで、裸足で階段を踏む音がぺたぺたと聞こえた。そういえば履きものがなかったかと考えながら、階段を昇ってくる彼女の姿が見えたとき、思わずその場で脱力しそうになった。
「…………」
「…………」
わたしの服なので裾を引きずりそうなのは仕方ないとして、はだけた胸元とちらちら覗く大腿は非常に目のやり場に困る。なんというか。
「だらしがないな」
「あ、ひどい」
ため息をつくわたしに、彼女はわざと拗ねた表情と声色を作って、それからわらった。どうやら服の留め金の扱いがよくわからないらしい。確かに我々メルゴダの民が普段着として着用している服は、現代のものとは勝手が違うかと思う。
やや考えて、わたしは彼女の着ている服に手をのばした。
「ちょっと失礼するよ」
視線は手元でなく彼女の背後に向けて、体に触れないよう細心の注意を払いながら服の留め金をかけていく。彼女は一瞬体をこわばらせたが、突き飛ばしてこないあたりこの行動は許されたようだ。
彼女の視線を感じてとてもやりづらい。少しでもおかしな動きをすれば容赦しないと、牽制されているのだろうか。老境もいいところのわたしにそんな度胸はない。最後にいちばん上の首元の留め金に手をかけたとき、それに合わせて彼女の頭が上を向くのがわかった。相変わらず視線が刺さる。
これで最後と、留め金がぱちり、きれいにはまる音が聞こえたと同時に、腰のあたりをするりと撫でられる感触をおぼえた。あまりに突然のことで、それが彼女の指先だと理解したころには、背中を這い上がったちいさな手に強く力がこもる。
彼女と視線がぶつかった。彼女の瞳はいつの間にか熱を孕んでいて、いつもの幼さの残る少女の表情ではなかった。
一刻も早く離れなければ、おそらくこの胸のうちに抱えた感情に名前がついてしまう。この歳で情欲に流されるなんておそろしいこと。わかっている。わたしを見上げている彼女の深い灰色から、目を逸らせない。この瞳に宿る熱を、わたしはずっとずっと昔から知っている。