妹が中庭でお昼を過ごします。






白馬さんに靴箱でのことを見られてから、
3日ほど経ったけれど、

お兄ちゃんや青子ちゃんからは、特に何かを聞かれることもなくて
内心ほっとしていた。

気障な言い回しもそうだけど、
的確な質問や、見透かすような視線はどこか怖くて、

失礼ながらも白馬さんに苦手意識を抱いてしまったから尚更、
必要以上に関わらなくて済むと安心した。




相変わらず机や靴箱、家へ写真や嫌がらせは続いていたけれど、

心なしかそんな環境に適応しつつあった。

気持ち悪いし、怖いけど、
来るとわかっていれば心構えはできるし、

虫の死骸とかそういった類のものはなかったのが唯一の救いなのかもしれない。




慣れた手つきで、そっと靴箱を開くけれど、特に何もない。

今日は机のほうかな、なんて思う。



教室で机の中を確認すると、やっぱり見知らぬ封筒が入っていた。


またどこかで盗撮された写真かな、嫌な慣れを感じつつも封を切る。






「っ、なに、これっ…」



中身は、私の写真じゃなかった。

お兄ちゃんや、青子ちゃん、それに美香ちゃん、他のクラスメートの子たち。



カッターで刻むような傷を付けられているものや

ペンで黒く塗りつぶされていたり、画鋲のようなもので穴まみれのものがいくつもあった。




それらの写真の間に挟まって、紙切れが一枚。


ーーーーー
許さない。

お前のせいで周囲の人間も不幸になる。

お前のせいだ。
ーーーーー

赤ペンで書き殴ったような文字には、私に対する深い恨みをひしひしと感じた。





「そんな、」




ショックだった。

行動で示すだけではない、恨みを文字として明確に突き付けられたから。


これまでは私だけを対象としていた嫌がらせが、

今まさに恐れていた通りになろうとしている、

その事実がことさら胸を締め付けた。




自分に敵意を向けられるのだって、正直言うと辛い。

だけどそれ以上に、
大切な人たちが、私のせいで傷つくと思うと…



想像するだけで嫌だ。




だから誰も巻き込みたくなくて、

お兄ちゃんや青子ちゃんには何もないように取り繕って、

美香ちゃんを突き放したりもした。


心配も、不安にさせるようなこともないように隠して一人で耐えてきたはずなのに。







急に目の前が真っ暗になった気分だった。






















結局、朝手紙を見つけてから、

どうしたらいいのだろう、そんな事ばかり考えていた。

こうしている間にも、もしかしたら私に関係のある人たちが危ない目に合うかもしれない、

そう思うと焦りばかりが募る。



いっそすべてを話すべきかな?

でも、話して何か解決するのかな?

もっと大きな事態に発展してしまったり、

結果的にお兄ちゃんたちを傷つけてしまう気がして…。



堂々巡りで答えが出なくて、

授業なんてとてもじゃないけど聞いてなどいられなかった。


気が付いたら午前中の授業は終わりを迎えてしまい、中庭へ足を運んだ。



昼休みはよく中庭で美香ちゃんと食べていたけれど、

今は一人。




あれだけ酷いこと言ったのだから、当たり前だけど美香ちゃんは居ない。


そんなこと分かっているのに私がここに来ちゃうのは、

居たらいいな、なんて馬鹿な希望を持っているからなのかもしれない。


私にそんなこと思う資格ないのに…。




料理の練習にもなると思って作っていたお弁当も、数日前から作るのをやめたので、
今は手ぶらでベンチに腰掛ける。



何を食べても、同じような味に感じてしまうし、食欲もわかなかったから。



昼食をとるわけでもなしにボーッと空を眺めていると、昴さんのことがふと頭をよぎった。


風邪という嘘のメールを送ってからは、

ぱったりとやり取りは止んでしまっていたけど、どうしてるかな。



昴さんの声を聞いたら、何か勇気がでそうな…

そんな気がして思い切って着信ボタンを押す。




prrrrr……

携帯を握る手に力がこもる。

これまで、電話をしたことはなかったから。


『はい。』

「も、もしもし」


なんて話すかも決めずに電話をしてしまったけれど、

昴さんが電話に出てくれたことに一先ずホッとする。



『優さん、体調はいかがですか?風邪とおっしゃっていましたが、』

「お陰様でもう平気です、…、」

『それは良かった。それで、何か御用が?』


すぐに私の体調を気にしてくれた昴さんに対して

本当は風邪なんて引いていないのに、と嘘を吐いてしまった心苦しさが募る。


でもそれ以上に閉じ込めていたはずの不安や、心細さが、

昴さんの声を聞いたとたんに沸き上がって溢れそうになる。



ただ電話で勝手に勇気を貰おうと思っただけなのに、



どうして、

どうしてこんなに、

この声に…


昴さんに、縋りたくなるんだろう…?



「あ、あの…、昴さん、」

震えそうになる唇にぐっと力をこめて、昴さんの名前を呼ぶ。


『何でしょう?』


私自身よくわからなかった。

昴さんには、打ち明けようとする自分がいる。


「聞いて、欲しいことがあるんですっ…」


昴さんになら、伝えられる。

今、私はそう思っていて、自分の口ではないようなくらい言葉が勝手に零れていく。


「私、もうっ…どうしたら良いのか分からなくて、それでっ、昴さんにお話を聞いてほしくて…っ、」




逃げていた。ずっと。



心配とか、不安とか、巻き込みたくないだなんて事は自分への言い訳なんだ。


誰かにこの事を話したかった。


本当は相談したかった。


助けて、欲しかった。





それでも――――怖かった。


嫌がらせをされていると知られるのが、怖かった。



だれかに嫌がらせをされるほど恨まれていると知られるのが恥ずかしかった。



人に恨まれるようなことはしていないと自信をもって言えない自分が嫌いだった。


自分が、…たまらなく情けなかった。




だから、一人でどうにかしなくちゃいけないんだって思うようにして、

自分へ言い訳して誤魔化した。






そんな誰にも言えなかった想いが、昴さんにだけは伝えることができた。



『もちろんです。僕で良ければいつでも相談に乗りますよ。』

明日の放課後にでもいらしてください、


なんて、あっけないほど簡単に返事をくれる昴さんに、


決死の想いで打ち明けた私は、なんだか拍子抜けしてしまう。


もう目頭がカッと熱くなるのも、口元が歪んでしまうのもこらえられなくなった。


「っ、ふっ、うぅっ、〜〜っ、」

『こら、泣かない。』


ずるい。

こんなに優しい注意じゃ、涙は止まるわけもなくて。


「だってぇ、っ、」

昴さんの声、安心するから…、


泣いてしまう原因は昴さんにあるのだと伝えるけど、

昴さん呆れたり、怒ったりもせずに、言葉を返してくれる。


『安心して泣くのは、明日会って話をしてからにしましょう。』

それまで、我慢できますね?


「っ、はい、!」

『…いい子だ。』


すっかり昴さんのペースに乗せられている。


あんなに怖がっていたはずなのに、

今は不安なんて欠片も感じなくなっていた。



目尻に溜まった涙を自分で拭って、今の気持ちを正直に言葉にする。


「昴さん。ありがとう、ございますっ」


『いえいえ。』

それじゃあ、


ピッ、と電話は切れる。



昴さんに電話をしてよかった。


お話できた時間はそう長くはないけれど、

声を聞いて、言葉を交わすだけでこんなにも心が軽やかになった。



早く会いたいな…なんて思ってしまう。




変なの。

会わなくなって、声が聞きたくなった。


声を聞いたら、とたんに会いたくなった。






いつの間にか私の中で昴さんの存在が大きくなっていることに気付く。






明日、昴さんに会ったら、


その次、私は何を思うんだろう。






未だはっきりしない感情を持て余しながら、教室へと踵を返すのだった。




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