妹と探偵









学校の靴箱にも盗撮された写真が度々入れられるようになった。


少し前に失くなった消しゴムは、釘で串刺しにされていた状態、

シャーペンは真二つにへし折られた状態、


盗られたものは机の中や、靴箱などに悲惨な状態で戻ってきた。


物を盗るだけの行為から、嫌がらせへ着実にエスカレートしていた。



怖い。


怖いけど、誰かに言う事で必要以上に大ごとになってしまったら、と思うと言えない。

ともすると私に飽きて嫌がらせが終わるかもしれない、なんて希望も抱いてしまっている。


怖くて誰かに言ってしまいたい気持ちと、

自分だけでどうにかするために言ってはいけない気持ちが相反して、心がすり減っていくのを感じざるを得なかった。








「ねぇ、優、最近…なんかあった?」

「え?」


昼休み、中庭でご飯を食べ終えて雑談をしていると

美香ちゃんがふと私に聞いてくる。


「だって、その隈、」


「あぁ、これね。最近テレビ見てたらついつい夜更かしが癖になっちゃって〜」



巻き込みたくない。

その一心で慣れない嘘を吐いてみる。


「うそ。今、目逸らしたよ。優は嘘つくとわかりやすいんだから。」


「、……寝つきが悪いだけだよ、」



「ほんとに?ほんとにそれだけ?」

なにか他に悩んでることが、




「ないよ。あっても美香ちゃんには関係ないことだよ」


「っ!…優っ!」

美香ちゃんにそう言葉を言い捨てて、逃げるように教室へと走った。




美香ちゃんに嘘を吐いたことが後ろめたくて、

その嘘すら見抜かれてしまって気まずくて、


私のことを心配して言ってくれている事は分かっているけれど、

上手くごまかされてくれない美香ちゃんに、もう言葉を選んでいる余裕はなかった。


だってこのまま話していたら、私、美香ちゃんに全部話しちゃいそう…。


巻き込みたくない。

傍にいることで、美香ちゃんやお兄ちゃん、青子ちゃんに被害が及んだとしたら、


私は犯人のこと以上に私自身のことを許せないと思うから。




この日から、いつも一緒だった美香ちゃんとの登下校をやめた。


これ以上一緒に登下校をしていると嫌がらせを受けていることを隠し通せないと思ったし、

早く学校に来て、そうした嫌がらせを誰にも見つからずに片付けたかったから。









――――翌日。


「あ…、」

やはり靴箱には、嫌がらせがされていた。



今回は、タオル。

白色に汚れていて、どこか生臭い。



これは…、




推測でしかないけど、たぶん合ってる。


気持ち悪い。


理解したとたんに吐き気を催して、近くのトイレへと駆けこむ。



「うぇ、うっぅぅ。」

凶器に満ちた行為に、


嫌悪感も、恐怖もぬぐえなくて、


戻してしまった朝食を流して、

流れる涙を、歯を食いしばって止める。


――片付けなくちゃ、誰かに見つかる前に。




意を決して、トイレの掃除用具室から持ってきたゴム手袋やごみ袋を使って片し始める。










「おはようございます。」



「っ!?…あ、お、おはようございます…、」


突然聞こえてきた声に、

咄嗟に振り返って、持っていたゴミ袋と嵌めていた手袋を体の後ろに隠す。


だ、誰だろう。

今の見てないよね…?


居心地の悪さを感じて、早々に立ち去ってくれるのを待つけれど、

相手は全然立ち去ろうとしない。


「おや、貴方は…黒羽君の妹君、黒羽優さんじゃありませんか?」


「そ、そうですけど…」


「僕は白馬探。貴方のお兄さんのクラスメートです。」


そう言って私に手を差し出す白馬さん。

でも私はまだゴム手袋をしたままだから握ることができない。


手を差し出さしたらゴム手袋を着けていることがバれちゃう…。

差し出された手には気づかないふりをして、


「そうなんですね…。兄がいつもお世話になってます。」

…それじゃあ、


といって会話を終わらせようとした。



「不躾ですが、いくつか質問をしても?」


「え?」

「今日はなぜこんな朝早くから登校を?それに、そのゴム手袋とゴミ袋は?

咄嗟に隠した素振りや、僕との握手を拒んでまでゴム手袋をしていることを隠す様子が気になってしまいまして…。」


「っ、」

急な質問に息が一瞬止まって、体がこわばるのを感じる。


「失礼。僕は探偵をやっているものでして。

知的好奇心が刺激されるとついつい質問を…僕の悪い癖だ。」



なに、この人…。

物腰は柔らかいのに、有無を言わさない間とか、誤魔化すことも許さないような聞き方…、


全部見透かされているようで怖い。



それに、やっぱり見られてたっ…!

どうしようっ…。



「あ、あのっ…!」


「どうしました?」


「すみません、質問にはお答えできません…。


 今見たことはお兄ちゃんには言わないでくださいっ…!青子ちゃんにもっ!」

お願いしますっ!


そう言って白馬さんに頭を下げた。





もう、この人相手に誤魔化せそうにない。

でもお兄ちゃんのクラスメートならやっぱり話せない。


だから、言えないと伝えるしかないし…その上で誰にも話さないでほしいと厚かましいお願いをするしか私にはできない。




「優さん、顔を上げてください。」


「誰にも言わないでほしいんですっ…!」


「………分かりました。誰にも言いませんし、事情はお伺いしないことにします。」


「ほ、ほんとに…?」


長い沈黙の後に、白馬さんは言わないと言ってくれた。

でも心配で、私がつい念押しのように確認すると、


「えぇ。正直気にはなりますが…、レディにそのような顔をさせてしまうのは僕の本意ではありませんからね。」


白馬さんはそう言って私にウインクをして見せた。



き、キザな人…。

ゆっくり立ち去っていくのを戸惑いながら見送る。



お陰でドッと疲れしてしまった気がするけど、

まだゴミ袋を持ったままだったことを思い出して急いで片付けを再開した。




さっきまでの恐怖感も、嫌悪感も、白馬さんと話していたことでだいぶ薄れていた。









大丈夫。


まだ、大丈夫。


私は大丈夫。


そう唱えながら、教室へと向かうのだった。

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