天上に御座します女神様。何故こうも私に試練ばかりをお与えになるのですか。私のことがお嫌いですか。これでも大修道院に身を寄せてからは一日も欠かさずお祈りしていますし、自分で言うのも烏滸がましいですが信仰心の篤い人間だとも思うのです。
息が詰まるような居心地の悪さに菓子、茶器、膝の上とずるずる視線がずり落ちていく。
お茶会ってこんなに窮屈な催事だとは思わなかったなぁ。

「あっ、もしかして紅茶嫌いだった?」

注がれた飴色が白い杯の壁に線をつけ、それに気づいたヒルダがちょうど使い終わった角砂糖が詰まった陶器をなまえに勧める。

「甘いものが好きなら角砂糖を2つ、あとはミルクを入れたら飲みやすいと思うよ。ヒルダちゃんのおすすめは角砂糖3つにミルク多めかな」

特にアルビネベリーは甘酸っぱい香りに反し渋味が強く無糖で呑む猛者はそうそういない。角砂糖を1つも溶かしていない杯と膝の上で丸まった両手にヒルダは気を利かせ砂糖を溶かしてあげようとした。しかしヒルダの実は世話焼きな性格を知らないなまえは気を遣わせてしまったと悲観的に捉え慌てて無糖の紅茶を口に含んだ。紅茶に親しみはなかった。だが無糖の珈琲が飲める口だから無糖の紅茶も飲めると勘違いしていた。渋っ。紅茶の強い渋みに表情は強ばり、吹き出さないよう飲み込もうと喉仏を上下させたが体が拒絶する。毒を含んだような痺れが喉を苦しめる。「とても美味しい紅茶ですね」しつこく残る渋味に口をすぼめながらもしっかり感想を述べるが強烈な味に味覚を殺され誰が聞いても世辞と分かる言い方を隠すことができない。まだ渋みが残る唇を舌で舐める。なまえが思うことは一つ。甘いものが食べたい。歯がむず痒くなるようなあまーい物が食べたくて仕方がない。角砂糖でも構わない。毒に等しい痺れるような渋味を今すぐかき消したい。真っ先になまえが目をつけたのは大皿に重ねられたいかにも歯がむず痒くなりそうな焼き菓子。きっと1口齧れば口内にこびりついた渋味は角砂糖のような甘みで上塗りされることだろう。牛酪がふんだんに練り込まれた黄金色の焼き菓子へ熱い視線を注ぐ。嗚呼、甘そう。食べたい。これはなんの拷問だろう。渋味と食欲で唾液が滝のように分泌され、口を開けた途端涎が零れ落ちそうだ。

「なまえちゃんもしかして私に遠慮してる
?」
「そ、そんなことないですよ!?」
「ふーん」

洋卓に肘をつきニッコリと笑いかけてきたヒルダさんに私は図星を隠すように取り繕う。だがいかにも女の勘が鋭そうなヒルダ相手にそう長く取り繕うこともできるわけがなく、探るような双眼にあてられ貼り付けた笑顔は今にも剥がれてしまいそう。気まずい空気から逃げるように渋い紅茶を手に取る。しかしあの渋味に舌が参っており口をつける勇気はなかった。指をかけたまま水面を揺らし、畳み掛けるようにスっと細められた桃色の瞳に萎縮する。

「あたし回りくどい言い方苦手だから単刀直入に聞くんだけど」

水面が大きく揺れ洋卓に涙のような染みが残る。あっ!とつい声が飛び出た。直ぐになまえはヒルダの声を遮るように洋卓を拭いたが、その間も頭は隅から隅まで嫌な妄想に侵食され払っても払っても消えてくれない。『ぽっと出の貧乏人のくせに調子に乗らないでくれない?』と鋭い平手打ちをお見舞されるのだろうか。はたまた『なまえちゃんに打ち込まれた所大きな痣ができちゃって。治療費払ってくれるよね?』とゆすられるのだろうか。どうか、どうか平手打ちで勘弁してください。傭兵団は万年金欠でとても治療費を払う余裕なんてない。「あのね、」ヒルダが言葉を発した途端なまえはビクンっと肩を揺らす。どうか平手打ちで穏便に済ませてもらえますように。ヒルダは杯から手を離し椅子を引き直した。それからしっかりその桃色の瞳になまえを捉え、空いた手を持ち上げると歯を食いしばるなまえに向かって、

「なまえちゃんってクロード君とどんな関係なの?」

対抗戦で見せた可愛らしいおねだりポーズを前になまえはずるんっと滑るようにコケた。なぜ今クロードの話?対抗戦の話で言いたいことがあるんじゃないかとなまえが話せばヒルダは吹きそうな口を押さえて笑いだした。そして言った。「クロードくんから聞いてたとおり、なまえちゃんってホント面白いね!」と。

「ふぅ〜紅茶が美味しい」

角砂糖4つにミルクを並々に注いだ紅茶を嗜み幸せそうにほっと息を吐き遠慮なく甘い焼き菓子に手を伸ばす。足を伸ばし全力でお茶会を満喫するなまえの子供っぽい振る舞いをヒルダは姉のように微笑ましく眺めている。なまえが掘り返されることを恐れた対抗戦の一件についてヒルダは怒るどころかむしろ早々と戦線離脱に追い込んでもらって幸運だったと肯定的に受け取られていた。『あたし戦闘とか汗をかくこと全般好きじゃないんだよね〜』とあっけらかんと語ったヒルダに相手が彼女で本当に良かったと安堵する。もしこれが自尊心が高く行動力がある貴族なら…考えただけで身震いする。とはいえ戦闘が好きじゃないと公言した割には放つ攻撃全てが強烈で加減をする余裕すら…いや、余計なことは言わないでおこう。今は彼女が何事も楽観的な性格であったことを喜ぼう。
クロードとはどういう関係なのか。その一言で私達は友人になったわけだが、私とクロードはヒルダが思い描いているような関係じゃない。無難に異性の中で1番仲がいい友達だと伝えればヒルダは『嘘っだあ〜!!ヒルダちゃんの目は誤魔化せないよ!』と一度は否定したものの、最近は顔も見ていないと話すとヒルダは目を丸くしながらも『そっか』と肩を落とした。大修道院に来てからというもののクロードの傍にはヒルダの姿があった。だから私の認識としてはてっきりヒルダはクロードの恋仲か許嫁的存在だと思っていた。しかしそれをヒルダに伝えると彼女は実家が潰れるくらいありえない話だと否定し、例え相手がクロードじゃなくとも盟主の奥さんなんて面倒くさそうな立場なんてつきたくないとさえ言ってのけた。盟主のお嫁さんは面倒臭いから嫌…か。贅沢な暮らしは約束され尚且つ女の子の憧れを叶えてくれる超優良物件はさぞかし引っ張りだこなんだろうと思っていたが、ヒルダ曰く、玉の輿を望む賢い女の子達は盟主ではなく爵位の高い貴族を狙うらしい。豪華な冠や玉座よりも小さい責任と大きな見返りが許される立場の方が身の危険に怯えることなく楽に人生を謳歌できる。だから世渡り上手な女性はクロードではなくシルヴァンさんやフェルディナントさん達に集まるのだという。

「で、なまえちゃんは『そこのとこ』どうなの?」
「そこのとこ、とは??どういう意味?」
「玉の輿とか狙ってたりするのかなーって。ほら、青獅子にも王子様ら名家の嫡男が沢山いるから気になる人の1人や2人いるんじゃない?」
「いや、全然」

首を横に振り即答する。玉の輿も何も学友はまだ友人になって日が浅い人達ばかり。やけに顔がいい人たちで構成された学級で過ごしていると感覚が麻痺してくるというか誰を見ても眼福止まりだ。

「クロードくんは?」
「いい人だなぁ〜って思ってる」
「ディミトリくんは?」
「殿下」
「じゃあシルヴァンくん!」
「イングリットが手を焼いてる稀代の軟派者」
「て、手厳しぃ…でも間違ってはないのかな?」

1度くらい恋をしたこと無いのかとヒルダに尋ねられたが『流石に1度くらいはあるよ!』と大口を叩けなかった。10も離れた大人達に囲まれ過ごしていると尊敬や憧れを抱くあまり両親と接しているような感覚しかわかない。それにベレトさんはあの頃から『兄』が良く似合う人だった。もしかしたら私が忘れてしまっているだけで何度か恋を体験したのかもしれないが、家族愛にに優る感情は無かった。それだけは確かだ。

「そういうヒルダは気になる人がいたりするの?」
「え、あたし?んー、そうだなぁ〜。あっ!いるよ。あたしにも気になる人」

そう言ってくるくると人差し指を回して茶化すように私を指名した。そのヒルダの振る舞いに私は出会ってそう時間は経っていないものの彼女がいかに世渡り上手で甘え上手であることを重々学ばせて頂いた。もし私が男なら間違いなく彼女に首ったけだった。惚れない要素が見つからない。私の中のヒルダはそういう人だ。
皿の上の菓子を食べ尽くし茶器が空っぽになった頃、今度はマリアンヌも誘って3人でお茶会しようと約束しヒルダと別れた。お腹もいっぱいだし、久しぶりに甘いものを沢山食べられた。

今日は幸せな1日だった。お腹を叩きながら上機嫌に寄宿舎へと戻れば自室の扉前に猫が4匹屯し通行人の邪魔をしていた。嫌がらせ?木天蓼でも撒かれたのだろうか。扉を引っ掻く猫を抱き上げ、外に逃がしてこようかと登ったばかりの階段へと足先を向けかけた時。

「あれっ?」

なぜ猫が他の扉ではなく私の自室の扉に屯していたのか扉の取っ手に掛けられた編み籠とそこに詰められた菓子を見てやっと合点がいった。誰からの贈り物?籠の中には差出人からの手紙やそれに繋がる情報はなかった。だが差出人は猫型の焼き菓子を作る程器用な人物だ。それと…美味しい。敵意はないな。
ありがとう。なまえは猫型の焼き菓子を咀嚼しながら大修道院のどこかに居る誰かへ感謝を述べ自室に帰った。その姿を遠くから観察していた人物もピエっと怯えた様子でそそくさと自室へ帰った。