「やぁなまえ。珍しいな、君が1人で食事なんて。実は俺もちょうど1人で食事をとるところだったんだ。ご一緒しても?」
「どうぞシルヴァン」

今日は可愛い女の子達と食べないんだねと軽口を叩いたなまえにシルヴァンは返し慣れたように飄々と「可愛い女の子はもう目の前にいるからね」と薄っぺらい言葉で中身のない好意を振り撒いた。相変わらず彼の目は笑っていないな。正面の席に腰掛けたシルヴァンは女神に祈りを捧げ匙を握ってそうそうなまえの昼食に向かってげっと声を漏らし呆れたように肩を竦めた。

「お前、相変わらずよく食べるよな。皿だけ見ればイングリットと見間違えるくらいだぞ?」
「そうかな?普通だと思うけど。私から言わせればシルヴァンはもっと食べた方がいいと思う。じゃないと大きくなれないよ」
「いやいや、これでも十分大きく育った方だろ?これ以上食事量増やしても横に広がるだけだっての」

魚と豆のスープだけで昼食を終わらせようとしている人に食事の適正量を指摘されたくないのだが。なまえはムッと口を尖らせると口に詰めたものを飲み込み匙を置く。固形物が入ってなさそうな汁だけで午後を乗り切ろうなんて私には考えられない。イングリットを見習ってシルヴァンも最低量食べなさいとなまえはまだ手をつけてないブルゼンをシルヴァンに食べるよう差し出した。しかしシルヴァンはこの後女子とお茶会だからと丁寧にブルゼンを返却すると、黙々と食べるなまえに向かってペラペラと沈黙を潰す勢いで世間話を始める。街の流行り、今日の授業内容、生徒の恋愛話に至るまでペラペラと、まぁなんと話の引き出しが多い人だ。それとも頭の中に台本でも用意しているのだろうか。際限なく紡がれる言葉になまえはジーッとシルヴァンに視線を注ぐ。人好きしそうな表情、話の主導権をわざと相手に握らせるような話術、そして会話の間でそれとなく挟まれる口説き文句。そこらの詐欺師も目を見張るであろうシルヴァンの人心掌握術は恐らく数多の女性との交流で培った処世術なんだろう。短い会話を繰り返しながら相手の理想を探り心の僅かな隙間に潜り込む。新しい衣服に袖を通すかのように常に肩を抱く女性を変えるというのは彼にとっては娯楽のひとつなんだろうと思い特段気にかけることもしなかったが。この話術にして度々見かける頬の紅葉。女性に恨みでもあるのだろうか。もしくは特定の人物に。繕った笑顔の裏から向けられる明確な敵意になまえはそっと目を逸らすと返却されたブルゼンの1つを手に取り1口大にちぎって口に運ぶ。

「ところで、私に何か用かな。話しにくいなら場所を変えても構わないけど」
「用?用なんてさないさ!俺はただ純粋に可憐で凛々しい君のことを知りたくて食事に誘っただけだよ」

息を吐くように嘘をつかれたなまえは特に大きな反応を見せることも無くモゴモゴと口を動かし嚥下する。用はないのか。ならば何故授業外でシルヴァンから話しかけられたことが今までなかったのだろう。見るからに私の事を避けた態度を繰り返しているというのに裏もなく話しかけなどしないだろう。それとも無意識に複数の質問を2度繰り返しているのはわざとでも言うのか。私に無関心なことくらいお見通しだ。けれどもシルヴァンは依然として綺麗な仮面で素顔を隠そうとするものだからなまえはまだ白を切るつもりなのかと仮面の隙間から除く本心を突きけしかけた。しかしそれでも巧みに話をそらし頑なに猫をかぶるシルヴァンになまえは食卓に肘をつきやれやれと溜息をつきながら最後の切り札を切った。

「隠してるつもりかもしれないけど、貴方はベレト先生と比べて考えていることが表情に出やすい。君が私のことを好ましく思ってないことくらい察しがつかないほど私は鈍くは無いよ」

シルヴァン、私の事嫌いでしょう?

砕けた雰囲気から一転。はっ、と焦りの声を漏らしたシルヴァンになまえは机の上で指を組み合わせ左足の爪先を右足の踵裏で立てた。笑顔を崩した顔がじーっと分厚い仮面を見つめる。
別に嫌われたところで泣きはしないよ。水を飲み自ら生み出した重苦しい雰囲気を自らの手で壊したなまえにシルヴァンは握っていた匙を皿に落とし背後から心臓を刺されたような衝撃に絶句した。嘘みたいに彼は口数を減らし、ヒクヒクと口を引き攣らせ笑っている。ガシガシと髪をかきながらシルヴァンは崩れ落ちるように食卓に肘をつき瘡蓋を爪で剥ぎ取るように表向きの綺麗な顔を剥ぎ取った。

「...ははっ、こりゃ参ったな。まさか心の中まで読んでたりするのか?」
「さぁ、どうだろうね」

いつから気づいていたんだ?そう問いかけたシルヴァンになまえは視線を過去にとばし、さぁ、いつだっけ?と向けられる敵意を受け流しちぎったブルゼンを口に運んだ。穏やかな食堂の一角で軍議のような緊張感が2人を取り巻く。なまえの目に映るシルヴァンは今にも呪い殺してやるとゾッとするような恐ろしい形相で睨んでいる。しかしなまえのすぐ背後を通り過ぎていく女生徒にはただの顔のいい男が見えているのか。シルヴァン様と手を振ってはしゃぎながら足早に去っていく光景を目の当たりにしたなまえは如何にシルヴァンが精巧な二面相を使い分けていたか、その計り知れない底深い影に胸を痛めた。シルヴァンは軽く椅子を引いた途端本心をむきだした暗い笑顔でなまえの正面に腰をかけた理由を口にした。

「ベレト先生から聞いたぜ。なまえ、お前今節の課題出撃、黒鷲の課題協力者として出撃するんだってな」
「まぁ、そうだね」

それがどうしたのかと首を傾げたなまえにシルヴァンはどんな返答を求めていたのだろう。別に、ただ確認しただけとシルヴァンは素っ気ない言葉で話を切り上げなまえを視界から追い出した。確認しただけと言う割には言いたげな顔をしている。不快な気持ちを押し殺して嫌な相手の真正面に座ったんだ。言いたいことがあるなら思い切って言えばいいのに。

「代わってあげようか?」

ギロリと睨みつけるように顔を上げシルヴァンの心の声を代弁する。別に私は構いませんよ。その気があるならベレト先生に私から話をつけますが。淡々とした声音で任された仕事を平気で譲ろうとするなまえにシルヴァンは大袈裟に両手を上げ首を横に振る。

「おいおい、冗談言うなって。先生は何か考えがあってお前を協力者として選んだんだろ?なら俺が出る幕はないさ」
「でも討伐対象は貴方のお兄さんだと教団側から聞いてる。お兄さんに伝えたいことの一つや二つあるんじゃないの?」

たとえば積年の恨み言とか。
なまえの刃物のような一言にシルヴァンの瞼がピクリと痙攣する。どこまで知っている、誰に聞いた。焦るシルヴァンの疑問全てに白を切りにっこりと笑ったなまえにシルヴァンは冷や汗が浮かんだ額を押さえ、在りし日の思い出を冷え切った眼の裏で嘆いた。

「恨み言ねぇ...今更アイツにかける言葉なんて何も無いさ。まぁお兄様と喧嘩したことがないアンタには理解し難い話だろうな。同じ家で育った兄弟でも紋章の有無が殺意同等の確執を生みだす火種になるってことをな」

憐れむな。鋭い視線で咎められなまえは表情を引き締める。緊張感に背筋を伸ばすなまえとは対照的にシルヴァンは体を前のめりに肘をつきにこやかに笑っている。けれど彼の口から語られる思い出話を絡めた本音はちっとも穏やかではなかった。

「平民の出でありながら紋章を宿して生まれた兄と紋章を宿さずに生まれてきた妹。育った環境が違うだけでこうも相手を尊重し慈しむことができるのかと思うと、お前らの兄妹関係を見せつけられる度にこっちは目が潰れるほどに眩しくてさ。腹違いとはいえ紋章1つで兄に嫉妬され、殺されかけて。周りの人間からは俺じゃなく俺の紋章や血統に群がり羨まれ…ははっ。紋章に振り回されてきた俺の人生って一体なんなんだろうな。まったく、呪いたくもなるってもんだろ。生まれの不幸も紋章も」

嗚呼、この目。見たことがある。兄妹喧嘩をしたことが無いと話した時にシルヴァンから向けられた目だ。ゴォゴォと燃え盛る羨望と嫉妬に満ちた炎の奥でもがき苦しむ私が見える。
脇腹を短剣で刺されたような幻覚に冷や汗がツーっと背筋を伝う。話し合いも戦場も相手の勢いに飲まれた時が命の切れ目か。
なまえはわざとスープを飲みグラタンを口に運んだ。頬を膨らませ適当に相槌を打つなまえの態度にシルヴァンは呑気なやつだと口では呆れた言葉を垂れ屈託のない笑みを向けていたが内心怒っていると匂わすように平手打ちとそう変わらない舌打ちを鳴らした。

「俺、なまえには少し同情していたんだぜ?理不尽な紋章社会の厳しさも知らず急に大修道院で暮らすよう強いられて。何処へ行くにも誰と話すにも優秀な兄と頻繁に比較され、紋章無しだと貴族連中に馬鹿にされるお前を見る度に親の意向で士官学校に入れられ可哀想な女の子だと心の中で哀れんでいた。だがお前は案外強かなやつだった。兄との関係も良好で、身分関係なく学級の垣根を越えて友人関係も広い。そして今ではお前も紋章持ちのお仲間入りだ。ったく、妬ましいねぇ。結局お前ら兄妹は持って生まれた勝ち組で、紋章を宿して生まれた者の責務も苦しみも負わず、発現した紋章もどうせ飾りのようにしか思っていないんだろ?」

まったく憎たらしくて殺してやりたいよ。
爽やかな声音には似合わない憎悪に満ちた一言にキュッと心臓が一瞬だけ息を止めた。煮詰めた鍋の中身をまるで頭の上からかけられたような、これまでシルヴァンが味わってきたであろう苦悩と痛みで溢れた感情を浴びせられ言語化できない悲しみと罪悪感に心が震えた。こんな気持ちを味わったのは生まれて初めてでどう頭で処理したらいいか分からない。私とシルヴァンはほぼ真逆の人生を歩んできた。その身に宿す紋章に振り回され続けてきたシルヴァンの複雑でささくれた気持ちは単純で鈍感な心には曖昧に相づちを打つことしか出来ないし、理解しようと努力したところで再度シルヴァンの地雷を踏むことは目に見えている。優しい環境で育った私には返す言葉も思いつかない。痛いところをつかれたとはまさにこの事か。しかし私の心はやはり鈍感なのか、不思議と目が潤むような悲しみに襲われることは無く、むしろ今私の感情を占めているものは…

「…おっと、もうこんな時間か。悪いね。他の女の子を待たせているから俺はこの辺で」
「待って」

まだ豆が幾つも浮いている皿を持ち上げ退席しようとしたシルヴァンをなまえはまるで別人格に憑依されたかのように悲しい表情をはぎ取り威圧的に腕を組み座り直すようシルヴァンに命令する。

「言いたいことはそれだけ?…思ってること全部吐いて行ったらどうかな」
「は?」

椅子に深く腰かけて足を組んだなまえは凛とした面持ちで「殺したいほど憎たらしいのなら言いたいことはまだ山ほどあるんでしょう?」とシルヴァンの薄暗い感情を煽った。この女は一体何を言い出すんだとシルヴァンは目を白黒させ口を閉め忘れている。

「言わないの?なら私から先に言わせてもらいます」

そう言うやいなやなまえは水を飲み口の中を空っぽにすると自身の配慮の足りなさを深く反省するように目を伏せた。

「…確かに私はシルヴァンの言う通り紋章なんて飾り程度にしか見ていませんし貴族の苦しみなんて理解できません。貴方の本心を聞いてもいまいち腑に落ちませんが、私は憎まれて当然の人間なんだと納得しこのとおり反省もしています。紋章を宿す者にとって周りからの妬みも羨望も当然、私の周りには誰も教えてくれなかったからそんなこと知る由もなかった。だからシルヴァン、改めて貴方が気が済むまで私を罵ってどうぞ。なんなら拳で語り合いますか?一方的に殴られるのは癪に障るので反撃させてもらいますけど」

今更一人自分に向けられる嫌な視線の数が増えたところでベレト先生に泣きついたり怯えて疑心暗鬼になるほど臆病者じゃない。紋章を宿す者が背負う責務と言うやつを私にも教えてくれないか。肩の力を抜き、さぁどうぞ布切れ一枚で矢の雨を浴びに行くようなすっかり警戒心を解いたなまえを前にシルヴァンは巫山戯ているのかと冷ややかに目を尖らせた。そういう態度が気に入らないんだとシルヴァンに毒を吐かれてもなまえはちっとも表情を曇らせず、一言一言を受け止めるように深く頷き相槌を打つ。それで終わり?余裕げに首を傾げたなまえを前にシルヴァンはちっとも手応えのない反応に深く溜息をつくと降参だと両手を上げ白旗を振った。

「やめだやめだ!アンタと話していると調子が狂っちまう。ったく、先生とはまた違う手強さっていうのか?…悪かったよ。八つ当たりまがいの事をした」
「…いや、謝るのは私の方だよ。ごめんシルヴァン。少し意地が悪いことを言いました。でもこのくらい思ったことを真っ直ぐ言わないとシルヴァンに伝わらないと思ったから」

なまえは眉尻を下げて話したことに嘘偽りはないと言った。その上でなまえはこの件に関してシルヴァンに思うことは何もないし、むしろいつも殺意満々で睨んできた理由が知れて清々したと頬を緩めた。
組んだ足も腕も解きいつものように軽く椅子を引き背を伸ばす。なまえは残った食事を平らげて「シルヴァンって実は不器用だよね」と恨み余って殺したいと物騒なことを口にした青年をケラケラと笑い飛ばし目尻に溜まった涙を指で拭った。

「頼りになる友人は沢山いるんだからシルヴァンはもっと周りに頼るべきだと思うよ。貴方はいつも青獅子の兄貴分を演じているけどたまには素行を改めて弟役に回ってもいいんじゃない?シルヴァンはなかなか弱音を吐かないから一人で悩みを抱え込んでいつか潰れてしまわないか見ていて心配になる」
「……ははっ。ったく、どの口が言ってるんだか」

やっぱりアンタ心の中読んでるだろ。
完全に図星を突かれ食卓に伏したシルヴァンをなまえは勝ち誇った顔でご馳走様と手を合わせた。
また明日。
空の食器を握り去っていくなまえの背中にシルヴァンは珍しく手を振って見送ることも無く、椅子の背もたれに後頭部を乗せると掌で目を覆い隠し乾いた笑い声を上げた。