『頼りにしているわ』の言葉で煽て、体よく面倒事を押し付けられたのではないか。
「いやあああああああ!!!こここ、来ないでください!!べ、ベルを虐めても何も良いことなんてありませんよぉ!!!…い、いぎゃあああ!!や、矢が飛んできました!!なまえさぁああん助けてぇください!!!全力でベルを守ってくだぁさぃいい!!!!!」
「おっしゃあ!鍛錬の成果を発揮してやる。心配すんな!全部俺に任せとけ!!!」
「…」
奇声を上げベッタリと背中にしがみつくベルナデッタと指示を出す前に一人敵陣へと突っ込んでいくカスパル。別働隊の指揮官を皇女様から拝命された時はてっきり私の指揮官としての能力を見込んで大役を任せたと浮かれていたがどうやらそうでも無いらしい。2人と協力し背後からの援軍を一掃して欲しいとベレト先生に命じられたが…指揮を聞く気がない2人とどう協力しろというのだろう。
嗚呼、青獅子の学級に帰りたい。せめて2人が指示を聞いて動いてくれたら少しは頭の痛みも和らぐのだが
「ぴゃあああ!!!よ、弱い者いじめ反対ですうううう!!!」
「おらっ!俺の拳をくらいやがれ!!」
「…はぁ」
前線で指揮を執るベレト。その隣で生き生きと斧を振るうエーデルガルトになまえは天を仰ぐ。エーデルガルト様の足を引っ張らないようにとヒューベルトから言われた遠回しの嫌味が今になって心に染み込んできた。あの男絶対こうなることがわかった上で…はぁ。切り替えろ私。こうなったら下克上だ。目にものを見せてやる。
なまえはひっつき虫のごとく衣服を掴むベルナデッタを小脇に抱えるとカスパルの背後に現れた影を力強く蹴り飛ばす。これで3体目。だが先はまだまだ長そうだと下層から登ってくる賊の数に汗を拭う。マイクラン討伐戦が開始しコナン塔のあちこちで戦闘が繰り広げられる中、なまえ率いる別働隊は未だ安定した戦闘が展開できず一進一退を強いられている。理想としては後方からの増援部隊を速やかに鎮圧しコナン塔最上階へと進軍する本隊と合流すること。しかし合流どころか本隊最後尾を走っていたリンハルトの足音が聞こえなくなった今、別働隊の指揮を任されたなまえは平静を装っていながらも内心大量の冷や汗を流していた。もしかしなくともこれは孤立状態だ。賊に森を包囲された状況よりも最悪かもしれない。
「こ、来ないでぇぇぇぇ!近づかないでくださいいい!!!」
「うおっ!?危ねぇ、危うく当たるとこだったぜ」
まず第一に仲間が放った矢が仲間に当たりかけるというのは指揮官の手腕の問題外だろう。死にたくないからベルも戦うと宣言したのは嬉しかったが、弓を構えたベルナデッタが敵に向かって放つ矢は背後から敵の襲撃か!?と勘違いするほどよく顔の真横を通り過ぎていく為に私もカスパルも否応なしに集中力を乱されてしまう。とはいえ飛んでくる矢の軌道を前もって読める私はともかく、カスパルに当たることなく敵の急所を射抜いている点は素直に評価すべきなのかもしれない。常に騒いでいるものの案外弓の素質があるのでは…
そして第二の問題は
「カスパル1人で前に出ないで!相手は手斧で襲ってくるから距離を保ちながら反撃の隙を」
「距離なんてとってちゃあ俺の拳が届かねぇだろ!こういうのは攻めの構えあるのみだっ!せえいっ!!「カスパル危ないっ!」おっと、助かったぜ。ありがとな!」
やる気もある。勇敢に敵陣に攻める行動力もある。自慢の拳は申し分のない威力と速さを兼ね備えており十分1人で前線を張れる強さの持ち主なんだけども。せっかちな性格と倒す敵の番付が不得手な点が相まってせっかくの強みが弱点となって相手につつかれてしまっては元も子もない。これは早急に統率を取らなければ本隊の援護どころか足を引っ張ることに…
「どうしたものか…」
「なまえっ伏せろ!!」
襲いかかってくる敵は幸運にもそれほど強くない。最上層の敵は知らないが数で襲いかかってこない限りはそこそこに連携を取れれば難なく始末できるはずだ。
「ちっ」
物陰から飛んでくる手斧を剣で弾き、雷魔法で反撃し敵兵を1人仕留める。伏兵含めてもあと13人か。早急に片付けないと本隊との合流は厳しいだろう。時間帯問わず薄暗い塔の中でなまえは3人で生き残る策を思慮する。敵も怯む程の奇声を上げながら確実に急所を射抜くベルナデッタと危険を顧みず敵陣に突っ込み拳を振るうカスパルか。
「お前見かけによらず案外やるな!」
「ありがとう。貴方もいい動きしてると思う」
ベルナデッタのあの戦いぶりは私がどうこうと指示を出しても空回りするだけだろう。となるとベルナデッタは今のまま戦ってもらうとして、まだ指示通りに動けそうなカスパルを説得するしか他にないだろう。
俺も負けてられないぜとちょっと目を離した隙にまた敵陣へと走り出しそうなカスパルをなまえは慌てて呼び止め、いい考えがあると自信満々に人差し指を立てた。しかしまどろっこしいことは苦手だとすぐにカスパルが走り出そうとするものだからなまえは待ちなさいと衣服を掴みあげ自陣へと放り投げた。
「何すんだよなまえ!」
「それはこっちの台詞。カスパルお願いだからやみくもに敵陣へ突っ込まないで。貴方1人で戦っているならどうぞご勝手にってところだけど今は私やベルナデッタもいるんだよ。カスパルが強いことはわかってるからもっと有効的に使って戦おうよ」
「お、おう…おまえリンハルトみたいな事言うんだな」
「…」
リンハルトと同じ…いや、別にいいけど。なんかちょっと複雑な気分だ。喜んでいいのか分からないがとりあえず褒め言葉として受け取っておこう。
「協力して戦えば本隊に合流どころか大将の頭取れるかもね」
「ホントか!!」
「ほんとほんと。だから3人で協力してこの場を乗り切るよ」
何となくカスパルの扱い方はわかってきたかもしれない。なまえは手を叩き仕切り直すから手を貸してくれと乱れた足を揃えるよう指示を下す。戦場で1人は嫌だと泣き喚くベルナデッタをなまえは説き伏せ少し離れた場所へと待機させた。そして壁のようにカスパルと前線を張り壊れかけた剣を投げ、腰から殺傷力の高い刀を抜いた。いつでもいいぜと手のひらに拳をうちつけたカスパルになまえは眼孔鋭く敵を睨みつける。
「ベルナデッタ!」
「はひっ!!!な、ななななんですか!!?」
「怯まず矢を放ち続けて。ベルナデッタの安全は私とカスパルが全力で守るから」
現状目視できる敵は7人。残りの6人は物陰で様子見ということか。魔法であぶり出しながら1人ずつ仕留めていく方が後でまとめて叩くよりも安全だろう。
「カスパル、魔道士を任せた。私は重装兵を討つ」
「おっし。行くぜ!!」
「べ、ベルだってやる時はやりますよぉおおお!!!!」
グッと瞼を閉じ頭の奥に意識を終始させる。大丈夫、あの時と同じように頭の奥で展開される盤上を注意深く眺めれば無傷でこの場を乗り越えられるはずだ。集中しろ。数秒先の未来を読め。どんなに苦しい戦況でもこの場の主導権を握っているのはいつだって私なんだから。
「よし、やるか」
暗闇を照らす眩い光魔法リザイアを放ち、カスパルに向かって飛んでいくはずだった手斧の軌道を狂わせる。それからベルナデッタが放つ矢と共に敵陣へと踏み込んだなまえは目が眩み足元がふらついた重装兵に向かって床を蹴りあげ大きく跳躍すると兜の隙間に剣を突き刺した。賊の中でも下っ端といったところか。押し倒した体からなまえはケロッとした顔で突き刺した剣を引き抜く。わぉ、一撃か。この刀気に入った。カスパルに指示を出しながら背後から奇襲をしかけてきた剣士の首を切り落とす。その迷いの無い一線が宙を切り胴からズレ落ちていく頭はさながらだるま落としのようだった。
***
これは少し厄介だな。
まさか人が獣に化けるとは。
「師、ここは一度退いて体勢を整えた方がいいんじゃないかしら?今の攻撃でギルベルト殿やリンハルトはもう戦えそうにないわ。残った者で魔獣を討とうにも戦力が不足している。このままでは討伐どころか皆全滅してしまうわよ」
「先生、ここは素直にエーデルガルト様の意見に従うべきかと。危険な深追いは身を滅ぼしますぞ?」
体勢を調え再度仕切り直す。皆の士気の低下具合や武器の耐久性を考慮するとエーデルガルトの提案には賛同したいところだが、ソティス曰く魔獣は一息で討ってしまわないと仕切り直している間に回復するらしい。
傭兵団としての仕事であれば、あと一息なら死力を尽くせとジェラルトが叱咤激励し攻めの構えを崩さないだろうが、今率いている者達は傭兵団ではなくまだ武器を握りなれていない生徒達。教師としてこれ以上生徒に無理を強いることはできない。教団やレアの期待を裏切ることにはなるが生徒の安全のためにもこれ以上の戦闘は…いや、これは。想定内の乱れた進軍度合いに合流は絶望的だろうと作戦から外してはいたがまさか追いついてくるとは…やはりあの子に任せて正解だったな。
援軍が来た。膝を着いている場合じゃない。
「皆構えろ。敵はあと一息で落とせる」
「…!!師、貴方本気で言ってるの?もう一撃喰らったら騎士団の壊滅所じゃ済まないわよ?」
「なら喰らわなければいい。落ち着けエーデルガルト。援軍が来た。勝ちに行くぞ」
背後から3名。隠し通路を使って登ってきたのか。凄まじい勢いで階段を駆け上がり現れた3名は息を上げながらも魔獣に向かい果敢に武器を構えた。カスパルはともかくあのベルナデッタを引きずることなく自分の足で最上階まで登らせるなんて凄いな、なまえは。
あの子が流れを変えた。ならば俺はこの流れに乗り戦況を優位に運ぶ。
「なまえ!」
「任せてください!!カスパル!ベルナデッタ!」
「おうよ!」
「ひぃいいいいっ!なまえさんの鬼ぃ!!!」
なまえの指揮の下、ベルナデッタが矢を放ち生まれた隙を狙ってカスパルが殴打し攻め立てる。雄叫びを上げ最後の抵抗を試みる魔獣に向かい無数の魔法陣が宙に浮かび四方八方から風魔法が放たれる。防御が崩れた。今が好機だ。ベレトは攻め立てろと声を張り上げる。そして
「終わりだ」
決死の覚悟で仲間達が作り上げた山場をベレトは天帝の剣を振り下ろし、長く悲劇に愛された男の生涯へ幕を下ろした。
→