世界は神秘に満ち溢れている。
それを言葉で説明するに相応しい単語は存在せず、説明のできない神秘に遭した時、人はなんとしてでも解き明かしてやろうと飽くなき探求心に突き動かされ先の見えない 暗闇を手探りで探るのだろう。だが探求心と少しの好奇心に駆られ汗ばんだ指が深淵に触れたその瞬間、人は初めて得たいの知れない神秘に恐れ慄き、想像がつかない大きな不思議を前に己がいかに小さく弱気者であったか思い知る。
私も不思議を前に怖じ気づいた弱者の一人だった。進んで弱者になったわけじゃない。目が覚めると無慈悲にも生温い『当たり前の世界』から『不思議だらけの世界』へと放り出されていたのだ。
ふかふかのベッドから転がり落ち弾力性の欠けた固い地面に横たわるなまえは耐え難い眩しさに瞼を上げ刃物を片手に顔を覗き込んでくる少年の存在をぼんやりと視界に捉えていた。寝起き直後の鈍い思考は役に立たない。現に自分が如何に危うい状況に晒されているか理解出来ず、少女は心地よい眠気が意識を包み込みうつらうつらと首を揺らしている。パチンっと突如頬に走った小さな痛みに少女は垂れた眼をかろうじて意識を手繰り寄せ見開く。まだ少し眠気が残っているのか、欠伸をしながら背筋を伸ばしているなまえは自分の身に何が起こっているのか気にも止めない。この様子だと叩かれた頬も虫刺されとしか思っていないに違いない。
怯えるどころか余裕を思わせる振る舞いに少年は手に汗握る緊張感を保ったままなまえの背後に回り、かわるように現れた強面の男は訝しげな眼差しで座るなまえを見下ろす。
賊が巣食う森の中薄い布切れ一枚で横たわる少女の肌には痣や傷の跡すら無く、賊が寄越した罠にしてはお粗末すぎる人材に男は腕を組み片眉を上げた。見下ろす男の背後に控えた兵が唾を飲むことさえ慎重になる緊迫した状況。しかしなまえは喉元に突きつけられた剣先に構わず呑気に欠伸し未だ夢心地の様子。喉元に突きつけられた短剣も彼女の目には子供の玩具程度にしか捉えてないのだろう。
馬に跨り武器を振り回す。生殺与奪が生活に溶け込んだ時代は今や歴史の一つとして昇華され、なまえが生まれた時代でも喧嘩やいざこざは絶えなかったがそれでも命を奪う争いに発展する事案は稀となった。生温い環境でなまえは大切に大切に育てられてきた。空腹を感じたら冷蔵庫を開け好きな物を口に運び、学校に行けばたくさんの知識を学べ友達にも会える。家に帰ると家族が居て、安心できる自分だけの空間と広い湯舟、可愛い寝巻きに袖を通しふわふわのベッドに横たわり瞼を閉じると数時間後には眩しい朝が来る。目が覚めて大切な人が消えることはありえないし、刃物を握る場面といえば料理をする時くらいだ。
優しい世界で暮らしてきたなまえには眼前に広がる光景はすべて『目が覚めたら知らない人たちに殺されかけている』という夢を見ていると思い込んでいるに違いない。故に目覚めようといくら眼を擦り瞬きしてもいっこうに覚醒する気配のない頭になまえはなんてしつこい夢なんだろうと眉を顰めるだけ。枝に留まる鳥の囀ずりを本物みたいだなぁ〜と呑気に眺めるぐらいだ。今見ている夢こそが『現実』であると気づく確率は限りなく零だ。
この調子では夢と現実の境界線は暫く曖昧のままであろう。喉に突き立てられた短剣の存在などすっかり頭の中から飛んでいるなまえは妙に現実味のある不可思議な夢の中に目を輝かせている。こんなにも意識がはっきりした状態で思うがままに顔を動かし当たりを見渡せる。武器を握った野蛮な人々、遠くには馬を乗った人もいる。そっか、私は中世にタイムスリップした夢を見ているんだと怯えるどころか興味津々で立ち塞ぐ男を見つめ返すなまえに周囲は互いに顔を見合せ困惑の色を顕にする。我々を油断させ気を抜いた途端襲いかかってくるのではないか。手に汗握る状況下でも平気で鼻歌を歌い出すほどに落ち着いた少女は誰が見ても異常だった。喉に突き立てられた短剣はよく見るとか細く震えている。
短剣を突き立てる少年もまだ若いとはいえ多くの戦場を走り抜け賊と刃を交えてきた。手にかけた命は皆激しい感情を露わにし、虚しい抵抗の末事切れていった。この少女はどうだ。まるで自分の置かれた状況をわかっていない。悪魔が首に手をかけていると言うにもかかわらず目は爛々と輝いているのだ。少年はちらりと少女の前で構える男に目を向ける。やはり男も少女の奇妙な反応に驚いているようだ。
「ベレト!」
興味本位で短剣の先を指で摘んだ少女の行動に硬い表情筋は飛び上がり咄嗟に短剣を少女の喉元から引くとその小さな背中を地面へと突き飛ばし距離をとった。手を着く暇もなく地面に突き飛ばされた少女は苦しげに呻きながら気だるげに体を起こす。髪の隙間から見えた痛々しい表情に少年は深く呼吸を繰り返しゆっくりと探検を構え直し少女へと近づく。僅かな感情の起伏を押し殺し背後から迫る少年の耳には恐らく男が名を呼ぶ声は聞こえていない。感覚を研ぎ澄ませじっと己の右腕を見つめる少女へと短剣を振り上げた次の瞬間、少女の右腕から溢れ出る鮮やかな紅と短剣の刃先を染めた紅に少年は息を呑み、それでも少年は振り下ろす手は止めなかったが、
「…っあ、ああっ、ああああ!」
傷ついた右腕を左手で庇いボロボロと大粒の涙を流し責めるような目で泣き叫ぶ少女はあまりにも美しくて、儚くて、強く良心に訴えかけるようなその泣き顔に、眼差しに、少年は激しく動揺し短剣を握る力を緩めた。少し脅すだけのつもりだった。傷つけるつもりはこれっぽっちもなかった。山賊や盗賊が根城にしている森を通過する道中、道端で呑気に寝息を立てる不思議な格好をした少女を保護し素性を聞いた後家まで送り届けたいだけだった。確かに子供に対して些か手荒な行動ではあった。だが過去に子供を発見し何の疑いもなく保護しようとした矢先痛手を喰らった前例があったため男たちの行き過ぎた警戒も仕方がなかったのかもしれない。だが無垢で無知ななまえにとって男たちの行動は仕方がないことではない。
ごめん、ごめんなさい
血まみれの刃を鞘に仕舞うことも忘れ少年は子供のように泣き叫ぶ少女に許しを求めるが、ぶつぶつとうわ言を呟きながら距離を詰めてくる少年になまえは悲鳴を上げ竦んだ両足を動け動け!も必死に叩いた。
夢じゃない、これは夢じゃない!!
血を吸った刃物を構え無表情の悪魔が近づいてくる。五月蝿い赤が頭の中で激しく点滅し額には冷や汗に濡れた前髪が張り付く。零れ落ちそうなほど大きく見開いた硝子玉の瞳は恐怖の一色に染まりなまえは爪に砂が食い込むことも構わず這って少年と距離をとる。
来るな!来るな!!
右腕を犯す燃えるような痛みに唇を噛む。浅い呼吸を繰り返し短剣の先から零れた雫が踝へと落ち、泣き声が悲鳴に変わったその時だ。
「ベレト!!」
小鳥も逃げ出す怒気を含んだ声は幼い子供を背後から貫いた。地を震わす声量になまえの涙はピタリと止まり、恐る恐る顔を上げた。声を張り上げた人物は先程からなまえを見下ろしていた男だった。男は手を広げ何も持っていないことを証明すると這い蹲る体を担ぎ上げベレトと呼んだ少年の頭に手を置いた。
「薬と包帯、それと飲み物を持ってきてやれ」
男は後ろに控える兵士達に指示を出し短剣を握ったまま放心状態の少年へ「頭を冷やしてこい。謝罪はその後だ」と項垂れる頭を掻き乱し少女から遠ざけた。男に促され素直にその場を立ち去っていく少年に男は深くため息を着くと腕の中で震えるなまえに「倅の過ちをどうか許してやってくれ」と目を瞑り深々と頭を下げた。見下ろしていたときの顔はただただ怖い人だと思っていたが、見上げる顔はまるで別人のように柔和である。男は自らをジェラルトと名乗り受け取った薬と包帯で手早く処置を施すと震える手を取り悪かったなと握った。強ばった心に染み入る穏やかな温もりだ。ジェラルトに抱えられたままなまえは声を上げて泣いた。喉が乾き声が枯れるまで。
信じられない話だがこれは夢じゃない。痛覚もちゃんと機能しているし、お腹がすくと『お腹がへったぞ』と間抜けな音も鳴る。
知らない景色に囲まれ目が覚めたときは夢にしてはリアルだなぁと目に触れるもの全てに感動し何の違和感もなく風にそよぐ髪を耳にかけたが、右手に走った言葉にできない痛みと出血を通しこれは夢じゃなくて現実なんだと、目を覚ますには十分すぎる派手に平手打ちを喰らったような衝撃に慄然した。
あの衝撃的な出来事から数週間。右腕に巻いた包帯を解くと傷痕はうっすら残ってしまったが悔やんでも泣いてもすべて終わったこと。命を取られなかっただけ幸運だったと片付けてしまうしかないのだ。毎晩魘されるほどの恐怖体験ではあったが、この出会いがきっかけで私はジェラルトさん率いる傭兵団にお世話になることとなった。彼らの手厚い治療を受けながら手荒な真似をして悪かったと何度も謝罪され、森の中で眠りこけていた素性知れずの子供を傭兵団の方々はまるで本当の家族のように温かく接してくれた。出会いが出会いだっただけに拾われてからの数日間は私の頭は彼らへの猜疑心と恐怖心に支配され与えられる食事はろくに喉を通らなかった。だが腕の傷が治るにつれて少しずつ彼らの優しさ誠実さに肩の力が抜けて、少しずつ突き放した心の距離を縮めるにつれ私は初めて自分の名を彼らに告げた。この物騒な世界から逃げ出したいが為に抱えた秘密も添えて。私はこの世界の人間じゃありません。
自らの素性を明かすことがこれほど勇気がいる事なのかと話をしながらも途中何度も逃げたい衝動に駆られた。分かっている、この人たちから見た私は間違いなく頭がイカれた異常者だ。馬鹿にされるかもしれない、鼻で笑われるかも。しかし私の否定的な想像とは真逆に傭兵団は話を遮ることもましてや嘲笑うこともせず、真剣な顔で私の話を受け止め大変な目に遭ったなと大きな手で髪を掻き混ぜたジェラルトさんは打ち明けた事情を全て踏まえた上で元の世界へ帰る方法が見つかるまで面倒をみてくれるといった。身よりもなく武器も扱えない。お金の単位も知らない子供を今更見捨てることはできないとジェラルトさんは拠り所のない私を保護対象として傭兵団へ迎え入れてくれた。それからというもの、私は傭兵団の一員として少しでも皆の役に立てるよう汗を流して働いていた。傭兵団の仕事は血腥いものが多く当然なまえに武器を振り回す技術はなく、かといっていきなり武器を渡されても自分の身一つ守術を持たない。自分にも役割が欲しいと相談したなまえにジェラルトは保護対象として迎え入れた少女に任せる仕事はないと断った。しかしなまえがどうしても傭兵団にいる間は皆の役に立ちたいと嘆願するものだからジェラルトはやれやれといった様子でなまえに雑用を任せた。料理に洗濯、針仕事。集団行動の鉄則は周囲の動きに目を配り与えられた役割果たすこと、一度任せられた役割を放り出すことは赦さないと剣幕な顔で忠告するジェラルトになまえは自ら口にした言葉を反芻し、少し考えた後、約束すると深く頷いた。いつまでもお荷物でいたくない。齢6歳の勇気ある決断であった。
「んー、いい天気」
洗濯日和とはまさに今日みたいな日の事を言うのだろう。食事を終え汚れた寸胴鍋を川に運ぶ少女は長い下袴の裾を膝皿が踏んでいる事にも構わず木漏れ日から射し込むようにな陽射しに手を翳し目を細める。ここ最近雨続きで陰鬱な気持ちだったが、今日は不思議と体が軽く重たい寸胴鍋も心做しか軽く感じた。少女は運んだ寸胴鍋で水を汲むと腕をまくり束子で内側を擦る。半人前だった頃は寸胴鍋一つ満足に洗えず周りの手を借りなければ何一つ満足にできなかったが、こうして同じ仕事を2年も続けていると自然と細い腕は逞しく育ち任せられる仕事も増えようやく私も一人前というわけだ。小さな束子で大きな寸胴鍋を擦りながらいつも考えていることはスポンジや洗剤の事。水洗いでも十分汚れは落ちるが、擦る度に傷がつくのは頂けない。一応スポンジや洗剤はこの世界にもあるらしいが、万年金欠傭兵団に贅沢品を買うお金はない。一つ不便に出くわす度物に溢れた世界が恋しくなる。頑固な汚れを爪で弾きながら沁々と元の世界に恋しさを募らせていると背後から聞こえてくる落ち着いた足音になまえは手を止め笑顔で振り返った。
「皿を持ってきた」
「いつもありがとうございます。この鍋が片付いたら洗うので適当に置いていってください」
「俺も手伝う」
「このくらい一人で平気です」
「一人より二人の方が効率が良い」
たとえ効率が良くてもこれは私に任された仕事だからと主張するなまえだったが、またいつものようにうまく言いくるめられ隣で皿を洗い始めるベレトになまえは重たいため息をついた。手伝ってくれるのはすごくありがたいし仕事も早く片付くから素直にベレトの申し出を喜べばいいのに。手伝うと手を出そうとする度に大丈夫だと素っ気なく返してしまうのは彼が他意無く手を貸している訳ではなく、右腕に残る薄い跡に罪悪感を感じているから。あれからもう二年も経った。右腕の傷はとっくに完治しており動かしても痛みはない。いい加減自分を許してあげたらいいのに。確かにこの傷を巡って一騒動起きたけれど当事者がもう大丈夫と言ってるのだから気にする必要なんてないのに。重たい荷物を運ぶ私を周りは頑張れ頑張れと応援する中、唯一私の右腕を切り裂いてしまった彼、ベレトさんだけは俺が代わりにやると私から仕事を奪っていく。ジェラルトさんがため息混じりに呟いてた通り。過保護なんだ、この人は。表情には出さないけど。
どんなに嘆いても過去は変わらないんだし終わったことは忘れて次に進もうと私は何度もベレトさんの手を引っ張るが、ベレトさんはうんともすんとも言わずいつまでも同じ場所で座り込み私の腕の心配ばかりしている。痛みを感じない傷痕を心配して一体何になるのだろう。
手際の良い彼にかかれば私が頑固な汚れと格闘しながらうんうんと思考を巡らせている間に積み上げられた食器は新品同様に磨かれていた。これじゃあどっちに任された仕事か分からない。右腕は痛むかと尋ねられ私は見ての通りですと腕を曲げた。
「全然平気ですよ。ほら、このとおり!」
「そうか」
この不毛なやり取りもこれで何度目になるだろう。同じ答えを返すたびにベレトさんはそうかと言葉を返すが、本心はまだ思い悩んでいる。いつもそんな顔をしてる。
私が大丈夫と言うのだから素直に受け止めればいいだけなのに、これも中途半端な傷痕が原因か。もしこの傷が跡形もなく消えてしまえば彼は笑顔を見せてくれるのだろうか。
「あの」
鍋を置き顔を横に向ける。向かい合った曇り顔へなまえは肩を竦めるとちょうどいい機会だとこれまで抑えてきた言葉を口にした。
「私のことを気にかけてくれるのは右腕を傷つけた罪悪感からですか?」
ビクッと小さく肩が揺れた一瞬をなまえは見逃さなかった。表情の乏しい彼がこれほど分かりやすい反応をするなんて意外だ。
「…否定はしない。でもなまえを手伝う理由は単純に俺がそうしたいから。互いに支え合うことは大事。ジェラルトがそういってた」
だから忙しそうななまえを手伝うことは仲間として当たり前のことなんだとベレトさんは言う。けれどもしそれが本心だとしたら、どうして顔を合わせるたびに辛い顔をするのだろう。なぜいつも右腕を心配するのだろう。笑った顔が見たい。なんて言葉をかけたら彼は笑ってくれるだろうか。
「1つ、私と約束してくれませんか。これからは手伝ってくれる理由に申し訳ないとか罪悪感とかそういう類を一切持ち込まないこと。その代わりに私もこれからは素直になって手を貸してくれることを拒みません。もちろん私もベレトさんが困った時はいつだって手伝います」
私ばかり都合がいい約束だろうか?でもいつまでも蟠りを持って接するのはお互い疲れる。
さ、仲直りしましょう?と小指を差し出す。けれどベレトさんは差し出された小指を眺めるだけで絡めてくれる気配はない。もしかして納得していないのだろうか、ここまで頑固者だとジェラルトさんを仲介に挟んで話し合う必要があるけれど…さてはゆびきりを知らない?
「えーっと、私のいた世界では約束事は互いの小指を結んで指切りげんまんって、所謂約束を破らないでねって念押しする儀式みたいなもので」
「知ってる。共通文化だ」
なんだ。てっきりまた私は訳の分からないことを口走っていたとばかり。
指切りとはこういうものだとの自分の右手と左手の小指を絡め説明するなまえにベレトは指に張り付いた水滴を軽く払い絡んだ指を解き自分の小指に絡める。短い指とささくれが際立つ、細くしなかやな指。凝り深い芸術家が苦悩し作り上げる彫刻のような、黄金比が取れた欠点のない造形に我を忘れて見入っているとふと、その美しい造形に触れる荒れた指が自分のものであることを意識し胸がむず痒くなった。なんだか、顔が熱い。それに心做しか鼓動が少し速くなったような。
「なまえ」
「なっ、なんでしょう!?」
体の一部が触れ合っているせいか、ただ見つめられているだけでも肩が跳ね恥ずかしさのあまり喉で言葉がつっかえる。
違う、ベレトさんにそういう感情はない。確かに頼れるお兄さん属性持ちだし、器用で優しくてうっかり恋に落ちてしまいそうなほど素敵な人だけど彼が言う通り私たちは家族だ。家族に抱く愛は男女のそれとは違う、そもベレトさんだってこんなちんちくりんに恋愛感情を抱くはずがない。自惚れるなよ私。強くて格好よく て無意識に訪れる村の少女達の初恋を奪っていく年上の男の子は凡人じゃ想像もつかない女神に比類する美人で気立てがいい大人の女性と結ばれてハピリーエバーアフター...
「約束は、する。でも…傷のせいでなまえが一人になって、まだ帰る手だてが見つかっていないその時は俺がずっとなまえの傍で支える」
ずっと傍で支える、つまり、死ぬまで一緒?それってまるで...
ポカーンと口を開けるなまえを他所にベレトは既に「ゆびきりげんまん」と小指を揺らし約束を取り付け、その光景を目を丸くして見つめていたなまえはようやく言葉を咀嚼し飲み込んだ途端、ボッと顔が赤く爆発し最後のフレーズが言い終わる前に慌てて指を振りほどいた。どうした?とキョトンとした顔つきで自分が飛んでもない発言をしていることに全く気づいてないベレトになまえは恥ずかしさと照れを押し付けるようにただひたすらベレトの胸をポカスカと叩く。なぜ自分が叩かれているか分からないベレトは子猫の戯れのような小さな抵抗を受け止めながら「俺が相手は嫌か」と更に煽るようなことを言うものだからなまえは恥ずかしさを通り越し一種の怒りさえ覚える始末。本当に、本当にこの人は!
「いいですかベレトさん!!『ずっと』とか『傍に』とかそういう軽率な発言を軽々しく口にしない方がいいですよ!?相手が私だから受け流しますけど!他の女性相手なら最悪背中から刺されてもおかしくないですからね!」
ベレトさんは一度鏡で自分の顔の良さをきちんと自覚した方がいいと思う。傭兵団の女性陣はは皆強くて優しい人だから微笑んでおしまいだけど。これが繁華街を歩く女性相手なら良くて誘拐、最悪はグサリ。ベレトさんのことだから怪しいと感じた途端抵抗するか自力で逃げだすかして無事帰ってきそうではあるけど。私が言いたいことはそう言うことじゃなくて、ベレトさんはもっと自分を大事にすべきだっていうことだ。
私のことは気にしないで欲しい。童顔だし、背も高くないし肌は焼けている。誰かに貰われる予定は無いし、いつまでも売れ残りそうなことぐらい自分自身理解してる。その売れ残りに傷がひとつがついたところで売れ残る運命は変わらないのだから、傷をつけたからとわざわざベレトさんが貰う必要はないし貰われる身としてもなんだか申し訳ない。私たちはまだ子供で人間関係も傭兵団の中で完結している。だから、これからたくさんの人と出会って、たくさんの感情を知って、この旅の先に出会うもっと素敵な人に胸がときめく言葉を捧げて欲しい。売れ残りじゃなくて、誰よりも輝いている素敵な人に。
「ベレトさんの言いたいことはわかります。でも...この程度の傷で見捨てるくらいの人こっちから願い下げです!だから、責任とかけじめとか、ベレトさんが思い悩む必要は無いんです。そんなことより、私はベレトさんの方が心配です。言葉に気をつけないと本当に刺されちゃいますよ?」
「そうだな。肝に銘じておく」
もう、本当にわかっているのだろうか。天然気質なベレトさんのことだから肝に銘じたところで意図せず女性の心を鷲掴みそうな気もするけれど。将来女難に苦しめられそうだなぁ。どうか長生きしてください。
風に揺れる深緑の髪を耳にかけてやり、はいこれでおしまいと手を打って立ち上がる。日が落ちる前に洗濯物を干さないと。衣服についた草を払い洗い終わった食器を寸どう鍋に乗せる。あとはよいしょと両手で抱えるだけなのだが、腕に力を入れるよりも先に「鍛錬の一貫だ。任せてくれ」と颯爽と荷物を奪い歩き去っていくベレトに置いていかれたなまえは絶対に分かってないと肩を竦めた。
これは冗談抜きで将来刺されていないか心配だ。
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