痴話喧嘩なら首を突っ込むこともなかった。しかし静寂に包まれた大聖堂で、それも四聖人やセイロス像の前で騒いでいるとなると修道士達の苦言を聞いた私が止めにいく必要があるだろう。
ちょっといいですか2人とも、と声をかける。するとイングリットはギクリと肩を揺らし、もう1人の眼鏡を掛けた生徒も驚いた様子で筆を落とした。周囲を見渡してみたが彼ら以外に生徒の姿はない。となると修道士が言ってた生徒は彼らで間違いないのだろう。疚しいことをしていた訳では無さそうだがあの品行方正で有名なイングリットが安易に人様に迷惑をかけるようなことをするなんて彼女らしくない。何か理由があるのだろう。なまえは訳があることを踏んで、澄んだ青空が広がる大聖堂の外へと2人を連れ出した。

「何を騒いでいたのですか。ここ、大聖堂ですよ?」

人目がつかない場所を選び何をしていたのかと問うと2人とも言いにくそうに視線を足元の方でうろつかせ、眼鏡の少年に至っては握った画材道具一式を胸に抱えどこか泣き出しそうな顔をしている。少年は弁明したそうに『あの』や『違うんです』を呟くが一向に何をしていたのかを語ろうとはしない。イングリットはイングリットでしおらしく目を伏せ弁明する余地もないと唇を平たく伸ばしているが彼女もまた何をしていたのかを教えてはくれない。別に私は2人へ説教するためにここへ連れ出したわけじゃないのだが、そんなに怖い顔をしていただろうか、私は。

「あの、別に怒るために2人をここに連れ出したわけじゃないから。四聖人とセイロス像の前で何をしていたのか教えてくれないかな?でないと修道士の人達が士官学生が聖人像の前でよからぬ事をしていたって変な噂が経つかもしれない」
「そ、それは困ります!まだセイロス様の絵が…」
「セイロス様の絵?」

詳しく話を聞かせてもらえないかな?
首を傾げ少年が抱える画材道具へなまえは目をつける。絵を描いていただけなら何故2人が摘み食いを叱られた子供のような顔をしているのか説明がつかない。詳しく話が聞きたいとなまえに説明を求められ眼鏡の少年は俯くイングリットへ何度も視線を向け秘密を抱えるように画材道具を抱きしめていたが、なまえが痺れを切らして僅かに瞼をおろすと少年は断腸の思いで胸に抱えた画用紙を1枚なまえに渡した。騒ぎの発端になった絵はどうやらこの1枚らしいが…さっき彼らはこれをセイロス様の絵と言っていたがこれはどう見ても。

「女装したネメシス?」
「違います!!!!」
「やはり貴女から見ても聖人には見えないのですね」

素人目から見ても柔らかな輪郭線や濃淡の描き分けで未完成な状態でも十分画家の技量が伝わってくる。が、如何せん聞いた題材と描かれた肖像がかけ離れており敬虔な信者が見たら投獄物の作品に仕上がっているのは何故だろうか。個性を出すのも大切だろうけどこの絵は画伯と言うよりも落書き…いや、今の言葉は描き手に失礼だな。
画家の技量は申し分ないのだからまずは題材を模写する力を養う方がいいのではないかとなまえは画用紙を眺めながら遠回しに優しい助言をした。すると眼鏡の少年は何故かじとーっとイングリットを見つめており、イングリットもいつもとは違う覇気のない顔になまえさまさかと、顔を強ばらせる。

「イングリット」
「十二分に反省しています…イグナーツの絵が素晴らしいことは私もわかっているのです。ただ、より素敵な絵になるように幾つか助言をしたらこんなことに…」

画伯は少年の方ではなくイングリットの方だったのか。気の弱そうな反応を見る限りイングリットの圧に押されて渋々絵を描いたのだろう。繊細な線に混ざる弱々しく不満げな線になまえは笑顔を引き攣らせる。後で私から事の経緯を修道士に上手く伝えておいてあげよう。美しい線には見合わない猛々しく単騎で軍勢に突っ込んでいきそうなセイロス元い邪神になまえは生暖かい目でそっと作品を返した。

「題材はこの際置いとくとして、とても綺麗でしなやかな線だと思う。イグナーツは普段からこうして聖人の絵を描いているの?」
「そうですね、時間がある時や美しい物や風景を見た時なんかはよく描いているかもしれません」

人を描くこともあれば猫や花、風景画もよく描いているらしい。画材道具を揃えているということはかなり気合いの入った絵を描くのだろう。羊皮紙の端で暇つぶしに描く落書きのようなものじゃなく、大修道院内に飾られてある現実を切り取ったような風格のある絵を。
もしかして今日何枚か作品を持ち歩いているのではないだろうか?なまえは気になってイグナーツが抱えていた画材道具一式を指さしはみ出た画用紙の端に興味を寄せる。

「もしよければ他の絵も見せてくれないかな?あまり芸術には詳しくないけど、貴方の絵はこう、見ているだけで描かれた人物の人柄が分かるような不思議な魅力を感じるね」
「ええ、分かります。私もイグナーツの絵を見た時に同じことを思いました。まるで眺めている者に語りかけるような神聖な魅力を感じます」
「そ、そんな大層な絵では…!!僕の絵はまだまだ未熟で!!!」

と言いつつ気恥しそうに短い髪をかき揚げ画材道具を抱える腕から力が抜けている当たり満更でもないのだろう。お願いイグナーツ。なまえとイングリットが両手を合わせおねだりするように頼み込むとイグナーツは頬を真っ赤に染めつつ、分かりましたと靴の先を擦り合わせながら快く承諾してくれた。恐らく彼は頼み事に弱いうえに褒められなれていないとみた。画材道具を地面に下ろしたイグナーツははみ出していた画用紙を4枚引っ張り出しなまえ達に渡した。受け取った画用紙には長い布を体に巻きつけ武器を握り目を伏せる人物が描かれていた。聖者セイロスの肖像とは全く異なる信仰が良く似合う肖像に感嘆するなまえの隣でイングリットが「あらっ」となにかに気づいた様子で口に指を添える。

「イグナーツ、もしかしてこの方々は」
「はい。四聖人像や文献を参考に僕なりに解釈して描いた四聖人です。こちらが聖キッホル、そしてこちらが聖インデッハ。聖マクイルは途中で筆が止まってしまって、聖セスリーンは手直しの最中なんです」

四聖人と言われて納得がいった。どこかで見た顔だと思っていたが彼らも像と伝承を参考に描き起こしたのだろう。よく描いている。特に聖キッホルの眉間の皺や聖インデッハの肩のたれ方なんて気弱だと書かれていた聖インデッハの特徴をよく捉えていると思う。可能であれば着色し彼の納得が言った絵も見てみたいところだけど、その前にどうしても口を挟みたい箇所が何点か。

「なまえ?どうしたのです。そんなむずかしい顔して」
「いや、ちょっ、と…己と葛藤しているというか」

以前どこかで聞いた事がある。絵というのは注意を惹きたい箇所を微細に描き、あえて周囲の線を減らして暈すとか何とか。彼の技量から察するに多分この絵もそういう意図を持って描かれたに違いない。なら私が口を挟む筋合いはないとなまえはなんでもないと頭を振った。しかし今後の絵の参考にしたいから是非意見が欲しいとイグナーツに求められたなまえは言おうか、言うまいか、芸術家の筆に亀裂が入らぬよう十分に最善の未来を脳裏で探った後、じゃあ遠慮なくと再度絵を覗き込み気になる箇所へと睨みつけた。

「…魔法陣が、控えめに言って雑というか」
「ざ、雑っ…」
「こんなに人物が細かく描かているのに武器や魔法陣がこうも抽象的に描かれていると日々魔法陣と向き合っている人間にとっては違和感というか許せない」
「ええっ!?」

途中とは聞いているが、それにしてもこの魔法陣は酷い。線は歪むどころか途切れているし、見たことも無い記号が魔法陣に組み込まれている。いくら創作とはいえ魔法陣への愛と敬意が足りてないように見える。この際太細は置いておくとしても、せめて線だけは途切れることなく一筆で描いて欲しい。あと聖マクイルは黒魔法に精通していた魔道士だ。白魔法は個人的に解釈違いなのだが。

「イグナーツ、実は私もなまえと同じく違和感が。聖キッホルはドラゴンマスターだと伝承で伝わっていますから服の裾はもう少し短くするべきかと」
「い、イングリットさんまで!?」

少しだけ聖セイロスの肖像に熱烈な助言を進言したイングリットの気持ちが分かる気がする。イグナーツの絵は間違いなく素晴らしい。それは確かだが、より良い絵を描いてもらいたい気持ちが膨らんでつい口を挟まずにはいられない。特に自身の得意分野が絡むと。

「イグナーツ」
「イグナーツ!」
「えっ、ええ、ええー!!!」

威圧的な女生徒2人に迫られさぞかし恐ろしい時間を過ごしたことだろう。方や教師の如く厳しい指摘で修正を求め、方や目を輝かせ騎士道物語で描かれる騎士たちを絵に反映させたがる。心做しか筆を握る手を震わせ、真っ青な顔で絵を修正させられるイグナーツは自身の主張できない性格を嘆きながらも押しの強い意見に流され心を殺して筆を動かした。そして完成した絵に画家はホロりと一筋の涙を流した。

「ぼ、僕の四聖人が…」