次期一国の王に雑務を手伝わせてしまって本当にいいものなんだろうか。力仕事は得意だと率先して弓を運ぶディミトリを横目になまえは内心ハラハラしながらも無事マリアンヌが任されていた訓練場の用事を済ませた。ふぅと荷物を置き額に浮かぶ汗を拭う。随分長い道草をくってしまったと固まった背骨を鳴らし、また散策に戻るべくアネット達に別れを告げようとした。しかしなまえが口を開くよりも先に、時間がまだあるなら自身の友人を紹介したいとアネットが手を挙げ、それに同調したディミトリが『なら青獅子の生徒皆と会っていけばいい』と提案した時だ。なにかに気づいたマリアンヌが『あっ』と指を指した先になまえはクッと感情がとび出ぬよう口を結ぶ。

「おーい、なまえ。話がある。来てくれ」

遠くで手を振るジェラルトの姿になまえは一瞬困ったようにアネット達を一瞥した。しかしすぐに「行かなくちゃ」と呟き、深く頭を下げジェラルトの元へと駆け寄った。

「取り込み中か?あの制服、士官学校の生徒か」
「はい。ちょっと色々あってお話していたんです」
「悪いな、話の邪魔をして。だがお前に重要なことを伝えなくちゃならなくてな」
「大した話じゃないので気にしてません。それより、重要な話とは?」

ベレトさん抜きでもいいのですかと首を傾げたなまえにジェラルトはベレトも既に知っていると返した。驚くなよ。その言葉を前提にジェラルトはなまえと2、3こと言葉を交わし、遠くから自身を見つめている人々に向かってドンッとなまえの背を押した。押されたなまえはというと、困惑した様子でジェラルトに頭を下げ、何度もジェラルトを振り返りながらディミトリ達のもとへと戻った。「どうしたんだ?」とディミトリに尋ねられなまえは困ったようにジェラルトの方へと視線を向ける。しかし既にそこにジェラルトの姿はなく、背中を押された感触が確かであったことを思い出しながら、恐る恐るジェラルトに言われたことを口にした。

「あの、士官学校に…通うことになりました?それで、学級を決めてこいと言われまして…よく分からないのですが」

“兄”共々これからよろしくお願いします?
まだジェラルトに告げられて方針を呑み込めていないのだろう。眉間に皺を寄せ小首を傾げるなまえにアネットは「青獅子においでよ!!」と飛びつく勢いでなまえの手を掴んだ。

大司教様の頼みを断れずジェラルトさんが大修道院で暫く働く事になった。それに伴いベレトさんも士官学校の教師として雇われることになったそうだ。傭兵団の方々は今まで通りジェラルトさんの下で働くとのこと。じゃあ私もジェラルトさんと働くんだろうなぁと思っていたが、未成年だからという理由でベレトさんの“妹”として士官学校に通えるようジェラルトさんが大司教様に進言してくれたらしい。長い人生これから嫌という程働くことになる。だから今のうち学べることは学んでおけ、そうジェラルトさんに言われた。
当然ながら士官学校に入学することも通うこともタダじゃない。だが教師の“妹”として特別入学を許されたとなれば話は別だそうで、士官学校の生徒として認める代わりにこの秘密は他言無用とのこと。煩い貴族は勿論のこと、教団にバレでもしたら言いくるめるのが厄介なんだとか。
細かいことは後に回して、とりあえず今日中に所属学級を決めて教団関係者に伝えてこいとジェラルトさんに背中を押された。正直学べるならどこでもいいと思ったがアネットが私以上に真剣な顔で学級選びに協力してくれるので、私もアネットに並ぶほど真剣に学級選びに励んでいる。アネットは学級を選ぶう上で一番大切なのは人間関係だと言った。だから大修道院の散策を兼ねて、敷地中を歩き回りながら生徒の元を尋ねて歩き回る。
あの子は青獅子、あの子は黒鷲。学生達の話を聞きながら学級を選ぶ参考材料が着々と増えてはいるのだが…如何せん人が多すぎる。1人名前を覚える度に記憶したはずの長い名前がすぐに頭から消えていく。なぜ皆こうも舌を噛みそうな長い名前ばかりなんだ…

「どうだ?全員は難しいだろうか何人かは覚えたか??」
「えっと…女子の名前はそこそこ覚えたような気はします。男子のほうは…うっすらと覚えたような覚えてないような。あ、でも彼の名前は分かりますよ」

ドゥドゥーですね!
自信満々にディミトリの後ろを着いて歩く青年の名前を口にしたなまえにディミトリはやけに嬉しそうに、ドゥドゥーは顔色一つ変えることなく、アネットは『せいかい!』と手を打った。華美な名前持ちの生徒が多い中、ドゥを2つ繋げた名前はなまえの頭に残りやすかったのだろう。
マリアンヌ。マリアンヌを連れてどこかに行ってしまった子がヒルダ。その後に会った橙色の女の子はフレンで、私が担いでいた子はベルナデッタ。ベルナデッタが所属する学級の級長はエーデルガルト。大聖堂で出会った甘い香りがする女の子はアネットの友達のメルセデス。...ん?、メーチェって誰だっけ。食堂前であった金髪の女の子の名前は凄く長かったイメージしか残っていない。

「そろそろどの学級に所属するか決めた?」

青獅子の教室に帰ってきた途端選択を急かしたアネットになまえは半分答えを決めているような声音で唸り腕を組む。これまで色んな生徒と出会い話を聞いてきたが、女子の話しやすさ的に青獅子に決めようと思ってはいる。アネットは面倒見が良さそうな上に勉学の指導が得意だと言う。もしアネットと同じ学級なら勉強面で泣くことは無さそうだし、槍の扱いもジェラルトさんに手解きを受けているから学校の特色にも合っている。
士官学校の魅力を教えてくれたクロードと学級が違うのは少し寂しいけど、学級が違うからって会えないわけじゃないから、まぁいっか。

「決めました。私は青獅子の学級で「ちょっと待ったァ!!!」」

なんとなく来る予感はした。このまますんなり決めさせてくれるような人じゃないなって出会った頃から思ってた。大修道院を散策しこれからの1年間を左右する意思表明をしようとした時、騒がしい声で強引にかき消したのは青獅子の教室前で意味深に佇むクロードだった。

「クロード?」
「クロード!?」
「クロード…」
「……」

こんなにも振り幅のある呼び方をされたのはクロードくらいじゃないだろうか。殿下に至ってはまたかと言わんばかりに呆れが声に出ている。ちょっと待ったと静止をかけクロードは教室へと踏み入った。彼の後ろには道中出会ったヒルダさんとマリアンヌさんが控えており、また始まったと言わんばかりの面倒くさそうな顔でクロードを後ろから見守っている。まるで落ち着きのない子供を見守る母親のようだ。

「クロード、お前一体何しに来たんだ?」
「何しにって、分かりきったことを聞くなよ王子様。俺の目的は無論そこの黒髪の乙女を金鹿の学級に引き入れること。それだけさ。まさか“先生”と長話している間に青獅子が抜け駆けするとはな。思ってもみなかったよ」
「人聞きが悪いことを言うなクロード。俺達はただなまえの学級選びに協力していただけだ。抜け駆けなんて姑息な手使うわけないだろ」
「へぇ〜てっきり例の傭兵が黒鷲の学級の担任を持つことになったから、妹さんに鞍替えしたと思ったよ」

でも先になまえに目をつけていたのは俺だ。噛み付くように主張し始めたクロードの物言いにディミトリは顔を顰める。すっかりクロードの物言いに冷静さを欠いたディミトリは腕を組み額に筋を浮かべているが、安い悪役が使う台詞にすっかり白けていたなまえは伸びてきたクロードの手を払い深いため息をついた。

「クロード、私は青獅子の学級に所属します」

なまえの決断にクロードは目を丸く開いた。背後に控えるヒルダとマリアンヌへ顔を見合わせるが2人とも顔を逸らしている。クロードは必死になまえの決断を止めにかかった。しかしなまえは首を横に振ることは無い。半ば泣き落としのように説得を試みるクロードになまえはつくづく貴族らしくない人だなぁと呆れながらもクロードの手を取ると前髪を揺らし目を合わせた。

「…っ!考え直してくれたのか!?」
「違うよ。クロード、あのね。金鹿の学級もすごく楽しそうな学級だと思う。でもさっきの発言は許せないし、そもそも私弓の才能は絶望的だから」

弓術に特化した学級ではやって行ける気がしないの。そう気まずそうに視線を逸らしごめんねを繰り返すなまえにクロードは「気に触ったなら謝る。このとおりだ。それに弓は俺が教えるから!」と嘘泣きを始める始末。無論なまえの決意が変わることはない。ごめんねと苦笑いを浮かべ女生徒と2名に回収されていくクロードになまえは手を振って金鹿を見送った。『決めたのか?』そうディミトリに問われたなまえは『はい。これからよろしくお願いします』と頷いた。それから教団から受け取った書類に自分の名を筆を走らせると正式に青獅子の生徒になった。