転生


※呪いが消えて転生した後の話。
※前世のことを覚えてる人もいたらそうでも無い人がいる世界線。
※当然終わる

水捌けの悪い洞窟の中を刃物片手に走っている。季節は秋か春。黒い長袖と吐く息に色がないから冬前後の季節で間違いない。目が沢山着いた黒いモヤが軽トラックが突っ込んでくる勢いで私を追いかけてくるが不思議と空いた距離感は一定のまま前方から射す光に向かって私は走っている。背後から時々黒く素早い何かが飛んできて、そう都合よく運も働かず何発か腕や足、胸あたりを直撃したが、何も痛みは感じず、3歩足を前に出す頃には貫通し箇所は何事も無かったように塞がっていた。
暫く化け物と追いかけっこをしていると光の向こう側から大きな犬が1匹現れて化け物を捕食するシーンで『あ、これ夢だ』と4:3の視界が16:9へ広がる。犬が化け物に勝つなんてフィクション以外有り得ない。これは夢だ。所謂目が覚める前の覚醒ってやつ。この先何が起こっても私は死なないことが確定した途端に握った刃物が玩具に見えて必死に走っていた今の今までの時間が馬鹿みたいに思えてきた。犬の捕食シーンを間近で見学していると光の向こう側に立つ黒い人間のシルエットが犬を呼んだ。すると犬は耳を立て尻尾を振りながら光の元へ走り、とりあえず私も行くかと光の先へ顔を向けた瞬間、失明覚悟の眩い光を浴び脳が強制的に覚醒を促される。焼け焦げるような光の中は影が足元に潜み、どっちに進んだら目が覚めるのか、目印になるものもなく、進行を遮るものすら何一つない光の中立ち尽くしていると見えない何かかクイッと服の袖を引っ張って道を教えてくれて、気づいた時には見慣れた天井をベッドに張り付いてぼんやりと眺めていた。

これは現実だな。

首を横に倒すも隣には誰もおらず、閉めて寝たはずのカーテンが全開に開け放たれ部屋の白さが際立って見える。もうすぐ夏開幕だからちょっと蒸し暑い。カクテルドレス買うついでに夏服も何着か買っておこう。この家には私が着れるような夏服は無いし、今年はほんのちょっとだか積極的に足を出してみたい気分になったから。というのも夢の中の私はかなり短いキュロットをかっこよく履きこなしていた。案外こっちの私もよく似合うかも…なんてね。事故ったら家の中だけで着ればいいし、あの人むっつりだから外で履くと小言多そうだけど家の中だけならこういうの好きそう。超個人的な偏見だけど。
肩を隠すように掛けられた上布団を両脇で挟みのっそりとぎこちない動きで上体を起こし欠伸をこぼす。どうやら無事次の朝を迎えられたらしい…とはいえ腰の方は重症どころか私のものより一回り大きい手形がくっきりと残り、体中馬鹿みたいな数の鬱血痕まみれに軽く恐怖を覚えた。たった一晩でよくこんなに吸ったもんだ。6日後には知り合いの結婚式に参加するというのにね!!全く!
色々と小言を言いたいところではあるがとりあえず私のパンツはどこだ。確かベットの上でズルっとひっぺがされたはず。上布団を軽く持ち上げ布団に絡んでないか確認するがパンツは何処にもなく、なら下に落ちたかと今度は滑るようにベッドの端へと移動しベッドの下を覗く。昨日は黒の花柄だった。しかしベッドの下にはパンツどころか脱ぎ捨てた服すら一着も見つからず、次いでに新しい着替えすら用意されていなかった。服は兎も角変えの下着は用意しといてよ。せめてパンツだけでもさ。

***

「起きたか」

居た。むっつりスケベ。
激しい夜を過ごした次の日にも関わらず朝早くから朝ごはん作りとはムッツリとスパダリの切り替えの速さがエグすぎて風邪ひきそう。スパダリとはいえ私の替えのパンツは用意してくれなかったスパダリだけどさ。

「おはよう。私の昨日のパンツどこ」
「お前はもう少し恥じらいを持て。今服と一緒に今洗ってる…みょうじっ、お前まさかその服の下」
「履いてますぅ〜。勝手に痴女扱いしないでください。念の為見とく?」
「見ねぇよ。しまっとけ」

ちぇっ、昨日は散々見たくせに。日が昇った途端童貞ぶるのやめたほうがいいよって伝えてあげようかと思ったが下手にからかうと後処理が面倒なのでつまんだスカートの裾を離し大人しく食卓についた。

「伏黒くんが作る卵焼き好きなんだよね。シンプルイズベストって感じ。給食思い出すよ」
「それ褒めてんのか?みょうじのはだし巻き玉子って感じだよな。何入れてんだ?」
「白だしと、牛乳と、砂糖、あとマヨネーズをちょっとね」

朝は米派の伏黒君が作る朝ごはんは決まって白ご飯に卵焼きとインスタント味噌汁、それと昨日の晩御飯の残りが食卓に並ぶ。それをゆっくりと咀嚼し、時折テレビに目を向けながら会話を少し。今日も美味しかったよと食器を流しに置き、伏黒君が食器を洗っているうちに洗い終わった服を取りだしハンガーに掛ける。今日はいい天気だ。連日雨が降り続けていたとは思えない程温かくて洗濯物もよく乾きそうだし…ふわぁ〜あ。これは二度寝日和。ちょうどソファーもあるし、枕に最適なクッションがこんなところに2つも。…30分。30分だけだから。30分寝たら体の疲労が3割程度回復すると思うんだ。多分。

「買い物行くんじゃなかったのか?今日を逃したら買いに行く時間ねぇんだろ?」
「ん〜そうなんだけど。ちょっと仮眠。昨日誰かさんが約束破ったからまだ眠いんだよねー」
「その件についてはさっき謝っただろ」

謝って済む問題じゃないんだよ。腰は重いわ、手形はくっきりついてるわ、寝不足な上にこれから買い物って。それに今6月の中旬だよ?ちょっとは季節考えて欲しかったね。6月に長袖って。上旬ならまだしも中旬、あと数日で下旬を迎えるって時に長袖着るとか暑さで死にに行くようなものじゃん。それなのに自分は涼し気な半袖着て、出かけるんじゃなかったのかぁ〜?このムッツリ無神経男め。将来の進化先はモラハラ男か?

「まったく、好き放題に鬱血痕もつけちゃうし。こういうの直ぐには治らないんだから全治一週間の重症を負わせたことちゃんと反省し…なんでちょっとニヤけてるの。私怒ってるんだけど!」

6月にハイネックとか正気じゃない。君がはしゃいだからだぞ。
首元を覆う布をペラっと捲り新手の病気を疑われてしまいそうな昨夜の痕を見せつける。ちょっとはこれ見て反省しなさいと済ました顔へ突きつける。すると彼は申し訳なさそうな顔をするかと思いきやその大きな手で口元を覆い頬を赤くした。このムッツリスケベめ。

「ニヤケてねぇって。悪かったって思ってる」
「ホントに?」
「来週分の掃除当番は俺が代わる」
「それと?」
「…飯当番も」
「あとは?」
「冷凍庫のアイス1つやる」
「1つ?」
「…2つ」
「もう、仕方がないなぁ」

こういう妙に潔いところがあるから憎めないんだよなぁ。偉そうで理屈っぽい上に頑固ですぐ拗ねる子供っぽいところにちょっとイライラすることもあるけど、根は優しいところとか、酷い言い合いをしても必ず最初に謝ってくれるところとか、アニマル番組の感動する話でひっそりと涙を流しているところとか、相手を理解しようとする心持ちに私は惹かれたんだろうなぁ。さてと、起きて出かける支度しようかな。先輩達の結婚式に高校のジャージで参列するのはマズイし。

これがもし知らない人の結婚式なら目に付いた適当なカクテルドレスを試着もせずに買っていたと思う。でも花嫁の三輪先輩は私の大学の先輩で、1年生の頃から同じサークル仲間として何かと面倒を見てくれた恩や、『前世は信じるか?』の電波系ナンパ師伏黒くんとの2度目の再会を裏で根回しした立役者でもある。絶対に下手な格好では参加できない。
あれでもないこれでもないと姿鏡の前で服を合わせ、何十着目か分からない試着を繰り返しては暇そうに本を読む彼氏へスカートの裾を摘み広げてみせる。

「どうかな?」
「いいんじゃないか」

さっきと比べたら反応が薄い。これはダメか。

「これは?」
「いいと思う」

…次。

「…」
「似合ってる…なんだよその目」

そりゃあこんな目にもなりますよ。何着てもいいと思う、似合ってるって興味が無いにも程がある。とりあえず一旦本から顔上げて。鬱血痕だらけの私を見ろ。

「伏黒くんが飽きてることは分かってるけどさ、もっとこう真剣に、忌憚のない意見が聞きたいんだけど」
「真剣にコメントしてんだろ」
「もっと具体的なのが欲しいの!何色が似合うとか、どういうデザインが可愛いかったとか。私こういうのセンスないし、店員さんに聞きたくても聞きづらい状態だし、伏黒くんが頼りなんだよ?」

膝を折りじっとりと覗き込むように視線で訴えると伏黒くんは渋々と本を閉じ居心地悪そうに視線を逸らす。

「具体的なのって。どの服も似合ってんだからお前が好きなの着ればいい話だろ」

…狡いなぁ。
こういう事をサラッと言えるところが知らず知らずのうちに伏黒恵沼に片足突っ込んで気づいた時には沼の底なんだろう。
胸がキュンっと鳴いた時いつも思うことがある。伏黒くんはなんで私を選んでくれたんだろう。引く手数多だろうに、変わった人。

「シーて言うならどれ?伏黒くんが一番似合ってるって思った服にしたいんだけどなぁ」
「…一個前の青いやつ」
「じゃあそれ買ってくるね」

彼が変わった人で良かった。

カクテルドレス選ぶだけで1時間半も経ってしまったが、私服選びは20分で済ませたので差し引きゼロでちょうどお昼時。目につくお店を挙げながら何処に入ろうかと相談し、回転寿司か牛丼の二択まで絞った時、ふと真横を通り過ぎた際に目に付いた栗色の看板に絞った選択肢が跡形もなく吹き飛んだ。

「ねぇ伏黒くん。和栗フェアだって。お昼ここにしようよ!私パフェ食べたい。もうパフェの口になった」
「ここ、基本大盛りで出てくる店だぞ。悪いことは言わねぇから他の店にしておけ。結婚式当日に服入らなくなっても知らねぇぞ」
「大丈夫大丈夫。今日の晩御飯と明日の朝ご飯抜いてカロリー帳消しにするから問題なし」
「お前が断食成功したところ今まで1度も見た事ねぇけど」
「じゃあ今日が断食成功記念日になるってことだね。ささ、2名様ごらいてーん」
「お前なぁ」

腕を引いて店内へと入り指2本立て席に案内される。お昼時で混んでいたけれど運良く席が空いていたようで待つことなく席につきメニュー表を開いた。

「昼飯は何にするんだ?」
「パフェ」
「パフェを昼飯にカウントすんな。栄養バランスの偏りが太る原因になるんだぞ」
「え〜…んじゃあ、うーん」

パフェはボリュームありそうだし追加で頼んでも完食できるか怪しいんだよなぁ。チキンナゲットか単品サラダ。ここは普通単品サラダを頼むのがベスト。でも写真詐欺で有名なお店だから何も考えずにサラダを頼んで馬鹿みたいな量が運ばれてきたらパフェが入らなくなる恐れがある。…よし。

「サラダ、シェアハピ、おけ?」
「普通に言え」
「シーザーでいい?あ、でもカロリー的に和風の方がいいか」
「会話しろ」

シーザーにしようかな。和風にしようかな。どちらにしようかなと神任せで選択し、よし決まったを合図に伏黒くんが予備ベルへ手を伸ばしたその時。ベルを押す前にサッと自分の顔を隠すように立てたメニュー表の陰に隠れた伏黒くんにどうしたのかと窓ガラスへ顔を向け彼がなぜ顔を隠したか察した。

「…伏黒くん。窓の向こうに君の友達が」
「絶対に目を合わせるな。絡まれると面倒だ」

とはいえ窓ガラスをすり抜ける勢いで虎杖くんと野薔薇ちゃんがこちらを(正確には伏黒くんを)凝視しているんだが。彼らはまだ店内に入ってないとはいえかなり店側にとって迷惑なのでは。ちょうど真横をとおりすぎた店員さんが窓の向こうの不審者に小さく悲鳴をあげていたし、知らんぷりでやり過ごすのはかなり無理がある。特に野薔薇ちゃんの目が血走っているのは気のせいか。気の所為であって欲しい。

「怖いんだけど」
「アイツら…」

出会った時から薄々感じてはいたが、人間関係でかなり苦労しているようだ。癖強い人多いもんね。どんまい。

「あらあらぁ〜、せっかくのおデートだと言うのにお邪魔しちゃったかしらぁ?」
「邪魔」「別に」
「ねぇなまえ知ってる〜?伏黒って中学の時に校区内の不良を「釘崎余計なこと言うんじゃねぇ」」

内輪の話ってやつだろうか。いいなぁそういうの。ちょっと羨ましい。
どうしてここに?今日は2人でお出かけしたのかと尋ねると野薔薇ちゃんはちょっと苛立ち混じりに『2人』の部分をいの一番に否定し『誰が好き好んでこんな芋臭い男と!』『はぁ!?俺がいなかったら釘崎この量の荷物1人で運ぶことになってたんだぞ!釘崎にこの量運べんのかよ』と痴話喧嘩を始めた。
野薔薇ちゃんの話によると野薔薇ちゃんも三輪先輩の結婚式に備え真希さんとウィンドウショッピングをしていたところ偶然真希さんの妹さんに遭遇してしまったそうだ。それからなんやかんやあり、野薔薇ちゃん対真希さんの妹さんのハブとマングース的な口喧嘩の後に真希さんは妹さんに取られ(性格には真希さんがその場を収めるために妹さんについて行った)、仕方なく1人ショッピングに繰り出したところ虎杖くんがプラプラ歩いていたため荷物係に任命し今に至るらしい。本当に仲が良いよね君たち。

「よし決めた!俺ミソカツサンドと照り焼きチキンサンド。皆は何にする?」
「お前は何勝手に仕切ってんじゃねぇよ。てかなんでお前ら当然のように席座ってんだ。他のとこ移れ。特に虎杖。さっきからお前の肩が俺の肩に当たってんだよ」
「ちぇっ、釘崎席変わって?」
「は?なんで私が変わらなきゃならないのよ。嫌なら別の席移れば」
「ちょっ、え!?じゃ、じゃあみょうじ」
「位置的に無理だよね。和栗のパフェとサラダチキンで」
「えっ、冷たい。みょうじも冷たい。なんかみょうじが徐々に伏黒化してきて俺ちょっと寂しいわ」

…伏黒化って何?

「ちょっと虎杖。そういう話題を軽々しく振るんじゃないわよ。伏黒はともかくなまえにはまだ覚悟を決める時間が必要でしょ。この偉っそうなネチネチモラハラ男と一生一緒に過ごすとか生半可な覚悟じゃ1年も持たないわよ。私エビカツパンとアイスティーのレモンで」
「釘崎、お前マジ後で覚えとけよ」



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