平和に行きましょう。

私の苺!


パンケーキかアイスか。

服を買いに沖奈駅近くまで出てきた帰りのこと。帰りの切符を買いながらふと甘いものが食べたくなって財布の口を締めながら時刻表の前に立つ。田舎の交通機関は1時間に1本来れば上出来だ。15分後に来る電車を逃したら次は2時間後か。特段予定は無いとはいえ高校生のお小遣い事情は厳しく、遊びに使えるお金も限られている。大人しく家に帰ってもパンケーキやアイスどころか甘いものなんて置いてないだろうし、自室でゴロゴロ時間を浪費するのもなんだかもったいない気がする。
パンケーキは厳しくてもアイスなら買えるかも。締めたばかりの財布のチャックを開け全財産を数えていると急にポンっと軽く肩を叩かれ、驚いた拍子に財布の小銭を地面にばらまいてしまった。やってしまった。幾ら中に入っていたか覚えてない。コロコロと転がっていく小銭を身を屈めて慌てて拾い集める。掲示板の足元の隙間に待合室の椅子の下、肩を叩かれたことも忘れてずり落ちる鞄を何度も肩にかけ直して1枚1枚拾い集めていると

「どうぞ」

視界の端から生えてきた大きな掌とそこに乗った235円に私は小さく頭を下げお金を受け取った。この歳にもなって小銭をばら撒くなんて恥ずかしい。カァーっと顔に熱を溜めながら逃げたい気持ちを抑え財布に小銭をしまう。もう甘いものなんてどうでも良くなった。今すぐ電車に乗って家に帰りたい。拾ってくれた相手の顔を見る勇気が出ず、そろっと視線を逸らしながら買ったばかりの切符を握りホームまでの経路を目で確認しているとまだ視界の端からにゅるっと手が伸びた。それに私はまた驚いて、手の根元に向かって視線を移動させ、そこで私はまた驚いた。

「こんにちは。鳴上悠です。今時間空いてますか」
「こ、こんにちは。#name1、#なまえです。時間は空いてるけど…なんで敬語なの。何かの宗教勧誘?」

こんな所で君は何をしているんだ。友達の誘いでも流石に入信はできないよと、財布を握りしめ後ずさる私を見て鳴上くんは『誤解だ!』と激しく手を振り勧誘ではないと否定した。

「じつは今陽介達と原付で遊びに来ていてさ。ナンパ対決しているところだ」
「ナンパ対決」

林間学校での水着事件もそうだったが、またろくでもない事に手を出しているなこの悪ガキ達。特に近頃は巽くんが特捜隊に入り男子率が増したことでタチの悪い悪ふざけが増えた気がする。
鳴上くんは『密着計画の真っ最中なんだ!』と妙な熱意を滾らせ拳を握る。下手に絡まれるとろくでもないことに巻き込まれそうだ。彼の話を半分も聞かず適当に相槌を打ちながら彼の背に隠れた壁掛時計に視線をやる。今から10分後に発車か。この便に乗って帰ろう。

「そっか…よく分からないけどナンパ頑張ってね。じゃ」
「待ってくれ」

帰りの切符を握り改札へ逃げ込もうとした。しかし暇を持て余した鳴上くんが行く手を阻み、含みのある笑みで笑いかけてきた。

「時間あるんだろ?ちょっと付き合ってくれないか」
「たった今急用を思い出しちゃって…じゃ、また明日学校で!」
「お腹空いてないか?奢る代わりにちょっとだけ話に付き合ってくれ」

甘いもの好きだろ?と分かったような口振りに少しイラッとしたけれど彼の言うとおり甘いものは好きなのでホームに向かう足先が心と共鳴して揺れている。鞄を握る手に力が籠る。パンケーキ、アイス。『奢るよ』の言葉に気持ちが揺れて、つい「シャガールのフルーツパンケーキ」と厚かましい欲望が口からまろび出た。喫茶店シャガールのパンケーキは田舎にしては一皿980円の強気な価格設定だが味は他のカフェとは一線を画した程よい甘みとフルーツたっぷりの贅沢なスイーツだ。そして田舎の高校生の財力ではそう易々と口にできないスイーツでもある。マヨナカテレビで小銭稼ぎしているとはいえ流石にシャガールのパンケーキは厚かましい。すぐさま「やっぱりアイスクリームが食べたい」と言い直したが、鳴上くんはクツクツと笑いながら「確かにあの店のパンケーキは美味しいよな」とさりげなく肩に掛けた鞄を受け取ると喫茶店の方向へ歩き出した。断ってもよかったのに。置いていかれないよう彼の隣をめざして小走りして追いかけると鳴上くんは足を止めて私が追いつくのを待ってくれた。
鳴上くんはいつも程よい距離感から相手に気負わせない優しさをくれる。頼りになる特捜隊のリーダーで、ノリも良いし優しい。その上キレ者だ。あとカッコイイ。鳴上くんのことをよく知らなかった頃は『私にだけ過保護すぎでは?』なんて特別視されているような愉悦感に浸りうっかり乙女心が爆発しかけたが、彼の人柄をすっかり理解した頃には初な熱も冷めた。所詮私も大勢いる友人の1人で、人気者の特別に収まる美貌も魅力も愛嬌も私には無い。
鳴上くんは平等が好きな人だ。きっと友人を1人ずつ平等に食事を奢っていて、今日はたまたま私の番がまわってきただけ。そうじゃないと何も持ってない私を鳴上くんが気にかける理由が思いつかない。

サンプルケースに飾られたクリームソーダがいつも美味しそうで店先の前を通り過ぎる時はいつも眺めていた。レトロ喫茶シャガールへ入店し窓際の席に腰掛ける。注文が決まりましたらら、とマニュアル通りに接客する店員へ鳴上くんはメニュー表も見ずに注文を伝えた。よく来るのかと尋ねると、まぁそこそこにとなんだか曖昧な返答。運ばれてきた2人分の珈琲とフルーツパンケーキが一皿。ここは鳴上くんが奢ってくれるらしいが私だけ値の張るスイーツを食べていいのだろうか。パンケーキを1口分切りながらチラッと鳴上くんの様子を伺う。彼の財布は息をしているのだろうか。支払いが気になって1口目を食べることに躊躇していると『俺さっき昼ごはん食べたばかりだから』とまるで心の声に回答するような察しの良さにほんの少し身が竦んだ。
鳴上くんから時折感じる得体の知れない不気味さに用心する一方で、シャガールのフルーツパンケーキはこの世の幸せを果実とクリームに詰めたような甘さに頬が落ちそうになる。お小遣いの関係で月に1度しか味わえない幸福な味を今月は2度も味わえるなんて幸せすぎる。
『鳴上くんも一口どう?』と取り皿を引き寄せようとすると『じゃあもらおうかな』とパンケーキの上に乗った角切りリンゴを指で挟んで口に運んだ。パンケーキどう?って意味だったんだけど。クリームがあまりかかってないリンゴを咀嚼し『美味いな』と感想を述べる。鳴上くんはあまり甘いもの好きじゃないのかもしれない。奢られてる身だし、もしかしたらもう少し食べるかと思い指で掴みやすそうなフルーツを皿の端に寄せる。ただイチゴだけは自分で食べたくてパンケーキの上に乗せたまままた一口パンケーキを切り分けた。

「そういえば花村くん達と原付で来てるんだったよね。ナンパ対決中なのにこんな所で優雅に休んでいて大丈夫なの?負けたらパンツ一丁の上に鼻眼鏡姿で町内1周なんでしょう?」
「まぁな。だが心配には及ばない。連絡先はこの通り確保済みだ」

この1枚さえあれば罰ゲームは難なく回避出来る。オシャレな名刺を指で挟みドヤ顔されてもくだらない対決を傍観する側からは『そうなんだ』としか返しようがない。だがナンパの勝率なんて宝くじより少し当たりやすいくらいでたった1枚の名刺を貰っただけでなぜそうも勝ち誇った顔ができるのか。勝利を確信するには早計な気がする。

「油断しない方がいいんじゃ…」
「大丈夫だ。陽介は連絡先を聞くだけでその先には進まないだろうし、完二にナンパはまだ早い。この対決は俺の勝ちだ」
「いつか巽君に足もとすくわれそう…」

それで将来は立派なクズ男になってそう。
彼女が欲しいお年頃なんだろうがナンパをきっかけに彼女を手に入れたところでどうせ長続きしないだろう。何が楽しいんだか。

「ナンパした女性はどんな人だった?」
「甘え上手な年上美女」
「さっきひっかけてきた割にはやけに具体的だ な」

でもなんか意外。口を開けば菜々子ちゃんな鳴上くんが年上狙いだったなんて。甘え上手な女子が好きという点は特捜隊メンバーを中心に頼み事に奔走する姿を見ているとまぁ、そうだろうなと頷ける。誰かの役に立つことが好きそうだもんね、キミ。

「ナンパした後はどうするの。付き合うの?」
「どうだろうな。今までナンパに成功した試しがなかったから先の事なんて考えたことなかった」
「ん?付き合いたくて声をかけたんじゃないの?」
「まぁ、そうだな。最初の頃はそんな感じだった気がするな」
「最初の頃?」
「なんでもない」

なんか含みのある言葉遣いだ。まるで同じ事を何度も繰り返した結果当初の目的を見失いました、みたいな言いぶりだ。
そういえば誰かが言ってた。鳴上くんは数ヶ月前に八十稲羽市へ引っ越してきた割にこの街の地図や人間関係を誰よりも把握しているって。誰の手も借りず慣れた足取りでジュネスを訪れたり、クマですら知りえないマヨナカテレビの迷宮を最短ルートで駆け抜けたり、鳴上くんは知らないだろうが私たち特捜隊メンバーの中では鳴上くんを特捜隊七不思議的の1つとしてカウントしている。本人は自身の言動を『偶然』『たまたま』『なんかピンと来た』と誤魔化しているが真相は如何に。

「いただき」
「あ、それ私が後で食べようとしてたイチゴ!」

わざと自分に近い皿の端へ避けていたイチゴを前方からやってきた不届き者の指がトンビのように掠め取った。あっ!と声を出す前に形の良い唇に挟まれ消化されたイチゴへなまえは分かりやすく肩を落とし眉を八の字に曲げた。

「意地悪」
「美味しそうだったからつい」

指についたチョコレートソースを舐め『悪かった』の一言もない鳴上くんに私は楽しみにしていたイチゴを取られた悔しさにカトラリーを握りしめる。
楽しみに取っておいたのに。でも食べられてしまったものはもう戻ってこない。奪われたイチゴの喪失感を埋めるように残ったフルーツをパンケーキに乗せモソモソと食べ進めていると鳴上くんは頬杖を着いて『そんなに落ち込むことか?』とクツクツ笑う。

「落ち込むことだよ。楽しみに取っておいたのに。食べ物の恨みは怖いんだから覚悟しておいてよね」
「イチゴ1つで大袈裟だな。わかった、じゃあまた今度奢るよ。それで許してくれないか?」

また奢ってくれることを条件にイチゴを食べたことを許して欲しいと鳴上くんが冗談交じりに私の機嫌を取ろうとする。またパンケーキが食べられることは素直に嬉しいが、そもそも今日は鳴上くんの奢りだった事を思うとなんか自分が厚かましい女に思えてくる。イチゴ1つで食べ物の恨みを引っ張り出してくるなんて食い意地張ってる上に何かダサい。
他の女の子はこういうとこなんて言葉を返して好感度をあげるのだろう。「冗談。鳴上くんの奢りなんだから恨むわけないよ。好きなだけどうぞ」とフルーツが盛られた面を鳴上くんに差し出す。彼は少し目を見開いてゆっくり瞬きをした。何か変なことを言っただろうか。口元を押さえてつい数秒前の自分の発言を反芻しておかしな点を探していると、彼はフォークを握り皿の端に積上げたフルーツを口に運んだ。リンゴにパイナップル、キウイ、葡萄。昼ごはんを食べた割にはよく食べるなぁと次々運ばれていくフルーツを初めは何も言わずに眺めていた。けれどフォークがフルーツに飽き足らずパンケーキとクリームまで伸びてきたものだから、吸い込むように消えていくパンケーキに見てられず「ま、待った!半分こしよう。全部はダメ!!」と脆弱な腕の腕でパンケーキを守った。
パンケーキに必死な形相で手加減と嘆願するなまえを悠はフォークを握ったまま笑い、なまえの一瞬の隙をつくと最後の林檎をいただいた。

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