夏っ!

頼光様が経営するハワイアンGENJIで温泉まんじゅうを食べながらプールサイドで涼んでいると洒落た仮面をつけた知り合いに声をかけられた。「怪しい者から貰った物は口に運ぶな」といかにも怪しい人に忠告されつつも彼の弟分と共に宇治金時を受け取り、頼光様が楽しそうだと談笑しながら口に運ぶ。噂では絶品のあまり長蛇の列ができたと聞いていたが、私は温泉まんじゅうの方が好みかもしれない。どことなく苦味のある荒削りの氷を喉の奥へ落とし、うっ、アイスクリームシンドローム…と額を抑えた後の記憶が全く思い出せなくて、瞼を開けた直後氷張りの天井とアルコールの匂いに思考が再起動し軽く気が動転した。目が覚めたら病室だった。何故病室で横になっていたか全く心当たりはない。気が落ち着いた頃、アクスレピオス先生方から事情を説明された。彼らの尽力の末私は意識を取り戻したようで、一歩間違えれば座に送還される状態だったらしい。その証拠に私以上に夜叉は重体で5000体が控えていながらも一体も影から這い出でることが出来ない状態だったそうだ。原因は呪い。それも致死量寸前、且つ日頃から少しずつ盛られていた為に静かに霊気を蝕んでいたようだ。
呪いと聞いた途端、酒呑童子、茨木童子、伊吹童子の疑惑を捨てた。となると残る犯人は1人だろう。そもそも対魔力EXに加え夜叉の加護を受けた私に毒も呪詛も効かない。効くとすれば、それはもうたいそう優れた法師様でなければ。

「鬼一法眼様から蘆屋様のお仕置き会場がここと聞いて医務室から颯爽と駆けつけました。よくもまぁ伊吹童子と結託し私に毒を持ってくださいましたねぇ…お覚悟、宜しいですね」

アーティスティックタワーの前。涼やかな格好に身を包んだ蘆屋様は私の顔を見るやいなや分かりやすく目を逸らし腹の底を震わせるような笑い声を上げた。どうやら一服盛った自覚はあるようだ。よーし、絞る。

「ンンンンン!!…これは想定を超えるお早い復帰!お待ちくだされ真名殿。貴殿は頼光殿から伊吹童子のお目付け役を任されていたはず。拙僧を罰する前にまずは伊吹童子を罰するべきではありませぬか?」
「お気遣いありがとうございます蘆屋様。ですが伊吹童子の罰は既に言い渡しております。今頃せかせかとパーク内を駆け回り元気の無い客人を応援していることでしょう。後は蘆屋様を罰するだけです。聞くところによる私を眠らせるよう伊吹童子に指示された貴方は永眠させる量の毒もとい呪詛を日々の食事に少量ずつ混ぜたそうですね。霊核を破壊する気がなかったとはいえ許可もなく実験体として利用したとは。まったくいい度胸ですね。3日も意識が飛んでいたものですから私も夜叉も獲物を前に腹を鳴らさずにはいられませんよ」
「……(ニコッ)」
「……(ニッコリ)」
「うおっ…怖っ」

笑ってすまそうとするな蘆屋道満。今回ばかりは仏の顔も三度まで待たないぞ。決定打に繋がる呪詛を取り込み急に気絶した私をとある謎の仮面の男は3日間医務室で祈祷を捧げ自分のせいだと深く気に病んでいたと金時様から聞いている。生前から晴明様関連でありとあらゆる面倒事に巻き込まれ、その度にあの人でなしの性格ではまぁ敵を作るのも無理は無いなぁと諦めていた節はあるけれども。私だけに迷惑をかけるのはいい。だが無関係の人々を巻き込む行為だけは看過できない。
いつからこんな大物を用意していたのやら。極北大呪黒卵なる趣味の悪い呪霊を呼び寄せ夏の始末を!蘆屋様は嬉々として腕を振り上げ指示を下した。けれども、完全体まで育てきれていなかった卵は想定以下の強度で、病み上がりの夜叉が刀を一度振っただけで亀裂が入る程の繊細な強度だった。まるで『固く茹でたはずの卵が割ってみたらまだ半煮えだった』的な。

「後は私が罰しておきます。皆様は特異点が消えるまでの間ゆっくりと休んでください」
「病み上がりなんだろ?嬢ちゃん1人に任せても平気か?」
「なんの。僕もいるから大丈夫だ。ほれ、若者はとっとと遊んでこーい」

マスター、燕青さん、アスクレピオスさんと別れ、私は鬼一法眼様と共に蘆屋様を遊園地の裏側へ連行した。縄で縛られた蘆屋様に鬼一法眼様がたっぷりと説教し、私も蘆屋様が悪巧みに謀りを巡らせぬよう夜叉同様に同じく善を説き仏法の道へと胸ぐらを掴む勢いで導いたのだが、さすがは人類悪を目指した者、どれも効果がなかった。なのでとりあえずこれ以上の災いと混沌が振りまかれぬよう壺に入れた。何故壺なのか、前回も壺に詰め反省させたかららしい。…うん、ちょっと意味がよく分からないがおもしろいのでこれ以上は追求する必要もあるまい。これで蘆屋様も1年、いや半年ほどは反省していただける…

「御二方、この姿になってしまったからには拙僧これ以上隠す必要性がないと判断し告白致しますが、実は7つのエリアごとにそれぞれ1つずつ拙僧が丹精込めて呪詛を仕込んでおりまする。さぁさぁ、御客人が阿鼻叫喚し混沌がパークを支配する前に呪詛を探しに行った方がよろしいかと」

と思っていたが、この法師、壺に詰められても尚威勢が衰える気がしない。一体どういう精神力をしているんだ。この場に晴明様がいたらそれはもう腹を抱えて笑っていたに違いないがちっとも笑い事ではない。そう何度も黒幕になられては困るのだが、一生壷に詰めておくわけにも行きませんし、手っ取り早く晴明様がカルデアに来ればいい話なのだがあの人肝心な時に席を外しがちなので暫くは姿を表さないだろう。

「…どうしますか?」
「放っておけ。どーせはったりだろ。それよりもお前は疾く愛しき者の元へ戻るが良い。なぁーに、心配する必要は無いさ!後の始末は僕がやっておこう!」

と言われ、鬼一法眼様から背中を押される形で明るいパーク内へと戻されたのだが。

「くっ、私の休日が…!!」
「まぁまぁ。来場者の安全の為にもなる早くで終わらせましょう」

やはり気になって仕方が無くなった私は「放っておかないほうがいいと思うなァ僕は」と呟いた通りすがりの太公望さんと共に休日返上で蘆屋様が仕込んだ呪詛を探してパーク内を走り回った事は言うまでもない。