不思議な人
初めて天女様が来たのはいつだったっけ。全然思い出せない。…何人目だったか忘れたけど、僕が本気で欲しいって思った人が居た。あの人に僕が掘った塹壕を綺麗って褒めて欲しくて、2人きりになりたくてわざと落としたりとかもした。喜八郎ったら、と笑う笑顔を独り占めしたくて。結局その人が選んだのは滝だった。憎いと、心の底から強く思った。今となればあの人にそんなに魅力があったなんて思えないけど、あの時は滝に死んで欲しいと思った。…実際に言ったかも知れない。喜八郎、と困ったように笑いながら手を差し出して来た滝の手を、僕は何て言いながら振り払ったっけ。あの時の傷付いた顔はーーきっと、忘れることはない。
(大切、だった筈なのに)
最初は鬱陶しいと思ってた。五月蝿いし口を開けば自慢ばかりだし。でも、周りをよく見てるし面倒見が良い奴だと思った。僕みたいな面倒くさい奴が相手でも構ってくれるし、上級生に絡まれた時は捨て身で助けてくれた。同室だし、クラスメイトなんだから放っておける訳ないだろうと。呆れたように笑いながらも手を差し伸べてくれる滝が自分にとって大切だと、そう思った時のことを今でも思い出す。あの時から、僕の中で滝の存在が大きくなった。…本人には、絶対に言わないけど。
合わせる顔がないと、思っていた。あんなに傷付いた顔をさせてしまったから。天女が来る度に、天女しか考えられなくなる自分が嫌で。でも、新しい天女ーーサラが言った言葉は信じられなくて。何で怪我なんてしてるの、バカ滝。七松先輩みたいな人に勝てる訳ないじゃない、まだまだ僕達は幼いんだから。隣の布団ですやすやと寝息を立てている滝を眺めながら、僕は小さく手を伸ばす。ーーああ、ちゃんと此処に居る。
「ーーやっと、顔が見れた」
別に、会おうと思えば会えたけど。…でも、あの時の顔がどうしても脳裏に浮かんで消えてくれない。またあんな顔されたら、きっと僕は立ち直れない。本当は、隣に居るのも辛い。ドクンドクンと心臓が五月蝿い。貧血みたいだから寝かせてやってくれと善法寺先輩に押し付けたサラの行動も善法寺先輩の何かあったら呼んでね、も好意だと分かっているけど、もう少し気を遣って欲しいなんて思っていれば、不意に滝の体がピクリと動き、薄っすらと目が開き、僕を捕らえて驚いたような表情を浮かべた。
「これは夢なのか…?喜八郎が居る…」
「おやまぁ、夢扱いされちゃ困るよ、滝。僕、怪我人」
「怪我!?何をしたんだ、大丈夫なのか!?ちゃんと治療は受けたか?!」
「僕は平気だよ、善法寺先輩に治療して貰ったし。…滝は、大丈夫?七松先輩にコテンパンにされたんでしょう?」
「…う、まあ、今の私では勝てる訳がなかったからな、癪ではあるが…!…何故、知ってるんだ?」
「サラに聞いた」
「さんを付けろ、さんを!!…そうか、あの人ならすぐに教えそうだな。あの人は不思議な人だ。…怒られるかも知れんが、私はあの人の漢気を気に入っている。まあ、もう少し自分のことを考えて欲しいものだな。あの人を見てると落ち着かん。喜八郎を相手にしてる方がよっぽど落ち着く」
「ーー…まだ、僕のことを相手してくれるの?」
「うん?当然だろう。お前は私の同室であり、共に励む仲間であり、…大事な友人、なのだからな」
「おやまぁ、照れてる?真っ赤だよ、滝」
「う、五月蝿い!黙れアホハチロウ!!」
顔を真っ赤に染めながらポコン、と頭を叩かれた。傷口が痛んだのか、若干顔を歪めた滝には肝が冷えたけど、…変わってない滝に安心した。でも、滝だってサラと似たようなもんだと思う。急に塹壕に飛び降りて来たりするし。深めに掘っててもお構いなしに。罠とかあったらどうするの、と問えば滝はくすりと笑いながらお前の罠くらい見破ってやるさ、と高らかに宣言されたことを思い出す。…うん、サラも同じこと言いそう。本人はきっと認めないだろうけど。
「ねえ、滝。サラは変わってるね」
「サラさん、だ。あの人は年上なのだからな!…まあ、そうだな。曲がった事が嫌いなのは分からないでもないが、自ら危険に飛び込んでいるように見える。サラさんに得するようなことはないんだが…」
「サラは、損得を考えて行動するような人じゃないよ、きっと。だって、僕の塹壕を綺麗だって。…塹壕から出る時に少し崩れたのをサラは悲しそうな顔してた。あれくらいすぐに直せるのに」
「サラさんが?…そうか、喜八郎の塹壕は美しいからな。ただの落とし穴にするのは勿体ない」
「…そう」
「何だ、照れているのか?」
「おやまぁ、目が腐ったんじゃない?可哀想に」
「な!?…失礼だぞ、アホハチロウ!!」
「早く怪我治してよね、また塹壕に落とすから」
「!…私を誰だと思っている?忍術学園No.1の座を虎視眈々と狙っている四年のNo.1だぞ?容姿端麗で成績も優秀な私が喜八郎の塹壕にそう簡単に落ちる訳ないだ…寝るな、アホハチロウ!!」
久し振りに聞く自慢話を尻目に、僕は布団に潜り込む。怒る滝の怒声を子守歌代わりにしてそっと目を閉じる。また、滝と話せるようになって良かった、なんて僕らしくないことを考えながら。…でも、まだ足りない。三木とタカ丸さんが居ない。守一郎が戻って来たのに、足りないのは困る。…滝は、ずっと1人だったんだよね。今まで寂しい思いをさせた分、滝には幸せになって貰いたい。
(最初からサラが来てくれれば良かったのに)
天女に心を奪われた僕のセリフではないけど、そう思ってしまう。そうすればきっと…って言い訳になるなあ、僕って本当に面倒くさい。でも、今までの天女とサラが違うことはすぐに分かる。…もっと、あの人と喋りたい。そんなことを思いながら、久し振りの同室に笑みを零してから僕は意識を手放した。
(もう二度と優しい君を悲しませないようにするよ)
(だから、少しだけ我儘言わせてよね)
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