心優しき軍人は願う

やっと出会えた大切な人は、向こうに居る時よりも元気そうだったことに少しばかり嬉しく思いつつ、吾輩は連れ戻すという目標をどうにかして諦めさせることは出来ないかと考える。…マスタング大将のあの態度に思う所がない訳ではないが、どうしても彼に対してはあまり良い感情を抱けない。何故彼女が好きなら、彼女に迷惑を掛けるようなことをするのだろうか。彼女がマスタング大将のナンパした女性に叩かれているのを何回も見掛けた。勿論間に入ったりもしたが、彼女は仕方ないのだと首を振るばかりーー…


(仕方ない筈が、ある訳ないじゃないですか)


何故、関係ない貴女が巻き込まれなきゃならないのか。自分が好き勝手やったのを直しているのがサラ殿だと知って菓子折りを持って謝りに来たエルリック兄弟を見習って欲しい。ホークアイ中尉についてもそうだ。サラ殿が好きだという態度を隠さずにしてるにも関わらず、右腕であるホークアイ中尉についてかなり甘く接している。…キープ、ということなのだろうか。…許せん。


「…吾輩がサラ殿の同期なら良かったのに」


彼女から想われているのに気付きつつも、他の女性と結婚しスピーチも頼み、妻と子供を託すという重い鎖を掛けて死んでいったあの男も、彼女が好きだという態度を取りながらも他の女性にアプローチを欠かさないあの男よりも、吾輩の方がサラ殿を守ってやれると思う。まあ、教官相手に守るというのもおかしな話かも知れんが…サラ殿は今まで頑張って居たのだから、守られてもおかしくはないはずだ。…久し振りに思い切り説教されたからか、彼女に対しての想いが溢れ出る。…優し過ぎる、軍人に向いてない。そんなことばかり言われていた吾輩に、それがお前の美徳だろう?と当たり前のように言ってくれたあの人を、以前の上司に楯突いて殴られそうになった時に庇ってくれたあの人の背中を、吾輩は一生忘れることはないだろう。…嘘は苦手だが、あの人を守る為ならば鬼になろう。


「…あの人には、この世界で幸せになって貰いたいものですなあ…」


ーー良い加減、サラ殿を過酷な運命から解放してやってはくれないだろうか。何故あんなに優しくて素敵な方がこんな悲劇ばかりを乗り越えればならないのだろうか。…コマツダ殿のような方が、向こうにも居てくれたら良かったのだが…吾輩ではその役目をやらせては貰えない。吾輩はあの方の後輩であるから。後輩にそんなことさせらんねぇよ、って言われるに決まっている。…まあ、きっとコマツダ殿だから良いのだろう。純粋で無垢、触れるのを戸惑うくらいに眩しく感じるが、あの笑顔は見る者をホッとさせるような気分にさせられる。それはきっとサラ殿も同じなのだろう。おばちゃん殿から淹れて貰ったお茶を啜りながら考えていれば、不意に隣に誰が座って来た。そちらに目を向けーー…


「…おや、確かーーキリマル殿、でしたかな?」
「あ、もう覚えてくれたんすか?言い難いみたいですし、キリで良いっすよ!」
「それではお言葉に甘えますかな。吾輩に何用ですかな、キリ殿」
「…あの、サラさんのこと、なんすけど…サラさんを、連れて帰らないでくれませんか?」
「…それは吾輩が判断出来ることではありませんからなあ…」
「…そう、ですよねえ…やっぱり、えーっと、あーむすと…「ルイで構いませんよ」あ、それじゃあルイさんで!ルイさんは連れて帰りたい、っすよね?」
「…吾輩個人でしたら、答えはいいえになりますかな」
「ーーえ」
「…あの方には、あの世界は毒でしかないのですよキリ殿」
「…ルイさん…」

「あの方には、多少血生臭くともこの世界みたいに暖かく優しい場所が良いのですよ」


きっと、その方がサラ殿が幸せになれる気がする。戦力としてはマイナスになるかも知れませんが、あの方が罵られるのは見ていて不快でしたからなあ…姉上は性格もあり、罵られたりは滅多にありませんでしたが…基本的に上の連中は女性を軽んじる傾向がありますからなあ、そんな人達にサラ殿を潰させる訳にはいきませんな。…本人は否定するかも知れませんが、あの方には家庭を持ってのんびりと暮らしていて欲しいのですよ。戦って欲しくない、とは違いますが……もう、十分だと思うのです。あの方はもう沢山戦いましたからな。


「…ふぅん。ね、因みにルイさんは向こうの世界に未練とかあるんすか?」
「吾輩ですかな?吾輩は……特にはないですなあ…家族は皆しっかりしてますからな」
「へえ、それじゃあーールイさんも、一緒にこの世界に永住しません?」
「へ?」
「サラさんはルイさんが好きだし、ルイさんもサラさんが好きっすからね!好きな人が幸せになる為なら何でもしたくなるじゃないっすか!」
「…キリ殿はそういう意味でサラ殿を想って…?」
「そうっすよ。おれはあの人と家族になりたい」
「…キリ殿…」
「まあ、一度は振られましたけどね!諦めないですけど!!」
「ははっ、サラ殿らしいですなあ。歳のこととかを気にしていたのではないですかな?」
「えっ、…流石はサラさんの一番弟子…その通りっすよ」

「変わってませんなあ…」


世間体を気にしたのだろう、彼女は。自分より他者のことを優先するサラ殿のことですからな、あの人の部下として付き合いが長かった吾輩はその光景を何度も見ている。凶悪犯に狙われていた幼子を守る為に飛び出してナイフで刺されても、身を投げようとしていた人と共に投げ出されても、あの方は自分の目の前で誰かが苦しんでいるのを放っておけない人だ。きっと、キリ殿の周りを気にしたのだろう。歳の差婚というのはなかなか目立ちますからなぁ…自分が悪く言われるのは良くとも…いや、良くないのですがな?…サラ殿は自分を大切にしてくれませんからなあ…あの人は自分よりも、自分が大切にしている人が悪く言われるのが許せない方なのですよ。


「は〜〜、何すかそれ!!惚れるしかないじゃないですか〜!!逆にルイさんは何で惚れなかったの?」
「…まあ、正直に言いますとそういう意味で惚れていた時もありますが…何でしょうなあ、初めて自分をちゃんと見てくれた人、っていう気持ちが強いんでしょうな。だから恋愛とかではなく、あの方の魂というか在り方に惚れ直したのですよ」
「…ルイさんもかっけぇっすねえ…へへ、おれも優しい軍人さんが居ても良いと思いますよ!」
「おや、それは嬉しいですな」
「ルイさんもこっちで誰かと付き合えば良いんじゃない?」
「は?」
「ルイさん優しいもん。おれ欲張りだからさ、ルイさんも居て欲しいなって!サラさんがルイさんを大好きだからってのは勿論だけど、おれ自身もルイさん好きだなって」
「…会ってまだ2日目ですぞ?そう簡単に心を許すのは…」
「ほら〜〜、やっぱりルイさんもサラさんみたいにおれを心配してくれるじゃないっすか!ルイさんがサラさんを潰させたくないように、おれだってルイさんを潰させたくないんすよ!」
「むう…それを言われると弱いですなあ…」
「だから、サラさんと一緒にこっちで誰かと幸せになりません?」
「それはそれで飛躍し過ぎではないのですか…!?」
「えー?飛躍なんかしてないっすよ!ーーね、第三協栄丸さん!」

「ーーああ、きり丸の言う通りだ!」


不意に吾輩の後ろに向いたキリ殿の視線と呼ばれた名前に振り向こうとすれば、その前に力強い声と共に肩をぽん、と優しく叩かれた。ダイサンキョウエイマル殿、と名前を呼べば優しく笑いながら頷く。ダイサンキョウエイマル殿が吾輩を気に入っていてくれているのは分かっていますが、まさか此処でキリ殿と結託されるとは思っていませんでしたな…これはなかなか厄介なのでは…?ダイサンキョウエイマル殿は側に居たシゲ殿から何か写真のようなものをテーブルに置いーー…女性、?


「だ、ダイサンキョウエイマル殿!?こ、これはまさか…!!」
「おう、見合い写真だ!ウチのは顔が良いから結構来るんだが、お前にも沢山来ててな!これでもまだ半分くらいなんだぞ?なあ、重」
「はい、お頭!まあ、ルイは優しいし性格も良いし何より筋肉が凄いからなあ…そりゃあほっとかないって!俺も女ならときめいてたなあ〜」
「お、お戯れを…!吾輩はまだ若輩者ですので…!」
「すっげえ、これって最近村で1番美人とか言われてる人っすよね?確かに綺麗だけど…サラさんには負けるかなあ…」
「本当にきり丸くんはサラさんが好きなんだなぁ…確かに綺麗な人だな、とは思ったけど…」
「ルイが心酔してる時点で綺麗なだけじゃないんだろうなあ、そりゃあ山田先生も惜しくなるだろうな」
「ーー俺が何だって?」
「あ、サラさーん!見て下さい、これルイさんへのお見合い写真ですって!」
「へえ、ルイの?……ふうん、なかなか見る目があるんだな」
「サラ殿!?」
「お前が政略結婚に使われるなんて勿体ねえだろ、ルイは最高にかっこいい奴だからな」
「…サラ殿…」

「ルイ、お前は良い男だ。少しは自信を持ちな、俺はお前みたいな良い男に慕われて幸せ者だよ。…必ず幸せになれよ」


お前自身をちゃんと見てくれる人を見付けろよ、そんなことを優しい笑みを浮かべながら吾輩の胸板を叩きながら言ったサラ殿は、呼ばれたらしくニイノ先生の方に向かって行く。政略結婚の話が伝わっていることにも驚きつつも、最近急激に少なくなったのはサラ殿が何らかの働きを掛けていてくれたのだと想像するのは容易い。…貴女こそ、最高にかっこいい人ではありませんか…!


「…何すか、あれ…かっこよすぎじゃないっすか…!!あ〜もう、あの人は何回おれを惚れさせれば気が済むんすかね!?」
「…いやあ、今のは凄い破壊力だな。これはきり丸が惚れるのも無理は……重?どうした、お前もオチたのか?」
「〜〜、あれは狡くない…?あんなに慈愛に満ちた瞳で見つめられて、オチない訳ないじゃん…ルイは良く平気だね…」
「サラ殿はあれは無自覚ですからなあ、慣れるしかないのですよ。…あの方は、とても素直な方なのです。言いたいことがあっても照れくさくて言えずにいたら相手が居なくなる、と言うのを何回も経験してからどんなに照れくさくても、素直に言うのだと仰っておりました。ーー相手がいつまでも隣に居るとは、限りませんからな」
「う゛っ…急に闇をぶっ込んで来ないで下さいよう…」
「はは、申し訳ありません。…ですが、吾輩はサラ殿には幸せになって貰いたいのですよ。彼女の過去を全て受け入れて受け止める覚悟をお持ちでないのであればーー…吾輩は認めません」
「…ま、サラちゃんをずっと側で見ていたルイとしては生半端な奴に任せられないよなあ。重もきり丸も、添い遂げたいならちゃんと覚悟しろよ。何せ異世界から来た奴を繋ぎ止めようとしてるんだ、全てを無くしてでも彼女を守ってやれよ」
「「ーーはいっ!」」
「…ダイサンキョウエイマル殿…」
「…何だろうなあ、あの子は芯がしっかりしてるように見えるが脆い気もするんだ。きっと何度も自分の気持ちを押し殺して来たんだろうな。…昨日話していて思ったが、サラちゃんにもルイにも足りないのは純粋な好意を素直に伝えられることだ。ルイ、俺はお前と出会えて幸せだぜ!」
「…っ!?」
「兵庫水軍に来てくれて有り難うな、ルイ」

「吾輩こそ…!見付けて下さって、有り難うございます…!」


貴方達に見付けられて、良かった。心からそう思います。ーーああ、何故この世界の人達は吾輩達が欲しくて欲しく堪らなかった言葉を瞬時に見抜いてくれるのだろう。…吾輩は元の世界に帰るつもりでしたが、揺らいでしまいます。こんなに穏やかな気持ちになるなんて、サラ殿に褒められた時くらいでしたから。
…吾輩は決めましたよ、サラ殿。別に元の世界が嫌いな訳ではありませんが、吾輩は自分の心の為にこの世界で生きていたいのです。ですから、サラ殿もどうか自分を甘やかせて下さいね。…あ、見合い写真は結構ですので隠して下さい…!



(吾輩は少し疲れてしまったのかも知れません)(願わくば貴女も肩の荷を降ろして欲しいものです)
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