あの子には永遠に出せない感情

ヒューズに会った。短くぶっきらぼうに吐き捨てるような言葉に思わず顔を見上げれば、彼女は悲痛そうな表情を押し殺して元気そうで良かった、等と喋っていた。ーー美しくない。このガクエンで過ごしている彼女の目はキラキラと輝いていたのに。それを曇らせるなんて、なんということをするんだろうか。…気に入らない。サラが優しいのは分かっているからこそ、これはあくまでも私の独断だ。彼女の人生に、彼奴は要らない。彼女の想いに気付けない彼奴を爆破してやりたいという気持ちを堪えながら、私はトベに向かって口を開く。


「ーー失礼、今宜しいですか?」
「…ゾルフ?どうした、急に。何か困ったことでもあったか?」
「ええ、少し。…サラが此処に来る用事はありませんか?」
「サラくん?ああ、特に何もないが……彼女が関係しているのか?」
「少し。…敵対しているという、ドクタケ?とやらへの行き方を教えて頂きたいのです」
「!なんだと…?」
「ああ、心配しないで下さい。向こうに着く気はありませんから」
「む?いや、それに関しては心配していないが」
「おや、そうなんですか?」

「お前は私達はともかく、彼女ーー…サラくんを裏切ったりはしないだろう」


ーーええ、もちろん。
そんな言葉は不要だろうと心の中で呟きながら頷いてみせれば、トベはそうだろうなと言わんばかりに頷く。ーーそんなに分かりやすいですかね、私。まあ、今の不安定なサラを裏切るつもりなんてありませんけど。きっと裏切りに傷付いた顔もとても美しいとは思いますが…あの子には、笑っていて欲しいと願ってしまう私が居るんですよね。悲痛に歪んでいたあの顔を見た時、私は見たくないと思ったのです。美しいとは勿論思いましたけどね。あの子には、やはり笑顔が似合う。向こうにいた頃はあまり見れませんでしたが、此処で子供達と楽しそうに触れ合っているあの子を、私は守りたいんですよね、きっと。


「…ドクタケに何かあるのか?」
「…サラの心を蝕んでいる男が居るんです」
「…心?」
「ええ。サラの恋心を奪い、ずっと縛り付けている罪深い男…」
「…ゾルフ、君はサラくんのことがそういう意味で好きなのか?」
「おや、それは私が問い掛けたいんですけどね。…まあ、良いでしょう。私は彼女に対してそんな好意は抱いていませんよ。ただ、あの子に幸せになって欲しいと願っているだけです」
「…自分が幸せにしたいとは思わないのか?」
「私には無理ですよ。あの子の心を癒すのに私は不向きです」
「それは何故だ?」

「サラは私を安心枠だと思っていますので」


自分に、変な気持ちを抱かない相手だと。ええ、白状しましょう。私と彼女は向こうの世界で2回しか顔を会わせていません。しかし、その最初の1回で私の心は持っていかれました。男でも耐え切れないような苦痛を必死に堪えている彼女の美しさに惚れたんです。しかし、2回目の再会が最悪でした。レイプ、って伝わりませんよねえ。強姦なら分かります?ええ、そうです。あの子可愛いですからね、襲われそうになっていたのを助けたんですよ。勿論、未遂でしたけどね?かなり危なかったですけど、色んな意味で。…確かに外道な性格だとは自分でも思いますけど、手を出さなかったのは紳士では?まあ、その時に言われたんですよ。


「キンブリー、お前は、違うよな?と。その襲った奴、サラと仲良かったんですよね。だから不安になったんだと思いますよ」
「…それは、大分キツかったのではないか?」
「それは勿論、私は好意寄せてましたからね。…けれど、サラの美しさを失うのが私は嫌だったので貴女に欲情する訳ないでしょう?って言ったんですよ。ま、だから信頼を勝ち得たのかも知れませんけどね」
「…今でもサラくんに惚れているんだな」
「…ええ、好きですよ。だからこそ、彼女の想いに気付かずに自分の結婚式に呼び、スピーチさせたあの男が嫌いなんです。醜い嫉妬です、美しくない」
「ーー…成程。それは確かに面白くはないな」
「…私は正直に言いましたよ、トベ。貴方は、どうなんです?」
「…好いてはいる。今は様子見、と言ったところか」
「ほう?随分と余裕ですね」
「大人だからな」

「…食えない人ですね、貴方は」


だからこそ、信頼しているのだけれど。私の返事にトベはくすりと笑みを零した。リキチ、でしたっけ。彼の見る目はなかなかだと思っていますが、正直ガキ臭い。ドイは論外です、あのヘタレをどうにかして貰わないとサラは譲れませんね。ええ、私の最初で最後の恋なんですからめんどくさいの上等ですよ。まあ、彼女を手に入れたければ私を倒していけ、なんて言うつもりありませんけどね?そういうのは私の役目ではありませんから。誰の役目か、ですか?ふふ、いくら貴方でも教える訳にはいきませんね。まあ、私の中ではトベ、貴方が高評価ですよ。私だけかも知れませんけどね?


「…さて、ゾルフ。この後用事はあるか?」
「いいえ?特にはありませんが」
「ゆらり…では、共にドクタケに向かおう。サラくんの心を奪った人間の顔を見ておきたくてね」
「構いませんけど、顔は知ってると思いますよ?初対面の時のこと覚えてませんか?」
「覚えているとも。しかし、あれは偽者であって本人ではない。そうだろう?」
「…!!ふふ、やはり貴方は素晴らしいですね、トベ」
「…うん?」
「とても、良い顔をしています。ああーー…美しい。爆破したいくらいです」
「…生徒達の前でその表情はしないでくれ。教育に悪い」
「おや、失礼ですねえ」
「何とでも。…小松田くんに外出届を貰ってくる、お前はその顔を何とかしろ」

「…承知しました」


私の返答にトベは満足そうな表情を浮かべ、私の頭をポンと軽く叩いてから部屋を出る。はて…何故私は撫でられたのでしょう。頭に軽く手を当ててからトベの部屋を見渡す。ワ、でしたっけ。向こうにはなかった素材ですよね、きっと。まあ、良く知りませんけど。なかなかに落ち着く香りだとは思いますが。…何処となく、あの子に似合う香りだと思うんですよね。気のせいでしょうか。ワに囲まれた空間で、幸せそうに笑うサラを想像する。ーー…やはり、美しい。その美しさを曇らせない為に、彼奴は要りませんよね。もう一度死んで貰うのも手ではありますが、それで私がサラに嫌われるのは癪に触るのでやめておきましょう。


「待たせた。…顔は少しは落ち着いたな」
「変な言い方しないで頂きたいですねえ。気分も少し下がってしまいましたよ」
「それで良い。ゾルフ、行くぞ」
「ええ、行きましょう。…貴方顔知られてるんですよね?大丈夫なんですか?」
「私はただの案内役だ。用があるのはお前だからな、暗がりにでも隠れているさ」
「ニンジャ凄いですね……気配を完璧に消されると私もたまに驚きます。覚えられたら面白そうですねえ」
「…今のままでも強いゾルフが更に厄介になるのは気が引けるな。しかし、興味がない訳ではないが」

「ふふ、今はそれで良いですよ」


今は、ね。私もまだニンジャになりたい訳ではないですし。ただ、興味があるだけ。…一瞬でも、気配を消せればもしかしたらあのラースに一矢報いることが出来れば、あの子の役に立てるんじゃないかと思っただけ。ちょっとやそっとの修行では無理でしょうねえ、彼にタイマンで勝てる人なんて想像出来ませんし。可能な限り戦いたくないですが、嫌な予感がするんですよね。本当、世界はサラに厳し過ぎません?あの子が何をしたと言うのでしょうねえ…
他愛のない話をたまにしながら歩いて行き、ヒューズが居るというドクタケに辿り着いた。トベは終わった頃にまた来ると言って何処かに姿を消した。…分かりませんねえ、やはり教師は凄いですね。


「…あのー、何か、御用ですか?」
「!失礼、此処にヒューズが居ると聞いて来たんですが、今いらっしゃいます?」
「え、あ、ヒューズさんのお知り合いですか?今呼んで来ますね!」
「ええ、お願い致します。……警戒心の欠片もないの致命的では、?」
「…そう言ってやるな、子供だから仕方ないだろう」
「!…急に背後から近付かないで下さい、爆弾投げますよ」
「…持っているのか?」
「爆弾人間ですので」
「…気を付けよう」
「お待たせしました!ヒューズさん、この人ですよ!」
「分かった分かった、引っ張るな……キンブリー……あー、イブキ、先に行っててくれ」
「え、でも…「頼むよ」…分かりました!失礼します!」
「ええ、ご親切に有り難うございます。……お久し振りですねえ、ヒューズ」
「…俺に何の用だ、ドクタケに手は出させないぞ」
「興味ありませんからご心配なく。……分かっているでしょう?」
「…サラの話か」
「ええ、そうです。もう二度と、サラの前に現れないで下さい」
「…そいつは聞けない相談だな。可愛い妹分なんでね、お前みたいな狂人が側に居るのは気が気じゃないんだ。…キンブリー、お前がサラの前から消えてくれないか?」
「嫌ですよ。私、彼女になかなか好かれていますので」
「…本当に気に喰わない奴だな、相変わらず」

「その言葉、そのままお返ししますよ」


気に入らない、心底気に入らない。可愛い妹分?何をご冗談を。彼女の話をしてる時の貴方の目、妹分に向ける目してないんですよ。今だって私を見る目、まるで恋敵を見てるように鋭いの自覚あります?…ないんでしょうね。素直に認めれば良いものを。仮に素直になってもこいつにだけは絶対に渡しませんけどね。サラにはこの世界で真実の愛、とやらを見付けて欲しいものです。それに私やヒューズが入り込む余地はないんですよ。私達はあの子を傷付けるだけですから。まあ、多分こいつは自覚してないんでしょうけどね。無自覚ほどタチ悪いのないですけど。もう1人の同期と良い、あの子は運がない。…私に好かれてしまったのも含めて、ね。


「…ヒューズ、ロイ。この2人に振り回されるサラは本当に可哀想でしたよ。あの子がどんな想いだったか、想像したことあります?」
「…何が言いたい?」
「サラの心は壊れていますよ。他でもない、お前とロイのせいで」
「ーー…は、?」
「おやおやおやおや、気付いていないと?平和ボケしてるんですねえ。…自分達が楽しかったからサラも楽しいと?自惚れるのも大概にして下さい。あの子に近寄る私を遠ざける前に気付けることがあったでしょう。あの子は何回もSOSを出していましたよ。ま、気付かなかったみたいですけどね」
「…キンブリー、お前は何を知っているんだ!!」
「教える訳ないでしょう。…あの子を傷付けたばかりか、ずっと縛り付けているお前に」
「…俺が、サラを縛り付けている…?」
「…此処まで鈍感なのかなり腹正しいんですけど。殺した方が…「ゾルフ」…分かってますよ」
「…誰だ?」
「…彼女、サラくんに好意を寄せる者の1人とだけ、伝えておこう。君達の存在は今のサラくんにとっては毒のようなものだ。分からないなら、分かるまで近寄らないでくれないか。他でもない、サラくんのために」
「…俺とロイが、毒?」

「…本当腹立ちますねえ」


どうして、分からないのか。あんなに側に居たというのに…!私が欲しい位置にずっと居たというのに…!!なぜ、何故私ではなく彼等が選ばれたのか。私だったら、彼処まで心を壊す前に救ってあげられたのかも知れないのに!!ーー憎い、心の底から彼等が憎い。何故、サラはこいつが好きなんでしょうか。…私の想いには、気付いてくれなかったというのに。本当に、狡い人です。
…サラちゃん、泣けないみたいなんです。と零していたコマツダの顔が頭をよぎる。痛ましそうに、歪んだ顔。それを知っているからこそ、ずっとサラの隣に立つのを許されていたのに苦しめていた彼等が心底気に入らない。


「ーー…分からないなら、結構です。分かるまで、いいえ分かっても二度と近寄らないで下さい」
「…ゾルフ?」
「次にまたあの子の前に現れたら、殺します。それでサラに嫌われても構いません。やっと、あの子の心が癒えてきてるのに、振り出しに戻るのだけは困るんですよ」
「…俺が現れたら、彼奴は傷付くのか、?」
「此処まで言ってるのに分からないんですか?同期というのが嫌なんですけど。…まあ、私の同期はサラしか居ませんが」
「…ひゅーず、と言ったか。少しは自分と向き合ってみるべきだ。ゾルフ、そろそろ夕餉の時間だ。帰ろう、あの子の手料理を逃す訳にはいかないだろう?」

「ーーそうですね。さようなら、ヒューズ。次に会う時があれば、その時は2回目の貴方の命日になることをお忘れなく」


返事を聞くまでもなく、私とトベは来た道を戻っていく。後ろから何か騒がれているような気がしますが、ええ、知りませんし聞こえません。私やサラ、ロイのように目立った部分はありませんでしたが、頭の回転や協調性に関しては目に見張るものがありましたが、それはそれです。サラの害になり得るものなら、何でも排除しましょう。あの子は、良い加減幸せになるべきなのですよ。私やあの子の優しさに甘えていた貴方達とは違って。…手段なんて、選んでいられませんよねえ。そう、分かっているんですが…ーー嫌われたくない、ですね…
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