内緒の関係



ーー…酷い男だよ、お前は。

あの私の失態から数日が経った。妖魔の動きは相変わらず謎めいている。激しかったり、静か過ぎるくらい静かだったり。今回は静か過ぎるくらい静かな時らしい。変わらず監視の目緩めてはいないけれど、動きがなさすぎるのも心がざわついてしまう。いやまあ、平和なのは良いことなのだけれど。私もめちゃくちゃ戦いたい!っていう戦闘狂ではないし。…戦ってる時は、敵のことしか考えなくて良いから、戦っているだけで。ううん、違うな……私が戦うのは当たり前で、それに無理矢理理由を付けるのはなんか違うか。


「ーーはぁ」


どうも調子が上がらない。こんなんじゃダメなのに。いざって時に動けないのは忍としてかなり失格なのに。いやまあ、実際に戦いになれば動けはすると思うけど、いつものような動きは出来ないだろうな。そんなことを冷静に判断しながら、水面に映る自分の顔を眺める。うーん、やつれている。流石に化粧じゃ誤魔化し効かなくなり……「すげー顔してんな、ちゃんと寝てんのか?」…おや。


「政則?」
「おう。1人か?珍しいな」
「馬岱さんと若は兼続殿と遠乗りしに行ったよ。私は誘われたけど、馬岱さんから留守番って言われちゃったの」
「なるほどなぁ。ま、そんな顔色なら当たり前だろうよ」
「…そんな酷い顔してる?」
「ちゃんと自覚してんだろ?」
「……まあ」
「んで?寝れてんのか?」
「……夢見が、悪くて」
「だろーな」


政則は呆れたように溜息を付いてから、私の頭をポンポンと撫でる。そのことに少しばかり安心して息を吐く。政則の隣は落ち着く、変に考えたりしなくて良いから。隣に政則が腰を降ろし、伸びをしてから私の体に手を回し、ゆっくりと政則自身の方にと倒してくる。慣れている手付きにかなりお世話になっているということを思い知らされ、苦笑いをしながら抗うことなく、ゆっくりと政則の体に自分の体を預ける。ーーぬくい。


「………ふぅ」
「ちったぁ自分の体を大事にしろ。気軽に頼れって言っただろ」
「…ごめん」
「…俺以外に居ないのか」
「……居ない、かなあ」
「………手が掛るやつだな、本当によう」
「う、……ごめん」
「しゃあないから許してやるよ」
「…いつも有り難う」
「おう」


私の言葉に政則は少し微笑んでから、私の頭を撫でる。早く寝ろという優しい圧らしい。その好意を甘んじて受け入れるために私はそっと目を閉じる。いつからか夢見が悪く、なかなか寝れなくなってしまっていた。人肌を感じながらであればすんなり寝れるということに気付いたのは、私が馬岱さんと若と共にこの世界に降り立ってから少し経ってからであった。……そう、あの時もこうやって私が1人で居た所にふらりと現れて休ませてくれたのは政則だった。別世界の人間、本来なら相容れることのない存在である政則に、私はすっかり心を許していた。元の世界に戻れば、出会っていないことになるから。同じ世界の人に弱みは見せられないけれど、別世界の政則には、見せられる。少しばかり気恥しさはあるけれど。


‪(ーー心地良い)‬


トクントクンと、政則の命の音が聞こえる。小動物のように擦り寄ってみれば、少し鼓動が乱れてから仕方ないなあと言わんばかりに撫でる手付きが変わる。安心したのか、急に力が抜ける感覚がある。う、今まで寝ていなかった反動が来てしまったらしい。頑張って目を開けてようとしたけれど、勘が鋭いこの男がそれを見逃すはずがなくて。「·····起こしてやるから、寝ろ」普段の荒々しい政則からじゃないくらいの優しい声に驚きながらも、私の意識は静かに深く深く落ちていった。政則との、あの出会いを思い出すくらいに深い眠りにーーーー·····


「·····お前、確か蜀の」
「おや、何故福島殿がこちらに?」
「秀吉がお前のとこの殿に呼ばれてよ、その付き添いだ」
「劉備様に?」
「おう、そうだ、そんな名前だったな。俺は…あー、なんだっけ、あいつ、頭硬そうなやつ」
「ふむ……?沢山居ますからねえ、特徴とかあります?」
「沢山居んのかよ……あー、なんかこう、髭が長いやつ」
「…ああ、関羽殿ですかね?威厳ある感じの人でした?」
「多分そいつだ。そいつがお前のとこの殿と秀吉の二人で話をさせるから出てけって追い出されてよ」
「あーー………すみません、関羽殿はそういうのに細かいので」
「お前が謝ることじゃねぇだろ、此処良いか?あまり彷徨くなって釘刺されててよ」
「どうぞ、私も休憩中でしたので」


私の言葉に政則はホッとしたように笑いながらお礼を言い、私の隣に腰掛ける。最初はそれこそ何の変哲もない軽い世間話をしていたが、最初から何故か私と政則はウマが合い、様々な話で盛り上がっていた。天下統一のこと、お互いの主のこと、自分の好きなこと、嫌いなこと、苦手な人ーーー……
初対面であそこまで話が盛り上がったのは政則くらいだ、それはきっとこれからも変わらないだろう。その頃にはお互いを下の名前で呼ぶような仲になっていた。気を許していた、自分でも驚く程に。警戒を怠っていた、…だから、あんなヘマをしてしまった。


「…珠華はよ、あー……言いたくねぇなら言わなくても良いんだがよ」
「何?すっごい言葉選ぶじゃん、政則らしくないね」
「初対面だろうが!……お前の家系的には主は馬超と馬岱なんだよな?」
「へ?そうだけど」
「……これは俺の気のせいかも知れねえが、珠華の優先は本当に馬超と馬岱か?」
「…………ゑ?」
「有事の時、選ぶのはお前のとこの殿ーー劉備なんじゃねぇのか」
「ーーーーーー…」
「口ではずっと馬超と馬岱のこと言ってたがよ、目はずっと劉備の話する時の方が鋭かったぜ」
「…鋭い?」
「おう。好きではあるんだろうよ、でもそれだけじゃねぇだろ?妬み、珠華の目にはその感情がチラついてたぜ」
「ーーー……参ったなあ」


はっきりと、秘めていたはずの妬みを言い当てられた時。ガツンと頭を殴られたような衝撃が走った。ハッと息を飲み、思わず零れた言葉に私は自らの失態に口を覆い、政則はやっぱりかと言わんばかりの表情を浮かべて、少し躊躇しながら私の頭の上に手を伸ばし、ポンポンとぎこちなく撫でた。後々聞けば、迷子の子供のように思えて撫でたくなったらしい、その時の私はどんなに情けなく、心細い顔をしていたんだろうね………
言い当てられたなら仕方ないと、一旦開き直ることにした。本来なら忍として隠さなきゃいけないのだろう、でも政則には隠し事はしたくなかった。私の話を真剣に聞いてくれていた政則は、ーー…最後の方になると顔を赤くし、目付きが鋭くなっていた。


「……政則?」
「あ゛?………悪い」
「いや構わないけど……ごめん、あまり楽しい話じゃなかった」
「ちげえ!!!俺はよお!!馬超と馬岱にキレてんだよ!」
「…若と馬岱さんに?」
「ああ!!……胸糞悪すぎだろ、何なんだ彼奴等」
「…えっと」
「……誰よりも傍に居て支えてくれた珠華の言葉には耳を貸さず、差し伸べられた手を振り払いまでしたのに、同じように手を差し伸べた劉備の手は取っただぁ…?そんなの許せる訳ねぇだろ!!」
「!…政則…」
「珠華、てめぇもてめぇだ。なんでそんな奴の為に自分の命を犠牲にしようとする。俺はよ、俺を必要としてくれる秀吉の為なら全力で尽くす。けどよ、お前が命を懸けてる奴等は本当にお前を必要としてるか?」
「………………」
「初対面だがよ、俺は珠華に死んで欲しくねえ。…特に、お前の優しさと忠誠にあぐらかいてる奴等の為になんか死ぬな」


ーーお前の命はそんな安っぽいもんじゃねぇ。
付け足されたその言葉に、普段殴られたような衝撃が私の体全体に響き渡る。初めて、だった。そんなことを言われたのは。忍として失格なのは分かっている。でも、とても嬉しかった。生まれて初めて、自分の命に価値があるのだと思えた。主君を守る為に散るのが使命だと言われて育った私に、政則はそんなことはないと断言してくれた。忍ではない、珠華としての私を見てくれた。フツフツと底の方から初めての感覚が湧き上がってくる。一体これはーー……?


「ハッ、随分可愛い顔してんじゃねぇか」
「ーーーへ、?」
「照れてんのか?……今まで珠華の傍に居たやつはこんな言葉さえ掛けなかったんだな、勿体ねぇ」
「…もったいない?」
「ああ…今鏡あれば見せてやりたかったぜ。珠華、顔真っ赤になってんぞ」
「ゑっ!!?」
「隠すな隠すな、勿体ねぇ。………へえ、イイじゃねぇか」
「、勘弁して……!!」


あまりにも、優しい顔して言うから。柄にもなく照れてしまう。私の反応に政則は愉しそうに笑っていたけれど、すぐに止めてくれた。こういうところに、私はきっと安心を覚えている。変にからかったりせず、ちゃんと引くとこは引いてくれるから。別に蜀の人にそんな人が居ないとは言わないけれど、政則くらいに優しい顔をしながら言ってくれる人はきっといない。私にとって、政則は安息の地なんだろうなーー…………


「……ん………」
「……起きたか?」
「私、寝てた?」
「爆睡も爆睡よ、よっぽど疲れが溜まってたんだろーな」
「……ごめん、迷惑掛けた」
「ばーか、迷惑なんて思っちゃいねーよ」
「イタッ…………ん、ありがと」
「おう」


いつの間にか寝ていたらしい。ふと目を開ければ、あの時に負けないくらい優しい顔していた政則と目が合い、つい照れてしまう。軽くデコピンを喰らい、そこを擦りながら私は体を支えられながらそっと起こす。体感的に……半刻、くらいだろうか。重たかった体が軽い気がする。やっぱり睡眠は取らなきゃだめだな……


「……なあ、珠華」
「…ん?」
「……お前、さ、俺のとこに、来る気はねぇか?」
「……それは、秀吉殿の元に来ないかってこと?」
「それもある。……が、俺の隣に居て欲しいって話だ」
「……は?」
「珠華、俺はお前が好きだ」
「ゑっ」
「かぐやによ、聞いたんだ。本人が望めば違う世界の人間を連れてけるって。……それを聞いたら、諦めきれなくなっちまった」
「……まさのり」
「すぐに答えを出せなんて言わねぇ。……そういう道を選べるって珠華に知って欲しいんだ」
「ーーー……っ」
「ーー俺を選んでくれ」


これは、一体なんだ?何が起こっている??
考えがまとまらない。ぐわんぐわんと頭を殴られたような衝撃がずっと襲っているし、体温が非常に熱い。燃え盛る家に飛び込んだあの時のように、身体が熱い。まるで燃えてるみたいだけれどそんなことにはなっていない。……政則が、私を好き?嫌われてはないと思っていたけれど、まさかそういう意味で想われていたなんて。考えすらしなかった。顔を見れない。


「……可愛いなあ、本当によ」
「ピャッ」
「何処から声出してんだそれ。ま、すぐにどうこうする訳じゃねぇから安心しろよ」
「……じゃあ、なんで……?」
「あ?んなの決まってんだろうが。意識させる為だよ、俺を」
「……いしき」
「そ。友達として傍に居るだけじゃ足りなくなっちまった、もっとかわいい顔を見たくなっちまった」
「かわ、いい、?私、が、?」
「ああ。ーー……誰よりもかわいい」
「……っ……」


そんな、愛おしそうに言われるなんて。バクバクと心臓が高鳴る。自分が自分で居られなくなりそうで。忍として冷静に居ようとなんて、出来る気がしない。きっとそれが狙いだったのだろうけど。私が訳分からない状態になっているのにも関わらず、政則はそれはとても愉しそうに愛おしそうに笑っている。ーーまるで、そんな私すらも丸ごと好きだと伝えるように。…まあ、きっとこれは正しいのだろう。そういう男だ、私が知る福島政則という男は。答えはすぐじゃなくて良いと言ってくれた。でも、彼には……私に真摯に向き合ってくれた政則には、不義理にしたくない。


「……ごめん、私は政則を選べない」
「知ってる」
「政則には、もっと素敵な人がい……「それだけは頷けねぇな」……ゑっ」
「今俺が欲しいのは珠華だけだからよ。他は要らねえ」
「……なん、で」
「……困らせる気はなかったけどよ、これで珠華は嫌でも俺をそういう意味で意識せざる得ないよな?」
「、それが目的だったってこと、?」
「そ。……諦めてやる気はねぇからな。ま、今までよりちーっとばかし接し方を変えるだけだ。大丈夫だって」
「……耐えれる気が、しないのだけど」
「それは願ったり叶ったりだな……もっとかわいい顔見せてくれよ」


ーーああ、完敗だ。
愛しそうに目を細めながら頭を撫でられたら、意識せざる得ない。政則のことは勿論好きだ。でも、そこに恋愛感情はなかった、はずだった。変えられてしまった、全てを。考え方を。全部全部変えられてしまった。皆の前では接し方を変えない、あくまでも2人きりの時だけ。なんて伝えてくる言葉が耳から過ぎていく。……そんなの、私だけが動揺して政則は楽しいだけじゃないか。そんなことを思いつつも配慮は普通に有り難いし受け入れることしか出来ない。困った人だ、本当に。
この日以来、私の心の安息地だった政則に意識を向けてしまったのは仕方ないと思いたいー……