最初の出会い


ーーまた繰り返してしまった。

頬を撫でる風に目を覚ます。くん、と鼻を掠める自然の香りに不審に思いつつ周りを見渡せば、そこは沢山の木々に囲まれた自然の中で、私はぱちくりと瞬きを繰り返す。…本丸、ではないよね?静かに目を閉じて主の霊力を探る。ーー…やっぱり、感じられない。本丸ではないようだ。再び目を開け、周りを見渡す。主の姿も小夜兄の姿も宗三兄様の姿も江雪兄様の姿も一向に見えないし気配すらない。…この感じは、覚えがある。


「ーー…また、転生したのかな?それともとりっぷ?」


…声は小夜兄に似ていると思うから、多分容姿は変わってないはず。だとしたらとりっぷと考えるのが妥当かな。…昔はちゃんと発音出来たのに、横文字の発音が出来なくなってるのは認めたくないくらいに嫌だなあ…まあ、別に不便はないから良いのだけど。最初の記憶を失くすのはちょっと心苦しい。両親に恨みはないからね。だからと言って、真島さんや小夜兄の本霊様に恨みがある訳ではないけれど。お世話になったからね。
まあ、とりあえず現状把握に徹するのが一番かな、索敵は大事だよね。手頃そうな木に登って辺りをぐるりと見渡す。うーん、無数の木々しか見えない。どうやらかなり大きい森に迷い込んだらしい。…暗くもなって来た。短刀だからか夜目は効く方だけど、全く知らない未知の領域で夜に動くのはかなり危険だし自殺行為に等しい。洞穴とか洞窟とかがあれば、そこで一夜を明かした方が良いかも知れない。索敵も夜よりかは朝の方が良いし。そう決まれば洞穴か洞窟を探さなきゃ。夜になるまでには見付かると良いんだけど……ん?


「…私、結構ツイてるのかも知れない」


視界の隅に捉えた真っ黒な穴に、私は期待を抱きながらそちらに向かって立っていた木の枝を蹴る。地面に着地した後で前を見上げれば、そこはやはり洞窟で思わずガッツポーズしたくなるのを必死で堪える。まだ喜ぶのは早い、熊とかそんな気配がしたら入る訳にはいかないからね。そんなことを考えつつ、洞窟の入り口付近に近寄ってからそっと中の様子を伺う。どうやら生き物の気配はしない、かな?すん、と鼻を動かしてみても獣の匂いはしない。安全、かな?何かあった時の為に短刀を握り締めながら中へと足を進める。川が流れてるのは結構有り難いかも…水も綺麗だし、飲めれば良いんだけど。


「広い場所に出たけど…何の問題もないかな…魚も泳いでるし、一日凌ぐには十分かな」


うん、寧ろ好物件かも?そんなことを思いながら、一度外に出て小枝を集める。藁とかで寝てみたい気もするけど、流石にないから折れてる木材を加工して簡易椅子と寝る場所を作ろうかな。毛布は……うん、星を見る為に毛布をいつも持ち合わせてるから大丈夫そうだ。これなら宗三兄様にくどくど言われないだろう。

ーー鈴ちゃんにだけ、特別だよ?

悪戯っ子のような笑みを浮かべながら主が差し出してきたのは可愛いらしいリュックサックで、見た目よりも収納出来るそれを私は愛用している。主からの贈り物なんだから大事にしない訳がないよね?リュックサックの中から工作道具を取り出し、カンカンと打ち付けていく。登山家の両親からの知識が活きて来るね。


「…よし、出来た。即席ながらなかなかじゃないかな」


思わず自画自賛してしまう。小夜兄にも見せたかったなあ…少しばかりしゅんとなりつつも私は生きる為に焚き火を作り、魚を掴まえてそれを食べていく。あ、消毒とかはしてるから大丈夫だよ。やっぱりさばいばる知識があると色々幅が広がるよね。川の水はこのままでも飲めるみたいだけど、念には念をってことでろ過もしている。竹が倒れていたから、その竹を熱湯消毒してから水筒的な感じに使いながら何となく火を眺める。…火…


「ーー…ああ、そうだ。私は折れたんだった」


走馬灯のように思い出すのは、私に手を伸ばしながら涙を流す小夜兄と主の姿。その後ろには呆然と立ち尽くしている大倶利伽羅さんも居たっけ。…突然、本丸が歴史修正主義者に襲撃されたんだ。三部隊が遠征に出ていたし、非番で万屋に行ってる子も居たから、かなり手薄だった。来たばかりの毛利の為に自分のお守りを上げた(本刃は否定するだろうけど)大倶利伽羅さんの背後に敵が迫っていたから、間に入ってお守りを大倶利伽羅さんに押し付けたんだっけ。そしたら何故か検非違使も来てて、とにかく主を逃がそうと振り向いた時に潜んでいた憎き高速槍に貫かれて折れたはず、なのに…


「…生きてるんだよね…」


お魚も美味しかったし、こうやって息も出来ている。パキン、って自分が折れた音も聞いたんだけど……完全に消滅する前に本霊さんが飛ばしてくれたのかな、だとしたら納得がいく。…本丸にはもう戻れないのかな。ふらっしゅばっくするように燃え盛る本丸の光景だけが聡明に思い浮かぶ。昨日まではあんなに賑やかだったのに。朽ちるのがこんなに簡単だなんて知らなかった。少しばかり切なくなりつつも、この洞窟の中に何者かの潜入を感知したのに気付き、私は短刀を握り締める。野党なら慈悲はないけど、私みたいに迷った人なら助け合いたいな…此処について詳しいかも知れないし。多分そろそろ姿が見えて来るはず……私は物陰に身を潜め、たいみんぐを見計らってーー…


「動かないで。変な動きをしたら斬る」
「うお!?が、ガキ…!?驚かせてすまない、何もしないからそれから手を離してくれ」
「…それ、神に誓える?」
「はあ?何で神が急に出て……っ、分かった分かった!!誓う!誓うから離してくれ!」
「…分かった」


まあ、付喪神に誓わせたし問題はないかな。そう結論付けて首元に充てていた短刀を降ろす。無論、警戒を怠るつもりはない。じ、と見つめる。髪が結構長いし綺麗な髪をしている。宗三兄様に少しだけ似ている気がする、顔立ちも綺麗だし。まあ、宗三兄様の方がかっこいいけど。服装的にそこそこ古いし、かなり昔の時代かも知れない。え、私生きてける?全く分からないんだけど?誰の時代が近いんだろう…ガラシャ様、とか?小夜兄じゃなきゃ分からないよ…小夜兄へるぷ…内心荒ぶっていれば、ふと嗅ぎ慣れた鉄の匂いに顔を上げる。…怪我をしてるんだね。


「お兄さん、手当てしなくても平気?」
「え、ああ…これくらい平気だ。唾でも付けとけば治るしな。…お嬢ちゃん1人かい?」
「手当て道具ならあるから出来ますよ。うん、1人。只今絶賛迷子中」
「そうかい?それならお願いしようか。って、迷子だって!?こんな深い森にガキを迷わすなんて親は何してんだ!」
「良いですよ、腕を出して下さい。親なら居ませんけど」
「…居ない?兄弟とかは…」
「血の繋がりはないですけど兄が三、人居ますよ」
「(血の繋がりはない……養子ってことか?しかも三人ってことは…長男的な奴が拾ってるかも知れないな)…苦労してるんだな、お嬢ちゃん」
「?はあ、もう慣れましたから」


私の言葉に、お兄さんは何やら衝撃を受けたような顔をしている。それを不思議に思いながらも、私は傷の手当てに専念する。刺し傷、かな。どうやら戦とかがある世界軸なのは確定したけど、どの時代なんだろう…戦ってことは戦国時代とかかな?それとも幕末時代とかかな?だとしたら、私かなり場違いじゃない?新撰組の誰かに会ったら兼兄とかに怒られない?不可抗力です!!


「あ、手当て終わりましたよ。お兄さんも迷子ですか?」
「おお、有り難うな。…あー、まあ、逸れちまってな、日没も近いから夜明けまで時間を潰そうと思って洞窟に入ったら、お嬢ちゃんが居た訳だ」
「そうなんですか…お兄さん、お腹は空いてないですか?焼き魚ならまだありますよ!」
「え、良いのかい?お嬢ちゃんが捕まえたんだろう?」
「困った時はお互い様ですよ、お兄さん。毛布は一枚しかないんですけど、お兄さんさえ良ければ一緒に包まりませんか?これから冷えて来ると思いますし」
「いやいやいや、そんな訳にはいかないだろ。お嬢ちゃんには怪我を手当てして貰ったんだし、暖まで貰う訳にはいかないさ」
「そうですか?…それじゃあ、言い方を変えますね」
「へ?」
「寂しいので一緒に寝て下さい、お兄ちゃん」
「っ〜〜!?…そいつは狡いだろ。強かだなあ、お嬢ちゃん」
「風邪を引かれたら困るだけですよ。一緒に寝てくださりますよね?」
「…参った。それじゃあご一緒させて貰おうかな」


お兄さんは困ったように笑いながら、頷いてくれた。これでひとまずは大丈夫かな?人の子は体を壊しやすいからね…遠慮する人相手にはこの見た目をふるで活用しないとね。小夜兄と瓜二つらしいからね、絶対可愛いもの!宗三兄様も江雪兄様も溺愛してくれてたからなあ…二振りとも遠征に行ってたし、帰って来たらあの惨劇を見なきゃいけないのか…色んなお土産話聞かせてあげます、って言ってた宗三兄様も、花があれば摘んで来ますねって言ってた江雪兄様も、泣いたりしないかな……慰めてあげたいのに、側に行くことすらままならないなんて自分が情けない…そんなことを考えつつ、グーと主張をするお兄さんのお腹の音にクスクス笑いながら焼き魚を差し出せば、お兄さんは服と同じくらいに頬を真っ赤にしながら受け取る。恥ずかしいのかな?気にしなくて良いのに。岩融さんなんてもっと豪快だもの、あの刃は恥じらいを持ってくれた方が良い気がする。…無理な話かなあ…


「ん!?…この魚ってこんなに美味かったか?」
「へ?あー…茹でてから焼いたからですかね?最初に少し茹でてから冷やして塩をまぶしてから焼くと大抵の魚なら美味しく焼けますよ。まあ、血抜きとか鱗を剥いだりするのも忘れちゃだめですけどね」
「ほー、成程ねえ。手間暇掛かってるんだな…嬢ちゃんはまだ小さいのに詳しいんだな」
「料理は好きですし、親が自然大好きな人だったんで覚えました。山があれば必ず登る!って言ってまだ幼い私を置いて登山しに行っては管理人さんに叱られていましたね」
「子供がまだ小さいなら山に登るなよ…山は危ない。野党が居たりもするんだからな」
「…そう、ですね」


ーー最初の死因はまさにそれだった。きゅ、と手を握る。毎日のように登山をしていたあの日、私は18くらいだったかな?この山でお父さんとお母さんは出会ったのよ〜と言いながら歩いていたら、木々の間から鋭利なものが飛んで来てお父さんの首を刺した。生暖かい血が顔に掛かって、私もお母さんも困惑してお父さんを揺さぶっていたんだ。そんな私達の前に現れたのはお父さんを殺害した張本人ーー…脱獄したと言われている凶悪殺人犯だった。それからはすぐだったなあ、何の躊躇いもなくまるで息をするかのように殺された。…真島さんの時も、山だった気がする。小夜兄も野党と何かあったみたいだし、私ってつくづく山と縁がないのかなあ、大好きなのに。


「お嬢ちゃん?…変なこと言ったか、悪い」
「え、大丈夫ですよ」
「嘘付くんじゃない。…泣いてるじゃないか」
「…あれ、本当だ」
「気付いてなかったのかい…まあ、子供は泣くのが仕事だから構わないけどな」
「それは赤ちゃんの仕事ですよ、お兄さん」
「そうだっけか?…ああ、俺は凌統だ。宜しくな、お嬢ちゃん」
「…真名、じゃないですよね、それ。ええと、私は鈴です。宜しくお願いします、凌統さん」
「真名?流石にそう簡単には教えられないねえ。鈴ちゃん、俺の真名知りたいのかい?意外とおませさんなんだな」
「いや、教えて下さらないで大丈夫ですので。教えられたら困ります。だから気にしないで下さいね」


刀剣男士……や、私の場合は刀剣女士だけど。付喪神には真名を握ることで相手を神隠し出来たり言うことを聞かせたり出来る力があるからねえ、お兄さんこと凌統さんをどうにかしたい訳じゃないからこれが真名じゃなくて良かった。まあ、まだ刀剣女士の力があると確定した訳じゃないけどね、折れたはずだし。小夜兄の見た目のままみたいだからまだ力はあるんじゃないかなあ、多分。それにしても泣いてるのか、思い出したからかな?強くならないとなあ…拭おうとしたら凌統さんに腕を掴まれて、目を擦ったら腫れちまうぜ?と優しく笑いながら抱っこしてくれた。こうすれば俺にも見えないから、なんて言ってくれる凌統さんがいけめん過ぎるんですが…え、初対面なのに??こんな優しい人を刺そうとしたの?私最低過ぎない??そう困惑していた私は、


(体は細いし軽いな…これ、ちゃんと食べさせて貰ってるのか?連れ帰った方が良いかも知れないな…年齢は分からないが、本来ならもう少し肥えていても良いはず…殿に相談してみるか、孫権殿なら抱っこさせれば堕ちるだろ)


そんなことを思われているなんて、全く気付かなかったんだ。気付いていれば、何とかなったのかも知れないのに。まさか誤解されてるなんて思ってすらいなかったんだよ…腹も膨れたし寝ようぜ、なんて背中をぽんぽんされたら陥落します…赤ちゃんじゃないのにぃ…瞼が重くなる…完全に夢の世界に旅立つ前に見た凌統さんの表情は凄く優しかったです…