01
ーー彼奴だけは、絶対に許さないべ…!!
01 復讐心は誰にだって芽生えるもの
とある日のこと、私はいつもの通り大喬様と周瑜様の美しさについて考えながら歩いていた。あの方達のあの美しさの秘訣は何なのだろうか…烏滸がましいと理解しつつも大喬様と周瑜様と共に食事をしているし、食べているものに違いなんてない。湯浴みだって普通に済ませているし……やはり化粧を施してるのだろうか。でも、大喬様はやっていないと仰っていたような…小喬様も何もやってないのに大喬様も周瑜様も肌が綺麗で羨ましいと言っていたような…
(…存在が神秘だから美しいのは当然か)
うん、私が探るようなことをするのは失礼だな、と納得を付けて更に歩いて行く。今の私は自慢の畑で採れた野菜達を大好きな幼馴染みである翠青ちゃんと珠華ちゃんに届ける為に広場に向かっている。この不思議な世界に取り込まれて何日が過ぎたのだろう。私達を招いたゼウスも首を傾げていたし、何らかの異常が起きてるのは間違いない。まあ、私はこのままずっとこの世界に居ても良いんだけど、ね。戦いはあまり得意ではないし、何よりーー…
(…翠青ちゃんと珠華ちゃんと敵対しなきゃいけないのは、…やだなあ…)
魏と蜀という違うところに属している大好きな幼馴染み。好きでもない人と結婚しないといけないと私が当時住んでいた村に逃げて来た翠青ちゃんと、情報収集の為に村を訪れた珠華ちゃん。理由は違えど、同じ時期に村に来たことがきっかけで私達は仲良くなり、泊まって行って貰ったことを思い出す。翠青ちゃんの貴族特有の悩みや珠華ちゃんの仕事に付いて行ったりしたなあ、なんて思い出していれば思わず頬が緩む。偶々村を訪れた大喬様に一目惚れをし、思わず村を飛び出したことに、翠青ちゃんと珠華ちゃんは驚きながらも仕方ないなあと笑っていたっけ。…敵同士になるとは、分かっていたのにね。
ーーそれでも、私は大喬様のお傍に居たい。例えそれが、大切な幼馴染み達に刃を向けることになっても。
そう思っていたはずなのに、この不思議な世界に取り込まれてから意識が揺らいでしまう。国なんて世界なんて関係なしに協力し合うこの世界から、どうして元の世界に帰らなくてはいけないのか。大喬様も周瑜様も翠青ちゃんも珠華ちゃんも居るこの世界をどうして壊さなければいけないのか。…こんなこと考えたらいけないのは分かっているけれど、私は誰も失いたくないんだ。ぐるぐると思考が回る。…誰に何を言われてもこの考えはきっと変わらない。今が幸せなんだから、私はこのままでいよう。そう結論付けて一歩踏み出したーー…はず、だった。
「え!?」
突然襲い掛かる浮遊感に驚いていれば、周りが土色に変わる。落とし穴掘ったの誰だべ…!!そんなことを考えつつ、鉄扇を取り出し壁に突き立てて落下を防ぐ。野菜は…うん、無事だべ。随分落ちたみたい…どうやって上がろうかと考えていれば、穴をひょいと覗いてくる人影があった。日の光が当たってて影しか見えないけどあの影は確か翠青ちゃんとこの…
「ーー…満寵様?」
「おや、霞月殿、だったかな?へえ、鉄扇にそんな使い方があるとは…勉強させて貰ったよ!」
「勉強って…もしかしてこの落とし穴を掘ったのは…」
「落とし穴?そんなくだらないものじゃないさ。下をご覧?」
「下?……針、?」
「痺れ草を手に入れてね、どれだけの効力があるのか調べたかったから針に塗ってみたのだけど……これじゃあ効果が分からないな。ちょっと落ちてみてくれないかい?」
「は!?嫌に決まってるべ!!勝手なこと言ってないでさっさと引き上げて欲しいだ!!」
「嫌かい?ちょっとだけ刺さってくれるだけで良いんだけどなぁ……仕方ない、別の手を考えるか…」
「え、ちょ、引き上げ………見えなくなっちまっただ…」
ーー何なんだ、あの男は。
自分の口元が引き攣るのが分かる。…自由にもほどがありすぎるんじゃない?私、彼に何かしたっけ?…いや、初対面のはずだべ…戦場で会ったこともないはず……完璧に初対面のはずなんだけど…何か無意識にやらかしてしまっただ!?翠青ちゃんみたいに酔っ払ってはないはずだべ、珠華ちゃんが子供扱いして私に渡される飲み物を度数が低いのに取り……すり替えたりしてるから…諸葛亮様がぐでんぐでんになったのなんか見てねぇだ、うん。…あれ、本来なら私が飲むはず…だ、誰が仕込んだべ!?
「ーーまあ、霞月様!お怪我はありませんか?」
「へ、あ、蔡文姫様…?け、怪我はしてない、です」
「それは良かったです…今、人を呼びますから待っていて下さいね」
「お、お願いします…」
「すぐに連れて来ますからね…!」
「…天女様だべ…」
勿論、大喬様の次に、だけど。いや、大喬様は女神様であり天使であり神だから。これだけは誰にも譲らないべ!!噂には聞いていたけれど、蔡文姫様は本当に優しくて素敵な人だべなぁ…翠青ちゃんが優しい人だよって言ってるだけある…珠華ちゃんも怖くなくて騒がしくないから良いって言ってたけど…前者に対しては珠華ちゃんが悪いと思うべ…練師様もあの子はちょっとおイタが過ぎる時がある、って言ってたべ…そこが魅力でもあるけど…そんなことを思っていれば、ひょこっと蔡文姫様と男の人が顔を覗かせる。あの人は確か…
「…于禁、様?」
「于禁様、お願い致します。出してあげて下さいませ」
「ああ、任せてくれ。霞月殿、縄を垂らす。それを伝って登って来れるか?」
「だ、大丈夫です!有り難うございます!」
「礼など要らん、仲間なのだから助け合うべきだろう」
「霞月様、鉄扇を忘れてはいけませんよ」
「あ、…はい」
「…獲物を置いて来るつもりだったのか。…引き上げるぞ」
「お、お願いします…!」
私の言葉に、于禁様はフッと口元を緩めると思いきり縄を引き上げる。ぐんっ、と体が宙を浮き、反動に耐え切れずに縄から手を離してしまう。視界の隅に目を見開いている于禁様と蔡文姫様の姿を捉え、私は慌てて受け身を取る。ポスッ、と誰かに抱き止められたのを感じて恐る恐る目を開ければーー…不安そうに顔を歪めた大事な大事な幼馴染みの姿があり、思わず涙腺が緩む。そんな私に、抱き止めてくれた珠華ちゃんは優しく笑いながら頭を撫でてくれた。
「…何時まで経っても来ないから心配したよ、霞月ちゃん。見掛けたって話を聞いて来てみれば霞月ちゃんが落ちそうになってるし…本当、肝が冷えたよ」
「ご、ごめんなさい…穴に落ちちまって、引き上げて貰っただ…勢いに負けて思わず縄から手を離してしまっただ…」
「怒ってないよ。怪我は?」
「ないべ!」
「それなら良かった」
「于禁殿、蔡文姫殿。霞月ちゃんを助けて頂き、有り難うございます!」
「礼には及ばん。私は蔡文姫殿に呼ばれたから来たまでだ。…勢いを付け過ぎたのは悪いことをしたと思っている。霞月殿は孫呉に来て日が浅いそうだな、すまなかった」
「気にしないで下さいませ、翠青様。霞月様にお怪我がなくて良かったです」
「…それにしても、この穴は精巧に作られた罠だね、あの針に霞月ちゃんが刺されなくて良かったよ」
「え、針があるの!?…うわあ、本当だ。あの針、何かあるの?」
「痺れ薬、かな?何かしら塗ってあるのは分かるけど、良く見て見なきゃ分からないかも。霞月ちゃん、誰にやられたか分かる?」
「…満寵って男だべ!!彼奴、私が鉄扇で針の寸前で止まったら残念だとか刺さって見てくれとか言って、断わったら引き上げてくれもせずにどっか行っちまっただ!!」
「ええ!?満寵殿が!?」
「…当たって欲しくはないと思っていたがやはりか」
私の言葉に翠青ちゃんは目を見開いて驚き、于禁様は心底迷惑そうに長い溜息を付き、蔡文姫様はオロオロと翠青ちゃんと于禁様を見つめていて、私を未だに抱えている珠華ちゃんはあの男か、と声のトーンが低い。…これはひょっとして、珠華ちゃんも満寵様に何かしらされてるんじゃ…?珠華ちゃんが罠に気付かないとは思えないし、つまらないとか言ってるんじゃ……きっとそうだべ、あの男…!!私だけじゃなく珠華ちゃんにも危害を加えてるだなんて許せねぇだ…!!
「霞月ちゃん、満寵殿がごめんね!!于禁殿と一緒に叱り付けるからね!ですよね、于禁殿!!」
「ああ、無論だ。…魏の軍師がすまない。彼奴の行動には手を焼いていてな、必ず進言しておこう」
「え、あ、…それで聞いてくれるような奴じゃなさそうな気がするだ…」
「…そうだねえ、大人しく聞くような人じゃないでしょ」
「…もしかして、珠華様も満寵様の罠に嵌められたことが…?」
「や、私は回避してるから大丈夫……ですよ。まあ、彼奴には何処で気付いたんだい!?とか落ちてみてくれないかなとか聞かれてるくらいで実害はそんなにないですし…あ、そういえば私は最近この道を良く通るから私への罠だったのかも…だとしたら巻き込んでごめんね、霞月ちゃん」
「謝る必要なんかねぇべ!…ちょっと待つだ、珠華ちゃんは何回くらい罠を仕掛けられてるんだべ…?」
「え、うーん…二桁は越えたかな?」
「何で言わねぇだ!!」
「珠華ちゃん!!!そういうのがあったらちゃんと言って!っていつも言ってるでしょ!?貴女はいつもそうなんだから!!」
「え、あ、ご、ごめんなさい…?」
顔を真っ赤にしながら肩を思い切り掴んで揺さぶる翠青ちゃんに、珠華ちゃんは困惑しながら謝ってる。何で分からねぇだ…珠華ちゃんはいつもそうだべ、いっっっつも事後報告…馬岱様も気付いたら珠華ちゃんが色々してるから有り難いけどいつ休んでるのか心配なんだよねえとボヤいていたのを思い出す。…兵士達の中で戦以外で怪我をした人が居るなんていうのは聞いたことねぇだ。つまり、罠はちゃんと解除してから珠華ちゃんが埋めてるってことだべ。あの男がわざわざ直す訳ねぇだ、引き上げてすらくれなかっただ。…本当に珠華ちゃん、いつ休んでるんだべ?…くのいち様や風魔様にも聞いてみるべきかも知れねぇだ。
もしも無理してるようなら、孫堅様に劉備様に会わせて貰えるように頼んでから相談するのも手だべ。劉備様なら普通に会ってくれそうだけど、…きっと関羽様が良く思わねぇだ。あの人に凄まれて平気なのはきっと限られた人だべ…考えられねぇだ…
「私は大丈夫だってば。ほら、罠を埋めないと誰かしら落ちちゃうでしょ?早く直そうよ」
「もー!!そう言う問題じゃないでしょう!?話を逸らそうとしない!!」
「翠青ちゃんの言う通りだべ!!今まで戦以外で誰かしらが怪我をしたって話を聞いたことがねぇだ、珠華ちゃんが解除して埋めてるとしか考えられねぇだ…その辺もちゃあんと教えて貰うべ!!」
「…あー…敵わないなあ…」
「…于禁様、聞き入れては頂けないかも知れませんが、やはり満寵様に申し入れるべきだと思います」
「ああ、私も蔡文姫殿と同意見だ。…近々予定されている会議に私と翠青殿、そして満寵殿が揃う時がある。その際には必ずや進言しよう。翠青殿、それで良いな?」
「あ、はい!勿論です!」
「ふむ。厳罰に処さねばならないからな、霞月殿と珠華殿には色々と聞かせて頂くことになるとは思うが…構わないか?」
「勿論だべ!!」
「…まあ、意味ないとは思いますけど私でお役に立てるのなら」
「珠華ちゃん?」
「…隠し事はしないよ」
気が進まないと言いたげな珠華ちゃんに対し、翠青ちゃんはじろりと睨むように怖い顔をしながら見つめる、珠華ちゃんは降参と言いたげに長い溜息をついていたけど…それをしたいのはこっちだべ…これで少しでも事後報告が減ってくれれば良いけど…難しいかも知れねぇだ、希望は捨てたくないけど…これで治るのなら苦労はしねぇだ。まあ、まずは満寵様だべな、あの人が罠を作ることを控えてくれれば問題は少なくなるべ!私も頑張るだ!
…そんな考えが甘いなんてことを知るのは、そう遠くない日だってことを、今の私は全く知らなかっただ…
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