02
ーーこうしてやるだ!!
02 どうしてこうなった
私が満寵様の罠に嵌められてから数日が経った。会議で翠青ちゃんと于禁様が苦言を呈してくれたみたいだけど、あまり効果はなかったらしい。うん、知ってた。そう簡単に聞いてくれるなら珠華ちゃんだって何回も泥だらけになってないだ。力及ばずすまない、なんて謝られたけど于禁様のせいじゃないとしか言えない。勿論、翠青ちゃんのせいでもないけれど。罠について妥協を許さないのは良いことだとは思うけど、時と場合によるよね?味方しかいないこんな町の中に穴なんて掘らないで欲しかっただ…
「…また嵌っただ…」
「あいたたた…ちょっと霞月、これは一体どういうことだい?」
「落とし穴に落ちただ」
「や、それは分かるけどさ。何でこんな場所に落とし穴があるのかって聞きたいんだけど」
「んなの私が知る訳ないじゃないですかだ!つべこべ言ってると鉄扇から突き飛ばしてやるだ!どうせまた針があるべ!!」
「針?……うわ、まじか。ただの針、じゃないよな?」
「…多分、何かの薬が塗ってあると思、います。会議で注意受けたはずなのに、懲りねえ奴だべ…!」
「会議で注意…?…ひょっとして満寵か?彼奴、そんなに気にしてなかったらしいしな…呂蒙さんが呆れ返ってたぜ…」
「…勘弁して欲しいですだ…」
溜息しか出ない。そりゃあ期待はしてなかったけれど、まさかこんなにも早い段階でまたやるとは思わねえだ!はー、どうしたら彼奴は分かってくれるんだべ?そっと視線を上に向ければ、前回より深い気がして更に溜息。よりによって凌統と一緒に居る時に嵌るとは最悪だべ…また蔡文姫様や于禁様が居てくれたら助かるけど…そう都合が良いはずがないべ…今日は翠青ちゃんや珠華ちゃんと会う約束もないし…詰んだ、のでは?
「…どうしたんだい?顔色が悪いけど…」
「…この道、人通りがかなり少ないですだ」
「は!?なんでそんな道通ってるんだよ!」
「うっさいだ!!私は大喬様が食べたいって言ってた饅頭屋がこの近辺にあるって聞き付けて買いに来ただけだべ!第一、先に落ちそうになって私を巻き込んだのは凌統、お前だべ!!」
「う、そ、それについては悪いと思ってるよ……あんたを投げれば届きそうな距離ではあるけど…霞月、体重が「今すぐ鉄扇から降ろしてやっても私は良いですだ」悪かったって!」
「咄嗟に私が鉄扇を広げたから助かったのを一生感謝するだ!」
珠華ちゃんより身軽ではねぇけど、私だってやる時はやるだ!!…まあ、鉄扇以外は何も持ってないから何も出来ないけれど!…翠青ちゃんから何かあった時に使ってね、って言われたロープも忘れてしまっただ…これは怒られるべ…顔を怒りで真っ赤にした翠青ちゃんに怒られるべ…あの怒りを受けて笑ってられる珠華ちゃんのメンタルを少しは見習いた…「ーーおや、また君かい?」……あ!?
「まーた穴を掘ってるだか!!さっさと此処から出すべ!」
「君が勝手に落ちたのだろう?そうだ、入り心地はどうだい?すんなりと落ちれるように綺麗に掘ったのだけど。深さも大分良い感じだろう?」
「ちっっっっとも良くないべ!!」
「本当かい?それはまだまだ改良の価値がありそうだ…」
「…さっさと此処から引き上げてくれないかい?もう十分だろ?」
「おや、まさか凌統殿まで落ちてくれるとは……ふむ、成程成程。だとしたら此処をもう少し改良すれば良いかも知れないな…」
「ちょ、満寵様!?待って待って、行くならロープくらい寄越してからに……あー!!また行きやがっただ!!」
「…何なの、あいつ。頭おかし過ぎやしないか?」
心底理解出来ないと言わんばかりの表情を浮かべる凌統に内心同意しつつ、私は上を見つめる。確かに凌統に投げて貰えれば届くかも知れないけれど……届かない可能性だって低くはねぇだ。私は痛い思いはしたくない。また蔡文姫様みたいに優しい人来ないかなあとひたすら念を送っていれば、ひょいっと以前みたいに顔を覗かせる人物が。やっぱりこんな時に真っ先に来てくれるのはこの人しか居ないべ!私は笑みを浮かべながら口を開く。
「珠華ちゃん!!」
「…穴があるからもしかして、と思ったら…霞月ちゃんも凌統殿も怪我はない?」
「ねえだ!早く引き上げて欲しいだ、ロープ忘れちまっただ…」
「俺も怪我はないよ。…男として少し情けない気もするけど、引き上げてもらっても良いかい?」
「元々そのつもりだよ。…凌統殿って殿方にしては細いし軽そうですよね」
「へ?…まあ、軽い方には入りはすると思うけど…?」
「…よし。凌統殿、霞月ちゃんを抱えといて貰えます?落とさないようにしっかりとお願いしますね。霞月ちゃんは鉄扇を忘れちゃダメだよ」
「あ、ああ…暴れるなよ、霞月」
「私だって空気くらい読めますだ!」
「はいはい。…よし、俺も抱えたし霞月も武器をちゃんと持ったぜ。次は何をすれば良いんだい?」
「何もしなくて良いですよ。ーー迎えに行きますから」
珠華ちゃんはにっこり笑うと助走をつけて穴の中に飛び込んで来て、私を抱えている凌統ごと抱き上げて壁を蹴り、地上へと連れて行ってくれ……えええ、ちょっと規格外過ぎて着いていけねえだ。忍者ってこんなに化け物じみてるんだか…?凌統も流石に困惑してるみたいで、口だけをパクパクと動かしていた。気持ちはかなーーり分かるだ…これはちょっと困惑するしかねぇだ。珠華ちゃんは珠華ちゃんで、困惑してる私達を全く気にせずに怪我がないか確認しては、服についている土を払ってくれたりしてる。…えぇえ…
「怪我はないみたいだね、良かった。また満寵殿?懲りてないんだねえ」
「…何か言っても無駄かもな。助かったぜ、珠華」
「偶々通り掛かっただけですからお気になさらず。霞月ちゃん?百面相してるけど何処か痛い場所でもある?」
「…大丈夫だべ。珠華ちゃん、助けてくれて有り難う!」
「どう致しまして!…この穴埋めないとなあ、霞月ちゃんと凌統殿は何か用事があったんじゃない?穴は埋めておくから此処は私に任せてくれて大丈夫だよ」
「いや、流石に女の子にそんなことまで任せられないって。用は別になかったんだけど……たった今出来たかもな。珠華、満寵の居場所とか知らないか?」
「私も一緒に埋めるべ!…そうだべ、満寵様…なんて言ってやらねぇだ…彼奴にはいーっぱい言いたいことがあるだ!!」
「ええ、気にしなくて良いのになあ……満寵殿?そりゃあ知ってるも何も…会議に出るんじゃないかな?なかなか尻尾が掴めないから罠を仕掛けようって話になってるみたいだし」
聞いてないのに教えてくるんだよね、なんて言いながら私と凌統にスコップを手渡し、何処からともなく土を持って来た珠華ちゃんに私も凌統も唖然としつつ、ひったくるように珠華ちゃんの腕から凌統が土を奪い、穴に流していく。何袋もあるだ…いつの間に…?改めて聞いてみたら、村の人達から落とし穴が多発してるという情報が出て珠華ちゃんが一人で回っていたらしい。どうして誰も手伝わねぇだ!!と内心憤慨していれば、誰にも話していないのだと何事もないようにさらりと言われて頭を抱えそうになっただ…珠華ちゃん、そういうとこ直した方が良いだ…
穴を埋め終わり、会議の場所を教えた後すぐに身を翻そうとした珠華ちゃんの手を慌てて掴みながら何処に行くかを問えば、きょとりとしながらまだ他にもあるから埋めにいくよ。と言われたので私も凌統も引き続き同行する。なーんで一人でやろうとするだ!!むすーとしてる私に対し、珠華ちゃんは困惑してるみたいでびっくりだべ…何で分からねぇだ??
結局、会議の場所に着いたのはかなり時間が経っちまったけど、これは仕方ねぇだ!翠青ちゃんのお説教が必要だべ…そんなことを考えつつもう終わってるかも知れねぇ会議室の扉を開こ…「やりすぎだと言ってるんだ!!」…へ?
「っ〜〜、確かに意見は分かる!しかしな、何も罪もない民間人が被害に遭うのはおかしいだろう!!」
「ええ、于禁殿の言う通りですよ。良いですか、彼等は私達の戦に巻き込まれてしまった被害者です。彼等を守るのが私達の役目です」
「だから罠を仕掛けるのだろう?目印なんてしてしまったら罠の意味がないじゃないか」
「…だったらせめて針をなくさないか。深く掘るだけでも怪我を与えられるだろう?」
「お言葉だけどね、呂蒙殿。敵は神であるゼウス殿やアレス殿、オーディン殿や太公望殿の目を掻い潜っては好き勝手してるんだ。ただの落とし穴では制裁にならないだろう。この毒はね、あくまでも痺れるだけで命は取らないから良いだろう?珠華殿みたいに耐性があると思うし、ね」
「…は?珠華?あんた、珠華に何をしたんです…!?」
「何を、って…この毒の効果を試して貰ったんだよ。いやあ、頼み込むのに苦労はしたけどなかなか良い情報が手に入ったよ!またお願いしたいなあ…」
「……珠華ちゃん?」
「あー、あまりにもしつこくてさ。試すだけで良いからって言われてね…」
「…副作用とかはなかったのかい?」
「え、っと……暫く箸が上手く持てなかったのと、視界がぶれるくらいですかね?耐性があって良かったです」
ぶち、と苦笑いを浮かべる珠華ちゃんの表情を見て私の何かがキレた音がしたべ。会議室の中でも珠華ちゃんが大切だと言っている法正様や龐統様が声を荒げているのが聞こえて来るけれどーー…そんなの、もうどうだって良いだ。命は取らないから大丈夫?耐性があれば大丈夫?…そんなの、全て結果論だべ。彼奴は、私の大事な親友に耐性があるからって理由で毒を盛った。…そんなの、許せる訳ねぇだ…!!私はバンッ!!と扉を開け、ツカツカと中に入って行く。私を止めようとする声が聞こえて来るけど、説教は後で聞くだ。私は満寵の前に立ち、グッと胸倉を掴む。そんな私に彼奴はぱちくりと瞬きを繰り返してから口を開く。
「おや、出て来れたんだね。結構深く掘ったつもりだったのだけど…」
「…悪かったね、俺も霞月も無事だよ。あんたがロープすらくれなかった時はびっくりしたけどね」
「霞月殿に凌統!!見かけないと思っていたら罠に落ちていたのか…!満寵殿、陣地内には設置しないと言う話ではなかったのか!!」
「え、あれって陣地内だったのかい?それはすまないね、つい思い付いてしまったからやりたくなってしまってね」
「…何で、珠華ちゃんに毒を盛っただ」
「珠華殿?そりゃあ彼女が忍だからだよ。強力な毒だとは聞いてたからね、効果を試してみないと不安だろう?」
「…自分で試せば良いじゃないですか。何で珠華なんです?副作用があったらどうしてくれるんです」
「…あの子は蜀の子だよ。手出しはしないで貰おうじゃないか。…珠華、お前さんも勝手にそんなことしてはダメだよ」
「…はーい、以後気を付けます」
「あれ、珠華殿も居たんだね!ああ、もしかして霞月殿と凌統殿を助けたのは君かな?流石だね。もっと深く掘った方が良かったかな?」
珠華ちゃんの顔を見て、ぱああと顔を明るくする満寵にイラッとして、胸倉を掴む手に力が入る。こいつ、無駄に鍛えてるせいで全然びくともしないだ…!!畑仕事で少しは力に自信があるつもりなのに、全く持ち上がらねぇだ…ぐるぐると苛立ちだけが私の中で溜まって行く中、ふと満寵の服装がおかしいことに気付いた。…ボタン、掛け違えてるべ。…ああ、そうだべ。持ち上がらねぇなら、こうしてやれば良いんだべ。…掛け違えるくらいなら、ボタンなんて必要ねぇだ。
「…お前なんか…」
「?霞月殿?」
「こうしてやるだーーーーーー!!!!」
「霞月殿ーー!?」
パアアアン、と勢いよくボタンが弾け飛ぶ。まともに着ることすら出来ねえならない方が良いべ。ふんす、と鼻を鳴らせば笑顔なのに目は笑ってない荀ケ様に腕を掴まれたけど後悔はねえだ。ぐっ!と親指を立てながらさむずあっぷしてる凌統の頭を呂蒙様が笑いを堪えながら叩いてるのを見ながら、珠華ちゃんの方に視線を向ければ、彼女はきょとりとした後くすりと笑みを零していた。うんうん、やっぱり珠華ちゃんには笑顔が似合うべ。まあ、説教は見逃してあげないけどね!
(…私の大事な人に手を出すなら手加減なんてしてやらねぇべ)
罠に意味があるのは分かってる。でも、その為に珠華ちゃんが犠牲になるのはおかしいべ。そんなの、例え蜀の人達が許しても私と翠青ちゃんはぜっっったい許さねえべ!…まあ、蜀の人達も許しはしないはず。…そんなことを思っていた私は気付きもしていなかっただ。
「…最近満寵殿から服を直してくれって頼まれるの多いなあ、どうしてだろ?」
満寵は魏の人間であり、翠青ちゃんと同じ場所で生活していること。翠青ちゃんが何かと満寵の面倒を見ていたこと。…余計な仕事を増やしたかった訳じゃねぇだ…彼奴、珠華ちゃんだけじゃなく翠青ちゃんにまで迷惑掛けるなんて…!色々引き千切ってやるだ!!
end.
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