幸せを噛み締めて
ーーこんな日々がずーっと続けば良いのに。
ずっと横になっていたからか、少しばかり腰の痛みも和らいだ夕方。沈みゆく夕焼けを眺めながら、私はお茶を啜る。皆も同じ夕焼けを見ているのかな、見ていたら良いな…最近はあまり忙しくはないみたいだし。師匠を出し抜いた人達の情報が何一つもないのが不穏ではあるけれど、それ以外は基本的に平和だ。…陣地争いとか、しなくても良いのは気が楽だなぁ…文官失格かな。でも、やっぱり大好きな人達には笑顔で居て欲しいな。
「…卯琅?起きて大丈夫なのか?」
「ひぇ、色気の暴力…!!!う、うん。大分楽になったよ」
「視線逸らすなって、寂しいだろ?そうか、それなら明日楽しめそうだな」
「う゛、…あの、本当に、スるの…?」
「スる。絶対孕ましてやる」
「顔が怖いぃいい…」
「…良い父親になれる自信はないけど、やっぱり子供欲しいからな。卯琅みたいな可愛い子になって欲しいな」
「…凌統なら大丈夫だよ、優しいお父さんになるよ。えー、私似よりかは凌統似が良いな」
「…そっか、卯琅にそう言って貰えるなら安心だな。俺似か?」
「うん、凌統みたいな美人さんでかっこいい子になって欲しいな」
「っ、急に褒めんなよ…」
「普段からそう思ってるのに…」
ほかほかと湯気と共に着流し姿で現れた凌統に思わず鼻血が出そうになった。色気ありすぎでは??…凌統だから当たり前か。ちょっとくらい分けて欲しいな…どんな風にしたらあんなに色気が出るんだろう…そんなことを思いながら理想の子供像を話しつつ凌統のことを褒めれば、凌統は照れ臭そうにそう言ってから私から視線を逸らす。耳まで真っ赤なのは指摘しないでおこうかな。
「…二人欲しいって言ってたけど、男女で欲しいってこと?」
「それが一番理想だけど、こればっかりは授かりもんだからな。でも二人はやっぱり欲しいよな…双子とか可愛いよな」
「双子ちゃんかあー、そういえば霞月さんと魯粛さんに畑を貸してる人の娘さんが双子ちゃん産んだばかりなんだって。見たことある?」
「そんなに身近に居たのか!?まだ見たことないな…帰ったら顔出してみるかな」
「凄く可愛いかったよ!ほっぺとかぷにぷにで…でも意外と力強かったなあ」
「力強いのか?あんなに小さいのに…凄いな」
「ね。…今度一緒に行って抱っこさせて貰おうか。色々勉強しないとね」
「そうだな…呂蒙さんに育児本とか見繕って貰うのも良いかもな」
「…呂蒙さん、泣いて喜びそうだね」
「はは、確かにな」
呂蒙さんは私と凌統のことを誰よりも応援してくれている人だ。私が泣けば凌統を殴ってでも連れて来て謝らせるし、私が悪かった場合は落ち着くまで側に居てくれて話を聞いてくれる優しい人。そんな呂蒙さんに落ち着いたら籍を入れると告げた時、男泣きしながら喜んでくれたからなあ…子供が出来たってなったらどうなるんだろうね。呂蒙さんは凌統を自分の息子のように想ってくれているみたいだし、そんな凌統が選んでくれた私のことも娘のように可愛いがってくれている。そんな呂蒙さんに凌統しか見えていなかったばかりに塩対応していた過去の自分を殴りたいな…既に怒ってないのは分かりきっているけれど、けじめは付けたいもんね…
「で、卯琅は夕焼けを見て何で黄昏てたんだ?」
「…えっとね、こんな穏やかな時がずーっと続けば良いなって思ってたんだよ。…正直、凌統にこんなこと言って良いのか、分からないけど……このままこの世界に居ても、私は良いかなって」
「……そうか」
「…陣地争いとか、裏切りとか、疲れたなって思っちゃったんだ。前までは妲己とかハデスとか凄い暴れ回ってて大変だったけど、今は師匠を出し抜いた一味以外は大人しいじゃない?だから余計そう思っちゃうのかな…」
「…気持ちは凄い分かる。俺も最初は元の世界に帰りたくてやきもきしてたけど、落ち着いた今となっては此処でも良いんじゃないか、って思うしな」
「…凌統でもそう思うの?」
「そりゃあな。…向こうじゃこんなに穏やかに過ごせなかっただろ。時間作って逢引きとかしようとしても何かしらの邪魔が入っていたし…そう考えたらこのまま此処に居るのも悪くないな」
「…ふふ、そう言って貰えて嬉しいな。自由に行き来出来たら理想かもね」
「そいつは一番良いな」
顔を見合わせ、くすくすと笑い合う。少し寒そうな凌統に膝に掛けていた布(たおるけっと、というらしい)を肩に掛ければ、凌統は嬉しそうにお礼を言った後、ごろんと私の膝に頭を乗せて転がる。突然の膝枕状態に驚いていれば「膝掛け取ったら卯琅が寒いからな」と言葉を紡ぐ。凌統で暖を取るなんて…!?あまりにも畏れ多いことに慌てつつも、慈愛に満ちた瞳で見つめられ、何も言えなくなってしまう。…いつになく、優しそうな顔をしている。胸がきゅんきゅんと高鳴るのを感じつつ、私は意識を逸らす為に言葉を紡ぐ。…このままだと、幸せ過ぎて死にそうで。
「老後は、此処でゆっくり過ごしたいね。師匠からとっても素敵な場所があるって聞いたんだ。森の中なんだけど、滝が近くにあって綺麗なんだって」
「へえ、…確かにそこなら邪魔が入らなそうだし、将来的に買うのもアリだな。今度場所を聞いとくか」
「買うの?」
「邪魔されたくないからな。可愛い卯琅を誰かに見せたくもないし」
「かわ、……皺くちゃの、おばあちゃんだよ?」
「俺だって皺くちゃのじいちゃんだろ?卯琅だけじゃないさ。…俺の隣には、卯琅が居て欲しい」
「、わ、私だって…!ずっと、凌統が隣に居て欲しいよ…」
「居るよ、ずっと。誰かに譲る訳ないだろ?」
「私も、頑張るね!」
「…卯琅に頑張って貰いたくないんだけどなあ…」
「まだそんなこと言うの?…私にも、守らせてよ。だ、旦那様なんだし…」
「ーー…良いな、それ。なあ、もっと言ってくれないか?」
「ーー旦那様。私の、私だけの…旦那様」
「…うん、有り難う。…あー…嬉しすぎる…今は顔見ないでくれないか?」
「えー、そんなこと言わないでよ。真っ赤な凌統見せて?」
「…卯琅にはかっこいい俺しか見て欲しくないんだけどなあ」
「私はどんな凌統でも大好きよ」
「っ、俺だってどんな卯琅でも大好きだ」
「…えへへ」
旦那様、その呼び方に凌統は心底嬉しそうに破顔しながら頬を真っ赤に染める。可愛い…まるでりんごみたい。顔を一生懸命に逸らしてはいるけれど、寝っ転がっているせいでなかなか苦しそうな体勢になっている。さっきも苦しんでいるような声が一瞬聞こえたし。膝枕状態を止めればいいのにそんなつもりはなさそうだ。…そんなに私は膝の上は居心地が良いのかな、なんて思ったりもする。そっと手を伸ばして艶がある髪を撫でる。しっかり乾かして来たのか、お風呂上がりにも関わらず濡れてる場所は何処にもなさそうだ。少しばかり残念な気持ちを抱きつつ撫でる手はやめない。
「…擽ったいよ、卯琅。せっかく綺麗にしたんだぞ?」
「撫で易い体勢だから仕方ないでしょ?私、凌統の髪撫でるの好きなの」
「俺も髪撫でるの好きだけどさぁ…野郎の髪撫でて何が楽しいんだ?」
「女の髪は撫でるの楽しいの?」
「そりゃあね。結ってみたいと思うし」
「じゃあ今度凌統に結って貰おうかな、凌統の好み知りたいし」
「…健気かよ。俺はどんな卯琅でも好きだけど、俺の手で俺好みの髪型にするのもなかなか良いかもな」
「ふふ、ちゃんと離してね?凌統、のめり込むと時間忘れちゃうんだもの」
「あー…約束は出来ないけど、気を付けはする。…そうか、他の野郎が見る可能性もあるのか。それは少しばかり……いや、かなり嫌だな」
「えっ」
「そしたら外に出る時は何か被り物をすることを前提とした髪型にすれば何とかなるか…?被り物……絶対似合うし可愛いな。余計目立つか…?」
「り、凌統ー…?あの、顔が怖いよ…?」
「くそ、卯琅が可愛いのが周りに知られるのは嫌だ。でも、束縛はしたくない…」
「…聞いてないね??」
私と目が合ってるようで合ってない。目の前でひらひらと手を振ってみたけれどあまり効果はないようだ。ブツブツと何かを呟いてはそうじゃない、みたいな否定をする凌統をただただ眺める。こんなに近くに居るのに、遠いみたいなやつ…嫌だなあ…そもそも私はこれでもかってくらい凌統に首ったけなのにね?容姿から言えば凌統の方が問題だと思う…良く女の子に囲まれているし。ちゃんと私に帰って来てくれるけれど、不安は消えてはくれない。束縛なんて、してくれて良いのに。私はしたくて堪らないのになぁ…
「…卯琅?ごめん、ちょっと自分の世界に入り込んだ。…そんな顔させたくなかったのに、本当にごめんな」
「あ、戻った?それなら良いよ、大丈夫!…ね、凌統。私は束縛されても大丈夫だからね?私はしたいから」
「、卯琅……はは、俺に束縛されてくれんの?」
「私はもう凌統しか見えないから当然でしょう?…だーいすき」
「っ〜〜…はー、可愛い過ぎる…ちょっとぎゅっとさせてくんない?」
「良いけど…どうせならちゃんと向かい合ってからの方が私は嬉しいかな」
「ーー…仰せのままに」
そう言葉を紡いだ瞬間、凌統は私の膝から頭を浮かして瞬時に立ち上がり、そのままぎゅっと私を抱き締める。少しばかり苦しいけれど、これも愛情だと思うと耐えられるなぁ…私からも腕を伸ばして逞しい背中に縋り付くようにしながら力を込める。少しでも私の凌統への想いが伝わりますように、そんな願いを込めながら暫く抱き合っていれば、くすくすと笑う小さな声が聞こえて来て顔をそっと上げれば、優しそうな表情を浮かべている凌統と目が合う。何か笑わせるようなことしたかな…?
「…卯琅、ちょっと痛い」
「え゛っ!?ご、ごめん…!」
「良いよ。…俺の方は痛くない?」
「ちょっと苦しい、かな?」
「…このくらいでもまだ苦しいか…んと、これならどうだ?」
「ん、大丈夫!」
「そっか。…卯琅の俺への想い、すっごく伝わったよ。俺は幸せ者だな。こんなに想ってくれる人が居るんだから」
「ちゃんと伝わったみたいで良かった…まだまだ足りないくらいだけどね!」
「…十分過ぎるくらい貰ってるのに、まだまだ足りないのか?」
「当たり前でしょー?私は凌統を誰よりも幸せにするつもりなんだから」
「…誰、よりも、か…」
「私を選んでくれたんだもん、後悔なんてさせたくないじゃない?まあ、私が凌統に笑って居て欲しいだけなんだけどね」
「…もう十分、幸せだよ。卯琅はどうだ?幸せか?」
「ーー私は凌統に選ばれたその日から、誰よりも幸せだって思ってるよ」
人を好きになることが、こんなにふわふわした気持ちでいっぱいになるなんて凌統と出会うまで知らなかった。凌統が笑っていればそれだけで胸がいっぱいになって私も嬉しくなる。一緒に居る相手が私なら尚更嬉しい。こんな気持ちを知るなんて、思いもしなかったなあ…きっと親が選んだ相手と結婚するんだろうなあって思っていたし。両親は母さんが父さんに一目惚れしたからお見合いではなく恋愛結婚だったけど、私はいまいち恋について消極的だったし。それよりかは生きる為に学を付けたかった。戦う力がなくても、知恵と知識があればある程度は何とかなるって知っていたから。…まあ、凌統と出会ってからは恋の方が優先度高くなっちゃったけどね。悔いはないけれど。
「…大好きだよ、凌統。ずーっと貴方を守る為に学ばせてね」
「…卯琅、大好きだ。俺だってずっとアンタを守っていくんだから俺から離れるなよ?」
「勿論!死んでも離れないから」
「…死ぬ時は一緒、だろ?」
「…一緒に?」
「…俺はもう、卯琅が居ない世界に未練なんてないよ」
「!…私も、凌統が居ない世界に居たくない。…凌統の命は、私のもの」
「卯琅の命は俺の大事なもの。…誰にも譲らない…何かお揃いの小刀でも買い付けるか。その時専用に」
「ふふ、良いね!鍛冶屋さんとか覗いてみようね。自分達で作るのもありかな?」
「ありだな。珠華なら馴染みの店があるだろ、聞いてみるか」
「だね!教えてくれたら良いなあ」
お揃いの、どちらかが最期を迎えた時に使う小刀。死ぬのはちょっぴり怖いけれど、凌統と一緒なら全然怖くないのは何でだろうね。その時が来るまで、ちゃんと大事に持ち歩いていないとね。研ぎ方とかもちゃんと教わらないとなあ…手入れは絶対に怠らないようにしないと。知識ちゃんと理解出来るかな…
後日、私と凌統は師匠の紹介で素晴らしい匠の元、無事にお揃いの小刀を一から作り上げた。使う機会がまだまだ起きないことを祈りつつ、私と凌統は互いに顔を見合わせ、穏やかに微笑み合ったーー…
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