たまにはこんな時間も
※やっぱり第三者視点
異常な程の体の怠さと空腹さを感じながら卯琅は重い瞼を開く。きょろきょろと辺りを見渡しながら体を起こそうとして、強烈な腰に来る痛みによって再び布団に沈む。思わず涙目になりながら腰を摩っていれば、まだ卯琅が寝ていると思っているのか控えめに襖が開く音が聞こえ、目線だけ向ければほこほこと湯気が立つお盆を持っている凌統と目が合う。凌統はぱちくりと瞬きを繰り返した後、ふわりと表情を緩ませながらお盆を机の上に置き、ゆっくりとしゃがみ込む。
「おはよう、身体は大丈夫か?」
「…おはよう。…痛い」
「はは、だろうな。卯琅が望んでくれたから張り切った」
「…張り切り過ぎでしょ」
「ヨかっただろ?」
「っ〜〜、五月蝿い!!」
「悪い悪い。卯琅、お腹空いてるだろ?お粥作って貰ったんだ、食えるか?」
「食べる!っ…」
「ああ、無理して起き上がろうとするから…ほら、起き上がらせるから俺に力委ねて」
「…うう、ごめんなさい…」
「役得だから気にするなって」
心底申し訳なさそうな表情を浮かべる卯琅の頭を優しく撫でて額に口付けを落としてから優しく起き上がらせる凌統に対し、卯琅は顔を赤く染めてどぎまぎしている様子。そんな所も可愛いと思いながら自分の膝の上に座らせ、机の上に置いてあるお粥を近付ける。空腹を感じていた卯琅は鼻を擽る優しい香りにそそられ、くるる、と可愛いらしいお腹の音を響かせる。更に顔を赤く染めた卯琅がちらっと顔を上にすれば、そこにはくすくすと笑いを堪えようとしつつも漏れている凌統の姿があり、卯琅はつん、と唇を尖らせてから口を開く。
「…そんなに笑わなくても良いじゃない、昨日から何も食べてないんだから」
「ふ、ふふふ…悪い悪い。可愛いと思ってね。俺を背もたれにして良いからゆっくり食べな。食べさせてあげても良いけど?」
「自分で…!……お願い、しようかな?」
「えっ」
「…あー」
「う、可愛い……して良い?」
「やだ、ご飯食べたい」
「…だよな。まだ熱々だし、少し冷まそうな。ふー……こんなもんかな?ほーら、卯琅。あーん」
「あー……ん、おいひい…」
「はー…可愛い過ぎるな…いっぱい食べな」
「ん」
こくこくと頷いて催促するかのように口を開ける卯琅に、凌統はゆるっゆるな表情を隠そうとせずに破顔させながらせっせとお粥を卯琅の口に与える。まるで雛に餌を上げる母親のような光景を数回繰り返せば、満足そうな表情を浮かべた卯琅と米粒一粒すらない綺麗なお皿があった。喉も渇いたであろうと水を渡した凌統は、幸せそうな表情を浮かべながらちびちび飲んでいる卯琅を眺める。
「…そこまでじっと見られると、恥ずかしいんだけど…?」
「可愛い過ぎるのが悪いな。俺は悪くない」
「…屁理屈ばっかり…」
「卯琅が可愛いのは当たり前のことだろ?」
「あまり可愛い可愛い言わないでよ〜…」
「耳まで真っ赤な初心な卯琅も可愛いくて好きだぜ」
「…凌統!いい加減に、くちゅん!」
「大丈夫か?少し冷えたか…ちょっと待ってろ、温かいお茶を淹れてくる」
「…うー…ごめん…」
「いいや、俺が悪いんだから気にするなって。ほら、これでも被ってな。すぐ用意してくるからな」
凌統は申し訳なさそうな表情を浮かべている卯琅の頭をポンポンと優しく撫でてから掛け毛布を引っ張り出して卯琅に被せる。ちゃんと隙間なく被っているのを確認してから凌統は足速にお湯を沸かす準備に取り掛かる。そんな頼もしい恋人の後ろ姿をボーっと眺める卯琅は、仄かに頬を赤く染めていた。
少し時間が経ち、ほこほこと湯気を立たせている湯呑みを二つ持った凌統が戻って来る。卯琅の前に置かれた湯呑みには温度調整の為か氷が少し入っていた。さり気ない優しさに感動をしていると、それが当然かのような表情を浮かべた凌統が掛け布団を捲って自分の体を捩じ込み、布団と卯琅の間に入り込むと再び卯琅を自分の膝に座らせた。
「待たせたな。まだ少し熱いかも知れないから気を付けて飲めよ」
「…何でわざわざ入って来たの?」
「こっちの方が暖かいだろ?」
「…凄い器用な真似したよね。こんなにがっちりしてるのに凄い…」
「割りと身軽な方ではあると思ってるからな。ま、陸遜とか朱然には負けるけど」
「…あー…あの二人は別格だよね。でも、あの二人も敵わないって思ってる人が居るんだよ」
「へえ?そうな、………珠華だな?卯琅がそんなに嬉しそうな顔する時は俺か珠華の話だって相場は決まってるからな」
「えへへ、正解。師匠身軽だもんねえ、文官の私でも抱えられちゃうくらい軽いのは心配だけど」
「…は??え、非力な卯琅が抱えられるのか…?」
「な…!そんな顔しなくても良いでしょ!」
あまりの反応に卯琅はムッとしながらぽかぽかと凌統の逞しい胸板を叩くものの、凌統は衝撃があり過ぎたのか卯琅を止めることなく固まり、されるがままの状態になっている。反応のなさに無性に虚しくなり、若干涙目になってしまった卯琅に気付き、凌統は申し訳なさそうに卯琅の頬に口付けしてから口を開く。
「悪かった、こんな反応して良い訳ないよな。…誰よりもびっくりしたのお前だもんな」
「…すぐちゅーする………まあね。私、あまり本沢山持てないし、師匠が貸してくれる武器だって軽いのが主だし…非力なのは、認めるけどさあ…そんなにびっくりしなくても良いじゃん…」
「悪かったって。……俺さ、前に霞月と一緒に満寵の野郎が作った落とし穴に落ちたことがあるんだけどさ、霞月を抱えた俺を抱えて落とし穴から助けてくれたんだよ、珠華が」
「ーー…は??えっ、二人抱えたの??」
「ああ、俺もびっくりした。しかも、穴埋める用の土まで一人で運んでたんだ。俺でも重いって思ったくらいのやつ。…そんな奴が分厚い本二冊くらいでフラフラしてる可愛い可愛い卯琅が抱えられるのは、信じられないだろ…?」
「…何か色々余計なこと言われた気がするけど……うん、それは信じられない…」
「だろ?……あいつ、本当規格外だよな。やっぱり呉に欲しいな。卯琅の策で動く珠華を見てみたい。一緒に共闘したことないけど、連携も甘寧よりはやり易そうだしな」
「そりゃあ師匠だからね!!あの猪突猛進筋肉達磨より周りを見てくれるし、何より可愛いし綺麗だしかっこいい!!…目移りして欲しくないけど、凌統と師匠で隣に立ってみて欲しい。私の大好きな人かっこよくて羨ましいだろ!って自慢したい〜…」
「俺には卯琅しか見えてないし要らないから目移りなんかしないって。…はは、そんなこと出来たら蜀の奴等はどんな顔するんだろうな?興味あるな…呂蒙さん辺りにも声掛けてみるか」
「周瑜さんにも話そうよ。きっと良い知恵出してくれるよ!」
「流石卯琅だな、ノった!」
本人が知らない間に、二人の間でポンポン話が纏まっていく。ちびちびと少し冷めたお茶を二人で伸びながら、旅館に用意されていた何も書いてない白い紙に筆を走らせながらああでもないこうでもないと話が飛び交う。武人でありながら学力もある凌統と、そもそも文官である卯琅の話が合わない訳がなく、気付けば辺りが暗くなるまで話し込んでしまっていた。お互いのお腹の音が時間を思い出させ、照れ笑いしながら旅館の人にご飯の配膳を頼む。お互いの体温が心地良くて離れ難いと感じながらも、旅館の人に揶揄われるのは嫌だ、という理由から少し離れた場所に座り、最後の晩御飯を楽しみに待つ。暫くしてから料理が届き、その品数に二人は圧倒されることになる。
「え、あの…多くないですか…?」
「へえ、八品と甘味も御座いますからね。お嫌いな物でも御座いましたか?」
「魚の活け造りに冬野菜の煮物、根菜の汁、白米、魚の煮付け、だし巻き卵、茶碗蒸し、こいつは分厚い肉だな…牛、か?」
「南蛮からの仕入れた牛でございます。輸入牛ではありますが、脂が甘くて大変美味しゅうございますのでごゆるりとお楽しみ下さいませ」
「あ、有り難うございます!!お肉もお魚もお野菜も沢山だね…!」
「有り難うございました。…最終日だからか?いつになく気合入ってるよな…」
「あ、そっかあ…最後の晩御飯だもんね……あまり食べれてないな?」
「悪かったって。抱き潰してたもんな…今日は流石に手を出さないから安心してくれ。今夜は一緒に風呂でも入るか?」
「…えっち」
「はは、やっぱりダメか」
「…嫌とは、言ってない、けど…」
「え」
「〜〜っ、だから、嫌じゃないって、言ったの!!何回も言わせないで!」
「…はぁ〜〜〜……可愛い過ぎやしないか…?」
断られると思っていた提案を受け入れて貰い、驚愕する凌統は顔を真っ赤にしながらぷるぷると震えている卯琅にきゅん、と胸を鷲掴みにされる。あまりの可愛いさからかごく、と喉が鳴ったのを聞き逃さなかった卯琅は「え、…手を出さないって言ってたのに…?」と言いたげな表情で引いたような仕草を見せたので凌統は慌てて「約束するからその顔やめてくれ!」と告げる。凌統の反応に卯琅は疑うような視線を向けていたが、きゅる、と再びお腹の虫が鳴いたことにより食べる方に思考が移ったのを確認してから互いに目配せ、静かに手を合わせてから口を開く。
「「いただきます」」
「!ん〜〜…お野菜、甘くて美味しい…!」
「この魚も新鮮だな…美味い」
「あれ、お魚なんだ?お肉だと思ってた」
「結構高そうな肉だから最後の方に食べようかと思ってな。何か勿体無いだろ?」
「ふふ、成程。…んー、お野菜美味しいって言ったけど、や、美味しいんだけどね?霞月さんの作ったお野菜の方が美味しいかな…」
「あー…そろそろ恋しくなって来たよな。明日帰ったら何か強請ってみるか。菓子でも渡しとけば喜んでくれるだろ」
「大喬様と一緒に食べれるようなお菓子にしようね?お土産も買わないとなあ…」
「そういえばまだ見てなかったな。明日ちょっと早めに部屋を出てお土産見てみるか?」
「賛成!」
顔を見合わせ、くすくすと笑い合ってから再び箸を伸ばす。新鮮な活け造り、甘く柔らかい野菜の煮物、仄かに甘い白米、ホッとする汁、甘辛く煮られた魚、じゅわっと出汁が零れるだし巻き卵、優しい甘さで濃厚な茶碗蒸し、肉汁たっぷりな分厚い肉に舌鼓を打ち、氷が沢山入った入れ物に冷やされている果物の盛り合わせをペロリと平らげた二人は、満足そうな表情を浮かべながら食後の温かいお茶をちびちびと飲んでいく。
「はぁ…美味しかったね」
「ああ…めちゃくちゃ美味かった…肉ってあんなに肉汁たっぷりなんだな。殿にも食わせてやりたかった…」
「それで考えたことがあるんだけどさ、今度は私達が此処に殿達を招待しない?今回の旅行に協力してくれた人皆!」
「そいつは良い考えだな!…まあ、甘寧は招待してやりたくないけど、呂蒙さんが絶対誘っちゃうからな…仕方ないから誘ってやるか…呉は全員だとして、後は珠華と翠青もか?他は要らないよな」
「そうだねえ……早く師匠も翠青さんもうちの子です!って言えるようになりたいね!」
「そうだな!その為にも引き抜く為に色々考えなきゃな…知恵を貸してくれよ、文官殿?」
「勿論だよ!」
パン、とハイタッチしてから凌統と卯琅がそれぞれ持参した紙に珠華が身を寄せている蜀、翠青が身を寄せている魏を出し抜く為に意見を出し合う。ああでもないこうでもないと言い合いながらのやり取りは、非常に楽しく有意義な時間だった。邪魔が入らない、ということがこんなに有り難いことなのかとお互い内心で思いながら会話を弾ませていく。盛り上がっていた二人の意識を現実に引き戻したのは、お腹がいっぱいになったことによる睡魔の訪れだった。ふわ、と互いに欠伸を咬み殺し、照れ笑いしながら口を開く。
「あー…そろそろ寝るか。頭も使ったし、いつもより熟睡出来そうだ」
「ふふ、そうだね。ちょっと思考も纏まらないし、休んだ方が良いかも」
「だよな。風呂は起きたらにするか…卯琅、早起き平気か?」
「早起きなら得意だから大丈夫だよ!それじゃあ…お休み、凌統」
「ああ…お休み、卯琅」
互いに顔を見合わせ、触れるだけの口付けを交わしてから隣り合わせに敷いてある布団の中に入る。布団を被って目を瞑れば二人はすぐに夢の世界へと意識を手放す。二人が熟睡してから数時間が経ち、人肌恋しくなったのか凌統が腕を伸ばすと同時に、同じく人肌恋しくなった卯琅が凌統の胸元に飛び込んで来た。お互いに抱き締め合い、先程よりも気持ち良さそうな寝息を立てる二人を、月だけが優しく照らしていたーー…
prev|next
戻る